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愛の妙薬

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第二幕その八


第二幕その八

「はい」
 ネモリーノは戸を開けた。そこにはアディーナがいた。
「アディーナ!?」
「ええ、私よ」
 アディーナは頷いて答えた。
「ネモリーノ」
「何だい?」
「ちょっと聞いたのだけれど」
(薬のことかな)
 彼は心の中で思った。
「何を?」
 彼はとりあえずはとぼけた。そして逆に問うた。
「貴方兵隊に行くって本当?」
(そのことか)
 彼は明日からのことを思い出し落胆した。
「ああ」
 そして力なく答えた。
「明日からね。けれどそれがどうしたんだい?」
「それがどういうことかわかってるの!?忠告しておくけれど貴方は兵隊には向かないわ」
(そんなことわかってるよ。けれどそれはもういいんだ)
 彼は心の中で呟いた後アディーナに顔を向けた。
「けれど君には関係ないだろう」
「おおありよ」
 少しキツい声で返してきた。
「わかってると思うけれど戦場はとても危ないところよ。死んでしまうのよ」
「わかってるよ」
 彼は俯いて答えた。
「貴方それでいいの?このままだと戦死するのよ」
「けど」
 その声は見る見る小さくなっていった。
(君の為なんだ。仕方ないだろう)
 それは言えなかった。彼にも意地があった。
「これを見て」
 彼女はここで一枚の紙を取り出した。
「さっき軍曹さんから貰って来たの。契約書よ」
 見ればネモリーノの字でマルが書かれている。彼がさっき書いたものに間違いない。
「払い戻してきたわ。貴方はこれで自由よ」
「自由」
「そうよ。そして」
(来たな)
 ネモリーノはここでほくそ笑んだ。
(気持ちはもうわかっている後は直接聞くだけだ)
 彼はアディーナの次の言葉を待ち受けた。
「さよなら」
「うん。さよなら・・・・・・って!?」
 彼はその言葉を聞いて思わず声をあげた。
「アディーナ、今何て言ったの!?」
「聞こえなかったの?さよなら、って言ったのよ」
 彼女は素っ気なく答えた。
「これを受け取ったら自由よ。後は何の心配もいらないわ、何もね」
「あの、アディーナ」
 ネモリーノは恐る恐る彼女に問うた。
「何?」
「他に何か・・・・・・言うことはない?」
「何を!?」
「いや、その」
 彼はその頑なに見える態度に思わず縮こまった。そしてアディーナを上目遣いに見た。
「何もないんだね」
「ええ。言っている意味がよくわからないのだけれど」
「わかったよ」
 彼は力落ちした声で言った。
「じゃあそれはいらないよ」
「えっ!?」
 今度はアディーナが声をあげた。
「当然だろ、僕が欲しいものが手に入らないんだ。だったらここにいても何の意味もないよ」
「貴方何を言っているの!?」
「別に狂ってもいないよ。僕は自分の気持ちに素直に従うだけなんだ」
 彼は顔を上げ、目を閉じて言った。
「他に何があるというんだい?」
「ネモリーノ」
 アディーナはそんな彼に対して強い声で話し掛けた。
「聞いて頂戴」
 ネモリーノはそれには答えなかった。だが心の中で思っていた。
(聞かない筈ないだろう)
 それが彼の本音であった。
(君の言葉なんだから)
 彼は聞かないふりをしながら聞くことにした。
「何故行くの?」
「自分の心に従うからさ」
 素っ気なく返した。
「冗談は止めて」
 だがそれはアディーナの強い言葉の前に打ち消された。
「何故行くの?兵隊になる決心をしたの?」
「そうさ」
 ネモリーノは彼女に言った。
「それで僕の運命をよりよく出来ると思ってね」
「違うわ」
 アディーナは彼のその言葉を否定した。首を横に振った。
「貴方は自分に嘘をついているわ。私にはわかるわ」
「馬鹿なことを」
「いいえ、馬鹿じゃないわ。私は心から願っているのよ、貴方のことを」
「そんな出まかせを」
「出まかせで契約書を買い戻す?」
 アディーナは言った。
「貴方の人生を心から案じているから・・・・・・だから買い戻したのよ」
「それもいつもの軽い気持ちだろう?また僕をからかっているんだ」
「黙って聞いて!」
 その声が強くなった。ネモリーノはその声の前に完全に沈黙してしまった。
「よく聞いて、貴方はもう完全に自由よ。貴方を縛るものは何もないわ。そう、何処へでも行くことができるのよ」
「何処へでも」
「そうよ、だから安心して。もう誰も貴方を縛ったりしないわ」
「誰も」
「ええ。だからもう何にも悩まされることはないわ」
「何にも」
「安心してね。それは」
「うん」
 ネモリーノは頷いた。ここでアディーナは一呼吸置いた。
(いよいよか)
 彼はそれを見ながら思った。
(やっと彼女が言うんだ、僕を好きだって)
 だが話はそれ程簡単なものではなかった。
「さようなら」
 アディーナはそう言うとプイ、と背を向けた。
「え」
 これにはネモリーノも呆然としてしまった。
「あの、アディーナ」
 そして背を向けた彼女に対して問い掛けた。
「何?」
 アディーナはそれに応えて顔を向けて来た。見返りだ。
 
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