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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第三十九話

 大多数の攻略組に悲惨なトラウマを植えつけた《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦も、監獄送りから報酬分配まで全て終了し、討伐戦に参加したプレイヤーたちは三々五々に解散となった。

 かくいう俺も、一度HPが0になったことや、慣れない《恐怖の予測線》が出て来た戦いのせいで疲れきっており、一刻も早く近くの宿屋に泊まって意識を失いたかったものだったが……習慣というのは恐いものだ。

 半分無意識に歩いていたところ、いつも傭兵の依頼の後に日本刀《銀ノ月》の手入れに来ると約束した場所――すなわち、鍛冶屋の友人たるリズが経営している《リズベット武具店》の店の前へと来ていたのだった。

 そういう約束をしたのだから護らなくてはならないが、疲れきっているのもまた事実……この板挟みに若干悩んだものだったが、やはり約束は護らなくてはならないのだと思い、《リズベット武具店》の入り口を開いた。

「ショウキ!?」

 否。正確にはドアを開けようとした時に、このピンク髪の店主が勢いよく開けたドアに直撃し、疲れきった中での不意打ちだったために俺は勢いに任せるままに吹っ飛んだ、が正しかった。

「……仕事しろよシステム……」

 ここのような《圏内》では、ある一定以上のダメージが与えられるほどの攻撃はシステムによって防がれるのだが……勢いよくドアにぶつかって吹っ飛ぶのは規格内なのだろうか。

「……リズ、とりあえずただいま」

 倒れたままだったのでやはり格好はつかなかったが……格好のつかなさならば、目を赤くして涙を堪えていそうなリズも負けてはいなかった。

「……ただいまじゃないわよ……あんたがグレーになって……」

 リズはボソボソと小さな声で呟いた後、何かを振り払うかのように頭を振って俺に笑顔を見せた。

「……お帰りっ!」

 若干目の端に涙を浮かべながらも、そう言ってくれるリズに感謝しながら、リズに手を借りて立たせてもらって一緒に《リズベット武具店》に入っていった。

「お帰りなさいませ」

 《リズベット武具店》の店員NPCたるハルナさんが、声をかけてくれる……とある時期から俺に対しても『お帰りなさいませ』と声をかけてきて、その度にリズが赤面していたものだったが、いつの間にか慣れたものだった。

「ふぅ……」

 《リズベット武具店》の店内の椅子に腰掛けると、入り口に建て掛けてある表示を『closed』に替えてリズも同じく椅子に腰掛ける。

「はい、コーヒー」

「お、どうも」

 俺の好きな飲み物は日本茶派ではあるが、最近リズに勧められてコーヒーを飲み始めていると、なかなかどうしてこれはこれで美味い。
さて、一口コーヒーを口にして温まると、リズが真剣な表情でこちらを見ているのに気づいた。

「あたし、あんたやアスナのことが……その、心配でフレンドリストを見ていたんだけど」

 『心配』と言うところを口ごもるのはリズらしいが、今は空気を読んでツッコまないでおくとしよう。

「その時……あんたの、あんたの表示がグレーにっ……!」

 ……リズが言っているのは、討伐戦の最中の俺がPoHの攻撃を受けてHPを0にされて死の淵へと行き、《還魂の聖晶石》でこのアインクラッドに戻るまでの7秒程度のことだろう。

「すまない……ちょっとHPが0になってな」

「……はぁ!?」

 図らずもリズを心配させてしまったことに謝罪すると、リズはかなり素っ頓狂な声を上げて返してくれた。

「《還魂の聖晶石》っていう名前のアイテムなんだが、10秒以内だったらHPが0になっても蘇生出来るアイテムなんだ……まさか、自分に使うとは思ってなかったが」

「あ、あんたは……相変わらず変わった奴ね……」

 一瞬だけ安心した顔をした後、その顔を隠すように呆れかえった顔をしながら失礼なことを言ってくるリズに、少々ムッとした俺は無意識に反論の言葉を口にしていた。

「キリトやアスナ程じゃない。良くもまあ、あんなに毎日ダンジョンに入れるもんだ」

「あんたも負けてないわよ……そういえばショウキ。何であんたってそう、毎日ダンジョンに行ってないのに強いの?」

 いつものような軽口の途中、本当にふと思いついたようにリズは俺に聞いてくる……余計な心配をかけないように、俺のことはリズに何も言ってはいない。
別に隠したいわけじゃないけれど、言っても心配をかけるだけなのだから。

「ううん、ショウキ。あたしは……あんたのことがもっと知りたい」

 マナー違反だってことは解ってるけど、とリズその言葉の後に続ける。
……確かに、この脱出不能のデスゲームとなったアインクラッドでは、現実世界や他のプレイヤーのスキル、そして他人の過去などを詮索するのはマナー違反だというのが通説となっている。

 だが、いつも武器の手入れをして俺の傭兵稼業を支えてくれるばかりか、良き友人としても付き合ってくれて、俺が思っていた『強さ』の一部分を教えてくれた……そんな彼女に、俺のことを話すぐらいで少しでも恩返しが出来るのならば、話すべきなのではないか。

 始めて会った時の、一緒に日本刀《銀ノ月》の強化素材を取りに行った時にも聞かれたものだったが、自分にはまだギルド《COLORS》のことは話せず、リズはそんな俺を見て遠慮してくれた。

 だったら、リズに話すことで、俺はギルド《COLORS》のことを認めて乗り越えられるのではないだろうか。

 PoHとの戦いで自分の『弱さ』を認めて《恐怖の予測線》が発現したように、俺はギルド《COLORS》の死を真に認めることで、次のステップに進めるのではないのだろうか――あの、忘れたくとも忘れられない日から、一歩でも前に進めるのではないのだろうか――

「あの、そんなに言いたくないなら……」

「……いや、話そう。話す、べきなんだ」

 落ちつくために一回深呼吸をした後、俺はリズに向けてとつとつと語り始めた。

「まずは……俺が、みんなとは別のシステムで戦っているところから話そう」

 キリトが言うには、レベルという数字が全てを決める『レベル制RPG』ではなく、プレイヤー本人の力量がメインの『スキル制RPG』をやっているということ。
その影響から俺にはレベルというものが無く、レベル上げが不可能であること。
そして、この世界の一般的なソードスキルや戦闘用スキルはモーションが完璧でも発動すらせず、頼れるのは、俺が現実世界で学んだ技術しかないということ。

 息継ぎをするのが目的で話は一旦ストップした為に、リズから質問が飛んできた。

「そんな状態で……何であんたはフィールドに出たの?」

「約束なんだ、仲間との」

 以前の《圏内事件》の折りにもキリトと同じ質問をされたものだが、俺がフィールドに出るのは現実世界に帰るという約束を果たすためと、ギルド《COLORS》の意志を……いや、遺志を継ぐという一方的な約束があるからだ。

「それに! あたしだって鍛冶屋なんだから、言ってくれればソードスキルが使えなくても全く問題ないような剣が作れたかもしれないでしょ!」

 ……ああ、やはりこんな大切なことを言わなかったのは失敗だったらしく、かなりリズに怒られてしまう。
リズは俺の顔に指を指しながらそのことを指摘し、鼻をならしながらコーヒーを口に含んだ。

「悪い悪い、心配させたくなかったんだ。……それに、お前が作ってくれたこの刀は、充分以上にやってくれてるさ」

 オブジェクト化させたままだった日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》をポンと叩き、リズに作り直してもらった愛刀が信頼に値するものだと示す。

「その足刀っていうのも、ソードスキルが使えないからだったのね……あとで手入れするから、机の上に置いておいて」

 はいはい、とリズの言葉に従って日本刀《銀ノ月》と足刀《半月》を装備状態から変更し、机の端に置いておく……さて、そろそろ息継ぎは充分であろうか。

「コーヒーのおかわりいる?」

「ああ、頼む」

 リズが二人のコップに二杯目のコーヒーを注ぎ、一口飲んでまた俺は話を再開した。

「約束だなんて偉そうなことを言ってるが、俺がまともにフィールドに出れたのは最前線が22層にさしかかった頃なんだ」

 それまでは、死ぬのが怖ろしくてまともにフィールドに出れずに第一層の田舎町に引きこもっていたこと。
ようやくフィールドに出れても、最前線の層に行く気にはどうしてもなれなかったこと。

「そんな時に出会ったのが、ギルド《COLORS》っていうギルドだった」

 商人ギルド《COLORS》。
主に中層のダンジョンなどで活動しており、レアアイテムなどを入手しては攻略組に売りつけるということをしていた商人ギルド。
ひょんなきっかけから俺はそのギルド《COLORS》に入ることとなり、リーダーのアリシャから今も着ているこの黒いコートを貰った。

 リーダーがお人好しだったおかげで、儲けを度外視して良く人助けとかもしていた。
ほとんど毎日のようにギルドの宿泊する宿屋も変えて、一定の場所に留まらないその奔放さは、俺も少し見習いたかった。

「だが、あの日……ギルド《COLORS》は壊滅した」

 PoHを始めとするレッドプレイヤーたち……今の《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の前身となった連中なんだろう。
それから俺は、リーダーのおかげでなんとか……一人おめおめと生き延びて、また《圏内》から出られなくなった。

「これがリーダーの……アリシャの遺品だ。あいつが死ぬ前に俺に渡してきた」

 俺のアイテムストレージから《カミツレの髪飾り》をオブジェクト化させ、机の上のコーヒーの横に置く。
PoHとの戦いの際には決め手となったアイテムだが、遺品であった糸を使ってしまった今、もはや何にも使えない。

 ソードスキルが使えないという件の時は、自分に話してくれなかったことを声高に文句を唱えたリズだったが、このギルド《COLORS》には何も言えないようで、でも何か言おうとして痛切な表情をしていた。

「俺はそれから、『強く』なって仇であるPoHを狙い続けた……だが、今回も逃げられた」

 奴とは三度戦ったのだが仇はとれず、俺は否応なしに『弱い』のだと実感させられた。

「あんたは……弱くなんかない」

 今まで沈黙を保っていたリズが、俺の弱いという実感の話を聞いてから口を開いた。

「あんたは弱くなんかない。強くなかったら仲間たちの仇なんて討とうとは思わないし、なにより……なによりあたしを助けてくれた! 一緒に行ったあのダンジョンで、ボスからあたしを助けてくれたじゃない……!」

 今までならば、『助けてくれたなんて言わないでくれ』と返すところであるが、今は不思議と、リズのその言葉を受け入れられていた……リズに話して、少し吹っ切れたのだろうか。

「……ありがとう、リズ。そんな風に言ってくれて」

 こんな話を聞いたことがある。
――『恐怖』を認めることが真の『勇気』であり、『弱さ』を認めることが真の『強さ』だと。

 ならば、俺は今日ようやく、仇をとるために追い求めていた『勇気』と『強さ』を手に入れられたのだろうか。

「さて、リズ。俺の話は終わりだ。こんな弱い俺だけど、まだ友達でいてくれたら嬉しい」

「当たり前でしょ!」

 何を愚問な、とでもいいたげな笑顔のリズに感謝しつつ、俺は少し涙を流して即座に拭いた。

「なあリズ、少し頼みがあるんだが――」




 そして、世間から《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の存在が懸命に忘れ去られようとしている頃、俺はある層にマイホームを買った。

 もうギルド《COLORS》の物真似をして、いくつもの層の宿屋を渡り歩くのは止めようと思ったのだ……少々値段は張ったものだが、なんとか足りたのは幸いだった。

 ああ、ギルド《COLORS》の物真似は止めると言っても、傭兵稼業は止めないつもりだ……なんだかんだ言って最前線で戦うよりも、元々ゲーマーではない自分には向いていると思うからだ。

「……よし」

 家にある姿見でざっと自分の姿を見ると、黒い和服の上に黒いコートといういつもの格好であることを再確認する……ある一部分以外は。

 いつもと違うという点は、上着のコートの左胸ポケットがある部分に、アリシャの遺品である《カミツレの髪飾り》がついていることだ。
《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦の終わった日、リズに頼んだことがこれだ――『この《カミツレの髪飾り》を防具につけることは出来ないか』、と。

 始めて受けた依頼でリズも大分苦心した様子だったが、鍛冶スキルを少しは上げている俺も手伝い、サイズは小さいが、なんとか左の胸当てのようにすることに成功した。
もちろん、サイズが小さすぎて胸当ての体を成していないため、クラインからは『似合わねぇアクセサリー』呼ばわりされたものだが。

 まあそれはともかく、慌ただしく準備をしているお隣さんに挨拶して、今日も依頼に向かうとしよう。

「今日もナイスな展開に、なると良いな……」

 そう呟きながら、俺はお隣さん――《リズベット武具店》のドアを開いた。
 
 

 
後書き
これで《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦編と過去編を含んだ話である、通称『走馬灯編』は終了となります……見直してみると色々アレですが。

多分、次から原作一巻に入っていけるかと思います。

では、感想・アドバイス待っています。 
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