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東方調酒録

作者:コチョウ
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第五夜 東風谷早苗は灰かぶり

 酒を飲むときは一人でも愉しめるが、できれば誰かと一緒に飲みたいものだ。酔うと人が恋しくなる。酒が本能を曝け出すなら、人は潜在的寂しがり屋なのだろう。そして、妖怪も同じであった。その為、バーテンダーは一人で暇そうにしているお客には話しかける。ここバッカスではそんなお客は少ない。現に今日も魔理沙を中心にバカ騒ぎになっていた。ここの者はほとんどが顔見知りであるからである。それは幻想郷が狭い社会であることと、住む者達の性格に由来するのだろう。そして何より新しく来た者を嫌味なく受け入れる心の広さがある。バッカスの無精ひげを蓄えた店主、月見里 悠はこれにはたいぶ救われていた。

 悠は魔理沙達の騒ぎから少し離れた席に座っていた幽香と話をしていた。話の内容は果物のことである。
「見た目はレモンだな」
悠は幽香から受け取った果物を手で弄びながら話し、まな板にその果物を置いた。
「真中から横に切って」
幽香が指示をした。
んっと頷き悠が果物を切った。その二つを縦に切って、と幽香が言った。悠がその通りに切ると二つの切り口の色が違っていた。
「上がライムで下がレモンとなっているの、 五種類の果物までなら混ぜられるわ」
「へぇ~、 幽香さんの能力はやっぱり便利ですね」
悠が果物の味を確かめて、うんと言った。
「ありがとう、 どう役に立ちそう?」
「はい、 作業の短縮にもなるし、 冷蔵庫が小さくて困っていたので、これなら少し果物スペースが減らせそうだ。 飾りつけに使っても綺麗そうだし……」
悠は使い方を想像している。幽香は悠の反応に満足そうにしていた。
「それじゃあ、 いつものをお願い」
幽香が注文した。はいと悠が答えた。
「それには私も賛成だぜ!」
魔理沙の声であった。騒いでいた魔理沙がいつの間にかテーブル席に座っていた洩矢 諏訪子と八坂 神奈子の会話に加わっていた。
「なあ、 悠! 何か方法はないのか?」
凄まじい話の振り方である。
バーでは不思議な現象がある。誰かと話していてもほかの人が話している内容が耳に入ってくることはよくある。その為、悠には諏訪子と神奈子の話は耳に入っていた。当然霊夢と紫が飲み比べをしているわけも耳に入っている。
「居酒屋に酒が飲めない人が来るように、 バーに酒があまり飲めない人が来るのは外の世界ではよくあることだよ」
悠が答えた。
「そうなの? 早苗は酒が飲めない人がバーに行くのは失礼だっていうのよ」
ショートの金髪で、青と白の壺装束のような格好をした諏訪子が言った。見た目はチルノ同様バーには似合わないものであった。
「そういうバーもあるかもしれません……でも、ここは見ての通りです」
悠が無法に近い店内を示した。
「そう言っているのだがな、 あの娘は真面目すぎるのよね。 この前も天井裏まできちんと掃除をして頭いっぱいに埃をかぶっていたわ」
神奈子が言った。神奈子の髪型は青紫色のボリュームのあるショートで、服装は赤色のふっくらとした半袖に臙脂色のロングスカートであった。色気のある美人である。
「バーはどんな方も歓迎しますよ」
「私達がどう言っても聞かないのだよ、 どうやらバーにいいイメージを持っていないらしい」
諏訪子がため息をついた。
「外の世界ではバーは入りずらいですからね……一回入れば考えも変わるんだけどな」
悠は腕を組んで考えるように言った。
「私が連れてくるよ!」
「たしかに、 あの娘は魔理沙のことは気に入ってるから来るかもね」
神奈子が嬉しくなさそうに言った。
――飲み比べは紫が勝ったようだ。

 後日魔理沙が東風谷早苗を連れてきた。緑の長髪にカエルとヘビを模した髪飾りをつけていた。巫女と聞いていたので、霊夢のような服を予想したが、その通りであった。色が霊夢と違い白と緑である。早苗は悠を見て少し驚いたようだった。
「あら、店主は妖怪じゃないのね?」
心外であった。
「村人の噂だと妖怪になっているわよ、 幽香やチルノ、河童とよく一緒にいるから」
あなたが人間と知っていたらもっと早く来たのに……とそうも付け加えた。諏訪子達の話から早苗は大人しい娘だと悠は勝手に想像していたが、どうして遠慮のない娘であった。後から聞いた話だが早苗は人間の話し相手が欲しかったらしい。
「仕入先なので……」
「へぇ~、電気もあるしすごいのね~」
早苗は店内を見渡していた。
「言った通りだろう」
魔理沙が嬉しそうに言った。早苗を挟んで座っている諏訪子と神奈子も嬉しそうである。
「でも、私アルコール類は苦手なのよ」
「はい、 そんな人にお勧めのカクテルがあります」
悠はシェーカーに氷と材料を数種類いれシェイクした。早苗はその手の動きを興味深そうに見ていた。
「どうぞ、 シンデレラです」
悠が差し出したカクテルは薄く白く濁ったオレンジ色のものであった。カクテルグラスにはカットしたパイナップルと輪切りにした果物が飾ってあった。果物は五色で綺麗なものである。早苗はその飾りつけに少し見惚れてからカクテルを口に入れた。
「あれ? お酒の味がしない……」
「はい、 ノンアルコールのカクテルです。 材料はレモンジュース、パイナップルジュース、オレンジジュースの三種類。 これらを完全に混ざるようにシェイクするとシンデレラになる」
「カクテルってお酒だけじゃないの?」
「もちろん。 お酒の飲める人しかバーを楽しめないのなら、それ以外の者がドレスがないためにお城のパーティに行けない灰かぶり姫になってしまう。 それでは悲しすぎる……バーはなにも酒を飲むだけが楽しさというわけではないからね」
「うん、 飾りも綺麗だし、 味もおいしい! それにこんなところで飲むと唯のミックスジュースも高級に感じるのね」
ミックスジュースと言われると身も蓋もない話のなってしまう。
「他にもノンアルコールカクテルはあるし、度数の低いカクテルもあるので、どんどん聞いてください」
「はい!」
早苗は嬉しそうに頷いた。
 お節介やきな魔法使いとやさしい継母、王子はいない。役が少しおかしいが確かにシンデレラだ……とそんなことを思いながら楽しそうに話をしている早苗達を悠は少し離れて見守っていた。今日はアイスピックを持って氷を割っていない。代わりにグラスを磨いていた。氷を割る音で彼女達の話に水を差すことを懸念したからである。阿求が入店するまで悠の安らぐ時間が続いていた。
 
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