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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第三十八話

 その日にどれだけ悲しいことが起ころうと、自殺などしない限りは明日が来ることなど当たり前であり、俺は弱いので、殺された仲間の後を追って自殺するなど怖ろしくて出来やしなかったために明日は来た。

 仲間を護れず、仇を倒せず、仲間に護られ、俺はなんとか生き延びた……自分が弱いことなど承知していた筈であったが、こんな惨めに生き長らえるほど弱いなんていうのは思っても見なかった。

 数週間は宿屋に引きこもることしか出来なくなり、ただただギルド《COLORS》の遺産に頼って食料を食い漁るしかなかったあの日々は、まさに『生きながらにして死んでいた』という表現がピッタリと当てはまるのが情けない。

 だがある日、何を思ったかソロでフィールドに出て、俺はモンスターと戦い始めた――今思えば、自殺は怖いからモンスターに殺して欲しかったのかもしれない――しかし、いざ戦ってみれば俺の後悔と悲しみで満たされていた心に去来した思いは、喜びではなく、ましてや笑いでもなく……恐怖だった。

 むしろ笑える気分だ、このデスゲームが始まった当初に恐くて第一層の田舎町に引きこもり、ようやく第一層から出たのに恐くて中層に入り浸り、ギルド《COLORS》に入ってようやくまともになったと思えば、PoHが恐くて仲間に助けられ、恐くて仲間を追って自殺も出来ず、死ぬためにモンスターと戦闘したら、また恐くてモンスターを返り討ちにして……自分はどれだけ弱いんだと、自嘲してもしきれないほどだった。

 そんな時、ふと疑問に思ったのだ……ギルド《COLORS》のリーダーであるアリシャは、何故自分が死ぬだろうと解っていて自分を生かすための選択が出来たのか、何故死ぬ直前にまでいつものように会話していられたのか、……何故、このデスゲームであんな太陽のように笑えたのか。

 知的好奇心は人並み以上にある自分は、頭の中に浮かび続けたその疑問を更に脳内で発展させていってしまう……すなわち、リーダーのアリシャだけでなくギルド《COLORS》のメンバーもみな、そういう人間であったと。

 だから俺は引きこもるのを止め、《傭兵》などと呼ばれるようにもなった、いわゆる何でも屋のような仕事を始めるのに至った……何故ならば、俺が始めたその仕事はギルド《COLORS》のやっていたこととまったく同じであり、彼ら、彼女らと同じことをすれば、あの『強さ』を手に入れることが出来るのでは無いかと。

 そんな、人助けをするのには不純なその理由からか、助けた対象に『助けてくれてありがとう』などと言ってもらうと、嬉しさよりも後ろめたさが俺を襲ってきた。――お礼なんて言わないでくれ、俺はただ『強さ』を手に入れるために、君を助けただけなんだから――と。
もちろん口には出さなかったが、依頼人にそう言われる度に、俺は心が締め付けられていた。

 依頼人からの感謝の言葉による痛みへの慣れと、《銀ノ月》なんて呼ばれる程に自分では『強く』なったつもりのある日、ギルド《COLORS》の命日であり、キリトたちが《圏内事件》と呼ばれるようになったあの事件を解決していた日に……俺はPoHに再会し、リベンジし、敗北した……

 ――ああ、俺はまだ弱いんだと、強く実感した。

 俺がリズベット――リズに会った時はそんな時であり、日本刀《銀ノ月》の強化に必要な金属を取りに行った時に、またも、自分を犠牲にしてでも他者の心配をする『強さ』を自分が失神する直前にまで俺に『逃げろ』というリズに垣間見た。

 そこで、リズは俺に気づかせてくれたんだ……ギルド《COLORS》の猿真似をしているだけでは、俺はリズのような『強さ』を得られることは出来ないと。

 だがそんなことが解っても、俺が傭兵以外に『強く』なる手段があるわけがなく、リズの鍛冶によるサポートをありがたく思いながら、いつも通りにただがむしゃらに依頼をこなしていた時、《この笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の依頼が舞い込んできて、PoHと三度目の戦いを経験し……そして負けた。
いや、今までのようにただ負けたのではなく、助けてくれる仲間がいなかった俺は、あの友切包丁で刺されてHPを0にし――ギルド《COLORS》のみんなと同じように、この世界でも現実世界でも、死を迎えるところであった。

 結局、俺は……

「……弱いな……」

 身体が足からポリゴン片となっていく……ああ、この世界では『死』の実感すらないのか……だけれども、怖いことには変わりがない。
視界が続々と暗く染まっていくのも、その恐怖に拍車をかけてくる演出であり、このゲームの制作者の嫌らしい……いや、リアルを追求する性格が嫌でも解るというものだ。

 このまま後数秒もすれば、俺の身体は全てポリゴン片となって消滅するだろうが、やっぱり死にたくない……俺は弱いから、死に直面しても死を受け入れるような『強さ』を持っちゃいないし、『強さ』というのがそんなことならば、俺は弱いままで良い。

「……俺、はあァァッ……」

 もはや残っているのは頭と腕だけであるが、今からやろうとしていることをするにはそれだけで充分だ。

 右手を振ってシステムメニューを出すと、あの思い出したくない最低のクリスマスの日に、キリトと再会し、最初で最後の本気の殺し合いをして手に入れた結晶を選択する。

 転移結晶や解毒解毒や回廊結晶と、結晶系アイテムはこのゲームにはかなりあるが、現在、この効果を持っている結晶はこれだけだ。

 そのアイテムの効果は、プレイヤーが死亡した場合、『10秒以内』であれば蘇生することができるというもの。


 そう、使うアイテムの名は――

「……生きるッ!」

 《還魂の聖晶石》ッ――!

「what……!?」

「でぇぇぇぇいッ!」

 《還魂の聖晶石》の効果によって、ポリゴン片となって崩壊していた俺の身体が続々と再構成されていき、リズと一緒に作った愛刀である日本刀《銀ノ月》の感覚が腕と共に戻った瞬間、人が生き返るという、このデスゲームには有り得ないことが目の前で起きたために、狼狽したPoHに向けて渾身の一撃を繰り出した。

 しかし、未だにポリゴン片となっていた足が再生しきれておらず、踏み込みが足りなかったためにPoHのHPを削りきるには至らなかった。

 その間にHPゲージが右端まで回復しきり、足もポリゴン片ではなく自身が長年付き合ってきた足と相違なく回復していた。

「……はぁ、はぁ、はぁ……俺は、生きているッ!」

 死の淵から蘇ってPoHに会心の反撃を喰らわせたシーンなのだから、もう少しカッコ良く言っても良いだろうに、と息を整えながら自嘲する。

 でも、カッコ悪くとも生きている……これ以上ないって程生きている。

「このmonsterが……! 生き返ったんなら、もう一回KILLしてやるぜ……!」

「違うね。俺はただの弱い人間で……死ぬのは、お前の方だ」

 お互いにもっとも頼りにしている愛刀を構え直し、俺が生き返って戦いが再開したのだと実感する。

 結局俺は弱いままであり、『恐怖』を乗り越える『強さ』なんて持ち合わせていないのだと解った……だけど、弱いなら弱いなりに、『恐怖』に立ち向かうことぐらいは出来るはずだ。

 『恐怖』に負けないように、いつかは克服出来るように――そんな願いを込めて、俺は自身をもっとも鼓舞する言葉を言っていたのだろう。

「ナイスな展開じゃないか……!」

 俺の『恐怖』に打ち勝つための言葉で、俺とPoHとの殺し合いは再開された。

 まずはPoHの首元狙いの斬撃を、見えた俺が避けるところから始ま――って、あれ? 確かにあの斬撃は首元狙いのように見えるが……足元を狙っているようにも見える。

「……なんだ?」

 この奇妙な感覚に戸惑いながらも、俺はPoHの斬撃が来るのであろうと予測するポジションに足刀《半月》を叩き込む。

 すると、PoHの斬撃は首元狙いから俺の足元狙いへと、太刀筋が急激に変化する……惚れ惚れするほど見事なフェイントだったが、友切包丁は先出ししていた俺の足刀《半月》に阻まれるだけに至った。

「「……ッ!?」」

 PoHは自らのフェイントを完全に読まれたことからの動揺から、俺は奇妙な感覚がPoHのフェイント付きの攻撃を見破ったことからの違和感から、俺とPoHから同時に探るような息が漏れた……そして、その動揺からいち早く復帰したのはPoHの方だった。

「ハァッ!」

 PoHは足刀《半月》に防がれたその場所を利用し、足元からの俺の頭へと昇ってくるかのような袈裟切りを放って、俺の腹から頭にかけて切り裂かれるようなことになる――と、奇妙な感覚が告げたため、防ぐことよりも急いでバックステップをした結果、PoHの袈裟切りは俺の代わりに空を切ることとなった。

「無駄みたいだな、PoH……今の俺には、『何か』が見えている……!」

 『何か』とぼやかして言ったものの、俺には何なのかがなんとなく感づいていた。
俺が先程から先読み出来ているのはPoHの斬撃の軌道……すなわち『恐怖』そのものに他ならない。


 PoHの斬撃という名の恐怖を予測する線、言わば《『恐怖』の予測線》と言ったところである……一流の達人は殺気を読んだりといったことが可能であるというが、まさか、殺気ではなく『恐怖』を読むことになるとは、なんとも情けない限りの弱さである。

 だけれども、『恐怖』を読むことなど、俺ほどの弱さがないと出来ないことだろう……ああ、恐怖の予測線が発現したのも、もう自らが弱いと開き直ってしまったからだろうか。

「今度はこっちから行かせてもらうぜ……!」

 日本刀《銀ノ月》を鞘に入れ直し、まずは様子見にクナイを三つほど投げるが、PoHは身体を微動だにせず包丁の動きだけでクナイを弾く……そのクナイを弾く動きには恐怖の予測線は働かなかったので、俺に向けて攻撃を放たない限り恐怖の予測線は視れないらしい。

「刺突術《矢張月》!」

 この戦闘が始まって一番最初にPoHに向けて放ち、軽々と避けられてしまった刺突術《矢張月》であるが、俺の戦線を開く技としてはこれ以上ないほど相応しい技はない。

 もう何度か見せた技だ、当然PoHには避けられてしまい、痛烈なカウンターの恐怖の予測線が俺の肩口から胸にかけて走ったので、足刀《半月》で攻撃を外した隙を埋めるようにPoHに攻撃を仕掛けて、結果的にPoHのカウンターを止める。

「まだまだ!」

 俺の日本刀《銀ノ月》よりPoHの友切包丁の方が、遥かに攻撃の速度が速いのだ……故に、PoHに息をつかせないほどに攻撃をしなければ反撃を喰らう。

 刺突術《矢張月》をして突きだしていた日本刀《銀ノ月》を横に凪ぐように振るってPoHに攻撃するが、PoHは小さくジャンプして空中で一回転することで俺の横凪ぎを避けながらそのまま包丁を振るう。

 だが、不確かながらも接近戦による《恐怖の予測線》による、三秒程度の相手の攻撃の先読みは絶大なアドバンテージを誇っており、容易く恐怖の予測線から友切包丁を避け、足刀《半月》の刃付きの蹴りが空中で身動きが出来ないPoHへと炸裂する。

 自らの超反応と包丁のスピードを生かして、俺の足刀《半月》と自身の間に友切包丁を挟みこんでいたため、PoHは吹き飛んだものの対したダメージは与えられていなかった。

「チ……やっぱりmonsterじゃねぇか……」

 PoHが包丁を構え直しながら俺のことを化け物と毒づくが、『恐怖』をこれ以上ないほど感じている俺は、弱者であり人間だ……むしろ、こちらからすれば、最前線で戦い続けてレベルを上げ続けているキリトやヒースクリフの方が、よっぽど化け物である。

「悪いが、お喋りする気はない……!」

 《恐怖の予測線》があると言えども、俺にもまだまだ扱えきれていないこともあることだし、PoHならばそろそろ対応してきそうな予感までするところがPoHの恐ろしいところだ。

「《縮地》……!」

 一刻も早くこの戦いを終わらせる為に、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ、胸ポケットからこの戦いに使いたくはなかった《秘密兵器》を取りだし、《縮地》を起動し高速移動を開始する。

 PoHの肩の近くに移動した後、そのまま恐怖の予測線に従ってPoHの斬撃をしゃがんで避け、もう一度《縮地》を使ってPoHの周りを一周して元の位置に戻る。

「捉えたぜ……PoHッ!」

 PoHの厄介なところとは、その身軽な武器を活かした死神のような、ソードスキルに頼らない軽々とした動きと、それに決定打となる威力を付加する友切包丁の魔剣と言われる由縁である性能だ。

 ならばPoHに勝つにはそれを封じれば良いのだ……言うだけならば簡単である、まさに机上の空論ではあるが。

「な、んだ、こいつは……!」

 ――だが、今回はその机上の空論を可能にする。

 PoHの身体には捕縛用の糸が巻きつかれており、腕を動かすことは適わず、もはやその自慢の包丁を使うことは出来ない。

「俺がさっき《縮地》お前の周りを一周した時に、お前の身体に糸を巻きつけた……」

 このアインクラッドに糸による攻撃スキルなどないし、俺に出来ることはあくまで剣術だけでそんな糸による捕縛など出来はしない……だが、そんな馬鹿みたいなことをしていた女を俺は一生忘れない。

「その糸は、お前が全滅させた俺たちの仲間の……ギルド《COLORS》の遺産だ」

 俺のシステムメニューに未だに残り続ける、ギルド《COLORS》の共用ストレージに残っていた捕縛用の糸……『強さ』を手に入れるために使わないなんていう、つまらない理由で使うのを拒んでいたアリシャの遺産。

 そしてその身体を縛りつける糸を支えているのは、最初の《縮地》の時にPoHの肩のポンチョに刺した、アリシャが遺言と共に残した《カミツレの髪飾り》――!

「ありがとうアリシャ……それから、さよならだPoH……!」

 これから俺が放つのは、ギルド《COLORS》最後のモンスターとの戦いになった、《The Damascus》に対して放った、隙は大きいが上半身のバネをフルに活用して放つ高威力の斬撃術――斬撃術《朔望月》。
隙がどれだけデカくとも、《カミツレの髪飾り》と糸に身動きが封じられているPoHに防ぐ術はなく、また、威力も一撃で《The Damascus》のHPを削りきれるほどのまさに一撃必殺の一撃。

「――斬撃術《朔望月》!」

 PoHに放った一撃は、寸分違わず狙い通りにPoHの身体に命中させ……その肉体を、ポリゴン片と四散させる。

 ……殺ったとその手応えから俺の感覚は確信するが、俺の眼はその後のポリゴン片の動向を見逃さなかった。

 ――ポリゴン片の中に……PoHがいる?

 そんな有り得ない状況に俺の脳内で浮かんだのは、キリトから聞いた《圏内事件》の時のことであった。
その時《カインズ》というプレイヤーは、鎧の破壊と同時に《転移結晶》を使うことで、自身の身体をポリゴン片としたように見せかけて偽装殺人とした――それと同じ。

 PoHの周りにあったポリゴン片は、奴のポンチョとハーフメイルだと俺の頭に考えつき、急ぎ足刀《半月》による追撃を試みるものの、恐怖の予測線が俺の頭に迫る恐怖を告げ、なんとか足刀《半月》を回避に回す。

「くっ……!」

 俺の頭に、飛んできた友切包丁が迫り、恐怖の予測線のおかげでなんとか足刀《半月》で弾いたのだが、その間に目の前のPoHは《転移結晶》を握りしめ、場所指定を完了していたようだった。

「you got me.だが、次は勝たせてもらうぜ……!」

 足刀《半月》を頭部の防御に回したせいで、追撃は間に合わずPoHのどこかへの転移を許してしまう。

「くそッ……また仇をうてなかった……!」

 仇をうてなかったことは確かだったが……三回の敗北と決定的に違うのが一つだけ。

「……勝ったぞ、俺……」

 日本刀《銀ノ月》を鞘にしまって壁にもたれ込み、答える者は誰もいない呟きは空気に溶けていった。



 ――こうして、レッドギルド《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン》討伐戦は、リーダーであるPoHを逃すという結果となったものの、概ねの構成員は捕縛、もしくは死亡することとなって終わりを告げた。
 
 

 
後書き
なんだか色々と詰め込みすぎた話で、若干後悔しております。

《『恐怖』の予測線》ですが……まあ、GGOの弾道予測線と言えば描写的には分かりやすいでしょうか。

発現した理由としては……原作において直葉の『リアルにおいて動きが遅く見える』や、キリトの『竹刀を軽く感じる』と言ったフルダイブ環境に慣れた故の弊害と同じ……でしょうか。
ちょっと(かなり?)違う気もしますが、そこは寛大な心で許してくれると助かります(汗)

能力的には、ショウキ自身に降りかかる『恐怖』を読む能力……我ながら、なんという厨二な能力……

そろそろ物語も(言い方は変ですが)一巻に追いつき、一段落するので一回ショウキの剣技や能力、使っている武器についてまとめようかな、などと考えております。

では、こんな作品ですが感想・アドバイス待っています。 
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