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愛の妙薬

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第二幕その六


第二幕その六

「彼自身がそう言ってました」
「何と」
 アディーナはそれを聞いて言葉を失った。
「とにかくすぐにお金が欲しかったようですな」
(まあどう考えても検査で落とされるじゃろうが。あれは借金にでもなるかのう)
 心の中の言葉はここでは伏せた。
「お金が」
「はい」
「けれどネモリーノは今家にそれ程お金があるわけでもないし」
「どうやら兵隊に志願したようで」
 ドゥルカマーラはタイミングを見計らって言った。
「兵隊に!?」
 アディーナはそれを聞いて思わず声をあげた。
(おや)
 ドゥルカマーラはここで気付いた。
(どうやらあの若者の想い人といのは)
 頭の回転の早い彼のことである。すぐに結論を導き出した。
「娘さん」
 そしてアディーナに問い掛けた。
「そんなに心配ですかな」
(少し露骨じゃったかのう)
 彼は心の目でアディーナの動きを見張った。
「それは・・・・・・」
 見ればアディーナは狼狽の色を濃くしていく。
「先生」
 もうその狼狽を抑えることが出来なかった。彼女は不安に満ちた顔でドゥルカマーラを見上げた。
「その話、嘘ではありませんよね」
「はい」
 ドゥルカマーラは如何にも他人事のように答えた。
「何しろ本人の言葉ですから。嘘ではないでしょうな」
「ネモリーノは嘘なんか言わない」
(おやおや)
 ドゥルカマーラはその言葉を聞いて目を細めた。
(これはかなり気にしておるな)
 彼はここで更に攻勢に出ることにした。
「兵士になれば戦場に立つ。銃弾と砲弾が飛び交う戦場へ」
「要領の悪い彼がそんなところに行ったら」
「戦場では要領が悪いと危ないですな」
「死・・・・・・」
 アディーナの顔が蒼ざめる。ドゥルカマーラは他人事の様に続けた。
「戦場ではよくあることです。何しろ戦場は殺し合いの場所ですからな」
「ネモリーノがそんなところに行ったら。気の優しい彼が行ったら」
 アディーナの顔はさらに蒼くなっていく。もう白くなっている。
(もうすぐじゃな)
 ドゥルカマーラはここで切り札を出すことにした。
「それ程気になりますかな、あの若者が」
「はい!」
 アディーナは強い声で切り返した。それが何よりも彼女の心を物語っていた。
「先生、何とかなりませんか!?早く彼を救わないと」
「その言葉、偽りではありませんな」
 ドゥルカマーラはあえて神父の様な口調で問うた。
「こんな時に嘘なんて言いません」
 アディーナはキッとした声で言った。
「それなのにどうしてあんなに上機嫌で。やけになったのかしら」
「それが私の薬の効き目です」
 ドゥルカマーラは言った。
「薬の」
「はい。あの若者は最初に私から薬を買った時にこう言いました。たった一人の娘の為に飲むのだと。どんな女性の心
も支配できるというのに」
(私のことだわ!)
「イゾルデの魔法の薬が欲しいと言いましてな。それで私はあの若者に差し上げたのです」
「そんなことを」
「はい。私はどんな薬も作り出すことができますので。当然その愛の妙薬も」
(だからあの時あんなに上機嫌だったのね。それなのに私は)
 アディーナは悔やんだだが悔やんでも悔やみきれるものではなかった。
「しかしそれでも駄目だったようで。それで彼は自分を軍に売って金を作ったのです」
「そして薬を買ったのですね」
「はい。それでそのお金のぶんだけ飲んだのです。するとああして娘達に囲まれまして。いやはや、自分で作ったのですが凄い効き目ですな」
(知らなかった、彼がそれ程私のことを想っていたなんて)
 彼女は今までそれはほんの一時の迷いだと考えていたのだ。
(それなのに私はいい気になって冷たくして。何ということをしてしまったのかしら)
(ふむ)
 ドゥルカマーラはその間も彼女から目を離してはいなかった。
(どうやら上手くいきそうじゃな)
 思わず笑みがこぼれる。だがそれはすぐに消した。
「お嬢さん」
 そしてアディーナにあえて優しく問いかけた。
「貴女の悩み、私が解決しましょうか」
「先生が!?」
「はい」
 ドゥルカマーラは恭しく答えた。
「今苦しいのでしょう」
「ええ」
 否定することはできなかった。
 
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