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とある誤解の超能力者(マインドシーカー)

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第7話 再会




9月になり、牧石は久しぶりに制服を身につけた。
未だに残暑が厳しい中、牧石は課題によって大きく膨らんだ鞄を右手に持ちながら、学校へ向けて歩いていた。


「おはようございます、牧石さん」
「ああ、おはよう真惟ちゃん」
牧石は礼儀正しく挨拶する真惟を見ながら、声をかける。
真惟は、牧石の通う高校の近くにある公立の中学校に通っており、涼しそうな夏服を身につけていた。
真惟もきちんと夏休みの課題をこなしたようであり、背中に背負うリュックサックのほかに両手に手提げ鞄をぶら下げている。

「目黒はどうした?」
牧石は、本来であれば真惟と一緒にいるべき存在について質問する。

「お兄さまなら、徹夜の疲れを飛ばすためシャワーを浴びてから、自転車で来るそうです」
真惟は珍しく、目黒への感情を込めないまま牧石の質問に答えた。

「そうか、……結局徹夜したのか」
牧石は、なんともいえない表情でうなずいた。

目黒が徹夜で宿題をしたことについては、素直に「お疲れさま」と言ってもよいだろう。
ただし、付随して「どうして、そこまで追いつめられる前に片づける事をしなかった」のだと、強く問いつめたい。

「真惟ちゃんも大変だっただろう?
目黒につきあって」
「そんなことはありません!」
真惟は即座に否定する。
「昨日は、ほぼ24時間お兄さま分を補給することができました。
これでしばらくは、全力全開で行動できます」
真惟は細い腕を内側にまげ、小さな筋肉のかたまりを牧石に見せつける。

「なあ、真惟ちゃん。
前から聞きたかったのだが、君にとっての「お兄さま」分というのはどういう要素が含まれているのだ?」

「世界の全てであり、中心となる核です」
牧石は真惟の答えを聞いて頭が痛くなった。

「私の父はやさしい人でした。
ただ、だまされやすい人でもありました。
そのため、詐欺事件にあい、一家離散となりました」
真惟はたんたんと話を続ける。
「私は、群馬にある施設で生活をしていました。
園長先生をはじめ、多くの優しい先生や友達にかこまれて、問題なく生活していました。
理事長が変わるまでは」
真惟は、少しだけ悲しい表情をした。
「新しい理事長は、お金の為だけに施設を運営しました。
そして、園長先生も新しい人に変えられてしまい、女の子が犠牲になりそうになりました。
当時、7歳の私にはわからない事でしたが……」

でも、と真惟は両手に持つ鞄を強く握り、顔を上げ、うれしそうな表情をする。
「お兄さまは、母親の実家から私を助けるために駆けつけてくれました。
お兄さまは、『とある作家から教えてもらって、駆けつけただけだ』と謙遜しました。
ですが私は知っています。
お兄さまが私を助けるために全てをなげうったことを!」
牧石は驚愕して、声も出なかった。

「お兄さまは、一家が離散した日から、たゆまぬ努力を続けました。
何も知らない無邪気だった私と交わした約束を果たすために」
真惟は牧石に約束の内容について口にすることはなかった。

「それから、お兄さまに力を貸した作家さんの提案で、このサイキックシティで暮らすことになりました。
今の幸せな生活が過ごせるのは、全てお兄さまのおかげです」
真惟は満面の笑顔で答えた。
「そ、そうか」
牧石は、少し顔をひきつりながら答えた。

目黒の主人公っぷりに、牧石は驚愕を通り越してあきれていた。
そして、牧石も巻き込まれた詐欺事件に、目黒があそこまで介入した理由も改めて理解した。



「牧石さん、私のほうからも、前から気になっていた事を質問してもいいですか?」
牧石の考えをよそに、真惟が牧石に質問してみた。
「あ、ああ、聞いてくれて構わない。
答えられる範囲内で答えてみせるさ」
牧石は、普段の表情に戻して真惟に答える。

「牧石さんはどうして、電池を交換しないのですか?」
「?」
牧石は、真惟の質問が理解できなかった。

「その携帯電話付いている葉っぱのストラップですが、電池が切れていますよ」
牧石は、携帯電話のストラップを眺めた。
これまでと変わりなく、黄色の葉っぱだった。
「いつもと変わらないけれど……」
牧石は、真惟に問いただす。


「牧石さん。
そのストラップ、電池が切れると黄色くなりますよ」
真惟は、胸元から、サイカードを入れている
パスケースを取り出した。

そこには、緑色の葉っぱ型ストラップが付いていた。
「普通は半年ほど電池が持つそうですけれども、最初から付いている電池の寿命はかなり短いようですね。
交換用の費用で企業がもうけているという都市伝説もあるくらいですから」
「そ、そうか」
牧石は、疲れたような表情でうなずいた。

「牧石さんは、すごいですね」
真惟は、感心している表情で牧石を眺めていた。
「何のこと?」
牧石は、訳が分からないとばかりに質問する。

「気づいていなかったとはいえ、心を覗かれ放題の状況でこのサイキックシティで生活していたという事に感心しました」
「……」
牧石は、恥ずかしさで下を向く。

このまちでサイリーディング能力を持ち、しかも牧石の考えをのぞき込もうとする人などほとんどいないと思う。
いや、そう思いたい。
牧石の考えを遮るように、真惟は牧石に話しかける。

「牧石さん。
ここでお別れになります。
今後とも、お兄さまのことよろしくお願いします」
真惟は頭を下げると、中学校への道を急いだ。

残された牧石は、大きなため息をつく。
「目黒も、実と義理と二人の妹がいて大変だな」
牧石が考えていたのは、目黒のことだった。
牧石は詳しく尋ねることをしなかったが、複雑な家庭環境であることは、先ほどの真惟のはなしでもよくわかる。
牧石にも、変わった姉がいるが、それだけだ。
今頃、元気よくサイキックシティ最速の自転車で向かっていると思われる親友の事を同情しながら、高校への道のりを急いだ。



その先に、待っている存在を知らないままで。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



牧石が、真惟と出会う少し前にさかのぼる。
牧石の通っている高校に近い場所の白塗りの小さな研究所から、高校生らしき人物が、玄関で見送りに来ていた女性に挨拶をしていた。

「姉さん、行ってきます」
「啓也、気をつけてね」
啓也から挨拶を受けた磯嶋は、残暑の厳しさにも関わらず、黒衣を纏っていた。
外に出ないのであれば、問題ないかも知れないし、サイキックシティにおける最先端の科学技術を駆使すれば問題がないかも知れない。
だが、磯嶋を眺める人にとっては視覚だけで蒸し暑さを感じることになるだろう。

「……、わかっています」
だが啓也は、磯嶋に対してそのような感情を抱くことなく、素直にうなずいた。

磯嶋は、啓也の姿を凝視していた。
啓也は、どこにでもいるような、少しだけ背が高い普通の学生である。
磯嶋の顔に少しだけ似たところがあるが、注意してみなければ気づかない程度である。

啓也は、磯嶋に見守られながら、研究所を後にした。

啓也を見送った、磯嶋の背後から独特の低い声が聞こえる。

「磯嶋さん」
「草薙先生」
磯嶋は、振り向いた先には、白髪の小さな老人がいた。
草薙は、ここの研究所の所長であり、今回磯嶋が行った計画の協力者の一人である。
草薙の研究は、ほかの世界よりも進んでいると言われているサイキックシティにおいても、いつ完成するのか、完成できるのかわからないほど進んだ研究であり、だれも草薙の研究に手を貸す者はいなかった。

磯嶋が、スーパーコンピューター「スキュラ」と一人の男の頭脳データを携えてくるまでは。

磯嶋は、超能力開発研究所の所長からの派遣辞令と、市長からの研究予備費の予算執行書を携えて草薙の研究所に乗り込むと、8月中に試作品を完成させた。
研究が完成したことに、草薙は感謝していたが、一方では不満も残っていた。

「磯嶋さん。
研究を手伝ってくれるのはありがたいが、勝手に人の息子に、名前を付けないでもらいたい」
「いいじゃないですか、あれは間違いなく啓也なのですから」
「……。
まあ、そうだな」
草薙は、磯嶋の言葉にうなずくしかなかった。
確かに、あれは春樹ではなかった。
だが、春樹を生み出すことは可能だと、磯嶋が教えてくれた。
だから、草薙は待つことができた。
「春樹よ、もうしばらく待ってほしい……」 
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