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将棋馬鹿一代

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第四章

「危ないでっせ」
「失明するんかいな」
「その危険がありますで。これ」
 こう坂田に言うのである。診察の結果を診察の部屋で言う医者の顔も深刻だ。
「やばいですさかい」
「じゃあ将棋はどや」
「目が見えんようになるんでっせ」
 それならというのだ。
「将棋どころやありまへんわ」
「おい、それは困るで」
 坂田はすぐに医者に言った。
「わしは将棋で生きてるんやで」
「はい、それはわしも知ってます」
「それで将棋できんかったらどうにもならんやろ」
「治療はします」
 医者もそれは真顔で言う。
「安心して下さい。ただ」
「ただ。何や」
「暫くの間目は大事にして下さい」
「将棋はどうなんや」
「あまりものをじっと見るべきやおまへん」 
 将棋は駒を見据える、それはだというのだ。
「そやさかい暫くは」
「おい、わしは将棋で生きてるんやで」
 坂田は医者のその言葉に抗議する。
「一日も将棋せんかったらどうにもならん。それはないで」
「けどこのままやったらほんまに」
「見えんようになる」
「そやから暫くの間です」
 医者も必死に坂田に言う。
「将棋は休んで下さい」
「どないすればええんや」
「そやから休んで下さい」
「そんなもんできるかいな」
「そこを何とか」
 目の話ではなく借金の話の様になった。そんなやり取りがあったが医者は何とか坂田に告げた。この話は医者が坂田の行きつけの将棋の店に行ってすぐに話した。
「三吉さんの目は僕が絶対に治します」
「そうしてくれるんやな」
「あの人の目治してくれるんやな」
「当たり前ですわ」
 医者はそれを当然だと答える。答えながら彼も客の一人と将棋を指している。
「僕も三吉さん好きですから」
「そやな。我流やけど強い」
「しかも伊達があるわ」
 男伊達がある、というのだ。
「和服を格好よく着こなしてな」
「身なりはいつも整えてるしな」
「あれがダンディやで」
「そや、ダンディや」
 ハイカラな言葉も出て来た。
「将棋を指す姿もええわ」
「見ているこっちが気持ちよくなる位にな」
「性格も出てるんやろな」
 将棋一筋、そう決めている一途さが自然と外に出ているというのだ。
「ほんまのダンディやで」
「こっちが負けても納得出来る位にな」
「あの人をこの店で見られん様になるのは嫌や」
「ほんまや」
「そやらか絶対に治します」
 医者は確かな声で客達に告げた。
「安心して下さい」
「ああ、頼むで」
「宜しゅうな」
「暫くこの店には来られないと思いますが」
 医者はこう見ていた。流石に坂田も医者に止められては将棋を休むと思ったのだ。それで彼は来ないと思っていたのだ。
「まあ暫くですから」
「また来るな」
「来てくれるな」
「その時に将棋打ちたいですわ」
 医者自身の言葉だ。 
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