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将棋馬鹿一代

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第六章

「何かとな。目も逆に悪くなるわ」
「ですか。まあ目の方ですけど」
「どうなってる?」
「治ってきてます」
 それは大丈夫だというのだ。
「安心して下さい」
「そか」
「治療も効いてますし」 
 それにだった。
「後はあそこの井戸で洗ってるんですな」
「そうしてるで。毎日な」
「あの井戸のことは聞いてます」
 医者も知っていることだった。
「目を治す霊泉って言われてます」
「そや。そこに毎日通ってる」
「医者やから言えないこともあります」
 科学によって立つのが医者だからだ。それで言えないこともあるのだ。
「けどそうして目を治したら」
「これまで通り将棋ができるで」
「頑張って下さい」
 医者は坂田にはっきりとではないが井戸に行くことを勧めた。
「そして将棋して下さい」
「そうさせてもらうで」
「はい、お願いしますで」
「わしは死ぬまで将棋をやる」
 坂田は強い声で医者に告げた。
「目の病気なんか絶対に治したるわ」
「僕の治療も受けてくれますね」
「勿論や」 
 医者の好意もわかっていた、それを断ることもしなかった。
「頼むで、これからも」
「頼まれます。そやったら」
 医者も坂田に約束した、その目を治すことを。
 こうしたやり取りをして坂田は目を治した。そして完治が告げられたその足で。
 店に行き打つ、そしてこう言うのだった。
「これで安心して打てるわ」
「これまで通りでんな」
「将棋を打てますな」
「ああ、目はもう大丈夫や」
 笑って医者と打ちながら言う。
「好きなだけ打つで」
「そうですな。ほんまよく治りましたわ」
 医者も坂田と打ちながら笑顔になっている、そのうえで相手をしていた。
「おめでとうございます」
「あんたのお陰や。そんでや」
「はい、そんで」
「今日はとことんやるで」
 完治祝いということでだ。今日はそうするというのだ。
「真夜中まで打つわ」
「ちょっと、それは困りますわ」
 店の親父が笑って坂田の今の言葉に言ってくる。
「店閉めなあきませんから」
「ああ、夜になったらな」
「店ではできませんで」
「ほな何処でやろか」
「わしの家に来いや」 
 隠居が笑って坂田に申し出てきた。
「そんで好きなだけ打ってくれるか」
「相手してくれるんでっか」
「そうさせてもらうで」
「わしも行かせて下さい」
 床屋も申し出てきた。
「今日は店も休みでここにいますけど」
「床屋さんも今日はとことんかいな」
「坂田さんと打ちたいですわ」
 床屋は明るい笑顔で隠居に対して言う。
「そやさかい」
「ほな床屋さんもな」
「僕もですわ」 
 今打っている医者もだった。
「今日は坂田さんととことん打ちたいですわ」
「何か皆やな」
「そうですね。けれど折角坂田さんの目が完治したんやし」
 医者もこう言うのだった。
「今日はそうしたいですわ」
「ほなご隠居の家でやらせてもらおか」
 坂田自身も笑顔で将棋を打つ。穴熊囲いをしている医者の守りを一枚、また一枚と剥がして攻めている。
「今日は」
「ああ、あんたはやっぱり将棋や」
 隠居も笑顔で坂田に言う。
「将棋一筋でとことんやってもらわんとな」
「わしやないな」
「そやからこれからも打とうな」
「そうさせてもらいますわ」
 将棋のその駒を手に取り盤にぱん、と置いた。その音は心地よく店の中に響き坂田も皆もその音を気持ちよく聞いたのだった。


将棋馬鹿一代   完


                  2012・11・2 
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