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最期の祈り(Fate/Zero)

作者:歪んだ光
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ほどけぬ糸

許せない。貴様のせいであの人の栄光に影がさした。
許せない。今も尚、あの人を縛り付ける貴様の存在が。
許せない。貴様のお陰であの人と出会う事が出来たという事実が。
赦せない。そんな事実を歓迎している自分が……
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「ラウラ・ボーデヴィッヒ。話がある」
昼休み。かしましい少女達の喋り声に耐えかねて、脇目もふらず教室を出たラウラに声がかかった。
「衛宮……切嗣か」
そこに居たのは、多分世界で最も有名な男。世界に3人しかいない男性のISパイロット、衛宮切嗣が教室の外の壁に寄りかかりながらラウラの退室を待っていた。
「……?」
しかし、ラウラは一瞬彼が誰か解らなくなった。遠目から見た限りだが、切嗣はクラスの空気に馴染んでいた。つまるところ、平和ボケしている様に見えたという事だ。だが、今の彼を広義に於ける平和ボケした日本人と評するには問題があった。
目の前にいる男の容姿は衛宮切嗣で間違いない。しかし、そんな確たる証拠は彼の放つ雰囲気にねじ曲げられた。
表すなら「耐」がよかろう。全ての感情を水面下で押し留める、殺気とすら受け取れるような何かを放っていた。少なくとも現代の日本の学生には似つかわしくないなにか。
(……いや、なんであろうが私には関係ない)
「話とは何だ?さっさと話せ」
さっき感じた何かを無視するように自分に言い聞かせると、ラウラは話を進めることにした。
「場所を移す。ここは人の目が多すぎる」
見ると、確かに周りには人だかりが少し出来始めていた。
「ついて来い」
そう言い放つと切嗣は屋上に向かっていった。
――――――――――――――――
学園の屋上には給水タンクが全部で78個ある。緊急時に使用される物だが、これだけあれば平均的な高校の数ヶ月分の水を賄える。そんなタンク群の中、ややもすればかくれんぼが出来そうな障害物の中、二人の男女が向かい会っていた。ラウラ・ボーデヴィッヒと衛宮切嗣だ。
「で、話とは何だ?こんな所まで呼び出したのだ。大した用事でないなら覚悟しろ」
しかし、そこにロマンスを持ち込む事は不適切だ。それほどまでに空気が張りつめていた。
そんな空気に切嗣がナイフを差し入れる。
「織斑一夏のことだ」
瞬間、張りつめた空気が刃に変わった。一夏の名を聴いた瞬間にラウラが激しい憎悪を見せた。その空気を敢えて無視し、切嗣は話を続けた。
「過去、お前と一夏の間に何があったかは聞かない。が、一つ警告する」

――余計な事をするな――
瞬間、タンクの一つに大穴が空いた。
「余計な、こと?」
見ると、銀色の髪を持つ少女の腕には部分展開したISが黒々と輝いていた。
「余計な事とは、何だ?是非とも聞かせて貰おうじゃないか」
タンクから飛び出た水が二人を等しく濡らす。濡らすがそれに反して二人の表情は対極的だ。切嗣は底が見えない鉄仮面に対し、ラウラのそれは薄い『笑い』だ。酷薄な、それでいて哀しみを感じさせるパラドックスな笑み。水に濡れた顔と相まって、まるで泣いているようにも見えた。
「……」
「答えろ……一体何が余計なことなんだ……?」
いや、事実泣いていた。
解っていた。切嗣には。ラウラが一夏に見せた感情は憎悪と殺意だった。衛宮切嗣が警戒するほどの殺意、当初ラウラは一夏を殺すつもりだった。だって、一夏はラウラがたった一人、家族と呼べるような存在に泥をぬったのだから。でも泥を塗らなければ、恐らく二人は出会えなかっただろう。そんな矛盾が彼女を苦しめた。……苦しんだからこそ、最後の手段、殺人に考えが及んだ。苦しんで、苦しんで、苦しんで、果てに行き着いた唯一の逃避にして生きるための手段。しかし、衛宮切嗣は諭す。
「織斑一夏を殺しても誰も救われない」
解っていた。
言われなくても理解していた。こんな事をしても誰も喜ばないと。千冬はもとより、彼の周りにいる人を悲しみの底に落とすだけだと。それ以前に、ラウラ自身が救われることは決してないと。生きることは出来ても、誰も救われない究極にして最悪な逃避。
それでも構わなかった。この鬱蒼とした心が晴れるなら、光を捨てる覚悟があった。
しかし……実際に殺そうとして気付いた。
私にとっての光は織斑千冬に他ならない。ならば、教官にとっての光は……
「やだよ……教官が泣くのは……やだよ……」
気付けば、武装を解除しその場に踞っていた。
光を得た人間だからこそ判る。それを失う恐怖を、悲しみを。
「……すまない。お前……いや、ラウラには余計な事なんかでは無かった」
「……!悟った風な口を叩くな!貴様に、わかるか!?絶望の中得られた光の暖かさが!あまつさえ奪われた者の気持ちが……!」
本音を言うなら、千冬の栄光に泥を塗った怨みは建前にすぎない。赦せないのは、たった一筋の光すら奪い取る男の存在。
「だから私は許せない。あの男を……!」
そこまで言って、喋り過ぎた事に気付いた。
「もう、私に関わるな」
それだけ言うとラウラはびしょびしょの制服を振り乱して、教室に続く階段を下っていった。
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ラウラが去った後の屋上で一人、切嗣は呟いた。
「いつまで隠れているつもりだ?」
すると、切嗣の後ろにある給水タンクの後ろからひょっこり人が出てきた。
「更識楯無か……」
「あら、私のこと知っていたんだ」
それは、青い髪に抜群のプロポーションを誇る女性だった。美少女よりも美女という形容詞のほうがしっくりくるだろう。そんな女性が未だに水を吐き出すタンクの前にやってきた。当然、水に濡れて体のラインがはっきりでる。
「無駄な色仕掛けは止めろ」
「む~、君ってホモ?」
「断じて違う」
切嗣は一切の声音を変えず、淡々と返す。
「ふ~ん?」
一方の盾無もからかうように、興味深そうに切嗣を見る。だが、
(……厄介ね)
内心では忸怩たる思いを噛み締めていた。盾無はロシアの国家代表だ。その権限を最大限活用し、切嗣の経歴を洗った。結果として、一応の情報は得られた。報告書には普通の、一般的な子供としての衛宮切嗣の生い立ちが綴られていた。しかし、どうにもおかしい……
「余りにも普通過ぎる」
この男の生い立ちは余りに平凡過ぎる。余りに平凡過ぎて、そもそもISと関わるのが余りに異常に過ぎた。恐らく日本政府が一枚噛んでいるのだろうと盾無は早々に結論を出した。しかし、日本政府が絡んでいる以上、幾らロシアの国家代表でも限界がある。余りに露骨に調べれば内政干渉で逆に痛い所をつかれかねない。そこで直接衛宮切嗣を調べる事にした。したはいいが、ある意味プロテクトが堅すぎた。最初、色仕掛けで揺さぶりをかけた後、何らかの情報を引き出す予定だったが切嗣は一切の動揺を見せなかった。勿論、作戦がそれだけという訳では無い。しかし、それを前提としたものが殆どであるというのも事実だ。
(分が……悪いかな)
相手を過小評価するつもりはなかったが、それ自体過小評価だった。少なくとも、情報を引き出すのは一筋縄ではいきそうにない。
「まぁ、いいや。今日はただの顔見せということで」
そしていつもの様に、扇をパッと出して一つ手を打つと、
「……おいおい」
屋上から飛び降りて、驚異的な身体能力で三階に体を着地させた。
「じゃ、またね~切嗣くーん」
そういうと、逃げる様に廊下を走っていった。
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一人取り残された切嗣は歯を噛み締めた。
「更識楯無か……厄介な時に目をつけられたな」
厄介な時、嫌が応でも切嗣がその力を示さざるを得ない時、即ち
――学年別トーナメント――
そして、徐にポケットから一枚の紙切れを取り出す。それが全てを物語っていた。

――――――――――――――――
20××年の学年別トーナメントの第一戦に限り、以下の日程で行事を実行する。
衛宮切嗣及び甲(甲は任意の学園所属の生徒とする)とのタッグと
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ラウラ・ボーデヴィッヒ及びシャルル・デュノアのタックによる組み合わせで第一回戦を実行する。――――――――――――――――
ラウラ・ボーデヴィッヒandシャルル・デュノアvs衛宮切嗣の戦いがもうすぐ幕を開けようとしていた。 
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