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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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修行と……

 どうしてこうなった?
 訓練所で各々の武器を構える『教え子達』の姿を見て、ヴォルフはそう思わずにいられなかった。
 神無、夏空、小冬の三人ならまだ分かる。なのに何故、梓と椿まで混じっているのだろうか?
 ことの始まりは少し前だった。
 正太郎の意識を少しでも変えようと、敢えてあんな事をしたヴォルフは農場を出てすぐに梓達に出くわしたのだ。




「あっ」
 自室に戻って昼寝でもしようかという所で、聞き覚えのある声が聞こえた。
 そこには昨日の夜に神無と共に現れた二人の女ハンターがいた。それと見知らぬ……事も無いか、確かギルドの受付嬢だった少女も一緒だった。
 ギルドの受付嬢は制服だったが、他の二人は私服らしい服を着ていた。
 だが、俺から掛ける言葉も無ければ、特に用も無いので擦れ違うだけだ。
 そこで、着物の背中部分を引っ張られた。
「何だ?」
 振り向けば、眼鏡を掛けた方が俺の服を掴んだままじっと俺を見ている。
「……昨日は、ごめんなさい。私達が余計なことしたせいで……」
 長い黒髪の方が消え入りそうな声で言い、服を掴んだままの眼鏡の方はコクコクと頷く。
 昨日?……ああ、あの信号弾のことか。
「素人に良くあることだ。自分で気付けたのか?」
 俺の言葉に二人は首を振る。違うのか。
「朱美さんに訊かれて、それで……」
 朱美……あの小銃使いか。成る程、奴はこの二人に対してそれなりに強い影響力を持っているようだな。
「なら、この失敗を繰り返さないよう、次に生かすことだ」
 これは俺も数多く繰り返してきたことだ。多くの挑戦と失敗を乗り越えて今の俺がある。
「生きていれば次がある。如何なる時もそれを忘れるな」
 話は終わりだ。何にせよ早く身体を治さなければならないからな。家に戻って寝るとしよう。後事はそれからでも……
「ヴォオオオオオオオオオオルウウゥフウウウウウウウウウウ!」
 と、何やら咆哮めいた叫びと共に、何かが土煙を上げながら近付いて来た。取り合えずぶつからない様に軌道から逸れる。
 俺が退いた事によってソレは俺を通り過ぎて市場の方へ向かった。
「何、今の?」
「……正太郎さんだったかな?」
「うん」
 三人が顔を見合わせて確認しているが、俺ははっきりと奴の顔を見ていた。何か異様な雰囲気を纏っていたが、一体奴に何があった?
 と、市場の方から例の土煙を上げる何かが近付き、俺の前で急停止する。奴だ。湯気の上がる肩で大きく息をしながら、妙に血走った目で俺を見ている。
「……何用だ?」
 取り合えず用件を訊く。こいつが先程の復讐をしに来たというのなら、望み通り相手になってやろう。
「ヴォルフっ!!」
 裂帛とまではいかないが、村中に響くような大音声。……まるでモンスターの咆哮だな。
 俺の後ろに回りこんでいた少女三人は縮こまっており、如何にもこれから始まるであろう事を警戒……というより怯えている。
「俺をォ! 弟子にしてくれぇえええ!!」
 土下座しながら村中に響くような大声が響いた……今、コイツは何と言った? 聞き間違いだと思うんだが、俺の弟子になりたいとか言ったような?
「今、何と言った?」
 取り合えずもう一度訊く。
「俺を、おま……いや、アンタの弟子にしてくれ!」
 と、もう一度地面に頭を擦りつけるように下げながら言った。
「……何のつもりだ?」
 先程の件は奴に俺を憎むように、俺に怒りを向けるように仕向ける為の物だ。怒りは絶望よりはマシだ。少なくとも絶望よりはマシな方向性を指し示す。それが何故こんな結果を生んだ?
「どうもこうもねえ! 俺はアンタに対して無礼ばかり働いたってのに、アンタは俺を励ましてくれたじゃねえか!」
 アレを励ましと受け取ると?
「それにアンタは言ったよな? 『自身に誇れるお前になれ』って。俺はなりたい。本当に自分自身を誇れるようなハンターに!」
 成る程、ならまずはその為に力を得たいが故に、俺に教わろうと言う訳か。だが……
「……断る」
「何で!?」
「生憎と、人に物を教える経験など無いんでな」
 そう、俺は自分自身が学ぶことはあっても、人に物を教える事などやったことが無い。
「あら? 何事も経験だと思うけど?」
 予想外の所から声が掛かる。俺の後ろにいた長い黒髪の女だ。
「人に教えると言う事は、自分自身がどれだけそれを理解しているのか……それを確認することにもなるのよ? やってみる価値はあると思うけど?」
「私もそう思う」
「おお! 梓が俺を初めて援護してくれた!」
「誰もアンタの援護なんてしてないわよ」
 正太郎が大袈裟に喜び、梓と呼ばれた女は溜息混じり吐き捨てる。
 一理あるか……。だが、コイツに俺の剣技を教えられるか? まずは身体能力の基本から覚えさせる事から始まるのだが、身体その物を作り直すことになる。
 そんな時間は無い。成長期が過ぎている分も含め、それだけで年単位の時間が掛かるだろう。体術抜きに振るえる剣技ではない。
 武器の問題もある。ハンター達が用いる『太刀』ではこの剣を振るうには適していない。あの無駄に長い刀身では剣速が鈍る上に体術を犠牲にし、余計な物まで斬ってしまいかねない。それ相応の鍛え方もあるだろうが、余計に時間が掛かりすぎる。
 それ以前に……付け焼刃の技術で即戦力などありえん。
「無理だ。お前に俺の剣は教えられない」
 俺にはそう告げることしか出来なかった。
「ちょ!? 何だよそれ!? 俺はそんなに見込みが無いのか!?」
 正太郎が声を荒げ、他の者達の視線も厳しいものに変わる。
「それ以前の問題だ。お前の目標は?」
「決まってるだろ!? お前を超える! その為にはまず、お前に追いつく!」
「なら諦めろ。俺はハンターであって教師じゃない。自力で何とかするんだな」
「何でだよ!?」
 ここまで言ってまだ食い下がるか。
「15年だ」
「は?」
 正太郎だけではなく周りの者達まで唖然とする。
「少なくとも15年。俺は今までの人生を実戦と鍛錬に費やしてきた。休憩代わりに書物を読み、それなりの知識を学んできた。それが俺の今までの生き方だ」
 俺の言葉に正太郎の顔が驚愕のまま凍り付いていた。
 俺の剣は、書物にある型をまずは鍛錬で身体に覚え込ませた上でモンスターとの数多くの実戦を得て、ようやく今の形にまで昇華した物だ。書物から剣を学んだとはいえ、実質的には我流に等しい。
「それだけの年月を費やして、ようやく今の俺がある。お前にそれが出来るか?」
 勉学に勤しむ時間を割いても肉体造りから始めなければならない上、奴は今まで人生をどのように過ごしてきた? 俺とは違う。人の輪の中で生きてきた者が、死と隣り合わせの剣技だけに全てを掛ける等、出来やしない。
 そう、都会の温室育ちがハンターを志し、最初の獲物と定めたモノに逆に殺されるか、今までとは全く違う環境に疲れて辞める、このパターンと同じようなものだ。
「つまりはそういうことだ」
「じゃあ、アンタと組めば話は違ってくるわね?」
 立ち去ろうとする俺を引き止める者がいた。小冬だ。聞いていたのか……もとい、俺と組むだと?
「アンタが私達に自分の剣を教えられないことは言われるまでも無い。私達とアンタじゃ何もかもが違う」
「確かに」
 小冬の言葉を梓と呼ばれた、赤みがかった茶色の長い髪の女が答える。
「でもアンタは私達を個別に鍛え、多人数での戦い方を教えることは出来る。誰に何が向いていて、誰に何が出来なくて、何処をどうすれば技をより強力に繰り出せるか、より効率的な運用方法とか、アンタは山のように知っている筈。今までの人生を通して、ね?」
 成る程。何も俺の剣を教えるのではなく個々の今の戦闘力を、より強力な物にする為に力を貸せと言いたい訳か。
 そして、こいつらは俺と違って単独ではない。一個の部隊として機能させることが出来る。ならば個人の戦闘力よりも複数であることを生かした集団戦の方がより効率性が増す。
「凄腕のハンターも、時として一頭の大物ではなく群れで動く小物に討ち取られる。それは『数の差』という、純粋な力に敗れたから。ならやることは一つでしょ?」
 小冬があの挑戦的な顔でニヤリと微笑んでくる。その目が言っていた。「アンタにはそんな事すらも分からないの?」と。
 下らん挑発だな。だが、小冬の言葉に俺は納得していた。俺と同等まで鍛えるのは不可能でも、集団戦で通じる程度まで鍛えるのなら少ない時間でも可能だ。
 戦術次第で何とかなることもある。
 それに梓だったか? 彼女の言う通り、自分の技術を再確認しておくのも良いかも知れん。
「良いだろう。鍛えてやる。訓練所に来い」
 俺がそう言うと正太郎は一瞬硬直したが……
「おっしゃー!」
 と雄叫びを上げ、訓練所に向けて脱兎の如く走り出していた。
「あんなに渋っていた割にはすぐに切り替えたわね?」
 梓が胡乱気な目で尋ねて来る。
「集団戦を念頭に入れた戦術と立ち回りを教えた方が、俺の剣を教えるよりは現実的だ」
「成る程ね」
「確かにその通りですね」
 俺の言葉に納得したようだ。隣の眼鏡を掛けた女と受付嬢も手を叩いて頷いている。
「ヴォルく~ん!」
「ん?」
 神無と夏空が近付いて来た。
「正太郎さんを鍛えるって本当なんですかぁ?」
「ああ」
 そういえば、訓練所は農場の道の分かれ目にあったな。そこで奴に聞いたのか。
「俺は少し腹ごしらえをしてから向かう」
「え? 正太郎さん、訓練所に着いてる頃だよ?」
「時間を聞かなかった奴が悪い。言う暇も無かった」
 だから軽く食事を取ってから向かう。奴の相手を勤めるには泳いでガノトトスから逃げる位の労力を伴いそうだからな。
「訓練所に用があるのなら奴に伝えておいてくれ」
 俺はそう言って一行に背を向けて、適当に食事にありつける店を探し始めた。
 ……この時気付いておくべきだった。小冬が『計画通り』とばかりにほくそ笑んでいたことに。





 食事を終えたヴォルフが訓練所に辿り付いてみれば、待っていたのは訓練用の武器防具で完全武装した神無達だった。
 待ち時間を有効に使っているのか各自で訓練を始めていたが、ヴォルフを見て全員が手を止めた。
 正太郎は待ってましたとばかりにガッツポーズをし、神無は少し困った顔でヴォルフに微笑み、夏空は相変わらずの柔らかい微笑を向け、小冬はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。
 そしてそんな面々に並ぶように、同じく完全武装した椿と梓がいた。
 どうしてこうなった? ヴォルフは内心そう思った。厄介事がまた増えた。いつもの事とはいえ、ユクモに着任してから増えた気がするのは何故だろう?
 しかし、現実からは目を背けられない。ヴォルフは気を取り直して梓と椿に話しかけた。
「……何故お前達まで?」
 ヴォルフは嫌な予感を感じつつも尋ねた。
「私達も鍛えて貰えないかしら?」
「ついでに~」
 ヴォルフは瞬時に誰の仕業か見抜き、犯人を見ると本人は――――――
「集団戦を主体とするなら、普段組んでる面子も一緒の方が良いでしょ? 私達が訓練を受けた後にその成果が差に出たら後が困るし」
 と、尤もな正論を出してくれた。
 理屈で断るのは不可能だ。こうなるとヴォルフは拒否する術を持たない。個人的な感情で断るのは気が引けるし、神無達に助けられた恩を裏切るのは流儀に反する。
 本人達もその気だ。駆け出しの初級ハンターとはいえ、修羅場はくぐって来たようだ。そのやる気が大型とやりあうまで持てばいいのだが……とヴォルフは思った。
「良いだろう。ただし、手を抜く気は無い。覚悟は良いな?」
 ヴォルフは集まった面々を気を込めた視線で見やる。
 その狩猟者の目に約二名を除いた全員が怖気付くが、それでも全員が大きく頷いた。
「いいだろう。まずは……」
「着替えようねヴォル君?」
「む?」
 ヴォルフが自分の言葉を遮った神無を不思議そうな顔で見る。
「それは部屋着なんだから訓練で汚しちゃダメですよう!」
 今度は夏空からの抗議が来た。
「着替えなら用意したわ。更衣室に置いてあるから着替えて来て」
 小冬が呆れたように溜息交じりで言った。更衣室はあっちと、休憩所も兼ねた建物を指差している。
「……」
 出鼻を挫かれたヴォルフは溜息混じりに休憩所に入っていった。
 小冬が笑いを堪え、神無が嗜める声が聞こえたが最早気にならなかった。
 休憩所や男子更衣室には誰も居なかった。ただ、更衣室の机の上に、綺麗に折り畳まれた衣服が置かれていた。その隣には草で編まれた編み笠と革靴が置かれている。
 ジンオウガとの戦闘で破損した服と同じものだ。どうやら、ヴォルフのサイズに合う物があったらしく、融通を利かせて貰ったようだ。
 ヴォルフは着物を脱ぐとそれを一つずつ着用していく。
 新品らしく、一つ一つの感触に硬さがあった。それは昨日まで来ていたものと同じだったが、それでも着ていく内に柔らかく慣れていくだろう。
 着替え終わったヴォルフが外に出てみれば、それぞれが自主訓練に励んでいた。
 神無は片手剣の基本の型を振るい、夏空とは火砲を的に向けて放ち、小冬は両手に握られた剣をイメージした敵を相手に振るい、梓は夏空と同じように弓を的へ向けて射ち、椿はハンマーで岩を叩き、正太郎は太刀を素振りしていた。
 基本中の基本の訓練は自主訓練に任せれば良い者が殆どと言えた。
 特に夏空と梓は上手い。固定標的なら外す事が無いだろう。移動標的に対しては試してみないと分からないが、初級としては十分だった。
 神無と小冬は未熟な面が目立った。特に小冬は体術がまだ不完全だ。二刀流という全身をフルに使う闘法である以上、機動力は必要不可欠だ。
 それは片手剣を使う神無にも言える事だ。如何に楯があろうと防げない物は防げない。小さな危険回避や細かい事に有効だが、岩や大型種の体当たりなどの大きな物は避けるしかないからだ。
 椿は細腕に似合わない見事な怪力と、それを制御する技術が評価できる。力任せに振るう以上、いい加減な狙いになりかねないハンマーを的確に打ち込んでいる。彼女の場合は立ち回りを徹底して覚え、自身で考えて行動できるようになれば十分といえた。
 そして事の原因となった正太郎は……ヴォルフは目を覆いたくなった。
 先程から太刀を振るい続けている正太郎だが、彼は気付いているのだろうか……全く刃筋が立っていないことに。
 太刀とはその精密な刀身故に、扱いその物にも精密さを要求される物だ。それが出来なければ切る事など不可能であり、最悪の場合、刀身が折れる。
 コレでは何処から手を付ければ良いのか検討も付かない。よくアレで一年間のサバイバルを生き抜いたものである。
 唐竹割りから逆風に切り上げ、逆袈裟に振り下ろす。しかし、その刃はまったく立てられていない。そんな太刀筋を見て思う。これが才能の無さというものか……と。
 ただ、膂力(りょりょく)(背骨の力。腕力とも)は相当鍛えられている。あれなら金棒か大剣、ハンマーでも持たせた方が良いかもしれない。
 そして、左胴切りから柄を握りなおして突きへと変化する。
「む?」
 その突きを見たヴォルフが眉根を寄せた。
「正太郎」
 近付きながら声を掛ける。
「お、着替え終わったのか。始めようぜ。何からやれば良い?」
 何やら張り切っている正太郎だったが、ヴォルフは難しい顔で正太郎を見ていた。
「ん? どうしたよ? 何か変か?」
「突きを」
「は?」
「突きを撃って見せろ」
 ヴォルフの言葉に正太郎は訝しみながらも突きを繰り出す。
「どうだ?」
「まだだ。もっと繰り返せ」
 正太郎は言われた通りに刺突を繰り出した。右利きらしく、右肩を引いた大きな突きだ。それを繰り返す。
 ヴォルフは正太郎の周囲をゆっくりと回りながらその動きを観察する。
「なぁ? そろそろ良いか?」
 ヴォルフが一周した所で声を掛けた。
「今度は片手だけで繰り返せ。やり方は任せるが、同じ出し方はするな」
「は? 何だそりゃ? どうしろと?」
 正太郎が意味が分からないとでも言うように言う。
「突きとは一言に言っても様々な出し方があるだろう。それら全てを見せろ。ただし、片手でだ。利き手を使え」
「分かったよ」
 正太郎は右手で刀の鍔元を持ち、突きを繰り出した。
 腕の力だけで無造作に放つ突き。肩を引いて勢いよく突き出す突き。肩を大きく引き、腰の捻りと共に前に踏み出しながら放つ大きな突き。等々。
「もういい」
 それら全てを見たヴォルフが止めるように言い、軽く息が上がったらしい正太郎は太刀を降ろしてヴォルフを見た。
「なぁ、一体何があったんだ? 突きだけなんて太刀じゃなくても出来るんだぜ?」
「その通りだ」
 ヴォルフはそう言いながら正太郎から太刀を取った。奪い取ったのではなく、ごく自然にヴォルフの掌に収まっていた。
「へ? ああっ!?」
 当の本人は太刀を取られた事に気付かなかったようで、大袈裟に驚いた。
「ちょ!? 何だよ? 訓練が出来ねえじゃん。それとも何か良い見本でも見せてくれんのか?」
「お前は槍を使え」
 ヴォルフはついでに取った鞘に太刀を収めながら言い放った。
 ヴォルフの言葉に正太郎だけじゃなく、話を聞いていたらしい他の面々にも驚愕が走った。
「え? な、何で?」
「お前の〝突き〟は見事な水平を描き、僅かな狂いも無い。故に槍だ」
「まっ、マジで?」
 正太郎は信じられないとでも言うような顔でヴォルフに詰め寄る。
 ヴォルフが見た正太郎の放つ突きは一分の狂いも無く鋭く、正確に、標的を文字通りに貫いていた。
「存分に生かせるように鍛えてやる。早く装備を持って来い」
「おうよ!」
 正太郎が訓練用武器庫へと脱兎の如く駆け出していくのを尻目に、ヴォルフは訓練を止めている他の面々をみやると、小冬が近付いてきた。
「アイツ、そんなに才能あったの?」
「才能かどうかは知らん。だが、見込みの無い剣術よりはマシだ」
「……やっぱり、アイツに剣はダメだったのね」
 小冬が溜息混じりに呟くように言った。
「知っていたのか?」
「ううん。なんとなくそう思ってた」
 小冬の言葉に、ヴォルフは彼女には直感か観察力の何れかに優れているのかもしれないと思った。
「で、アイツは大成しそう?」
「奴次第だ」
「そうなのヴォル君?」
 訓練を止めて近付いて来た神無が尋ねて来た。
「どんな時も実るのは積み重ねてきた時間だ。訓練次第だ。怠れば身に付かない。付け焼刃など無いに等しい」
「……ヴォルフさんは、訓練してきたの~?」
 おずおずと、椿が話し掛けてきた。眼鏡の奥の目は少し不安げに揺れており、緊張しているようにヴォルフには見えた。
「俺の剣は全て鍛錬に鍛錬を重ね、数多くの実戦を得て形にした物だ。生き抜く為には必要だった。怠っていれば死んでいた」
 そういえば椿と話すのは初めてだったなとヴォルフは思った。
 椿はそんなことを話すヴォルフを見て息を飲んだ。人狼と呼ばれる彼を形作っていた物は『強くなりたい』という壮絶なまでの思いそのものだと思い知った気がした。
「それでこうなったんですか? (やすり)みたいな掌です~」
 いつの間にか近くに来ていた夏空がヴォルフの手を取って、その掌を自身の掌で擦っていた。
「何をしているんだ夏空?」
「ヴォルちゃんの掌を診てるんです。剣を握り続けるとこんなになっちゃうんですか……」
 何処か悲しげに言う夏空だが……
「ちょっと!? 訓練するんじゃなかったんですか!?」
 真面目に一人真面目に取り組んでいた梓が来て文句を言う。彼女はヴォルフの回りに人が集まりつつも、最後まで弓を射ていたようだったが、流石に我慢の限界が来たらしい。
「え? あ、すみませんつい。でも、そろそろヴォルちゃんが個別に教えてくれるんですよね? なら丁度良いじゃないですか?」
「確かにそうですけど、切り上げるなら仰って下さい。私、夏空さんと競ってたつもりだったんですから」
 梓の拗ねたような言葉に夏空はまあ、と驚いた。
「そうだったんですか? それは済みません。それで、結果はどうでした?」
「夏空さんが切り上げる前までは同点ですね。私の矢と夏空さんの砲弾では範囲が違いすぎますから、当てた的の数だけで数えてましたから」
「成る程、梓ちゃんもやりますね?」
「夏空さんこそ……」
 夏空は無邪気な笑みを、梓は少し挑戦的な笑みを浮かべた。
「次は勝ちます!」
「あら? お姉さんもまだ負けませんよ~?」
 と、互いにライバル意識を剥き出しにする。梓は挑戦的な笑みをより強くしおり、夏空は無邪気な笑顔ながらも、対抗心が雰囲気として出ていた。
「コレが好敵手(ライバル)……」
「もう二人とも、競争するのは良いけど、喧嘩しちゃダメだよ?」
「だよ~」
 小冬や神無が二人を嗜める中で、ヴォルフは梓と夏空が張り合う相手がいることによって、技術の向上が早まるのでは? と何となく予感した。
「ヴォルフ~。持って来たぞ~!」
 と、正太郎が新たな武器を持ってこちらに向かって来ていた。
 正太郎が持っているのは槍だ。そしてその背には、半身を丸々覆い隠せるほどの大きな楯が背負われている。
「まずは構えてみろ」
 正太郎が近くまで来たところでヴォルフは言い、正太郎は頷くと槍と楯を構えようとし……楯を取り落とした。
「うお!?」
 大きな楯がガランと音を立てて地面に転がる。正太郎は取り落とした時には既に距離を取っていた為に足の上に落とすという、最悪の結果を招かずには済んだようだ。落としていたら、骨折では済まないだろう。
「……まずは素早く、確実に構えられるように訓練するんだ。それを確実に自分の物にしてから次に進む」
「え? マジで!?」
「当たり前だ。槍使いの基本は守り。目の前に大型が迫ってくる中で確実に構えなければならない。出来なければ死ぬだけだ」
「う……分かったよ」
 ヴォルフの言葉に正太郎は渋々と距離を取り、構えたり収めたり……を繰り返し始める。
「各自、もう一度元の訓練を再開してくれ。まずは何処まで出来るかを確認する」
「はーい」
「うん。わかった」
「もう一度勝負しましょう?」
「はい~」
 神無と椿は素直に訓練に向かい、夏空と梓は訓練を通り越して勝負事に発展しまずは的の設置に向かった。
「……」
「……」
 そして、じっとヴォルフを見上げる小冬だけが残った。
「どうした?」
 ヴォルフの問いに対し小冬が答えたのは、予想も付かない言葉だった。
「手合わせして」 
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