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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第二十三話 少年期⑥



 さわやかに晴れ渡った空と東京タワー並みにあるのではないかと思うぐらいのビルが、いくつも建ちならんでいるのが俺の目に映る。昔アリシア達と一緒にビルの屋上から見下ろしたことがあったが、本当に大きな都市だと改めて感じていた。

 地球でもこれほどの規模の都市はないのではないだろうか。さすがは管理世界の中心地だなぁ、と仰いでいた視線を元に戻す。その先には買い物をしている親子や、犬を散歩させている女の人、さらに慌てた様子のスーツ姿の男性に、話に花を咲かせている学生たちと様々な人が俺の目の前を通り過ぎていた。

「相変わらずクラナガンはでかいよなー」
『……次元世界の中心であり、心臓部とも言われる場所です。様々な世界から人が集まりますし、にぎやかにもなるでしょう』

 人々が行きかうさらに先には、管理局地上本部の姿も見える。本部はクラナガン一の巨大な建物のため、中央区画内ならほぼ見つけることができるのだ。そのおかげでこの巨大都市で迷子になっても、とにかくあそこ目指せばOK! というのがミッドの共通認識らしい。

 一応今俺がいるこの場所も、クラナガンの中ではそれなりに有名な待ち合わせスポットだったりする。交通機関が近くにあり、繁華街まで目と鼻の先という場所に佇む時計台。その周りには小さな噴水が作られており、花壇には季節の花が植えられている。噴水の水で作られるアーチは、前にテレビで紹介されていただけあって手が込んでいた。

 ……と、そんな細かいところまで眺めているのは別に趣味だからという訳ではない。ほかに本当にやることがないのだ。もうそろそろ水の仕掛けのパターンを覚えてしまいそうだ。俺は噴水のふちに腰掛けながら、足に肘を立てて頬杖をついた。


「……ほんとにここはおおきいねー」
『そのセリフはもう何回目ですかね。だんだん棒読みになってきていますし』
「……ちくしょう、忘れてた。久しぶりすぎてまじで忘れてたよ。こういう人だったよ、あの人は」

 がくり、と俺は意気消沈する。最初にここに来たときは、特に気にしてはいなかった。むしろ裁判から解放され、久しぶりの外出に浮かれていたぐらいだった。近くの店に寄ってみたり、散歩してみたり、自分と同じ年ぐらいの子どもの身長と見比べてほっとしたりしていた。

 今日は母さんにお昼は外で食べてくると伝え、待ち合わせの約束よりも俺は早めに外出した。だから多少相手を待つことはわかっていたのだ。そう多少なら、多少ならわかっていたんだ。すごく感謝しているし、いくら頭を下げても足りない相手だっていうのも理解しているんだけどさッ! 腹が減って思考がどんどん混沌としていく。

 さっきからなり続ける俺の腹の音と、ここに俺が来てから1時間以上ゆうに過ぎていることを告げる時計台の鐘の音が噴水広場に響く。……うん、あれだな。

「……なぁ、コーラル。威力を高めるために身体全体に回転を加えて遠心力出して、さらに受け身をとれるように体制を整えれば連発もできるよな。俺、旋回式とか1度試してみたかったんだ」
『ますたー落ち着いて。さすがにそれはいつもとび蹴りを食らっているマイスターでも……なんか大丈夫な気もしますが、やめてあげましょう。技はちょっと見てみたくもありますが』
「お前も結構ひどいことさらっと言うよな」
『なんだかんだでますたーはやりすぎないでしょ。いつも通り、じゃれる位でしたらいいと思いますけどね』

 お前にとっていつものあれはじゃれる認識だったのか。まぁ、連発はやめておくが。俺はそっと立ち上がり、うつむいていた顔をあげて前を見据える。コーラルが最後の呟きをした時に気づいたからだ。

 噴水公園の入り口。短く切りそろえられた金色の髪と黒で統一された服の上に白衣を羽織った男性。急いで来たのか、一筋、二筋とはらりと髪が額に落ちかかっているようだった。

 妹と同じ赤い瞳と目があった。俺を見つけたその顔からは優しげな笑みが浮かべられる。それを直視してしまい、俺はふいっと顔をそらす。さすがはあの母さんを射止めただけはあるな、イケメンめ。本当に会えてうれしいという雰囲気を笑顔から感じ取り、気恥ずかしさが込み上げてきた。

 ムカムカしていた気持ちは、その笑みに落ち着いてしまった。だけど、このまま普通に再会するのは照れくさい。よし、コーラルにもいつも通りでいいって言われたし、1時間以上も放置プレーされたんだ。俺たちなりの再会の仕方でいいだろう。


「アルヴィン! 久しぶりで……ごはァッ!!」

 転移での空中突撃。背中から見事に入った技は、これまた綺麗にくの字を描かせた。俺と父さんとの1年ぶりの再会はこうして果たされた。



******



「お前はなんで毎回突撃するんだ」
「俺と父さんにとってとび蹴りは、挨拶またはお約束だと思っていたんだけど…」
「待て、アルヴィン! その認識は色々おかしいと思うんだがッ!?」

 時間にルーズというか、生活面全般が横着な父さんに普通を諭されましても。昔は母さんが調きょ…、いやいや注意をしてましになっていたのに再発しているな。感覚がずれているというか、熱中すると一直線になる癖は本当に相変わらずのようだ。

「で、遅刻はやっぱり仕事?」
「うっ、すまない。ちょっとと思っていたら、つい…」
『ますたーの「つい」の癖は間違いなくマイスターの血ですよね』

 コーラルの独り言には一切触れず、俺は父さんとの会話を楽しんでいた。俺にとって父さんは、肩に力を入れずに話せる数少ない人だ。

 母さんやアリシアは異性だし、俺にとって守るべき存在である。この考え方が、俺が原作の2人の道筋を知っているから……、という影響もあるのかもしれない。周りも大人ばかりだから付き合い方というものもあった。

 でも父さんは、自分でも不思議なぐらい自然体でいられた。彼の持つ柔和な人柄や温かさに、この人なら許してくれるかもしれない、と甘えてしまったことは何度もあった。もちろん言わないことはたくさんあったし、困らせたくないから、あまり頼りすぎないようにはしていたけど。

「それより父さん。お昼食べよ、お昼。俺もうお腹がすいて力が出ない」
「……十分元気だと思ったが。ならどこかお店に入って食べに行こうか?」
「あ、ちょうどいいところがある。前にもらったクーポン券の期限もぎりぎりでいけそうだし」
『あぁ、恋するバーサーカー(同僚さん)の突撃を凌いだと言われる方がいるお店ですか』

 同僚さんに対してなんか伏字があったように感じたが…。店員さんを同僚さんに紹介して、そこに彼女が突撃をかましに行ったのはもう随分前のことだ。その時は同僚さんが開発チーム分のクーポン券をもって、お腹いっぱいで帰ってきたんだっけ。

 お仕事が大変な皆さんに、もし機会があればおいしいご飯を…、とスマイルでクーポン券を渡されたらしい。同僚さんから話を聞いたときは完全に宣伝扱いされている、と思ったが本人はイケメンぶりに喜んでいたから気にしないことにしたけど。



 そんなこんなでやってきたお店は、なんとも摩訶不思議なところだった。ちょっとおしゃれ風の店が立ち並ぶ中、そこは地球の居酒屋のような雰囲気だったのだ。壁にはお品書きが書かれていて、木のテーブルと椅子、さらにカウンター席まである。棚にはお酒が並べられており、落ち着いたムードが日本を思い出させた。

『このお店、ますたーが前に端末で見ていた、地球にあるお店に似ていますね』
「うん、ちょっとびっくりした」

 日本に迷い込んだのかと最初思ったが、青や赤といった髪の人が当たり前のようにいるし、料理を待つ間に空中に映像画面を出して時間をつぶしている人もいた。カラフルな髪色に慣れたとはいえ、この空間との違和感はすごい。そのミスマッチさが、ここがミッドチルダなのだとすぐに俺の意識を戻してくれた。

「いらっしゃいませ。2名様でしょうか」
「はい、テーブル席でお願いします。アルヴィンもそれでいいか?」
「あ、うん。俺もそれでお願いします」

 父さんの方は話が進んでいたらしく、話を振られてとっさに答える。2人の後をついていきながら、俺は肩を落とす。女々しいというか、なんというかという心境。自分では踏ん切りがついた、納得していたと思っていても、心の中ではふと前世を探している時がある。

 こうして2度目があるだけでも十分幸せなことだ。ミッドや家族を、前世と混合しないようにしようと心がけてもいた。今を真剣に生きることを俺は選んだのだから。それでも、やはり寂しさを拭えないときはある。

 いつか、笑って懐かしいと心から思える日が来るのだろうか。それは正直わからないが、こればかりは俺の気持ちの問題だと思った。時間が解決してくれることを祈るしかない。まだこの世界に来て6年しか経っていないのだから。

 あまりこのことに関して意識しすぎないようにしよう、と結論付けて俺は席に座りメニューを開く。居酒屋風の店なのに、なぜか大量の定食が載っているというアンバランスさに吹き出しながら、無難に『鳥つくね焼き定食』を選ぶ。日本の料理が数多く載ってあり、異世界なのに本当に不思議だ。

「初めて見る料理もありましたが、民族料理店なんですか?」
「そのような感じですね。ここの料理や店内は、異世界からミッドに持ち込まれた文化だそうです。ミッドは他世界から多くの移住者が来られますから、このような店は結構あるんですよ。故郷の味を忘れないように……と」
「なるほど」

 父さんが質問した内容に丁寧に答えてくれた店員さん。さっきまで軽く意識がとんでいたから気づかなかったが、クーポン券をくれたお兄さんだ。お兄さん自身はこの店の元となった世界とは関係ないみたいだが、この店で食べた味に惚れたらしく働いているらしい。

 俺は故郷の味を褒められてなんかうれしかったし、父さんも店員さんの話に耳を傾けていた。注文を聞き、去っていった店員さんの後には、店員さんがおいしいと語った料理を楽しみに待つ男2人。あのお兄さんできる人だわ。



「プレシアやアリシアは元気にしているか?」
「うん、元気だよ。規則正しい生活もしているし、アリシアも母さんと一緒にいれて喜んでいるしね」

 それほど時間もかからずに来た料理に箸を伸ばしながら、お互いに近況を報告し合う。父さんは箸に慣れていないからか若干手元がおぼつかなかったが、おいしそうに食べている。定食は結構本格的だ。ハンバーグ型のつくねの上にはとろみがつけられ、細ねぎが散らされている。

 口に入れるとつくねからじゅわと肉汁が溢れ、さらにチーズが入っているのかとろりとした触感が食欲をさらにそそらせる。同じ皿の上にあったアスパラガスも柔らかく茹でられており、少量のレモン汁もつくねと合わさり相乗効果を生んでいる。うん、これはうまい。

「不自由はしてないだろうか。あとお金に困ってはいないか?」
「心配しすぎだよ。父さんからの養育費も十分もらっているし、母さんもかなりの高給取りだからね」
『それに事故の裁判で賠償金をかなりもらえるみたいですから、さらに潤います』

 長い拘束から解放されたとはいえ、まだ完全に俺たちは自由というわけではなかったりする。裁判のどたばたが全部片付き、管理局からの手続きも終わるにはまだもう少し時間がかかるからだ。

 それに新しい住居への引っ越しの準備もある。俺たちが今住んでいるのは管理局が管轄している保護施設であるため、ずっといるわけにはいかないためだ。そのため、みんなは忙しそうにしている。同時に嬉しそうでもあったけれど。


「事故か…。ニュースで見た時は衝撃だった。アルヴィンからもしかしたら、と連絡をもらっていたが実際にあんなことが起きるなんてな」
「そうだね。でも父さんのおかげで母さんたちは救われたんだ。本当にありがとうございます」
「そんな改まって礼を言われることはしていない。私は繋ぎになっただけなのだから」

 俺がお礼を告げると、父さんは首を横に振った。父さんはそう言うが、俺としてはこれ以上ないほどの味方だったのだ。この人が支えてくれている、そう思えただけでも安心できたから。

「でもまさか、総司令官のデバイスのメンテナンスを父さんがしていたとはね。最初はどうしてそんなお偉いさんと繋がりがあるのかって驚いたけど」
「あぁ、デバイスマイスターとしてはありがたいことだ。私の腕を認めてくれたということだからね」

 いつもはちょっと頼りなくうつる父さんだけど、仕事の話になるといつも生き生きしている。母さんはそんな父さんに呆れているときもあったが、同時に微笑ましそうにもしていた。家の工房でデバイスを作っていた時の父さんの顔は、子どものように輝いていたのを今でも覚えている。俺も母さんも父さんに仕事のことであまり言わなかったのは、そんな父さんの姿をずっと見てきたからでもあった。

 父さんはデバイスマイスターとして、その業界ではかなりの腕前らしい。新しいデバイス作りやメンテナンス、改造も手掛けている。さらに時間があれば旧暦時代のデバイスを調べ、その仕組みの解明を目指そうとする研究者な面もあった。

 開発者であり、研究者。母さんと初めて出会ったときは、お互いに似たような境遇であったことから意識しだしたみたいだし。……話がそれたな。

「その、とにかく。父さんにはお礼を受け取って欲しい。俺には感謝を言葉にすることしかできないから。管理局員への伝手を用意してくれなかったら、俺じゃあどうしようもなかった。なによりも総司令官が俺のことを信用してくれたのは、父さんを信頼していたからだって俺だってわかるよ」

 父さんは色々無頓着なところがあるし、俺の中でも心配度上位の人物だ。だけど責任感が強く、不器用だけどすごく優しい人だって父さんを知っている人なら思う。生活のすれ違いから離婚してしまったとはいえ、母さんが選んだ人でもあるのだから。

「だからありがとうございます、父さん」
「……はぁ、この頑固さは誰に似たのか。わかった、お礼は確かに受け取った」

 肩を竦めながら、父さんは微笑を浮かべた。



******



 定食についていたお茶を飲みながら一服する。目の前にはきれいに完食されたお昼ご飯。故郷の味だからということもあるが、すごくおいしかった。

 定食定番のご飯も釜戸を使った本格仕様らしく、ふっくらしながら絶妙な粘りもあった。それに一緒に出てきたお吸い物は手作りらしく、秋らしい人参の紅葉が舞っていた。かつおだしも変な癖がなく、あっさりとした口当たりだった。

 これは確かに惚れる。カウンターの向こうで料理をしている料理人さんたちを見る。ほぼ定食屋みたいなところだが、居酒屋のような店にあった板前風の格好の方々。くっ、いい仕事してやがる。

「そうか、魔法陣の形成手順はできたのか。それなら次は、圧縮した詠唱文に対する魔法陣の上乗せに入っていくべきだろうか」
『それもありますが、僕としては高速術式の展開方式関連にも手を出してもいいと思いますね。最初は泣かれると思いますが、今のうちに少しずつ定着させておいた方がいいでしょうから』
「確かにそうだな。だがそれを加えるとなると、方式の複数接続や変更、破棄の仕方も必須か。泣かれそうだが……なんとかテキストを揃えよう」

 さて、着々と練られる俺用の魔法の宿題に対する現実逃避もそろそろ終わっておこう。というか、そういう話は本人がいないところでやれよ!? あと泣くの確定かよ! 俺リリカルの世界に来て、かなり後悔しているのは魔法だって断言できるぞッ!!

 父さんは忙しいのに、俺に合ったテキストをいつも用意してくれる。俺の勉強を最後まで見る、という約束を守ってくれているのだ。……その心遣いは大変うれしいけれど、父さんの愛が精神的につらいです。

 コーラルは父さんの手によって作られたため、よくデータを送ってもらっているらしい。勉強やその他もろもろ含めて。母さんも俺への安全装置やら機能の追加、デザインなどに手を加えたため、製作者が2人という状態ができた。最も原型を作ったのは父さんなので、細かいところは母さんでもさっぱりらしいが。


「……そういえば気になっていたんだけど、なんでコーラルってこんなにしゃべるの?」
『えっ。まさかの人格否定!?』
「いや、性格はおかしいけれど否定する気は全然ないよ。ただ俺のイメージ的にデバイスって英文喋りで、魔法関連以外寡黙なものだと思っていたからさ」

 最初にコーラルをもらったときは、まさにそんな感じだった。俺のことも『master』って呼んでいたと思う。ん? そういえば今のコーラルがする俺の呼び方って、なんか違うイントネーションな気がするんだが……。まぁ、それは別にいいか。

 第2期、ギリ第3期までの知識しかない俺だが、少なくとも今のコーラルみたいに話せたデバイスは、ユニゾンデバイスであった2人しか知らない。リインさんたちのような人型をとれるデバイスじゃなくても、しゃべれるコーラルを不思議に思っていた。

「あぁ、それか。術式構成言語は変更することができるんだ。私が手を加えておいた」
「え、まじで。そんなことができるの」
「できるかと言われればできる。ただ一般的ではない。デバイスは魔法の補助機具であり、通常言語は絶対必要なものではないからだ」

 父さん曰く、通常の魔道端末はシンプルな術式構成言語(俺が言う英文喋り)で構成されているらしい。魔法を扱う際の詠唱と同じものの方が、魔法の処理速度をスムーズにしてくれるからのようだ。確かに魔法の起動キーワードとかは、術式構成言語で行われるのが一般的だったな。

「なによりも、ただでさえインテリジェントデバイスとして処理の容量を取っているんだ。それに通常言語を付け加えれば、記憶容量をさらに使うことになる。魔導師にとってどれだけ魔法を早く発動できるのかが重要な要素の中で、容量を圧迫させる通常言語は邪魔にしかならないんだ」
「……つまり、通常言語を話すデバイスは魔法戦に向いていない?」
「極論を言ってしまうとそうなる。……必要のない機能だったか?」

 とりあえず、どうしてコーラルがペラペラ通常言語を話すのかはわかった。魔導師の補佐である端末が、魔法戦に向いていないのは確かに致命的だろう。デバイスとは本来、魔法を使うための道具なのだから。

「ううん、俺はこれでいいよ。だってさ、今更英文喋りのコーラルなんてつまらないし」
『いいのですか? 本来のデバイスとして僕は……』
「いつもコーラルが言っているじゃん。俺はデバイスとして、全然使ってくれないマスターだって。俺にはこれぐらいが丁度いいぐらいだよ」

 父さんがコーラルにこの機能をつけたのは、俺たち兄妹のためだろう。魔導師のための機械より、俺たちがさびしい思いをさせないための家族として。それに俺は、なのはさんたちのような戦闘をするつもりなんてこれっぽっちもない。魔導師として自衛できるだけの力があればいいし、緊急の時はレアスキルで逃げればいいさ。


「ところで言葉はいいんだけど、コーラルの性格はなんでこんなことになってるの。通常言語インストールするとこうなるの?」
『こんなことってなんですか!?』
「いや、性格に関してはなんでこんなことになったのか私にも……」
『親子そろっていじめて楽しいですか!?』

 残念だったな、コーラル。アリシアの父親だぞ、この人は。悪気もまったくなく、素でなんでコーラルが怒っているのか不思議そうにしている父さん。きょとんとした様子は、容姿の特徴が似ていることもあるが妹とよく似ている。アリシアは母さん似だけど、やっぱり親子だなー、と笑ってしまった。

 しかし性格は父さんが手を加えたわけではないのなら、……本当にバグか何かが起きたのだろうか? 実際にチート(母さん)チート(父さん)バグ(コーラル)という経緯でできたのなら、俺は納得できるけど。

「うーん、もしかするとではあるが。インテリジェントデバイスには意思があり、それに思考能力もある。それは使い手の思考や考えを吸収して、一緒に成長することができる可能性もある、ということでもあったりするんだが…」
「…………」

 チート(母さん)チート(父さん)カオス()バグ(コーラル)だったか。



******



「今日はありがとう。いっぱい話せてよかった」
「私もだ。そうだ、身体に気を付けないと駄目だぞ。季節の変わり目は風邪をひきやすいからな」
「それ、父さんにも当てはまるからね」

 「またのご来店おまちしています」という店員さんの声に挨拶を返しながら、俺たちは店から退出する。なかなか良心的な値段だったし、今度は母さん達にもちゃんと紹介しよう。おいしいものはみんなで分かち合うべき。

「最後にさ、これクッキーなんだけどもらってほしい。アリシアと一緒に作ったんだ」
「そうなのか。……あぁ、よくできている。アリシアはやっぱり猫が好きなんだな」
「あ、わかる? アリシアってば型を作るときに、リニスの写真を見ながら頑張って作ってたんだぜ。クオリティーの高い猫が大量に並べられた光景はすごかった」

 アリシアのやりきった顔は、まさに職人だった。

「ちなみにこの片足をあげて、腕を伸ばしているのは…」
「荒ぶる鷹のポーズ」
「猫だよな」
「肉食獣なみの迫力を持っているから、家の猫は。間違っていない」

 あの狩猟本能と見事にマッチしていた。特に意味のないポーズなのだが、ただリニスにこれを本気でやられたら、俺はビビる自信があった。


『それでは、マイスター。お食事はしっかりとってくださいね』
「睡眠時間は6時間ぐらいちゃんととること。あと、日光も浴びないと駄目だからね」
「……その、なんだか立場が逆転している気が」

 父さんがなんか言っているが、気にしない。これからは時間があるし、定期的に父さんを外に連れ出した方がいいだろうか。仕事の邪魔をしないようにはするけど、この人、気づいたらキノコが生えるまで籠っていそうだし。冗談でなく。

「とりあえず……元気でね、父さん。ほどほどに仕事も頑張って」
『また連絡いたしますね』
「あぁ、こんな短い時間しか会えなくてすまない」
「いいよ、全然。俺はそんな時間も好きだからさ。そうだ、転移で送るよ。入り口の前らへんで大丈夫かな」

 頷いた父さんの手を俺は握り、いつも父さんが働いている研究所のイメージを頭の中で思い描く。少し冷たいけれど、俺の倍以上はある大きな手のひら。こんな風に手をつないだのは何年振りだろうか。少し恥ずかしかったけれど、昔と変わらないその感触がどこか心地よかった。

 ……ほんと、俺にはもったいないぐらい優しい両親だよ。

 
 

 
後書き
デバイスマイスター:父親の職業をこのようにしたのは、原作でのリニスさんから考えてみた作者解釈です。リニスさんはバルディッシュを作りましたが、あんな高性能なデバイスはそうそう作れないのではないか、と思いました。 知識を手に入れるにしても大変ですし、研究者のプレシアさんが教えるのは無理でしょう。でももし夫や身近にそれらの知識をもっている人がいたなら、なんらかの影響や開発記録があったかもしれない。使い魔作成時にそれを提供したのではないか、そんなふうに思いました。

使い魔技術も結構謎が多い魔法なんですけどね…。 
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