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東方調酒録

作者:コチョウ
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第四夜 八雲紫は底が知れない

 博霊神社から香霖堂に向かう道の途中に新しい建物が一つ出来ていた。レンガの壁は汚れ一つなく、木製の扉は傷一つなかった。無精ひげを蓄えた店主の月見里 悠はもらい物の八目うなぎと書かれた提灯に明かりをつけた。木製の扉についたバッカスと書かれた小さなプレートが提灯によって照らし出され、悠はそれを少し眺めた後、扉を開け中に入った。
 
 バーの中では、すでに開店を手伝ってくれたモノ達が集まっていた。カウンター席に座っていた魔理沙が悠が戻ってきたのを見つけて、
「どこ行ってたんだ?」
と尋ねた。
「外がずいぶん暗くなってきたから、明かりをつけたんだ。 ミスティアさんからもらったお古ですけど」
悠が答えながら、店内の蝋燭に火をつけ始めた。
「やっぱりライトがほしいな……」
「それなら、私達にお任せください!」
河童のにとりが胸を叩いた。悠はにとりにライトと電気の簡単な説明をした。後日にまた詳しく聞かれたのだが、悠程度の素人知識で発電設備が作られるとはこの時は思っていなかった。
「そのライトがあると何かいいことあるのか?」
魔理沙の横に座っていた霊夢が聞いた。
「蝋燭みたいに変える必要もないし、蠟燭よりずっと明るいですよ」
「ふ~ん……」
霊夢にとっては興味のないものであるみたいで、魔理沙と話を始めた。
 カウンター席には霊夢と魔理沙の他に妖精のチルノと大ちゃんがフローズン・バナナ・ダイキリーのような軽くて甘いカクテルを飲みながら騒いでいた。主に騒いでいたのはチルノだけで大ちゃんはにこにこと見守っている。その二人の近くにいながら、チルノの騒ぎにも気を留めず静かに飲んでいるのは、緑色の髪と赤い瞳をした風見幽香であった。後ろのテーブル席では人間が机を囲んで飲んでいる。その中には河童や天狗の姿も見受けられた。この時間に飲んでいる人間であるから、それなりの力を持った者達である。そんな者達が肩身の狭さを感じているのは、カウンター席いる風見幽香ともう一人、悠の前に座っている八雲紫のせいであった。この二人を前にしては、どんな妖怪、人間、たとえ霊夢でも相手にはならない。八雲紫は金髪のロングヘアーで、毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいた。服装は紫色のフリルのついたドレスにリボンが巻いてある帽子をかぶっている。かもしだされる雰囲気は底の知れないものを感じるが、見た目は少女のような美しさがある。
「私に合うカクテルを一つ」
こんな頼み方をするのよね?と聞きながら紫が注文をした。紫は偶に間違った外の知識を披露する。
「紫さんにはどんなカクテルでも合いますよ」
「面白いことを言うわね」
紫は妖しく笑った。蝋燭によって照らされたその顔に悠は背筋に這うものを感じた。
「えっと、その中で紫さんのイメージだとあれだな」
悠は思いついたようで、後ろの棚からドライ・ジン、スウィート・ベルモット、シャルトリューズをカウンターに並べた。そしてそれらをシェリーグラスにボトルから直接スウィート・ベルモット、シャルトリューズ、ドライ・ジンの順番にゆっくりと静かに注いだ。そうすることにより、比重の違いから下からルビー、グリーン、ホワイトと三段混ざらずに重なったものがグラスに出来上がる。それを見て紫はほう……と感嘆を漏らした。
「このようなスタイルをプースカフェスタイルと言うんだ。 それから……」
「境界と言いたいのだな」
先に言いたいこと言われて悠はすこし戸惑った。
「はい、その通りです。 カクテルは本来なら混ざらないもの、 別々に飲んでもおいしいお酒を混ぜて、さらにおいしいお酒を創ることなんだ。 それはあなたの能力の境界を操るに少し……いえ、ほんの少しだけ近いかもしれません」
「なるほど、それで私にカクテルが似合うといったのね」
紫はグラスを手に取ろうとした。悠があわてて止めた。
「待って! それで完成ではないです」
悠はグラスを持ち上げた。
「この状態でビジューという名のカクテルで、フランス語で宝石という意味です。一番下の赤がルビー、真ん中のグリーンがエメラルド、そして一番上の白がダイヤとなってます」
そう言いながら悠はそれを氷の入ったミキシング・グラスに流しいれた。そしてそれを軽くステアした。色は琥珀色に変わり、カクテルグラスに移した。
「アンバードリームです」
悠が紫にグラスを差し出した。
「琥珀の夢、 ずいぶんとおしゃれな名前ね」
紫はグラスを持ちゆっくりとその小さな口に付けた。ほんの少し顔を上げ、グラスを傾けた。その眼は悠を見ている。その見下すような眼は悠の胸にむずむずとしたものを与えた。半分まで飲んで紫は唇に微量な水滴を残しながらグラスを離した。
「美味しいわ、 でもなぜこれが私に一番合うのかしら? 」
「ええ、 貴女に琥珀が合うと思ったからです」
「ふ~ん」
またしても紫は妖しく笑った。琥珀は、ただの松脂の化石である。宝石のような華やかな輝きは無いが、数万年のときを経て宝石とは全く違う美しさを得る。夢のような長い時間から得られる夢のような美しさ、紫がそれであるように感じられた。だがそんなことは口に出して言えるはずがない。紫にはきっと其れが分かっていたのだろう。
 ――その後、紫はそれが気に入ったのか、十杯ぐらい飲み、他にも何種類かのカクテルを何杯も飲んだ。酒の量もそこが知れない方であった。多忙を極める悠に声がかかった。
「一番手間のかかるカクテルって何?」
「トム・アンド・ジェリー」
紫に気を取られていた悠は答えて、はっとした。
「じゃあ、それで!」
そうにっこりと笑って言ったのは、和服を着て、頭に花飾りをつけた稗田阿求であった。
 涙目でトム・アンド・ジェリーを作りながら悠はこう分析する。自分は紫に対して特別な感情がある。その感情は恋や愛の類ではなく、きっと本能的なものなのだ……紫にはそうさせる美しさがあった。そして何よりヤクザにより地面に埋められた悠を気まぐれで救い出したのが紫であった為、刷り込みに近いものもあったのだろう。
 阿求はやったらと手間のかかるカクテルを待ちながら、今日の日付けと“幻想郷に初のばー、『ばっかす』開店す”と書き記した。
 
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