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将棋馬鹿一代

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第五章

「それで派手に負けたいですわ」
「ほんまめっちゃ強いからな」
「わし等では相手にならんわ」
「とにかく将棋はあの人や」
「あの人しかおらんわ」
 客達も坂田への思いを言う。彼等にしてみれば坂田は将棋名人でありそれに関しては誰よりも強い、それと同時に和服のダンディでもあった。
 だが今は店には来ないし将棋も休むだろうと思っていた。だが。
 次の日開店早々だった。その和服のダンディがふらりと店に来た。
 そして不敵な笑顔でこう店の親父に言ってきた。
「今日もやるで」
「えっ、来たんでっか!?」
 店の親父はその坂田に目を丸くさせて問うた。
「まさか」
「そや、三吉さん目が悪いんじゃ」
「病気でっしゃろ」 
 店にもう来ていた客達も驚いた顔で坂田に問うた。
「だからお休みなんやないですか?」
「それで来たんでっか?」
「大丈夫でっか?」
「ああ、大丈夫や」 
 坂田は不敵な笑顔のままで親父や周りの客達に答える。
「目はゆっくり休ませながらやるさかいな」
「それでも目は悪いでっしゃろ」
「お医者さんから止められてるのに」
「ほんまに大丈夫でっか?」
「見えんようになったら将棋打てまへんで」
「わかってるや。そやからな」
 それでだとだ。坂田は自分から席を出してそこに座り目の前に将棋の盤も出して用意をしながら応える。
「目を洗ってきたわ」
「目!?」
「目をでこか」
「そや。洗ってきたわ」
 坂田は目の前にあの隠居が座るのを見届けながらまた言う。
「柳谷観音泰聖寺でな」
「あそこに行ったんかいな」
「朝のうちに行ってきましてん」
 そうだとだ。坂田は隠居にも答える。
「あそこの金龍水に行って洗ってきました」
「あそこの井戸はええらしいな」
「それ聞いて洗ってきました」 
 その目をだというのだ。
「そやから大丈夫ですわ。病院にもちゃんと行きますさかい」
「目のことは忘れへんねんな」
「目は大事ですわ」
 本当にそうだというのだ。将棋をやるからには。
「そやからそうします」
「けれど休まへんか」
「将棋を一日でもやらんかったらあきまへんわ」
 坂田はそうだというのだ。
「かえって目が見えんようになりますわ」
「いや、それはないやろ」
「わしの場合はあります」
 早速将棋を打ちはじめる。まずは香車の道を開けてきた。
「そやから来ましてん」
「目が悪くてもやねんな」
「はい」
 まさにその通りだというのだ。
「やっぱりわしは将棋がないとあきまへん」
「生きてもいられへんか」
「ですわ。じゃあやりますわ」
「そか。こら止めても聞かんな」
 隠居もこのことを察した、そして笑顔で応えて言った。
「ほなやろか」
「一勝負頼みますわ」
 こうして眼病でも将棋をする坂田だった。周りはそんな彼に呆れながらもそれと共にそのダンディ、坂田らしさも見た。それは医者も同じで。
 診察に来た彼に呆れた笑顔でこう言ったのである。
「全く。三吉さんらしいですね」
「わしらしいか」
「はい、らしいですわ」
 こう言ったのである。
「ほんまに」
「結局わしは将棋をせんとな」
「あきませんか」
「我慢できんしかえっておかしくなる」
 医者にもこう言う。 
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