| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

9 「エリザの思惑」

 時は少しさかのぼって、前日の夕刻。男たちと共に渓流から帰ってきたエリザとリーゼロッテはそのまま村長の家に行って、先日伝えていなかったナルガクルガと青年の関係性について伝えた。

「……なるほど。“竜の背中に乗る青年”。そんなことが…」

 穏やかな表情のままお茶を啜る村長は、まだ若い竜人だ。“若い”といってもそれは竜人の中ではという意味であって、実際は百年以上生きているらしい。華やかな着物を着て、これまた派手な化粧をしているが、なんとなくその風貌がユクモ村と合っているのが村人たちの長年の不思議だった。

「それで、彼の名は?」
「ナギ、と」
「ナギ…ですか……」

 村長が首をひねるが、その名に聞き覚えはない。
 それでも村長は一度頷くと、家政アイルーに紙と筆を持ってくるよう言った。家政アイルーとは、つまり家政婦のようなものだ。家の掃除をしたり料理をしたりする。村長は職に迷ったアイルーたちを自分の家政アイルーとして雇い、1匹でも食っていけるように育てているのだった。もちろん、雇われているあいだは給金も出る。

「あっ」

 その行動に思わず期待の声が出るが、村長は苦笑してリーゼロッテをたしなめた。

「あなたがたお2人のことは信頼していますが、わたくしも村長ですから、立場からもそう簡単に彼を信じることはできないのです。ただ、2人の招来有望なハンターを助けていただいたのもまた事実。とりあえずユクモ村への招待状と、感謝状として筆を取らせていただくことにしますわ」
「はい…」
「しっかりその子にお届けしていただくのですよ」
「任せてください。なんとしてでもあいつを引っ張ってきますから!」

 どんと胸を張ったエリザに、リーゼロッテはなんとなく不安を覚えた。

 翌日、リーゼロッテはエリザとともに再び渓流のエリア9へとやってきていた。リーゼはジャギィ装備だが、エリザは髪も下ろして普段着である。モンスター素材で作られた頑丈な鎧は、「つけているだけで体に負担をかける」と医者に没収されてしまったのだ。そこまでされても尚リーゼロッテと共にここまでやってくるあたり、すっかりハンター根性がしみついたというか何というか。
 ちなみに護身用と没収されなかった弓は肩に担いでいる。いくらなんでも鍛錬まではするまいと医者も思ったのだろう。実際には鍛錬を通り越して渓流にまで足を踏み入れているが。それも装備なしで。
 こんなことなら装備も返してもらったほうが良かったんじゃないかと思うリーゼロッテであった。
 それにしても、

「ハナ、いないね……」

 辺りを見回したリーゼロッテがつぶやく。ハンと鼻を鳴らしたエリザがポーチからマタタビを出すと、しゃがんでブンブンと左右に振り始めた。まるで猫じゃらしを振っているようだ。家でよくチェルシーにやるのだろうか、動作が手慣れている。

「ほぉら、近くにいるんでしょ~? マタタビよ~、出てらっしゃ~い」

 すると祠の方からバタバタガリガリという音がする。2人は顔を見合わせると、気づかないふりをしてハナの名前を呼び続けた。

「マ、マタタビィっ!」

 ズボッとエリザの足元からハナが飛び出してきた。目を白黒させるエリザの手からそれを奪い取り、さっさと逃げようと再び穴に潜ろうとした――が、その尻尾を寸前でエリザに握られる。ビビビビッと尻尾の先から震えた。

「ししし尻尾はににににに握らないでニャッ! 頼むニャ!!」
「じゃあ逃げないって約束なさい」
「するニャ! ごめんなさいニャ!!」

 しょんぼりしたハナに慰めの言葉をハーヴェストがかけている間、エリザは肩掛け鞄から木箱を取り出してしっかり蓋がしまっているか確認した。村長から手紙を受け取ったまでは一緒にいたから知っているものの、その箱について知らないリーゼロッテが、エリザに尋ねる。

「なにそれ? 村長の手紙は?」
「この中にちゃあんと入ってますよ。途中で手紙が汚れちゃったりしたらまずいでしょ? うふふ。ま、もう1個仕掛けがあるんだけどねぇ~」

 鼻歌を歌いだしそうな程機嫌が良いエリザに何か危険を感じるが、受け取った箱は特におかしなところもなさそうだった。蓋を開けようとするとエリザが慌てて奪い取る。

「ダ、ダメよ! 開けちゃ!」
「なんで?」
「え? だ、だって…そう。機密書類だから! 開けた形跡があるとマズイじゃない!」
「ああ、そっか。……ん、機密?」
「そうよ! そうなの!」

 語尾に力を入れて断定する。ハナに箱を渡す時も、「いい? 絶っっっ対に開けるんじゃないわよ。でもあいつに渡したら『兎に角あけろ』って伝えなさい。いいわね?」と念を入れた。もう嫌な予感しかしない。こうなったエリザを止める術は、1年間喧嘩ばかりしていたリーゼロッテはよく理解していた。断言しよう、無い。
 既にエリザが生きるトラウマとなっているハナは、ぶんぶんと首が千切れるほど激しく頷くと、一刻も早くこの場を去りたいと駆け出した。穴を掘ることも忘れている。
 それを見たエリザはほくそ笑んだ。

「よし、追いかけるわよ!」
「…エリザ、今のもしかして計算のうちだったんじゃ……」
「人聞き悪いこと言わないの。このあたしの澄み切った目を見て! そんなこと考えるように見える?」
「全力で言ってるようにしか見えません」

 言いつつも背中をエリザに押されてとりあえずハナの後を追いかけると、エリア8の洞窟に続く洞穴の入口よりちょっと右に、獣道があった。といっても、本当に僅かに道になっている程度のものだから、すぐ近くまで行ってしげしげと調べないと分からないようなものだ。
 ハナから離れないように早足でその道を辿ると、後ろからエリザの大声が聞こえてきた。

「いーい!? ハンターの印を辿るのよー!! 絶対だからねー!?」

 なんとなく、エリザがあの箱に何を仕込んだのか、分かってしまった。
 こんなところで叫んだらモンスターに気づかれるだろうとも思ったが、思えばすぐ隣、見た目よりも頑強な吊り橋を渡った先にあるエリア3はアイルーの住処がある安全地帯だし、そこを通り抜けてもすぐベースキャンプへと着けるだろう。エリザは要領の良い娘だということは十分わかっているので、もう心配はしないこととする。
 そもそも命の恩人といっても過言ではない人相手にそんなことをしようとする(リーゼロッテの予想が正しければ)エリザは、ちょっと一回メラルーの集団にアイテムを一切合切盗られればいい。その中にこの間奮発して勝ったと自慢してきたピックルグレートと虫あみグレートも入ってれば尚いい。
 気づけばハナの姿を見失っていた。やってしまったと思いつつも歩を進めると、数分もしないうちに視界が開ける。目の前には川幅10m程度の広い川。ちょっと左を向くと、滝になっているのが見えた。その下に見慣れた風景がある。ここはエリア6の滝の上なのだとわかった。

「と、いうことは…」

 この川の上流へと行けばとりあえずあのナギという青年の家の近くに出る、筈。あとは、エリザの思惑に乗るのは癪だし青年にも申し訳ないが、彼女の“ハンターの印”とやらに頼るほかあるまい。
 とりあえず会ったら開口一番謝ろう。
 濡れている足場に気をつけつつ、川辺を登っていく。途中なかなか急な流れがあったり、リーゼロッテの背丈以上の大きい岩を登る羽目になったりと大変だったが、そこはリーゼもハンターの端くれ。軽々とは行かないまでも、確実に進んでいった。
 川もだんだん細く小さくなってきて、もしこのまま彼の家に気づかず通り過ぎていたらどうしようとリーゼが少し心配になってきたとき、鼻に覚えのあるにおいが漂ってきた。方向は、前方右。

(やっぱり…ペイントボールだったんだ……)

 潰すと強烈なにおいを発するペイントの実と、粘着質なベタベタの液を抽出できるネンチャク草を調合することでできるペイントボールは、対大型モンスター用の狩猟道具である。効果は日頃多くのハンターたちがお世話になっているとおり、効果抜群。一度付着すれば5,6時間は保つ。ネンチャク草の効果で水浴び程度ではにおいも落ちないのだ。
 念のため言っておくが、その“5,6時間”という数値も、大型モンスター相手の場合で、当然相手にする個体によって持続時間は異なる。オディル達が相手にするような大型の飛竜には割合効果は薄かったりするのだ。空を飛ぶことで風圧にペイントボールの粘着液が押し流されるという説が有力である。といっても3,4時間は保つが。
 対してリーゼロッテやエリザが相手にするような、例えばアオアシラやドスジャギィだと、7時間保つこともありえる。
 それが人間相手だとどうなるのか。当然ながら誰も検証したことがないため分からないが、兎に角相当長い時間あのにおい――エリアが3つ4つ離れていても感じられる程度にはキツいにおい――を体に振りまいているのだ。嗅覚が鋭い相手には武器にもなり得るというそれを。

(……やっぱり土下座もプラスしようかな……)

 確かにユクモ村に彼が来てくれたら嬉しいが、それは強制ではないのだ。飽くまで彼の意思である。
 エリザは人嫌いと聞いて、なんとか一度ユクモに足を向けるようこの手を使った(のだと思いたい。決して彼女自身が会いたいからだなんて不純な動機ではない……筈)が、このようなやり方はむしろ彼の足をユクモ村から遠ざけているだけなのではないかとも思う。

(…………そもそも、なんでわたしがエリザの代わりに謝らなくちゃいけないの?)

 いや、ユクモ村の代表として。
 わかっている。リーゼとて分かってはいるのだ。人間、第一印象は非常に大切。ペイントボールトラップをやらかした時点で印象最悪という意見も自分の中にはかなりあるが、いや寧ろ大部分を占めているが、だが村の代表として、村の一員がしたことにたいする詫びは必要だ。それが、いくらリーゼにとって理不尽なものであっても。

(それもこれも、みんなエリザが怪我してるせいじゃない。あれ、でも怪我の原因はわたしを庇ったからで…というと諸悪の根源はもしやわたし!?)

ザッザッザ

 枝を草を掻き分け、時に罠のようにいい具合に地上に出ている木の根につまづきながら、リーゼロッテは鼻息荒く、ついでに足音も荒く坂を上っていた。いつしか川のせせらぎも遠のき、もしここでペイントボールのにおいがなんでもないところに付着していたものなら、完全に迷子になるだろう。いつもなら不安がるリーゼだが、今は内心がそれどころでなく荒れていた。どうも最近この手の現象が多い気がする。

(そもそも冷静になれば、エリザが短期でアオアシラを仕留められるのも当然っちゃあ当然だよね。だってあの子アシラ装備だよ? 対してわたしはジャギィ装備…。相手にしてたのがずっと鳥竜種じゃあ、攻撃パターンも身に染みてないし、勝てるわけないよね…)

 誰に説明しているのか、心中でなんとなくブルーになっていたリーゼロッテは、ふと気づくと再び水音が近くに聞こえてきたことに気づいた。においはそこそこ近い。体を洗いに来たところだろうか。

(やっぱり謝らなきゃ……)

 更にもう少し歩くと、再び川に出た。エリア6に似ているが、水深はもう少し深いようだ。ケルビが水浴びをしていた。首が水面から出ていることから、水深1m弱といったところだろうか。ケルビはリーゼをみつけるやいなやぴょんぴょんと跳ねるように逃げていった。

「そういえば、ここ、肉食獣がいない…」

 これだけ歩き回れば、今見たケルビの他にもブルファンゴやジャギィなどの小型ながら立派な肉食モンスターがいてもおかしくない。が、今思えばあの滝の上にきてからここまで、リーゼが目にしたのはケルビと、食事をしていたガーグァの群れ、渓流にいると思っていなかったアプトノスとリノプロスだけだ。

「草食動物の楽園、ね」

 途中何回か休憩を挟みながら川沿いに歩くこと暫く。ばしゃりと水を何かにかけているような音が聞こえた。

(あの人だ!)

 思わず小走りになる。数時間とはいえ、渓流の見たこともない場所にずっと1人でいたのは、正直なところ少し怖かったりしたのだ。いつもハーヴェストと一緒にいたから、会話のない渓流散策というのも久しぶりだ。
 草を掻き分け掻き分け、水音が響くその場所へ行ってリーゼが最初に目にしたのは――見事な体躯。
 背中を見るだけでもわかる、鍛え上げられた肉体。それでいて締まっている筋肉は、一瞬彼を細身の青年と見せるが、布一枚隔てた向こう側は実際並みのハンターよりも固く力強い。
 リーゼはこの時初めて、男性を「綺麗」と思った。

(……わたし、この人に…)

『お姫様抱っこされちゃって~』
『大丈夫?』  『怪我は、ないね』

 エリザのからかいと、昨日、青年がかけてくれた言葉がフラッシュバックする。今更顔を真っ赤に染めたリーゼは、思わず悲鳴をあげた。主に、過去の自分に対して。黄色い声で。
 残念ながら、7年(メラルー談。本人すら何年ここに住んでいるか忘れることもある)も人と離れて育ってきた青年が、黄色い悲鳴と恐怖の悲鳴の聞き分けをすることができるはずもない。

「きゃあっ」

 声を上げると同時、青年が振り返った。昨日のことを思い出しているリーゼにとって今彼の半裸(限りなく全裸に近い)は刺激が強すぎる以外の何者でもなく。

「ふっ……!」
「ふ?」
「服をっ。服を着て下さい!!」
「へ? ……ああ」

 今気づいたというような声を出すと、青年は顔のマスクを確認するような仕草をしたあと再びリーゼに背を向けて服を着始めた。顔に傷でもあるのだろうか。服はユクモ村の女性の服と少し似ているが、少し違う。見慣れない服だった。

「おまたせ」

 ちゃちゃっと1分でそれを着込んだ青年は、ほぼ無表情でこちらに歩いてきた。桶に石鹸らしきものもあるが、近寄るとますますわかる、ペイントボールのにおい。顔を赤くしていたリーゼは、再び青くなった。まったくコロコロと変わる顔色である。
 そのまま青年が歩き出してしまったので、慌ててついていった。しまった、タイミングを逃した。どうしようと思っているあいだに時間が過ぎる。

ええい、ままよ。

「あの、ペイントボールの件。すみませんでした。あの、あれ作ったのエリザなんです。あの子の独断だから、村長がやったんじゃないんです! どうか気を悪くなさらないで下さいっ」
「あー、うん。わかってる。ダイジョウブダイジョウブ」

 小言をネチネチ言われるか、それとも一発ガツンと怒鳴られるか――。
 そう(どちらにしろ怒られる)覚悟を決めていたリーゼロッテにとって、この反応は意外だった。きょとんと見上げると、いつの間にたどり着いた青年の家がある。思っていたよりもしっかりした木の小屋だ。「どうぞ」と促されて中に入ると、僅かに残るペイントボールのにおい…。再び罪悪感がむくむくと首をもたげてきたが、何度も謝るのはよくないと、とりあえず先日の礼を改めて述べることとした。

「先日はありがとうございました。わたしはユクモ村の専属ハンターで、リーゼロッテ・マインといいます」

『いい? お願いをするときは、相手の目を見て、はっきり誠意が伝わるように言うの』

 母(一応言っておくが死んでない。今日も元気に父とイチャイチャしている)の言葉を思い出し、青年の蒼い瞳をしっかり見つめた。一瞬怯まれたような気がするが、気のせいだろう。

「ナギさんを迎えにきました」

 心のどこかで、「そういえばここで断られたらわたし絶対村に帰れない!?」「なんとかして帰路だけでも確保しなければ!」などと思いつつ、リーゼなりに必死に見つめた。青年は顔を背けて窓を見上げている。こちらの顔すら見てくれない。やはり最初の印象が悪かったかと思うが、こちらとてもう引くに引けないのだ。
 ある意味、決死の覚悟だった。

 彼女はそれが、青年の半対人恐怖症によるものだとは思いもつかない。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧