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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第42話 蛇たちの父

 
前書き
 第42話を更新します。
 

 
「コイツらの相手でもしていな!」

 無造作に振るわれたリードの右腕。
 刹那、現れる、……何もないはずの空間に穿たれる、穴、穴、穴……。
 穴は、水面をかき乱す気泡の如く、次々と何もない空間に穿たれ……。

「タバサ、俺の三メートル以内に近付け!」

 素早く、そう叫んだ後、自らと、直ぐ傍らに居るアリアを風及び、自らの生来の能力で全ての飛び道具に因る攻撃を封じる陣を画き出す。
 そう、おそらく、今、ヤツに因って呼び出されつつある存在ならば、この陣で防御は可能だと思います。但し、この陣の内側から攻撃を行う事はおろか、この陣を解除しない限りは動く事さえ出来ないと言う、非常に不便なタイプの防御用の陣なのですが。

 刹那、リードの身体から立ち昇る蛇気に絡みつくように、空間に穿たれた黒き穴から、瘴気と狂気を孕んだ大量の何モノかが放出された。

 そう。それは、鞭のようにしなって坑道の床を、壁を、そして天井を叩き、虚空に弧を描きながら俺の造り上げた風の結界と、ハルファスの施せし結界を叩き続けた。

「流石は、ヘビたちの父と呼ばれるだけの事は有る」

 半ば呆れ、そう言う台詞を口にする俺。
 そう。確かに、かなり有名な墓泥棒兼大学教授ならば正気を失った可能性も有るでしょう。しかし、俺をこの程度の連中で恐慌状態に陥れられる訳は有りません。

 床と言う床。天井と言う天井を這いずる幾千幾万の蛇。
 七歩蛇が、百歩蛇が、マジムシが、脛コロバシが、野守虫が。その他、幻想世界及び、現実世界に存在する有りとあらゆる種類の蛇が、この坑道内に現れていたのだ。
 そう。そしてその蛇たちが、リード・アルベロを中心とした空間内に、何千、何万と言う数で渦を巻き、絡み合い、まさにそれ自体がひとつの大蛇かと思わせる姿で、とぐろを巻きつつ、俺達に対して獲物を見つめる瞳で睥睨しているかのように感じられた。

 少しの湿り気を帯びて、不気味な動きを繰り返す蛇の絨毯……。いや、この坑道内自体が全て蛇で作り上げられた、巨大な何モノかの内蔵を思わせる。
 そして、その一体化した蛇が徐々に現世の浸食を行う為に、俺の施せし風の結界に対する圧力を増す。

 刹那。蛇たちが、終に風が護りし結界にぶつかった。
 その瞬間、風に赤き色が混じる。いや、それだけではない。真っ二つに斬り裂かれ、内蔵を撒き散らし、数多の蛇たちが風に巻き込まれ生命を無駄に消費して行く。

 今は大丈夫。しかし、このままでは時間が過ぎるばかりで、何の解決も為せない。
 もし、このリード・アルベロの言う事が本当の事ならば、今夜の夜半にクトーニアンの胎動により引き起こされる地震に因って、この街は滅ぶ。

 俺は、少し振り返って、この世界に来てから出来上がった相棒の顔を見つめた。
 この世界に召喚されて、……いや、出会ってから一度も変わる事のない視線で俺を見つめる蒼き少女。そして、彼女に相応しい仕草で少し首肯いて答えた。

 俺の視線だけで、彼女が俺の意図に気付いた。いや、そんな事はないとは思う。しかし、彼女の仕草により俺の覚悟は完了して居ました。

 戦闘時の俺や彼女のスピードなら、浴びる返り血は殆んどないはず。まして、治療が早ければ、彼女に傷痕が残る事もない。

 更に、ヤツの正体がヘビたちの父で、アマトや、最初のミイラに関係が有って、月と関係が深いスヴェルの夜に起きる事件ならば、最後の最期の場面では、タバサの手に因ってケリを着けなければ、この事件(神話)は完結しない。
 女神イシスと同じ、月神としての側面を持っている、かの女神の加護を受けし彼女でなければ。

 自らに物理反射の呪符を施しながらタバサに、起動させたままに成っていた如意宝珠製の七星の宝刀を渡す。
 まったく動じる事もなく、俺の差し出した宝刀を受け取るタバサ。

「ハルファス。俺用の日本刀の用意を頼む。銘は何でも良い。一太刀や二太刀でダメに成らない程度の業物を」

 俺の顔を見つめた後、無言で首肯くハルファス。そして、次の瞬間、彼女の手の中に現れていた一振りの日本刀に自らの風を纏わせ、俺の方に向かって投げて寄越した。

 黒い鞘に収められた刀身、大体、八十センチメートル足らず。重からず、軽からず。但し、やや先端の方に重心が有るように感じる。
 これは俺の戦い方。抜き打ちの際に遠心力が働く事に因って、威力が増す事も考慮されている、と言う事なのでしょう。手元から先端まで共に広く、重ねは厚め。緩やかな反りが付き、室町末期の剛刀と言う趣の日本刀で有る。

 良し。見栄えよりも、実用本位の日本刀で有るのは間違いない。ならば、

「ハルファス、ノーム。魔法により、周囲の蛇の一掃を頼む」
【タバサは、イグに気付かれぬように、七星の宝刀に霊活符を施して使用してくれ】

 自らの式神たちに実際の言葉にしての指示を。そして、タバサには【指向性の念話】による依頼を行う俺。
 今までの戦闘時の例から推測すると、ヤツの鱗の能力は、おそらく、攻撃に対応した属性に変化する事に因って攻撃を無効化していると俺は推測しています。ならば、同時に二属性以上。更に、その属性も、本来のタバサの属性とは違う万能属性に因る攻撃を加えた場合、ヤツに傷を負わせる事は可能でしょう。

 そして、霊活符と言うのは、付加された武器の属性を本来の属性から、全て万能属性の攻撃へと変化させる呪符。この呪符を付加されて、アリアの聖、もしくは木行の属性による攻撃と同時。もしくは、タバサの方が一瞬、遅れて攻撃する事が可能なら、通常の生命体に等しい肉体を持つ生命体を相手にする時と同じ効果を与える事が可能だと思いますから。

 但し、その際にも、多少の問題が残るのですが……。
 俺は、更にタバサをやや強い視線で見つめながら更に続けて、

【絶対に、とは言わない。せやけど、出来るだけヤツの返り血を浴びないようにして欲しい】

 ……と依頼した。普段よりも少し。いや、かなり強い雰囲気を纏った口調で。
 もし俺の予想が外れて居て、タバサに想像以上の害が有った場合は……。
 いや。仮定の話は無意味。まして、イグの血液に含まれる毒に、神話的な、魔法的な部分は存在していなかったと思う。通常の科学的な物質で有る可能性が高い以上、俺に刻まれている聖痕のような状況に成る可能性は低いはず。

 タバサがコクリとひとつ首肯いた。彼女の方に迷いはない。

 刹那、無数の風の刃が、一直線に道を切り開いた瞬間、風の結界から走り出す、俺達三人。
 彼我の距離、約十メートル。精霊の加護により加速された俺達三人に取っては、ほぼ一瞬で詰められる距離。

 その一瞬の後、残った蛇たちに因る攻撃が開始される!
 そう。ヤツラも尋常な存在ではない。本来は、幻想世界に存在する蛇たち。走り出した俺達に目がけて数々の蛇が跳び、それ以外の蛇が毒液を吐きかけて来たのだ。
 もし、その内の一匹でも、真面に牙を立て、その毒液を真面に浴びたとすれば、その瞬間に死亡する猛毒を持つモノも存在する。

 しかし、その蛇たちの大半をハルファスの魔風に遅れる事半瞬の後に放たれた、ノームの発した無数の石嵐により、無効化!
 そして、その石嵐を掻い潜った後に俺達に襲い掛かろうとした残った蛇も、俺とアリアの鞘から抜き放たれた銀光の一閃により、すべて冥府へと誘われて仕舞う!

 目指す目標。個々の蛇が集まり、かたまり、そして、うねるかのように造り上げられていた巨大な蛇の姿は、ハルファスの魔風にてその半数が。そして、続くノームの石嵐によって残りの大半が排除され、残るは、リード(人間)と、それに纏わり付く、少数の蛇たちと成り果てていた。
 いや。その姿を人間と呼ぶのは、人に対する冒涜で有り、そして、(イグ)に対する侮辱で有ろう。蛇のような頭部を持つ、二メートルを超える体躯を持つ二足歩行のヒト型生物。そう表現するのが、もっとも相応しい忌まわしき存在へと変わっていた。

 そして、その鱗が、まるで透き通るかのように変色して行く。
 そう。あれほどの魔法を受けながらも、リード自身は、まったくの無傷。これは、彼自身を護る絶対の精霊の護りと、おそらくは、ヘビたちの父の生来の能力。

 次の刹那、正面から相対した俺に対して、無造作に伸ばして来る右腕を軽く上体を躱し、地摺り八相の構えから、剣先を跳ね上げるようにして斬り裂く!
 切っ先方向に重心を持つ日本刀の破壊力と、下段から繰り出される気の奔流に因って放たれる一閃に因り、ヘビたちの父を護りし精霊の護りが、地との境界から斬り上げられる事により完全に無効化!

 大きく掲げられし二振りの宝刀。その輝きは、蒼白き輝きを放ちしアリアと、黒曜石の煌めきの色彩に包まれしタバサ。
 八相に構えられしアリアの一刀は、彼女に相応しい輝きと、風及び水の精霊力と共に元リードの左鎖骨の辺りに打撃を与える。
 その刹那、元リードの表面を覆う鱗が明滅を繰り返し、強力な白き光りを放つ鱗へと変貌した。
 しかし! 
 そう、しかし! その鱗が変貌した瞬間、大きく上段に掲げられしタバサの放った一刀が、黒曜石の輝きと共に、元リードの右頸部より侵入、宝刀が過ぎ去った一瞬後に赤き生命の源を撒き散らせながら、そのまま左腰まで振り抜く!

 タバサの一刀が纏いし精霊は水。しかし、七星の宝刀に力を与えたのは、何の属性も得ていない純然たる力。無属性、万能属性と呼ばれる何者にも縛られる事のない力。

 そして、二人がリードの左と右を走り抜け、俺の左右に並んで振り返った時……。

 その時が、リード・アルベロと名乗った存在が、ゆっくりと地に倒れ伏した瞬間で有った。


☆★☆★☆


「シノブ。結局、あの、リード・アルベロと名乗った存在は、何者だったのです?」

 治癒魔法を使用して、タバサの治癒を行っていた俺に対して、アリアがそう問い掛けて来る。
 元リード・アルベロの死体を、サラマンダーの神火により浄化した後の事。

「蛇を操り、人への強い憎悪。そして、その強固な鱗などから、人類が栄える以前に栄えていた蛇人間。イグと呼ばれる存在だと思う」

 但し、俺も今までに出会った事が無い相手ですので、確実な情報と言う訳では無いのですが。まして、このハルケギニア世界の過去にそんな蛇人間が住んで居たかどうかも定かでは有りません。
 ただ、それでも、最後に致命傷を負った際に発したヤツの体液を浴びたタバサに、少しの火傷に似た症状が起きた事からも、その仮説で正しいと思います。
 イグの血液には、物を崩壊させる毒が含まれている、と言う記述も有りましたから。

 アリアの質問に対して、俺は知識でしか知らなかった魔物の名前を答えた。

 その答えを聞いた瞬間、アリアから怒りに近い気が発せられた。そして、

「それでは、貴方は、あの血液に毒が含まれている事が判った上で、彼女に、止めを刺す役割を与えたと言うのですか!」

 ……と、かなり強い調子。所謂、詰問口調で問い掛けて来た。
 そして、彼女の怒りは正当だと思います。俺に絶対の能力(ちから)が有ったなら。……俺が、神話上に語られる英雄や、ヒーローだったなら、こんな姑息な手段以外の方法で決着を着けていますから。

 俺は、タバサを少し見つめてから、アリアの怒りを正面から受け止め、首肯いて答えた。そして、

「アイツのトドメを刺せるのは、おそらく、タバサ以外には存在していなかったから」

 ……と、続けた。
 但し、この部分は俺の仮説に過ぎません。もしかすると、俺の考え過ぎかも知れない。しかし、あの場で失敗が出来なかったのは事実。
 そう言う判断を要求された場面だったと、俺は考えて居ましたから。

「彼女には月神の加護が有る。そして、ヤツと関係が深い邪神と争ったのも月の女神。まして、今夜は月の魔力に影響が出るスヴェルの夜。
 その夜に起きる、邪神セトに関係する事件で有る以上、月の女神の加護を受けるタバサ以外に、この事件の決着をつける人間はいない」

 それ以外の理由は、アマトと言う名前。アマト以外の不死者の姿が、古代エジプトの奴隷の姿で有った事。彼の呟いた言葉が、古代エジプトの死者の書を表す言葉だった事。
 これだけの状況証拠を無視して、女神イシスと同じ月神の属性を持つヘカテーの加護を受けしタバサ以外の人間にトドメを刺す役を与える訳がない。

 いや、俺には出来なかった。アマトの言葉。死者の書に当たる意味の言葉を聞いた後の俺には……。

 俺の声のみが、戦場となった坑道内に響く。

「古代エジプトでセトを封じたとされるイシスの行動を綴った物語の再現をする事で、勝利を得られるのなら、俺はそれをなぞる策を立てる。
 まして、ここで、イグを倒さなければ、クトーニアンに因る地震に因って、このベレイトと言う街が滅ぶ」

 いや、おそらくはそれだけで終わるとは思えない。それは、序章。本当の悪意はその後にこそ始まる。

「ヤツ。イグはおそらく、蛇神セトを呼び出す為に、クトーニアンを使ってこの街の破壊を試みようとした。
 蛇神セトと、冥府の神オシリスは、共に冥府の神としての側面を有して居り、死した魂を奪い合っている」

 そして、昼間に見たこの地の奴隷たちは、ロマ系の人々。ロマ系の人々には、当然、エジプト系の方々も多く含まれている。

「セトに課せられている封印を破るには、かなりの量の魂が必要だと言われている。しかし、冥府の神オシリスが、邪神セトが死者の魂を得る事を許さない」

 しかし、この場所は、ロマ系の人々が鞭を打たれ、血や涙を流しながら造り上げられた岩塩の坑道。この恨みの坑道を冥府への通路に見立て、セトの封じられている魔界にまでの次元孔を開き、そこに、(女神イシス)の隠れる今夜、大量の魂を送り込めば……。

「邪神セトが復活する」

 確かに、俺の知って居る範囲内で蛇神セトとヘビたちの父イグとの関連を指摘した資料は多くは有りませんでした。が、しかし、それでもゼロでは無かった。
 それに、邪神セトが復活したからと言って直ぐにどうなるかと言うと、俺には想像も付きません。しかし、アイツも太陽神に恨みを持つ存在で有る以上、どう考えてもロクな結果には成らないとは思います。

 蛇神で、太陽と敵対している邪神。何処かで聞いた事が有る組み合わせですが……。

 但し、例えイグの血液を浴びたとしても、俺やタバサの戦闘時のスピードから考えると、多くの量を浴びるとは思えなかったですし、血液による物理的な攻撃で有る以上、物理反射は有効。
 故に、今回はタバサに多少の害が有ったとしても、彼女の生命に大きな害はないと判断したのです。

「そうですか」

 何故か、少しため息を吐くかのような雰囲気で、アリアはそう答えた。
 そうして、更に続けて、

「すみませんでした。シノブの判断は正しい。確かに、彼女も今はガリアの騎士で有る以上、無辜の民を護るべき立場に有る事を失念して居ました」

 ……と、そう言ったのでした。

 確かに、今のアリアの言葉は騎士の言葉としては正しい。しかし、もし、もっと悪い状況が予測出来たなら。何が起きるか想像も付かないような状況で、この街全体の命運とタバサの生命を天秤に掛けるような状況に追い込まれたとしたら、おそらく俺は、彼女を巻き込みはしなかったと思います。

 そこまで考えた後、俺はアリアから、タバサに視線を移した。
 俺をこの世界に召喚して仕舞った少女。奇妙な同居生活から、戦闘時のパートナー。異性として大切な相手かどうかは判らないけど、少なくとも、現在の家族では有る少女。

 あの、四年前の事件。地脈の龍事件と呼ばれた事件で、家族すべてを失った俺に取っては、向こうの世界に残して来た師匠と同じ存在。

 晴れ渡った冬の氷空(そら)を思わせる瞳が俺を映し、普段通り、内面(こころ)を見せる事のない表情で俺を見つめる彼女。

 俺は、ゆっくりと二度、首を横に振った。
 今回の作戦でさえ、かなりの覚悟が必要な人間に、彼女の生命と、この街すべての命運などを天秤に掛けられる訳はない。

 おそらく、もっと別の方法。かなりリスクを伴いますが、神話を辿るような方法ではなく、セトの加護を得た場所で、セトの神官たるリードを相手にすると言う、相手の土俵の上で相撲を取るような戦いを行ったとは思います。
 最後の瞬間にタバサだけでも逃がす方法を考えた上で……。

 まして、今回の事件は未だ終わった訳では有りませんから。

 少し、時計を見て時間を確認する俺。
 ……大丈夫。夜半にまで、後四時間以上有りますか。クトーニアンに対する接触を為せるのが、先ほどのリードだけならば問題は有りませんが、他にも存在して居た場合、この事件は終わっていない事と成りますから。

「そうしたら、アマト。そのソルジーヴィオ商会と言う場所に案内して貰えるかな?」

 そう、彼に告げながら、アマトとジジちゃんの方向に視線を向けた俺。

 その瞬間! 視界の端に、翠色と、長い黒髪を収めたような気が……。
 そう。あのカジノに顕われた黒髪の少女。その彼女を思わせる姿を視界の端に収めたような気がしたのですが……。

 勢い込んで、再び、瞳を凝らし、更に探知の精度を上げて暗い坑道の奥を見つめる俺。

 しかし、再度、瞳を凝らし、能力を使って同じ方向を見つめた時には、既に何者も存在していない、暗い闇が続いている深い坑道が続いているだけでした。


☆★☆★☆


 かなりの覚悟を決めて、悪の秘密結社のアジトに乗り込んだ心算の俺達だったのですが、肝心のソルジーヴィオ商会自体はもぬけの空で、岩塩採掘用の奴隷たちが残されているだけで、商会の関係者は一人たりとも残っている事は有りませんでした。

 確かに、普通に考えるならば、今夜に壊滅する事が判っている街に、儀式を行う役割を担う存在以外が居残る事はないでしょうから、これは、これで正しいのですが……。
 まして、あのリード・アルベロと名乗った存在ならば、少々の地震などで生命を落とす可能性はゼロでしょうから。

 それで結局、強襲は空振り。商会に買われていた奴隷たちは一時的にワラキア侯爵預かりと成って調査が行われる事と成りましたが、その辺りについては、ガリアの政治に関わる内容と成りますので、俺やタバサには関係のない事と成りました。

 そうしたら次。
 不死者アマトに付いては、マジャール侯爵。つまり、アリアの家の管轄下に置かれる事と成りました。

 それに、おそらくですが、直ぐに解放される事と成ると思います。

 何故ならば、彼が一度死亡してから蘇った存在だとしても、それを再現出来るのは、おそらくはイグだけでしょうから。
 ヘビたちの父の能力として古より伝えられている能力は、死者の霊の使役や死体を操る能力。錬金術などを使用しての有毒物質の創造。そして、遺伝子操作の技術。

 フランケンシュタインを作り出すには、これらの能力は必要です。但し、このハルケギニア世界の錬金術は、人工生命体。つまり、ホムンクルスなどの作製や、賢者の石などの作製を目的とした研究は為されていないので、彼をいくら調べても研究の最初に辿り着く事さえ難しいでしょうから。

 まして、アマトはおそらく、フランケンシュタインの化け物では有りません。
 彼は、メッセンジャーでしょう。

 彼は、オシリスに因り現世に送り返されて来た存在。セトが復活する可能性が有る事を伝える為に、現世に送り返される。そして、彼が起こした事件に因って、この邪神復活を企てた連中の存在が阻止された。
 これは、世界の防衛機構が正常に作用した結果の典型的な例です。

 通常、霊的な意味に置いて、世界の防衛機構が働くと言うのは、このような形で、何らかのメッセージを受け取った、事件を解決する手段を持った存在が現れる事を指します。
 例えば、もっと神や仙人が身近にいる世界ならば、直接、神や仙人が送り込まれたり、そうでない世界の場合でも、なんらかの神託や偶然、もしくは、関係者が巻き込まれるような形で事件を解決する手段を持った存在が、事件に強制的に巻き込まれたりする形と成りますから。

 しかし、どうも、俺やタバサが、適当にこき使われているような気もしないではないのですが。
 イザベラ。つまり、ガリアは元より、この世界の防衛機構としての存在からも。

 カジノ事件の裏に潜んでいたモロク系の邪神や、今回の邪神セトの復活に至る企みなどは、どう考えても、俺やタバサのような人間が対処すべき事柄ではないように思うのですが。

 但し、だからと言って止めてくれと言える立場には有りません。更に、関係ないとして放置すれば、その先には俺が護らなければならないタバサに害が及ぶ可能性が大きい事件ばかりですから、無視する訳にも行かないので……。

 尚、彼、不死者アマトが以後、どのように生きて行く事に成るのかは、彼の生きたいように生きて貰おうと思っています。

 彼は、生まれた時から奴隷として生きて来て、死亡した理由も、生きの良い死体が必要だからでした。そして、本来ならば魂はそのまま輪廻の輪に還るはずだったトコロを、彼の名前に籠められた呪いにより、事件のメッセンジャーとしての役割を担わされてこの世界に帰って来たのだと思います。
 そう。今までの彼の人生には、自らの意志で選んで決めた道は無かったと思います。ならば、これから先の第二の人生は、自らの意志で決めたとしても誰からも文句は言われないでしょう。

 もっとも、おそらく彼は、彼の意志でこの街に戻って来る事となるでしょう。

 それは、この街には、たった一人。ヒトで無くなった彼を受け入れてくれた人間が、たった一人だけ居てくれましたから。
 それに、見えない存在が見える、と言う事は、相手……。本来は生者に対しては無関心で有る霊や鬼から、ジジちゃんに対する関心を持たれる可能性も有ると言う事です。
 そんな中には、友好的な存在も有れば、悪意を持った存在も居る。そして、見鬼の才を持っているだけのジジちゃんでは、見えるだけで、退ける方法は有りません。

 冥府より帰り来るアマトが傍にいなければ、彼女が危険に晒される可能性も有りますから。


☆★☆★☆


 坑道内を、死者たちを癒す笛の音が流れて行く。

 高く、低く。

 鞭で打たれ、人としての尊厳を打ち砕かれた後に死した魂の慰撫。
 俺に、そんな高度な鎮魂(タマシズメ)の曲が吹けるかどうか定かではない。

 しかし、そんな事は関係ない。今、俺が為せる事を為す。
 精一杯、この地に眠る癒されない魂たちに届くように。

 強く、弱く。

 肉体の感覚を失い、まるで、笛と一体化したような状態。
 笛の音を通じて、冥府にまでも辿りつけるかのような錯覚さえもたらせた後、少なくない余韻と共に、鎮魂の笛は終わった。

「御苦労様です」

 笛が吹き終わり、すべての余韻が過ぎ去った後、最初にそう言ってくれるのは、何時でも彼女で有った。但し、魔法学院で過ごす時とは違う衣装での登場だったのですが。

「毎度、毎度、鎮魂の笛に付き合って貰って、済まないな。
 モンモランシーの仕事は地上での仕事だけやから、わざわざ、こんな坑道の内部にまで付き合う必要はないんやで」

 あれから一週間。具体的には、六月(ニューイの月) 。第三週(エオローの週)。オセルの曜日にまで時間は過ぎています。

 尚、俺とタバサ、そして、アリアはそのまま、ベレイトの街の後処理の任務に就く事を命じられ、現在は、ベレイトの街の地下に張り巡らされた岩塩坑道内を、鎮魂の笛によって魂たちの慰撫を行っている最中と言う訳です。
 但し、この後に、この鎮魂を行った坑道の地上部分に、その場に合った街路樹を植える作業が待っているのですが。

 例えば、桃、桜、梅、柿や栗。銀杏(いちょう)なども。

 これは、モンモランシーが持って来た苗木を、俺やタバサ。それにアリアなどが霊力で有る程度の大きさにまで育てる必要が有るので、かなり時間や霊力が掛かる作業なのですが。

 しかし……。

「いえ。私も依頼された仕事はこなす必要が有ります。それに、鎮魂の笛と言う術は私の家には伝わって居ませんから、シノブさんのお手伝いをする事は出来ませんが、それでも、共に死者を悼む事ぐらいは出来ますから」

 黒い魔女が被る先が尖がった帽子に、黒い魔術師のマント。そして、その手に握っているのは、月の光りを宿せし魔術師専用のナイフ。
 その衣装は、間違いなく円錐をイメージした魔女そのもの。それも、このハルケギニア世界に存在する魔女ではなく、ケルトの神話に源流を発するウィッチ・クラフトと呼ばれる魔法使いそのものの姿。

 そう。モンモランシーの操る魔法は、水の系統魔法と言う物ではなく、ウィッチ・クラフトだったと言う事。ただ、もしそうだとすると、彼女の魔法には呪いなどの黒魔術に属する部分も存在するとは思うのですが。

 そして、彼女が持ち込んで来た樹木の苗木と言うのは、樹木を使って、根から吸い上げた大地に籠った悪しき気を、葉を使って天に返すと言う魔法を行う為の苗木でした。
 ただ、俺の知って居る仙術の中にも同じような魔法が、風水・卜占術の中に存在しているのですが。

 まして、木行を以て、大地(土)に籠った陰気を天に返すのは、俺の知って居る五行の思想にも繋がる考え方ですから。
 それに、彼女が用意したのは、全て風水的に言っても陽に属する樹木ばかり。確かに、方位に因っては、植えると問題の有る樹木も存在するのですが、それでも、俺と、この世界のウィッチ・クラフトの使い手との二人で事を為せば、悪き(あしき)気の澱みを作る事はないでしょうから。

 ただ、どうも、このハルケギニア世界の裏側には、西洋的ではない、東洋の思想に近い部分。相反する聖と邪。火と水などの思想とは違う部分をごく稀に感じる事が有るのですが。

 もっとも、俺は、ウィッカやドルイドの魔法には詳しい訳では無いので、確実な事が言える訳ではないのですが、俺の仙術や東洋系の魔法も、そして、十字教に因って駆逐される前のヨーロッパに存在していた白魔法や黒魔法に属する魔法も、すべて精霊を友とする魔法ですから、多少は似ていても不思議では有りませんか。
 ただ、モンモランシーの魔法を手助けする文字は、ルーン文字ではなく、オガム文字と呼ばれる文字だとは思うのですが……。

「わたしにも、鎮魂(たましずめ)の方法を教えて欲しい」

 俺とモンモランシーの会話が終了したのを確認した俺の蒼きご主人様が、そう言った。
 確かに、彼女のこれまでの考え方や、行動からすると、この言葉の首肯けます。今回の岩塩坑道内の穢れを祓う仕事も、彼女に課せられた騎士としての仕事です。その彼女の仕事のかなりの部分を、俺が熟しているのですから。

「それなら、先ずは歌から入るべきかな」

 別に否定しても意味は無いですし、俺自身に掛かる負担も減る。これは、渡りに船の願いなので、そうあっさり答える俺。
 但し、俺に、その歌を教える事が出来るかどうかは、考慮の外なのですが。

「この鎮魂の笛と言うのは、基本的には鎮魂の歌と同じ物。但し、俺では、聞くべき相手の魂を揺さぶるような歌を歌う事が出来なかったから、笛と言う楽器を使用している」

 音楽的才能がゼロと言う訳では無かったのですが、矢張り、長嘯に関わるには、その才能が欠如していたのでしょう。
 それに、俺の仙術の師匠の方も、残念ながら歌で鎮魂を行える程の実力は有していませんでしたから。
 俺の実家の方が伝えて来ていた術を完全に会得していたのなら、こんな中途半端な術ではなく、完全な鎮魂の術を施す事が出来たと思うのですが。

 もっとも、その場合は、魂鎮めと、魂振りの両方がこなせる、神道系の術者として召喚される事に成ったと思いますが。

「鎮魂の歌。……呪歌、ガルドルのような物なんでしょうか?」

 俺の答えを聞いたモンモランシーが、そう問い掛けて来る。
 ……そう言えば、このハルケギニア世界では、ルーンを唱える魔法は存在しているのに、呪歌は存在して居ませんでしたか
 矢張り、俺が知って居るオーディンが作った魔法ではなく、ブリミルが伝えた魔法ですから、地球世界に伝えられているルーン魔術とは違いが有るのでしょう。

「多分、同じ物やと思う。元々、俺が使える仙術も一子相伝。文字にして残して伝承して行く類の魔法では無く、口伝として、親から子供へと代々受け継がれて来た物。
 それは、モンモランシーの家も変わらないんやろう?」

 その俺の問いに、首肯いて答えるモンモランシー。
 それに、一子相伝。親族以外に教えるには、あまりにも危険過ぎるでしょう。彼女の家が伝えている魔法は。何故ならば、このハルケギニア世界では、明らかに異端とされるべき魔法なのですから。彼女の使用している魔法は。

「そうしたら、タバサには、先ず、歌から入って貰うかな。それで構わないやろう?」

 俺の言葉に、普段通り、透明な表情を浮かべたまま、無言でひとつ首肯く蒼き姫。
 但し、その心の部分は、陰にして暗を示す、この坑道内とは、まったく逆の感情に包まれていたのですが。

「なら、さっさと地上に出て、苗木を植えて行こうか」

 少し気分的に上げながら、そう一同に呼び掛ける俺。
 そして、その言葉に対して、三人の少女たちは三者三様の表情で答えてくれたのでした。

 
 

 
後書き
 今回で、ミノタウロス事件ではなく、フランケンシュタインの化け物事件は終了です。
 もっとも、原作のミノタウロス事件の元ネタは、フランケンシュタインの物語に分類されるとは思うので、完全に無関係、と言う訳ではないとは思いますが。
 ……違うのかな。

 そして、次回より新たな事件。眠れる森の美女事件のスタートです。
 但し、非常に問題が有る内容ですし、もしかすると、批判的な意見が有るかも知れない内容に成ります。

 それでは、次回タイトルは『異界化現象』です。

 しかし、食べているシーンと戦闘シーンしかないお話ばかりですね。この『蒼き夢の果てに』と言うSSは。

 追記。

 イグ。ヘビたちの父について。
 クトゥルフ神話に登場するヘビ人間達の父と呼ばれる存在です。もっとも、私の意見から言わせて貰うと、恐竜から進化した恐竜人と言う存在が居たとしたら、こんな姿形に成ると言う感じだと思います。

 ……だとすると、恐竜のように、頭骨の側面部に弱点が有って、腰の部分には副脳のような物が存在しているのかも知れませんが。
 もっとも、恐竜の骨格にそれほど詳しい訳ではないですし、うろ覚えの知識でしかないのですが。
 それで、クトゥルフ神話上のイグには、属性攻撃を無効化するような能力は持っていないと思いますが。

 尚、このハルケギニア世界の過去にヘビ人間達が築き上げた文明が有ったかどうかに付いては……。どうですかね。多分、無かったとは思いますが。
 
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