| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

カヴァレリア=ルスティカーナ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一幕その五


第一幕その五

「まあ、ここは行こうかしら」
「そうだ、そうしよう」
 トゥリッドゥはやっと逃げられると思ってほっとした。だがそれは甘かった。
「教会にね」
「えっ!?」
 トゥリッドゥはそれを聞いて思わず声をあげた。
「今何て」
「聞こえなかったかしら。教会へ行くって言ったのよ」
 しれっとしてこう答える。だがこれが破門されているサントゥッツァへの意趣返しなのは言うまでもない。
「行くの。行かないの?」
「いや、俺はいいよ」
 トゥリッドゥはその申し入れを断った。
「後で気が向いたら行くよ」
「そう」
 これでローラは教会の中へ入った。だが修羅場はまだ続いた。
 トゥリッドゥとサントゥッツァだけになった。彼女はトゥリッドゥを見ていた。
「ねえ」
「何だよ」
 二人の話が再開された。
「約束して」
「何をだ」
「あの女と別れるって」
「何で御前にそれを約束しなきゃいけないんだ」
 怒った声でそれに応える。
「さっきも言ったな、俺は御前の嫉妬の奴隷じゃないって」
「けど」
「けどもどうしたもにない」
 怒りはさらに高まっていた。
「行けよ、もう」
「えっ!?」
「行けって言ってるんだ」
 その声が怒っていた。
「今何て」
「聞こえなかったのか!?何処にでも行ってしまえ」
 彼は遂に言い切った。
「もう俺の前に出るな。わかったな」
 本気で言ったわけではない。嫌になっただけなのだ。
 だが彼はここでこう言うべきではなかった。それがはじまりであったのだから。
「いいな」
「何よ」
 今度は恋人を睨み返す。
「私にそんなこと言って」
「どうなるっていうんだ?」
「この復活祭が縁起の悪いものにならなければいいわね」
「何ィ!?」
「言ったわよ。どうなるかわからないから」
「勝手にしろ」
 この時彼はそんなに大事になるとは思っていなかった。
「じゃあ俺は行くからな」
「教会に!?」
「そうさ」
 きっと見据えて答える。
「今日は復活祭だ。他に何処に行くんだ?」
「いい理由ね」
「フン」
 この時彼は実は心の中であることを彼女に言っていた。いずれ御前を連れて行ってやるからな、と。だがこれは彼も意識してはおらず、そして遂に彼女に言うことはなかった。
「じゃあな」
「このろくでなし!」
 最後にその言葉を聞いて教会に入る。サントゥッツァはまた一人になった。
 とぼとぼと何とも言えない恨みに満ちた顔で歩いていた。そこへ一人の男がやって来た。
「やあ、サンタさん」
 アルフィオであった。彼は上機嫌に酔っ払っていた。
「あんたも。一杯やったらどうだ?今日は無礼講さ」
「アルフィオさん」
 サントゥッツァは彼に顔を向けた。
「よかった」
「よかったって?」
 急に安堵した顔になった彼女を見て不思議そうな顔になった。
「これで」
「これでって。一体何の話をしているんだい?」
 当然彼は今まで彼女の身に何があったのか知らない。それが悲劇になろうとも。
「お話したいことがあります」
 彼女はアルフィオの顔を見て言った。
「俺にか!?」
「はい。貴方の奥さんのことで」
「ローラの」
 それを聞いて関心を持たない筈がなかった。顔を向けた。
「朝トゥリッドウを家の側で見たんですよね」
「ああ」
「それです」
 彼女は言う。
「それが何故か。おわかりですか?」
「何が言いたいんだい?あんたは」
 アルフィオには今一つわかりかねていた。サントゥッツァはそんな彼に対して言った。
「私は。恋に破れました」
「恋に」
「はい。貴方の奥さんの為に」
「何ィ!?」
 その言葉を聞いたアルフィオの顔が一変した。
「それはまさか」
「はい、そのまさかです」
 彼女は顔を上げて言った。
「貴方の奥さんがトゥリッドゥを」
「そうか、そうだったのか」
 アルフィオはそれを聞いて納得したように頷いた。
「だからあの時あそこにいたのか」
 濃い髭だらけの顔に憤怒の形相が浮かぶ。
「だからだったんだな」 
 そのうえでサントゥッツァに顔を向ける。
「サンタさん」
「は、はい」
 その顔を見て彼女は自分が何を言ったのかわかった。だが全ては遅かった。もうどうにもなるものではなかった。
「有り難うよ」
 アルフィオは酷薄な声で礼を述べた。
「おかげで。俺のやるべきことがわかったよ」
 シチリアの男がこうした時に何をするのか。もう言うまでもなかった。
「血が見たくなったよ。復讐でな」
「ええ・・・・・・」
「それだけだ。じゃあな」
 そう言い残してその場を後にする。サントゥッツァはまたしても一人になった。
「トゥリッドゥ・・・・・・」
 もう会えないのはわかっていた。自分がしてしまったことだ。どうにもならなかった。ただ教会の清らかな曲が彼女の後ろに、そして復活祭のシチリアに響き渡っていた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧