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トロヴァトーレ

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第四幕その四


第四幕その四

「私は清らかなままあの方をお救いすることが出来る。それだけで本望」
 青い顔をしていた。だがその表情は強いままであった。
 そして彼女も塔に向かった。顔こそ青かったがその足取りは強いものであった。
 暗鬱な洞窟である。その中に二人いた。一人は黒い服を着た騎士、そしてもう一人は粗末な服を着たジプシーの女で
あった。騎士は壁に背をもたれさせて足を伸ばして座っている。女は床の上に寝転がっていた。
「母さん」
 黒い服を着た騎士マンリーコがジプシーの女に声をかけた。
「眠らないのかい?」
「眠ろうと思っているんだけれどね」
 その女アズチェーナはゆっくりと身体を起こしてそう答えた。
「中々眠れないんだよ」
「そうなの」
 マンリーコはそれを聞いて頷いた。
「ここが冷えるからかい?」
「いや、違うよ」
「じゃあ何故だい」
「この監獄が嫌なのさ。早くここから出たいよ」
「ここから」
「ああ、そうさ。御前と一緒にね」
「有り難う」
 マンリーコはそれを言われて微笑んで答えた。
「その気持ちは嬉しいよ。けれどね」
「いや、奴等はあたしには何もできないさ。だから安心おし」
「どうしてだい?」
「さっき死神が舞い降りてきたんだよ、あたしの目の前に」
「死神が」
「そうさ。そしてあたしの額に死の刻印を打ったのさ。これでもうわかっただろう」
「・・・・・・ああ」
 マンリーコもジプシーの間で育てられてきた。それがどういうことかよくわかっていた。
「あいつ等は冷たい骸を眺めるだけさ、あたしのね」
「骸を」
「だからね、安心おし。御前は奴等があたしの骸に気をとられている間に逃げられるから」
「俺はそんなことはしないよ」
 だがマンリーコは母の言葉に首を横に振った。
「どうしてだい?」
「俺はもう最後まで母さんと一緒にいるよ」
 微笑んでそう答えた。
「あたしとかい」
「そうさ、決めたんだ」
 微笑みながらそう答えた。
「最後まで母さんと一緒だよ。それでいいだろ」
「御前はそれでいいのかい?」
「ああ。だからここにいるんだ」
 マンリーコにとってこの監獄を抜け出すのは簡単なことだった。だがあえてそれをしないのだ。
「火炙りになってもいいのかい?」
「覚悟のうえさ」
 マンリーコはそう答えた。
「母さんと一緒ならそれもいい」
「そうかい。火炙りでも」
 火炙りという言葉を口にしたアズチェーナの顔色が途端に変わった。
「火炙り」
「どうしたんだい!?」
「火が、火が」
 目の前に何かを見ているようであった。
「あの日が恐ろしいあの日が」
「母さん」
 マンリーコは母を宥めようとする。だがそれでも彼女は我を忘れてうわごとを繰り返す。
「恐ろしい、あの恐ろしい炎が」
「落ち着いて」
 しかし彼女は呟き続ける。
「炎が髪にまでつき全身を覆った。目が溶けそれでもあたしを見ているんだ。母さん、見ているよ」
 それが彼女の心の原風景であった。燃え盛る炎の中で苦しみながら死んでいく母。アズチェーナにとってそれは地獄の光景に他ならないのだ。
「何故だい、何故母さんが焼き殺されなきゃならないんだい。何でだよ」
「落ち着くんだ、母さん」
「マンリーコ」
 アズチェーナは怯える顔をマンリーコに向けた。
「仇を、仇をとっておくれよ、お願いだから」
「ああ」
 ここは彼女を宥めることに専念した。
「わかったから落ち着いて。そして今は寝たらいいよ」
「寝ていいのかい?」
「当たり前さ。俺がずっとここにいるから。いいね」
「ああ、わかったよ」
 アズチェーナは頷いた。そして床に寝転がった。
「どうも疲れているようだね。どうかしてるよ」
「仕方ないさ。こんなところにいたら」
「うん、そうだね。じゃあお休み」
「お休み、母さん」
 マンリーコはあえて優しい声をかけた。そして彼女を落ち着かせた。それで自分のマントを彼女にかけた。
「これなら温かいだろ」
「有り難うよ」
 アズチェーナの目に光るものが宿った。
「御前は優しい子だよ、本当に」
「母親を大事にしない息子なんていやしないよ」
 マンリーコはそれに対してそう答えた。
「だから、今はお休み」
「そうだね。そしてまた二人で暮らそうね」
「あの山へかい?」
「そうさ、あの山で」
 アズチェーナは半ば眠りながらマンリーコにそう答えた。
「そしてまた笛を聴かせておくれ。あたしはそれを聴きながら眠るから」
「ああ」
 マンリーコはそれに答えた。
 
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