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アルジェのイタリア女

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第一幕その四


第一幕その四

「運がよくて体力があればそのまま泳ぎ着けるな」
「そんなことができたらそもそも捕まっていないとは思わないの?」
「まあそうかもしれんが。それは嫌だろう」
「つまり断ることは許さないってわけね」
「そういうことだ。聞き分けはよくな」
「やれやれといったところね」
 冗談めかして言ってみせる。
「トルコ人もきついわね」
「あんた達よりはましだと思うがね」
「仕方ないわね。じゃあ行ってあげるわ」
「連れて行ってやろう。これでいいか」
「ええいいわ」
 結局ムスタファのところに連れて行かれることになった。ハーリーはもう一人連れて行こうと思った。
「御前がいいな」
「やっぱり私なんですね」
 タッデオはハーリーの声をかけられて泣きそうな顔になった。
「丁度いいじゃない」
 だがイザベッラはこう言った。
「他人だと思って」
「他人じゃないでしょ、だって姪なのに」
「えっ!?」
「おお、それは都合がいい」
 ハーリーにとってはそれはそれで都合のいいことであったのだ。
「親戚同士だとな。側にいたら寂しくないだろう」
「ちょっとイザベッラ」
 タッデオはこっそりとイザベッラに囁いた。
「何でまたいきなり」
「そうした方がいいでしょ」
 イザベッラもそれに応えて囁いた。
「他人同士よりは」
「そう言われればそうかな」
 何となくだが頷いた。
「そういうことよ。まあ任せて」
 イザベッラはにこりと笑って言った。
「イタリア女は。安くはないのよ」
「それじゃあ頼むよ」
「そっちも合せてよね」
「ああわかったよ、それじゃあ」
「ええ」
「じゃあ行くか」
 ハーリーが二人に声をかけてきた。
「もうですか」
「ここにいても仕方がないだろう?」
 もう積荷はあらかた卸してしまっていた。そして奴隷達の中には要領がいいことにもうイスラムに改宗しようとしている者達までいた。
「いいか、こう言うんだ」
 その時に何と言うべきか海賊の一人が教えていた。
「夢の中に白馬に乗った王子様が現われ」
「王子様が現われ」
「汝は今はキリスト教徒だがムスリムになる為に生まれたのだと言われたのだとな」
「それでいいんですか!?」
 奴隷達はあまりにも嘘らしいその話に首を傾げさせていた。
「そんなので」
「ああ、一向に構わん」
 だが海賊は自信満々であった。
「俺もそう言ってイスラム教徒になったからな」
「そうだったんですか」
「俺だって最初はキリスト教徒だったんだよ」
「何と」
 衝撃の事実であった。
「だが捕まってな。それで奴隷になるのが嫌で改宗したんだ」
「何とまあ」
「だからわかるんだ」
 つまり実経験から語っているのである。
「それだけでいいんだ」
「それでイスラム教徒に」
「その通りだ、イスラムはいいぞ」
 満面に笑みを讃えながら言う。
「皆平等でアッラーが与えて下さるものもいい。奥さんは四人まで持てる」
「四人まで」
「もっとも公平に愛さないといけないけれどな。それでも四人も持てる」
「それはいい」
「しかもレディーファーストだ」
「本当ですか!?」
 女達がそれを聞いて驚きの声をあげる。
「キリスト教よりずっとな。アッラーは女性も護って下さる」
「それは素晴らしい」
「けれどお酒は」
「豚肉も」
「どうしてもそれ等を口にしたいか?」
 それを問うとであった。
「はい」
「やっぱり酒と肉は」
「アッラーよ赦し給え」
 彼は突然そんなことを言い出した。
「何ですか、それ」
「酒を飲む前にこう言えばいいんだ」
「それでいいんですか」
「そうだ、アッラーは心優しき神、赦して下さる」
 こう述べた。
「それなら何の迷いもない」
「一日五回の礼拝もそれだけいいのがあれば」
「是非イスラムに」
「アッラーよ」
 こうして上手い具合にイスラム教徒に仕立てあげていった。実際にイスラムは他の宗教も認めているが同時にムスリムになった場合の特典も見せて勧誘していたりする。しかもそこには嘘偽りはなかった。王侯も乞食も同じイスラムなのだ。しかもムハンマドの考えの影響でイスラムは女性の権利に関してはこの時代極めて進んでいた。ムハンマドはフェミニストだったのだ。酒も豚肉もある程度大目に見られた。そうした宗教であるから爆発的に広まり大きな勢力となったのである。ただ単に大きくなったのではないのだ。
「何かあっちは騒がしいね」
「フン、私にとっては関係ないことだわ」
 イザベッラは改宗する者達に背を向けてこう言った。
「じゃあ行きましょう」
「行くしかないんだね」
「そうよ、行かなきゃどうにもならないのよ」
 そしてまた言った。
「何事もね」
「わかったよ、それじゃあ」
「ええ」
 二人はハーリーについてその場を後にした。荷馬車に入れられて宮殿に向かう。とりあえず港を後にするのであった。
 
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