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東方調酒録

作者:コチョウ
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第六夜 星熊勇儀は勝負が好き

 暮れ五つ頃、川のほとりに建つ西洋風の外観を持つバー、バッカスは木製のドアの小さな金属プレートを照らすようにライトの明かりがつけられていた。その店内には未だ客はおらず、無精ひげを蓄えた店主の月見里 悠は眠そうな手つきでカウンターの下にある冷蔵庫を開けた。果物の在庫を確かめる為であった。冷蔵庫は紫に頼んで、入手してもらったものである。その冷蔵庫の中に果物と一緒にスイカの皮がお皿に乗せられ入れてあった。咲夜がタネのない手品に使用されたものである。咲夜とレミリアが帰った後、店を閉めた悠が弔いとして食べ、残った皮は漬物にしようと残していたのだった。悠は思い出したようにスイカの皮を取り出し、手際よく白い部分の切り取り、さらに一口サイズに切ったそれを塩と昆布と一緒に漬物壺の中に入れた。幽香の造ったスイカは白い部分もほのかに甘いので、漬けものにすると日本酒と合う。悠は漬けあがりを楽しみにしながら壺の蓋を閉めた。そして、思い出してはいたが、漬けものを作ることでわざと意識していなかった入口の扉のすぐ横の壁に刺さっているナイフに目を向けた。
 
 ――悠は困っていた。レンガに深く刺さったナイフが抜けないのである。石鹸汁を流しこんでみたが、あまり意味はないようであった。右足を壁に付け両手でナイフを握り、全身の力を後ろに投げ出した。ナイフは抜けなかったが、扉が開いた。中に入ってきたのは背の高い女性であった。体操着のような上着に、赤いラインの入ったロングスカートの金髪の女性であった。悠はナイフを抜こうとする体制のまま女性の一点に目を奪われた。美しい長い髪の中から長い一本角が生えいていたのである。女性は怪訝そうに悠を見下ろしていた。威圧感のある眼差しである。
「いらっしゃい」
悠が決まり文句を言った。
「それを抜きたいのか?」
女性が悠の手を指した。
「はい、 僕の力では無理そうです」
悠はナイフから手を離し、姿勢をただした。「貸してみろ」と女性はいい、バターからナイフを抜くように簡単に抜いた。悠はもはやこの程度では驚かない。
「これってあのメイドのナイフだろ? 妖怪退治だけじゃなく壁退治も始めたのか? ほらよ! 」
そういって悠にナイフを手渡した。
「ありがとうございます」
女性は悠をすこし無言で見詰めてから、
「私が怖くないのか?」
と聞いた?
「初めて会いますので……」
悠は困ったように答えた。
「私は鬼だぞ」
女性は威圧するように言った。
「はい、 お客であるなら席に案内します。 僕を襲うようでしたら……」
「あん? どうするんだ?」
女性が一歩前に出た。
「叫びます」
女性が目を細めた。
「それだけか?」
「それだけしかできないので」
女性見下すように悠の前に立った。悠はその女性の綺麗に整った顔をボーと眺めている。女性はフっと笑った。
「星熊 勇儀だ。 客だよ。 席に案内してくれ」
悠は勇儀をカウンター席に案内した。席に座った勇儀はカウンター内の棚を興味深そうに眺めた。
「実は萃香から話を聞いてきたんだ。 面白い酒が飲めるとかで」
やっぱり鬼同士知り合いなんだなと悠は思った。
「日本酒と前に宴会で“わいん”というもの飲んだが、 こんなに酒は種類があるのだな」
勇儀は楽しそうに言った。酒が好きなのだろう。
「なにか、飲んでみます?」
悠は山崎50年を手に取った。冷やして、丸氷を入れたウィスキーグラスに半分まで注いだ。勇議は一気に飲み干した。
「ほう、いい香りだ。 木の味がするな……」
勇儀はおかわりと言ってグラスを出してきた。どうやら気に入ってくれたようである。
「これが“かくてる”っていうものか? 酒を混ぜると聞いたのだがな」
「それはオンザロックですよ。 混ぜるのがいいのでしたら…… 」
悠は後ろの棚を少し眺めてから、カシャーサとラムを取り出した。ラムを四つ切にして砂糖と一緒にグラスに入れて潰し、そこに氷とカシャーサを入れた。
「カイピリーニャです」
勇儀が手に取り口に付けた。また一気飲みであった。
「甘味と苦みがいい感じに混ざってるな、 驚いたなコクもいい。 それですっきりしている」
もっとくれっとそう付け加えた。
「カシャーサ……ピンガというお酒は地酒的な味わいを持つ酒です。ラムを皮ごとつぶすと味わいは荒々しくなる。 最後に砂糖を甜菜糖という甜菜からとれたものを使っているので味にコクがでて、焼酎を飲みなれている者の口には合いますよ」
悠が説明した。勇儀はコップを見つめながら少し考えたのち
「気に入った! あんた地下に来なさい! 」
いきなりの誘いに悠は驚いた。
「お酒を気に入ってくれるのは嬉しいけど、 この店が気に入ってるので、 すいません」
悠はやんわりとお断りをした。
「そうかい、 じゃあ勝負して私が勝ったら来てもらうよ」
「え!?」
なぜそうなると悠は内心思っていたが、口には出さなかった。悠は誰がか入ってきて助けてくれることを祈ることにした。祈りが通じたのか、にとりと椛、烏天狗の射命丸が入ってきた。悠はすがる目を三人に向けた。勇儀も入口の方に目を向けた。
「あん? いつぞやの烏天狗じゃないか」
とたんに射命丸はへらへらと謙った。
「これはどうも、どうも」
といつもならカウンター席に座るのに後ろのテーブル席に三人で座った。残りの二人も勇儀に怯えているようであった。どうやら犠牲者が増えただけのようである。
「さぁ、 どうするんだ? 」
勇儀が目を細めながら言った。
「僕が勝ったらいいことあるんですか? 」
「ない! 代わりに勝負方法はあんたがきめていいわ」
口端をつりあげながら勇儀が悠を見下ろした。なるほど暴君である。悠は考える。力では全く相手にならない。弾幕勝負は遠慮したい。飲み比べは……おそらく勝てないだろう、それに営業中である。だとしたら……。 悠は棚の横にある箱から黒いプラスチックのコップとサイコロを三つ取りだした。
「この三つサイコロを振って上を向いた目の合計が四以上なら、勇儀さんの勝ち。 三以下なら僕の勝ち。 それでいいですか? 」
悠がサイコロとコップをカウンターに置いた。勇儀がサイコロを持ち上げて確認した。
「それでは、 あんたは三が出ないと負けじゃない? そんな条件でいいのか? 」
勇儀が楽しそうに聞いた。
「はい、 その代わりサイコロは僕が振る」
「いいわ」
そう言って、勇儀は悠にサイコロを渡した。
 悠はサイコロを受け取り、二つの指に三つのサイコロを挟んで持った。それをコップの内側の壁を滑るように投げいれ、遠心力でサイコロが落ちないように半周させながら机に被せた。勇儀がコップを見つめている。後ろの三人も首をのばしてコップを見ようとしていた。
「それじゃ、 持ち上げてください」
悠にそう言われて、勇儀がコップを持ち上げた。するとコップの中のサイコロは三つ重なっていた。そして一番上のサイコロの目は赤い点であった。後ろの三人がおおっと静かに驚いていた。
「出目は一ですよ」
「へ理屈だな」
勇儀は不満そうに一番上のサイコロを退かした。下にあった二個目のサイコロの出目も一であった。そして一番下の出目も一であった。
「全部合わせても三です」
「アハハ、 すごいじゃないか」
勇儀が大笑いしながら、悠の肩を叩いた。力を加減したつもりであると思うがとても痛かった。悠が肩をおさえている。
「あっと、 すまん。 私の負けだよ」
勇儀が気持ちよく負けを認めた。
「これは、 何回でもできるのか?」
「三つ重ねるだけなら十回中十回できます。 全部一を出すのは一回できればいいほうですよ」
「その一回を成功させたわけかい、 そうだ、 勝った褒美になんでも言うこと聞いてやるぞ」
勇儀のその言葉に悠はドキッとした。後ろの三人が何か期待しているようであった。
「そうですね、 でしたらまた来店してください」
勇儀はハハっと笑って、「もちろん」と答えた。後ろの三人はええ!と不満そうにざわざわしていたが勇儀の一睨みに下を向いてしまった。悠はなぜこの三人が勇儀をこれほど恐れているのかは知らなかった。
 
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