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売られた花嫁

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第一幕その三


第一幕その三

「今は」
「おやおや」
 ケツァルはそれを聞いておどけた仕草をした。
「それはいけない。人の話はよく聞いた方がいい」
「聞きたくない時もあります」
「そんなこと言わずに」
「いえ」
 ケツァルの言葉に耳を貸そうとしない。
「今はいいですから、本当に」
「あの」
 そんな彼女を見てクルシナは心配そうな顔でケツァルに囁いた。
「大丈夫なんですか。今のマジェンカはちょっと」
「ああなったら誰の言葉にも耳を貸さないんですよ」
 ルドミラもそう囁いてきた。
「御心配なく」
 だがケツァルはそれでも余裕であった。
「こうしたことはいつもですから」
「そうなのですか」
「はい。ですからお任せ下さい」
「わかりました」
 ケツァルは二人を納得させてから再びマジェンカに話し掛けてきた。
「まだ何かあるんですか?」
「ええ」
 むくれたままのマジェンカに優しく声をかける。
「私の仕事は知っていますね」
「はい」
 彼女は答えた。
「結婚相手との仲を仲介して下さるのですよね」
「その通り」
「それは有り難いですけど私は今は」
「もうお年頃なのに?」
「ええ」
 むくれたまま言う。
「今は。いいですから」
「まあまあ」
 ケツァルはまた彼女を宥めた。
「そんなことを言わずに」
「けど」
「貴女の一言で皆が幸せになれるのですよ」
「そうでしょうか」
「貴女ご自身も。悪い話ではありませんよ」
「私はそうは思いませんけれど」
「そんなことを言わずに」
「はっきり言いますけどね」
 マジェンカはいい加減痺れを切らしたのか苛立った声を出した。
「私はもう好きな人がいるんです」
「えっ!?」
 それを聞いて驚いたのはクルシナとルドミラであった。
「そうだったのか?」
「お父さんとお母さんには内緒にしてたけど。もう決めてるんです」
「そうだったのか」
 雷に打たれたような感じであった。二人はそれを聞いて呆然としていた。
「何時の間に」
「ですがそれは一時のことではないですかな」
 だがケツァルはそんなことには慣れているのか驚いた気配はない。平然とマジェンカに対して話を続けた。
「恋人と生涯の伴侶は違うものなのです」
「恋人が生涯の伴侶となるんじゃないんですか?」
「それはまだ浅い」
 ケツァルは勿体ぶってそう述べた。
「人の心なんて秋の空、風の中の羽根みたいなものです。その恋人とやらもどうせすぐに別の幸せを見つけるでしょう」
「何でそんなことが言えるんですか?」
「知っているからですよ」
 ケツァルは答えた。
「こうした仕事をしているとね。よくわかります」
「私はそうは思いません」
「今はね」
「これからもずっと。私は誓ったんです」
「誰にですか?」
「彼に。結婚しましょうって」
「それは神にこそ誓うものですよ」
「婚約したのよ」
「初耳だぞ」
 クルシナはそれを聞いてまた驚いた。
「一体何時の間に」
「どういうことなの!?」
 ルドミラもであった。そしてまたケツァルに囁く。
「無理なんじゃないですか?」
「婚約してるというじゃありませんか」
「大丈夫です」
 それでもケツァルは動じてはいない。禿た頭がキラリと光った。そしてその禿頭を指差した。
「何故私の頭がこうなのか御存知ですか」
「いえ」
「これはね、今までの仕事の勲章なのです」
「勲章」
「はい。こうしたことは何度でもありました」
「はあ」
「けれどそれを全て解決してきた。知恵を絞ってね。考えているうちにこうして髪の毛がなくなったのです」
「ではその頭は貴方にとって勲章」
「その通り」
 大袈裟に、得意そうに頷く。
「普通の人にとっては禿は不名誉、ですが私にとっては勲章です」
「何と」
「ですからお任せ下さい。この縁談必ずや成功させてみましょう」
 そしてまたもやマジェンカに声をかけてきた。
「花婿さんはね、素晴らしい人ですよ」
「けれど私にとって素晴らしいとは限りません」
 これは事実であった。人それぞれであり相性というものもある。また立場も。ある人にとって素晴らしい人が他の人にとってそうだとは限らないのである。
「ですからいいです」
「しかし私は誓ったのです」
「誰にですか?」
「貴方のご両親と向こうのご両親に」
「そんなこと知らないわ」
「ご両親でも」
「ええ。お父さん、お母さん」
 マジェンカは席を立って両親に対して言った。
「私はこの縁談絶対に受けないからね」
 そして頬を膨らませたままその場を後にした。後には三人だけが残った。
「ふむ、気の強い娘さんだ」
「感心してる場合じゃありませんよ」
 クルシナがケツァルに対してそう言う。
「実際に困ってるんですから」
「私は困ってはおりませんよ」
 ケツァルは涼しい顔でそう答えた。
「私はね」
「何か御考えが」
「無論。問題は簡単です」
「はあ」
「要は貴方達の娘さんと私の推薦する若者を結婚させればよいのですから。ほら」
 ここで一枚の紙を取り出した。
「これを御覧下さい」
 それは契約書であった。既にサインまでしてある。
「これがあるのですからね」
「見せて頂けますか」
「どうぞ」
 見ればそこに書いてあった。ルドミラは字を読めないがクルシナは何とか読める。それでたどたどしく読みはじめた。
 そこにはミーハという名でサインがしてあった。クルシナのサインも。クルシナの娘とミーハの家の息子を結婚させるとその契約書には書いてあった。
 
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