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カヴァレリア=ルスティカーナ

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第一幕その三


第一幕その三

「それじゃあ」
「ええ」
「お母様」
「何、サンタ」
 ルチーアはサントゥッツァを受け入れる声で尋ね返した。
「御存知でしょうけれどトゥリッドゥは兵隊に行く前にローラと付き合っていました」
「確かそうだったわね」
 それはルチーアも知っていた。
「けれど兵隊から帰って来たら」
 もう彼女のトゥリッドゥへの想いは冷め他の男と付き合っていたというのだ。よくある話だ。結局恋愛というものは時間と距離が大きく関係するのだ。離れてしまえば冷めるものなのだ。
「彼女はアルフィオさんと結婚していて。それで腹を立てた彼は」
「貴女と付き合ったのね」
「はい」
 サントゥッツァはその言葉にこくりと頷いた。
「新しい愛を選んでローラへの腹立ちも悔しさも忘れようと」
 古い恋を忘れる為には新しい恋、これは何処でも同じである。何時の時代の何処の誰でもこの件に関して考えることは似たり寄ったりである。
「そして私はそれを受け入れました」
 寂しかったのだ。そして二人でいられることが嬉しかったのだ。不倫をしたのもそれだったから。彼女は二人になれたことが本当に嬉しかったのだ。
「けれどローラは」
 サントゥッツァは悲しい顔のままだった。そこに嬉しさはない。
「それに嫉妬して彼を誘惑して」
「昨日密会していたというのね」
「そうなんです。トゥリッドゥもそれを拒まずに」
「サンタ」
 ローラはあえて悲しい顔をするサントゥッツァを優しく抱き締めた。
「今日は復活祭の日」
「けれど私は」
 破門されている。それを言おうとしたがルチアはそれを制止した。
「教会がなくても私がいるわ」
「お母さん」
「そう、貴女は一人ではないのよ」
 ルチーアはサントゥッツァにこう返す。
「私がいるから。いいわね」
「はい」
 優しいその胸の中でこくりと頷く。
「だから。安心して」
「わかりました」
 その言葉にようやく少し明るい顔になった。
「では。少し落ち着きます」
「後で私の店に来て」
 離れた後でこう声をかける。
「あの古いワインを用意しておくから」
「いいのですね?」
「貴女はもう私の娘なのよ」
 娘とまで呼んだ。彼女を抱擁しているのは身体だけではなかった。
「遠慮することはないわ」
「有り難う、お母さん」
「それではね。私の可愛い娘」
 そう言い残すとその場を後にした。サントゥッツァは一人になった。
 彼女は少し晴れた顔になって教会の前から離れる。そして村の広場に行くとそこで赤いチョッキに黒がかった青ズボン、それに白いシャツの粋な男に出会った。
 髪は縮れていて顔は彫が深い。背は高く筋肉質だ。シチリアの匂いのする男臭い格好よさを持っていた。黒い目の光がそれをさらに際立たせていた。
 彼がトゥリッドゥである。本名はサルバトーレ。ルチーアの一人息子でサントゥッツァの今の恋人だ。彼女が今まで話していたのは他ならぬ彼のことだったのだ。
 兵役に就くまではローラと付き合い、今はサントゥッツァと付き合っている。女に苦労したことはなく常に誰かと一緒にいる。田舎の伊達男であった。
「どうしてここに?」
「どれは私の言葉よ」
 彼の姿を見てその顔がまた暗くなった。
「トゥリッドゥ」
 サントゥッツァは彼の名を呼んだ。
「聞きたいことがあるの?」
「何だい?」
 予想はしていたのだろう。彼はそれを聞くと露骨に嫌な顔になった。
「俺は母さんを探しているんだけれど」
「別の人じゃなくて?」
「何を言ってるんだ?」
 憮然として返す。
「変なことを言って」
「正直に言って」
 サントゥッツァは恋人の顔を見ながら問う。強い目の光と声だった。
「昨日、何処へ行ってたの?」
「フランコフォンテだよ」
 トゥリッドゥはその質問にあらかじめ用意していた返答を返した。
 
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