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トロヴァトーレ

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第四幕その三


第四幕その三

「それ程にまであの男を救いたいというのか」
「はい」
 レオノーラは頷いた。
「何ということだ」
 伯爵はそれを聞いて怒りと憎しみで顔を歪ませた。
「それを私にわざわざ言いに来たのか」
「いえ、違います」
 だがレオノーラはそれを拒否した。
「では何だというのだ」
 伯爵は怒りで声を震わせていた。
「私のこの怒りが貴女にわかるか」
「はい」
 レオノーラは答えた。
「わかっているつもりです」
「では私の怒りもわかるだろう」
 伯爵は怒りを爆発させる寸前の状態でレオノーラに対して言った。
「あの男に幾千もの苦痛と数百の死を与えたい」
「それではまず私を」
「そんなことでは私の怒りの炎は収まらない」
 伯爵はそれに対してそう返した。
「そんなことをして何になるというのだ」
「では」 
 レオノーラは部屋を出ようとする伯爵を呼び止めた。
「私を」
「貴女の命なぞ欲しくはない」
「では私自身を」
「何っ!?」
 伯爵はそれを聞いて足を止めた。
「今何と」
「私が貴方の妻となります。っこれでよろしいでしょうか」
「今言ったこと、事実なのか」
「勿論です」
 彼女はそれに答えた。
「私も嘘なぞ言いません」
「まことか」
 だが伯爵は半信半疑であった。
「私は幻聴を聞いているのではないのか」
「ええ」
 レオノーラはそれに答えた。
「私は貴方のものになります。ですから」
 彼女は言葉を続けた。
「あの監獄を密かに開いて下さい。そうすればあの方が逃れられます」
「ううむ」
 だが伯爵はまだ考えていた。
「それでは誓いを見せてくれ」
 考えながらもレオノーラにそう言葉をかけた。
「はい」
 そしてレオノーラはそれに答えた。
「全てを神に誓いましょう」
「神にか」
 伯爵もレオノーラの信仰心の篤さは知っていた。その彼女が神に誓う、それだけで充分であった。
「わかった」
 彼は頷いた。
「では私もそれを信じよう」
「有り難うございます」
 レオノーラは頭を垂れた。それが為に伯爵は彼女の目に宿る強い決意の色を見逃してしまった。
「誰か」
 伯爵は人を呼んだ。すぐに兵士が一人やって来た。
「何でしょうか」
「実はな」
 そしてその兵士に何やら囁いた。
「よいな」
「わかりました」
 その兵士は頷いた。そして彼は部屋を後にした。
「これでよし」
 伯爵はそれを見送って頷いた。そしてレオノーラに顔を向けた。
「私は約束を守った」
「はい」
「今度は貴女が約束を守る番だ。それはわかっているな」
「勿論です」
 レオノーラはそれに答えた。
「貴女は私を手に入れることができます」
「そうだ」
 伯爵は頷いた。
「私は遂に貴女を妻とすることができるのだ」
「はい」
「そして私はあの人を助けることができる」
「これ以上はない取り引きだ」
「そうです。それでは」
「うむ。それでは私は塔へ向かおう」
「塔へ」
「そうだ。監獄のある塔へな」
 それが何を意味するのか彼女にはよくわかった。
「私は約束は絶対に破らない。それを今から証明しよう。それではな」
「はい」
 こうして伯爵は部屋を後にした。後にはレオノーラ一人だけが残った。
「確かに貴女は私を手に入れることができます」
 彼女は一人そう呟いた。
「しかし手に入れるのは」
 ここで右手に指した指輪を口に近付けた。
「骸となった私」
 そして指輪に口付けをした。そこから黒い毒が流れた。
「これで私は永遠にあの方のもの」
 笑みを浮かべてそう語った。
 
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