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売られた花嫁

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第一幕その四


第一幕その四

「神に誓って、とそこにはありますね」
「はい」
「我々には神がついておられます。御安心下さい」
「そうですか。しかし一つ疑問があるのですが」
「何でしょうか」
「何故そのミーハさんとこの息子さんをここへ案内して下さらなかったのですか?」
「むっ」
 クルシナにそう言われてケツァルは一瞬だが嫌そうな顔をした。
「彼と娘を直接会わせればもうちょっと簡単に進むと思うのですが」
「実はね」
 ケツァルは表情を元に戻して二人に対して説明した。
「彼は内気な若者でして。女の子と話をするのに慣れていないのです」
「そうなのですか」
「はい。純朴な若者でして。私はそうした若者の代理もやっているのですよ。ですから彼には少し待っていてもらったのです」
「そうだったのですか」
「ええ。ですが私も他に動く必要がありますね」
「といいますと」
「娘さんの恋人ですよ。彼を探さなければ」
「探し出されてどうされるのですか?」
「説得します」
 ニヤリと笑ってそう答えた。
「それでね。充分ですよ」
「充分でしょうか」
「説得にも充分ありましてね」
 彼はクルシナとルドミラに対して説明をはじめた。
「言葉だけではないのです」
「といいますと」
「おわかりになりませんか。袖の下ですよ」
 実際に袖の下に手を入れる仕草をしながら説明をする。
「それで大抵はどうにかなるのです。まあここは任せて下さい」
「それでしたら」
「お願いしますね」
「はい。ではこれで」
 こうしてケツァルは二人に一礼してその場を去った。後には二人と周りにいる村人達だけが残った。だが村人達は三人の話なぞ知るよしもなく上機嫌で酒と食べ物を楽しんでいた。
 さらに場が盛り上がった。ここで誰かが言った。
「いっちょ踊るか」
「よし」
 それを受けて皆一斉に立ち上がった。老いも若きも前に出る。誰かが楽器を奏ではじめた。
 踊りがはじまった。皆赤い顔で笑顔に包まれて踊っていた。
 その教会から離れた別の居酒屋であった。イェニークはそこで仲間達と一緒に飲んでいた。
 木造の質素な酒場であった。木は頑丈であり風が吹いてもびくともしそうにはない。椅子もテーブルもである。黒っぽいその椅子とテーブルにイェニーク達は座っていた。そして酒を楽しんでいた。
「乾杯!」
 彼等は木の杯を打ち合わせてそう叫んだ。まずは杯の中にある黄色く、白い泡が立っているビールを一気に飲み干した。そして機嫌のいい顔でこう言い合う。
「美味いな」
「ああ」
「やっぱり酒はいい」
「百薬の長とはよく言ったものだ」
「全くだ」
「けれどもっといいものがあるよ」
 ここでイェニークが仲間達に対してそう語り掛けてきた。
「それは何だい?」
「恋さ」
 仲間達の問いにそう答える。
「このビールにしろワインにしろ恋人と一緒に飲むのが一番美味いだろ」
「まあな」
 仲間達はそれに頷いた。
「男同士で飲むよりはな。女の子と一緒に飲んだ方がいい」
「前に座っているのが恋人ならな。それはあんたに同意するよ」
「有り難う」
 イェニークはそれを聞き満足そうに頷いた。
「有り難いね、わかってくれるとは」
「そういえばあんたあの娘とはどうなっているんだい?」
「?ああ、マジェンカのことか」
「マジェンカ!?」
 それを店の側を通り掛ったケツァルが聞いた。
「今マジェンカと言ったかな」
 そして耳をそばだてる。聴けば確かにマジェンカの話をしていた。
「うまくいってるよ」
 イェニークは上機嫌で語っていた。
「婚約もしたし。もうすぐ僕は彼女と一緒になれるよ」
「それは何より」
「何よりではないわ」
 ケツァルはイェニークの仲間達の言葉にそう突っ込みを入れた。
「そんなことされたらたまったものではない」
「けれど気をつけなよ」
 店の中で仲間の一人がイェニークにそう言った。
「どうしてだい?」
「何でもあの娘最近親が縁談を進めてるっていうじゃないか」
「うかうかしてると御前さんも危ないんじゃないか?」
「ああ、あれね」
 イェニークはその話を聞き少し考える目をした。
「それなら心配ないよ」
「何かあるのかい?」
「どういうことだ」
 仲間達はそれを聞き彼に問いケツァルは不安な顔になった。
「それはこれからのお楽しみ」
「おお、何か面白そうだな」
「面白い!?馬鹿を言え」
 だがケツァルはそれを聞いて不機嫌な顔になった。
「商売の邪魔をされてたまるか。さて」
 彼は店の入口の方に回った。
「情報収集じゃ。一体どんな奴か見ておかなくてはな」
 そして店に入った。
「おかみ、席は何処だい」
「あそこはどうですか」
 店のおかみは若者達がいる席のすぐ側を指差した。
「いいな。そこにしよう」
「はい。ご注文は」
「ビールとソーセージ」
 彼はまずはそれを注文した。
「あとはジャガイモをふかしたものを。それでいい」
「わかりました。ではそれで」
「うむ」
 彼はテーブルに着いた。そして飲みながらイェニーク達をチラリと見た。
(この中の誰だ、そのイェニークというのは)
 まずはイェニークを探しはじめた。それはすぐに見つかった。
「ところでイェニーク」
「何だい」
 黒いチョッキの小粋な若者がそれに応えたのだ。
(あいつか)
 ケツァルはすぐに彼に目星をつけた。
(あいつのせいでいらん苦労をすることになるな)
 舌打ちしたかったがイェニークに聞かれるのを警戒してそれは止めた。そして言った。
「恋は確かに大切なもの」
「ええ、勿論」
 イェニークはそれに乗ってきた。
「わかって頂けますか」
「しかしもっと大切なものがありますな」
「それは?」
「お金です」
 ケツァルは笑ってそう答えた。
「お金は恋よりも大事だと思いますが」
「いやいや」
 だがイェニークはそれを笑って否定した。
「お金は作ろうと思えば作れるものです」
「はい」
「ですが恋はそうはいかない。恋は作ろうと思っても作れませんからね」
「ほう」
 ケツァルはそれを挑戦状と受け取った。だがそれを顔に出すわけにはいかなかった。
「それを証明して頂きたいですな、いずれ」
「喜んで」
「おいイェニーク」
 ここで仲間の一人が声をかけてきた。彼はその手にギターを持っている。
「踊らないか?俺が演奏するからさ」
「お、いいね」
 応えながらケツァルに顔を向けてきた。
「どうですか、貴方も」
「いや、私はいいです」
 ケツァルは愛想笑いをしてそれを断った。
「今はビールを楽しみたいので。宜しいでしょうか」
「それなら」
 無理強いはしなかった。彼はケツァルから顔を離し席を立った。そして他の仲間達に対して言った。
「踊るか。僕の幸せの前祝いに」
「よし!」
 ギターの演奏がはじまった。そして皆踊りはじめた。この辺りの民族舞踊であった。
 ケツァルはその踊りと音楽を拝見しながらビールを飲んでいた。一人これからのことについて思いを巡らすのであった。
 
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