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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第二十四話 少年期⑦



 今更かもしれないが、俺は転生というなんとも摩訶不思議な体験を現在進行形で経験している。2度目の人生。そんなの漫画や小説、あるいは宗教とかぐらいでしか、普通耳にすることはないものだろう。

 それでもこうして世界は違えど、俺は俺として再び生きることを許された。それってかなりすごいことだと今でも思う。さらにこの世界の未来についての知識も持っている。ほかの人とは違う『特別』を、俺は間違いなく持っていた。

 だからこそ、俺には救える人がいた。必死に手を伸ばして、俺が使えるものを全部使って。それこそ、知識も人脈も能力もなんでもだ。一緒にこれからもいたい、という俺自身の願いのために俺は『特別』を使った。


 絶望の中に狂うはずだった母は、優しく木漏れ日のようなあたたかい母親のままに。生きたかったと涙を流しながらも、それでも妹の背中を押してあげた少女は、未来に向かって自分の足で歩いている。

 今の未来が、俺自身の手で起こしたことなのだと否定はしない。事実俺が動かなければ、何も変わらなかった可能性の方が高かっただろう。だからこそ、俺は持っていたものを使う選択肢を選んだ。俺自身も必死に頭をひねって、成功だけを目指して突き進んだ。救える可能性が俺にあるのなら……、とただ頑張るしかなかった。

 それは、それぐらい我武者羅に前を向き続けなければ、自分を奮い立たせなければならないほどに、俺自身は前世と何も変わらなかったからだ。


 ……俺は、本当にただの一般人だったんだ。命のやり取りもそれこそ殴り合いだってしたことがない。むしろ血を見たらビビるね。悲惨な過去とかも全然ないし。

 だから『特別』を持ったからって、俺自身の考え方やあり方は変わらなかった。基本的に俺は人の上に立てる性格ではないし、博愛主義者でもない。自分が傷つくのは嫌で、他人に嫌われるのも怖いと思っている。

 とてもではないが、ヒーローになれる要素なんてなかった。だからヒーローもどきになら、と自分に言い聞かせて走るしかなかった。アリシア達を助けると決めていたのに、ずっとその先の影響を考えることを拒否していたのもそれだ。当時は理不尽だと何度も叫んでいただけだった。

 だって下手したら世界を滅ぼしかねないものを、俺1人で解決できるなんて思えるわけがないじゃないか。『特別』を持っていたって、誰かの命がかかっていたって、自分がきっかけを作ったのだとしたって……そんなものを背負いたいなんて思わないだろ。薄情だろうとそれが、俺の紛れもない本心だったんだ。



 ……とまぁ、こんな風に鬱々と考えていたのが去年の今ぐらいだったんだよな。なんだかもう頭が痛くなって、似非悟りモード一歩手前なぐらい悩んでいたと思う。今はなんか吹っ切れたというか、もうごちゃごちゃ考えてもめんどくさいという心境になってしまった。もう俺がなんとかするしかないのなら、とにかくやれ、で自己完結してしまったのだ。

 正直に告白すると、俺がなのはさんたちを救いたいと思った大元は、俺自身が罪悪感につぶされたくなかった、という自己保身だったのだ。彼女たちの幸せも願っていたが、それ以上に俺が間接的に殺してしまう事実に恐れていた。だから、成功したら御の字。もし失敗しても、俺なりになのはさんたちを救おうと頑張った、と自分自身に言い訳ができる。うん、本当に最低だと思う。

 こんなことを思っていた俺に、救われて嬉しいと思う人がいるだろうか。その考えがもうないかと言われれば、絶対ないとは言えない。それでも負に向いていた決意が、確かな覚悟に変えられたのはみんなのおかげだと思っている。そしてなによりも、彼女への思い。こんなのただの一方通行だってわかっているけど、これ以上ないほどに彼女は、俺に新しい道を示してくれたんだ。



******



「……よし、できた」
「にゃ?」

 なかなかうまくできたんじゃね? と今までの苦労を思い返しながら、俺は感動を噛みしめていた。そんな俺の様子にリニスが不思議そうに近寄ってきて、俺の手の中のものを覗き込んでいる。ふふふ……苦しゅうない、俺の努力の結晶を遠慮なく見たまえ。

 現在もお世話になっている施設にある俺たちの家。俺はベランダの窓を開けて、足をぶらぶらさせながら座り、プチ解放感を味わいながら作業をしていた。それにしても、ここともあともう少しでお別れか……と思うとちょっと寂しく感じる。思えば半年近くもお世話になったんだよなぁ。しみじみ。

 母さんとアリシア、さらにコーラルは現在家にいない。2人は買い物に出かけたのだが、ついでに不動産屋も回るつもりらしい。コーラルはそのサポートというか情報バンクとして連れて行かれたのだ。ほんと俺のデバイスって……。

 まぁそんなわけで、ちょっとやりたいことのあった俺と、ごろごろしていたいリニスがお留守番組となったのである。リニスってアクティブだけど、いつもそんな感じではなかったりする。お昼寝が大好きだし、そこらへんに転がっていることもあるのだ。一応女の子なんだから、ソファの上とかで転がりなさいとは言っているが。

「そういえば、俺とリニスが2人きりになる機会って全然なかった気がするね」
「ふみゃぁー」
「OK。その大あくびのおかげで、リニスにとってどうでもいいことなんだとわかった」

 このにゃんこ、相変わらず我が道を行くな。そうですか、俺との2人きりは特に思うことなしですか。いや、昔を考えればこうして2人きりでいられるだけ良くなっているのか? 前なんてしゃべりかけるだけで威嚇されていたしなー、あはは……。


「にゃう」
「え、結局これはなんだって? 見ての通りお守りですよ」

 リニスが俺の持っているものは何か、とぺしっと手を軽く叩いてきた。別に隠すものでもないので素直に答える。なによりもようやく出来た物なので、ちょっと見せびらかせたい気持ちもあったのだ。だって俺マジで不器用なんだよ。「家庭科」の成績とか2or3で争っていたんだぜ……10段階評価で。中学には留年やら単位がなかったのが本当に救いだった。

「特に頑張ったのはここ、半返し縫いしているところだ。端末で調べたら丈夫になるって書いていたから頑張ったんだぜ。さらに刺繍もしてみてさ。形も工夫してみたんだけど、どう?」

 少しずつ製作をして、小さなものとはいえそれぞれ色を分けて6つも作ったのだ。家族の誰もが俺の不器用さを知っているので、きちんと完成品として出来上がったということに自分でも驚いている。そんなすごく頑張った俺のお守りを一瞥したリニスからの反応は―――

「―――ふッ」
「……あの、リニスさん。今鼻で笑った? 下手って言いたいの? ねぇ、さすがに俺も泣くよ?」

 いつも通り情け容赦のないリニスさんでした。


「うん、これでよし」

 数分後。どん底から這い上がった俺は、コーラルにずっと預かってもらっていたものを箱から取り出す。今日コーラルが出かける前に、出しておいてもらって正解だったな。俺は小さな箱からいくつかのかけらを手に取り、メイドin俺のお守り袋の中へ入れていく。

 あの事故の日に砕けてしまったウサギの石。母さん達から譲り受けたものを、俺はできる限り均等になるように袋詰めしていく。俺の分にアリシア、母さんに父さん、リニスの分に……と作られたお守り。もともと石のかけらの量も少なかったため、かなり小ぶりなものになってしまった。

 石をもらった当初から、こうしようと考えていた。理由の1つとしては、本当にお守りとしての効果を期待してだったりする。なんかこう、ご利益がありそうな気がするし。そんなことを思いながら、俺は石の入った黄色いお守り袋を1つ持ち上げ見つめる。太陽に照らされ、光がお守り袋を通して目に入る。ほのかにあたたかい黄色い光。

『……もしかしたら、ますたー達のことを代わりに守ってくれたのかもしれませんね』

 事故から数日たったあの日のことを思い出す。コーラルから告げられた言葉は俺の中にすとん、と入り込んだ。俺たちが生きている代わりに。それは奇しくも、俺に1人の少女の存在を思い出させるのに十分だった。

 運命の分かれ道で聞こえた「諦めるな」という声。ただ単に、俺が被害妄想を爆発させていただけだったのかもしれない。それでももしかしたら、本当に守ってくれたのかもしれないって。俺と妹の背中を、優しい彼女は押してくれたのかもしれない。

 彼女のことに目を背けるしかなかった、心の中で謝ることしかできなかった、そんな俺でさえも。


「……なぁ、リニス。俺ってさ、すげぇ変な奴だって言われたことがあるんだ」
「……?」

 俺の脈絡もないいきなりの発言に、リニスは小首をかしげている。だよな、と思いながら俺はそのまま言葉を紡いでいく。リニスは賢い。もしかしたら俺が話す内容を理解してしまうかもしれない。けれど、彼女にはそれを周りに告げる術はない。ずるいなぁ、と思いながらも俺は言葉を止めることはしなかった。

「変なことをよくするし、言動も変らしい。しかもなんか勘違いもよくするらしいって昔友人に言われたんだ。しかもそいつに『お前実は宇宙人で、人類じゃなくて別の分類でも信じられる』とか何気にひどいことを言われたこともあった」

 就職のための自己アピール文や面接用に、友人に俺ってどんなやつ? って率直に答えてもらった回答がこれである。お前は俺に就職するな、と言いたいのか。まぁ今現在は、確かに俺は普通に考えれば変な人間だろう。ほかの人たちとは違うんだし。

「そんな俺だけど、高い魔力に、レアスキルを持っていてさ。かわいい妹がいて、さらに母さんはSランクの魔導師で開発者で。父さんは有名な技術者ときた。……あやふやだけど知識もある」

 後半は小声になったが、なんか自慢にも聞こえる。でも、間違いなく俺は恵まれている。そのおかげでこんな俺でも、できることはきっといっぱいあるのだろう。前世とは違う生き方だって目指していける。


「それでもさ、やっぱり俺って人間なんだよ」

 俺にできる範囲なんて、世界から見れば本当に小さい。1つの家族を救うだけでも大変だった。死ぬことも失うことも犠牲にすることも、怯えて足を竦ませてしまう……ただの人間。

「助けてあげたい、って思っても俺にできることなんて限られていてさ。毛の生えた一般人に魔王様をはっ倒せ! なんて言われてできないと思うのと同じ。どうしてもやりとげなければ、っていう思いもなかったのならなおさらだ」

 そう―――なのはさんたちを助けたいと思っていても、それを実現させるためにどれだけ大変なことだろうか。しかもアリシア達を助ける時とは、俺の思いの強さは段違いに違うのに。俺のせいだから、という責任感だけで動けるほど、できた性格でもなかった。

「しかも俺の両手には、もうアリシアや母さん、父さんにリニスにコーラル……っていっぱい抱え込んでしまっている」

 絶対に零れ落ちてほしくない俺の宝物。それと同列に考えることはできない。だから、成功したら御の字なんて考え方ができていたのだ。失敗したって、俺の宝物は無事だから。

「俺の両手にはこれ以上抱えられるほどの容量なんてなくて、入れようにも今あるものを落としたくないからそんなこともできない」

 もうほとんど独白のようになってしまった言葉たち。リニスにとって、わけのわからない話ばかりだろう。それでも彼女は何も語らず、じっと俺の目を見据えてくれている。リニスのそんなところが俺にはありがたかった。


 俺は再度お守りを掲げる。彼女―――フェイト・テスタロッサ。ずっと昔は、ただの物語の登場人物だった。そのあとは、俺が存在を消してしまう、罪滅ぼしをするべき少女だった。だけど今は、俺にとって彼女は……恩人になっていた。

 罪悪感から動いていた気持ちは、彼女への恩返しへと変わった。それは言葉遊びをしているだけかもしれないけど、これ以上ないほどに俺を勇気づけてくれた。勝手な解釈だとしても、そのおかげで俺は物語だけでなく、彼女たちとも真正面から向き合えるようになれたんだ。

 だけど、俺が彼女に直接恩返しをすることはできない。彼女の家族を―――プレシアとアリシアが幸せになることもフェイトさんの願いだったけれど、これはもともと俺が決めていたことだ。それにフェイトさんのことは関係ない。

 ならば俺にできることは、彼女の大切な友人や人たちを救うことだと思った。目標は最初と同じでも、目的は180度変われたのだ。それでも先ほどリニスに話していた通り、その人たちみんなを両手で救うことはできない。

 だから、そんな俺はあらためてここで決心しようと思う。フェイトさんを愛していたリニスさんとは違うけれど、それでもほんの少しでも彼女と関係のある誰かに伝えたかった。


「俺の両手ではあなたの大切な人たちを救うことはできません。……それならせめて、あなたの大切な人たちを最悪から蹴っ飛ばすぐらいの気概はみせてみせます」

 両手がふさがっていても、両足なら空いている。それならとにかく、最悪から放り出してしまえばいいのだ。俺程度でも、そのぐらいならできるかもしれない。

 ……あーでも、コントロールには目をつぶって欲しいかな。両手がふさがっているから、マジでどこに飛んでいくかもわからないし。しかも蹴り飛ばすから全然優しくなくて、相手に怒られるかもしれないけど…。それでも頑張ってみせますから。


「にゃー」
「あっ、えっと、悪いなリニス。なんかわけわからんことにつき合わせちゃって」

 俺はお守りを石の入っていた箱の中に片づけておく。先ほどまで話していた内容を振り返りながら、自身の頭を掻く。いくらなんでも勝手だったよな…、と自分に呆れてしまう。そんな俺の様子を無言で見つめてくるリニス。そして彼女は腰をあげ、俺のすぐ傍へと近づいてきた。

「……ふぅ」
「え、ちょッ」

 そしてリニスは、俺の膝の上に飛び乗ってきた。……もう一度言わせてもらう。リニスが自分から俺の膝の上に乗ってきた。……自分から! 俺の! 膝の上に! 乗ってきたァァァーーー!!!

 えっ、まじでッ!? これって夢じゃないよね。ちょッ、カメラどこだカメラ! あ、今外出中だった。くそっ、俺のレアスキルで呼び寄せられれば……むしろ俺から行く? いやさすがにそれは傍迷惑か、不動産屋が。母さん達なら、感動を一緒に分かち合ってくれるかもしれないけど。とにもかくにも野郎ども、お赤飯じゃァァアアアァァーー!!!


「……その、ありがと。リニス」
「…………」
「もしよかったらさ。さっきの俺のけじめ覚えておいてほしい。いいかな?」
「……にゃ」

 膝の上のぬこ様を撫でようとしたら、猫パンチを食らったのでおとなしく日向ぼっこをすることになった。膝に乗ってくれているだけでも快挙、と自分に言い聞かせながら、手がワキワキするのを抑える俺だった。



******



「さて、それじゃあまとめておきますか」

 家のテーブルの上には、だいぶ使い古されたメモ帳たちが置かれている。初代は今から3年も前のものなのでところどころ日焼けしたり、破れているが問題はないだろう。あれから散歩に出かけたリニスを見送り、同じ姿勢でいたため痺れに泣きながらも、この時間を有効に使うことにした。

 以前から決めていた俺の行動方針をまとめることだ。ある程度は決めているが、明確に決めておく方がいいだろう。それと前までのメモ帳を取り出したのも、未来について思いついたものを書き込みまくっていたからだ。それも含めて考えていこうと思う。

 そんなわけで早速メモ帳を覗き込む。ふむ、こんぶと卵2パックとささみ400gか……、ってこれ買い物メモじゃん。こっちは副官さんのいじりリスト集に、妹の面白い寝言ランキングで埋まっていた。ほかにも関係ないことばっかり書かれていたメモたち。そんな中から、真面目なものを探していて思ったことが1つある。

 ……俺、メモに書く内容をこれからは絶対に仕分けるんだ。


 そんなこんなでメモを分けることに成功し、一息つく。とりあえず、まずは俺の目標であり、方針だな。目標といっても、1つぐらいしかないんだけどさ。

 俺だってみんなを救ってハッピーエンド! ……にしたいが、さすがに数が多すぎるし、目標からぶれてしまうかもしれない。なので、なのはさんとはやてさんを救うことを目標に掲げることにした。2人はフェイトさんの親友であり、彼女にとってかけがえのない存在だ。特になのはさんとは、禁断の道にいきそうなぐらいのゆr……いや、これは二次小説の影響か。

 もちろんほかにもたくさん彼女の関係者はいるが、俺自身が動かなければならないのはたぶんこの2人だけだろう。なによりこの2人、特にその1人を救うことが一番大変なんだけど。


 なのはさんは前に考えた通り、魔法関係に関わりさえしなければ、平穏に暮らすことができるはずだ。だから、特に高町家には手を出す必要はない。なのはさんのお父さんが大けがをするっていう場面や、1人で悲しむ彼女が気にならないわけではないが、それは考慮に入れるべきじゃない。

 少なくとも父親は生きているし、彼女なら魔法がなくてもいつか乗り越えていけるだろう。魔法関係者である俺が、接触する方が駄目だ。なら、俺はなのはさんには関わらない。それが1番だと思う。


 だけどはやてさんは……彼女に関しては介入せざるをえない。彼女はあの状況では、どうしたって魔法関係者として生きていくしかない。闇の書の主に選ばれた少女。壊れた魔導書。復讐者の存在。間違いなくこれが最大の壁だった。一番厄介なものだと断言できる。

 だけど、そのおかげで理解も早かった。諦めたともいう。俺が立ち向かわなければならない相手は、『闇の書』であることだとわかったのだ。闇の書の防衛プログラム。これさえなんとかできれば、なのはさんもはやてさんも生きていけるし、地球も滅亡しない。なんともわかりやすいラスボスである。泣きたい。

 さて、ここまで考えてみたが、具体的な対応策はまだなかったりする。ガチンコで防衛プログラムを消し飛ばす! なんて方法が俺にできるわけがないのだ、……原作のように。なにより原作と同じような展開になるなんて、もはやありえないのだから。

 ……いや、待てよ。ちょっと考えてみよう。原作と同じにはならないだろうけど、原作と同じ道筋になるように俺が手を加えるようにしてみたらどうだろう。確かに奇跡みたいな解決方法だったけど、無印を俺が起こして、A’sに突入するという流れならいけないかな?


 白き不屈の少女は、愛機を持つ手を静かに下げる。目の前に輝く青き宝石は、先ほどまでの暴走を制止し、静かに光を放っていた。彼女は強大な魔力の爆発を起こし、6つのジュエルシードを一気に封印してみせたのだ。無事に封印できたことへの安堵。ゆっくり浮かび上がってくる宝石を見つめながら、少女はもう1人封印に協力してくれた相手を見る。

 少女と同じように空をかけ、何度もぶつかった相手。どうして戦わなければならないのか、それを問いかけても答えてはくれなかった。それでも今はこうして、少しの間とはいえ一緒に空を飛ぶことができた。

 少女の視線に気づいたのか、相手も彼女と目が合う。戸惑いを浮かべる相手に、少女は微笑む。ようやくわかった自分の気持ち。辛いことも悲しいことも「ともに分け合いたい」のだと気づいたのだ。だから少女は言葉にする。思いは相手に伝えなければ伝わらないから。自身の思いを言葉に乗せ、まっすぐな気持ちを伝えた。

「友達になりたいんだ」

 1人の笑顔のきれいな少女(9歳児)は、30代ぐらいのおっさんに向けて言いました。


 ……ねぇよ。というか普通にやばいだろ、どう考えても。主に世間的な意味で。きらきらの少年少女たちに紛れる30代のおっさん。本当にない。フェイトさん役もママン役も無理、絶対。

 なので俺は、『原作をそのまま起こす』は即却下した。異論は認めない。そのままでなくても流れを似せれば……もあるが、正直どっちにしても現実的ではないんだ。第一、わざわざ20年以上も先の未来を待ってから動くって駄目すぎるだろ。

 メモ帳に書かれていたいくつかの原作遵守方法を読んでみても、成功率の高い案は1つもない。最後の方なんて『グレアムピチュるか』とちょっとやけになってしまっている。この時の俺大丈夫か。

 うん、とにかくだ。俺が原作に介入するという方向はなし。成功率は低いし、なにより1番危険すぎる。はやてさんは人畜無害でも、周りが怖い。幼少期からはやてさんに接触していても、彼女が9歳にならないと闇の書は起動しないし、それまでに下手に手を出せば暴走して転生。どないせぇと。しかも幼女の家に通うおっさん。通報されるわ。

 なんにしても、起動してから騎士たちに事情を説明したって、蒐集しなければ八神はやては死ぬ。蒐集したら暴走。それじゃあ、何も変わらない。八神はやての手に闇の書が渡った時点で、ほとんどの可能性がつぶれてしまっているのだ。


 だからこそ俺が考えたのは、原作開始前に行動を起こすことだった。今俺がいる時代は原作から20年以上も前の新暦39年。新暦60年と少しぐらいで原作が始まるだろうと考えれば、この膨大な時間は俺にとって圧倒的なアドバンテージとなる。20年という時間と原作知識(仮)、そして能力を使えば、もしかしたら原作にはないほかの方法だって見つけられるかもしれない。

 そして、その方法を見つけられるかもしれないヒントは原作の中に確かに存在した。しかもその方法は危ないことなど一切なく、それでいてかなりの効果を発揮していた。原作では限られた時間の中での戦いだったが、俺には制限時間なんてあってないようなものなのだから。

 総司令官達の助力を乞うたのもこのためだ。あれは管理局が保有するものであるため、一般人の俺では手を出すことができない。でもユーノさんのようになんらかの伝手があれば、入ることができた場所なのだ。ならば、俺でも手が届くかもしれない。

 俺がまずすべきことは、「相手を正確に知ること」だ。上層部の時もリニスの時も、そうしてきたんだ。敵が強大になったからってそれは変わらない。原作を知っているからと疎かにしたら、思わぬ落とし穴に嵌るかもしれないからだ。それにもしかしたら、原作にはなかった新たな情報を見つけられるかもしれない。


「方針はとりあえずこんな感じだな。闇の書に関するあらゆる知識を、できれば10年以内に見つけることだ」

 俺が10年という期限を決めたのには理由がある。俺の1番は、アリシア達と幸せに暮らすことだ。それに、なのはさんとはやてさんを最悪から救うことが含まれてくる。闇の書に関する知識がしっかり広まっているだけでも、原作崩壊に繋がるのかを検討したい。それにもし何か方法が見つかったのなら、試してみたい。

 さきほどのメモに書いてあった『ピチュる』の意味は、グレアムさんが闇の書の主であるはやてさんを永久凍結させようと奮闘していたからだ。彼は2人の使い魔とたった3人で、管理局生命の多くを費やしていた。

 その理由は確か、クロスケ君の父親で、リンディ提督の夫であるクライドさんという人の死が原因だったはず。俺も詳しくは覚えていないが、闇の書が原因だったことは確実だ。復讐か償いかはわからないけど、グレアムさんは彼の死を、闇の書を忘れられなかった。

 だけど俺にとって重要なのは、闇の書事件が確実に原作が始まる前に1度起きることだ。クロスケ君の原作での年齢は14歳。そして父親のことも薄く残っていたはずだ。子どもが物心をつきだすのはだいたい3歳ぐらいだと仮定すれば、原作の10年前に起こる可能性が高い。

 それは、はやてさんの手に闇の書が渡る前に、試すことができるということだ。もし成功すれば万事解決で、無理だったとしても残り10年でその時の失敗を糧に考えることができる。

 かなりひどい考え方だろうし、ヴォルケンリッター達のことを考えると辛いけど……当面はこの方針で進むしかない。


 もう1つのリリカル物語の起点となる事件。どれだけできるかはわからないけど、頑張ってみよう。もう原作のような終わりにならないとわかっている分、思いきれる。俺なりに介入して、1つでも変えていく。

 もしクライドさんが助かればどうなるのか。もし闇の書の暴走を止められたらどうなるのか。もし、闇の書の因縁を終わらせられたら……。それらがいい方向に向くのか、悪い方向に向くのかはまったくわからないことだけど。

「それでも、できることをやっていくしかない」

 俺は新しいメモ帳にこれまでのことをまとめていた手を止め、ベランダから空を見上げる。どこまでも澄み渡った青空が、ずっと俺の目に焼き付いた。

 
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