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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第41話 フランケンシュタインの化け物

 
前書き
 第41話を更新します。
 この話を更新した後は、一日一話の更新を行い、アットノベルスに公開して有る話数に追いついたら、その時から、新作が出来上がったら更新する、と言うパターンに移ります。
 

 
「やぁ、ミスタ。少し、話をして貰っても構わないかな」

 彼らの背後に大地の精霊ノームを回り込ませて逃走用のルートを遮断した後に、ゆっくりとした足取りで二人……ジジちゃんと、未確認生命体の元に歩み寄る俺達三人。
 弱いランタンの明かりと、俺が掲げる明かりが照らし出した少し広い目ホール状と成った坑道内には、大きな不気味な影と、そして、彼の正面に座る小さな影を映し出している。

 その未確認生命体。いや、違う。俺は、コイツの事を見た事が有るので、厳密に言うのなら、彼は未確認生命体と言うのは正確では有りませんか。
 実際に、生きて動いているその存在を目にした事や、更に戦った事も。そして、銀幕の向こう側。テレビの画面の向こう側。その上、小説の挿絵などでは、かなり有名なモンスターで有る事も間違いない相手。

 しかし、中世のヨーロッパでは、絶対に御目にかかる事は出来ない相手。

 彼……、襤褸(ボロ)を纏った、見た目はかなり大きな身体を持つ青年と、そして小さな少女が、驚いたように俺と二人の蒼い少女たちを見つめた。しかし、その一瞬後、俺達三人と、その死を纏った青年との間に勇敢な少女が立ち塞がる。
 そして、

「彼は、悪い人じゃない!」

 そう、かなり強い調子で、俺達三人を睨み付けながら叫ぶ少女。
 この少女が、おそらくはドミニク婆ちゃんの孫娘のジジちゃんでしょう。何処となく、この坑道の入り口で出会ったお婆ちゃんと面影が重なる部分が有ります。
 見た目よりも、その魂が発している雰囲気などが。

 しかしこの少女は、眼前のこの醜悪な姿形を持つ、生きて居る死体に対して嫌悪感を抱く事なく、友人としての関係を結ぶ事の出来る存在だと言う事なのでしょうか。

 俺は、そう思い、改めてこの勇敢な少女を、尊敬と称賛の籠った視線で見つめ直した。

 そう。彼女、ジジと言う名前の少女には、召喚士としての才能が有ると言う事なのかも知れませんから。

 見た目や雰囲気に惑わされない、魂の本質を見抜く瞳。これを持っているのなら、この目の前の十歳の少女は、俺なんかよりも、ずっと優秀な式神使いとなる可能性が有ると言う事ですから。

「判っていますよ。ただ、そちらの……。正式な名前が判らないので、仮にヴィクトルくんとして置きましょうか。そのヴィクトルくん(仮名)と少し話がしたいだけです」

 俺は、坑道内と言う陰の気に溢れた場所にあまり似合わない、さわやかな笑顔をジジちゃんと、そしてヴィクトルくん(仮名)に見せ、そう告げた。それに、流石にこれから交渉を行う相手を、化け物呼ばわりする訳にも行きませんからね。
 但し、俺の見た目が、本当に爽やかだったのか、単に暑苦しかっただけなのかは、自分では判らないのですが。

 そして、ジジちゃんを越えて、彼女の背後に存在している、ボロ布を纏っただけの大男ヴィクトルくん(仮名)の方に視線を向ける。

 この目の前の醜悪な姿の大男が、この岩塩採掘用の坑道内に棲みついたと言われている、未確認生命体ですか。……その、死体めいた青白い顔の色と黄色く濁った瞳。それから、映画や小説などではお馴染みの継ぎ接ぎだらけの肌。
 そして、更に異常と感じるのは、彼が纏っている強烈な死の臭い……。

 メアリー・シェリーが、その最初のSF小説と言われるゴシック小説に登場させた人造人間と非常に似た姿形を持った生命体。いや、普通の生命体に、あのような継ぎ接ぎだらけの肌が出来上がる訳は有りませんか。
 そう。彼は、何らかの科学的な実験により誕生したのか、それとも蘇らせられたのかは定かでは有りませんが、それでも、造られた生命体で有る事は間違いないでしょう。

 ただ、彼が纏っている死の臭い。これは実際に鼻が捉える死臭と言うモノでは有りません。それは単純に肉体が死を迎えて、朽ち果てて行く過程に発生する臭気と言う訳では無かった、と言う事です。
 ただ彼が傍に居る。たったそれだけの事で死を連想させる。そう言う類の臭い……、雰囲気を発生させていると言う事です。

 確かに、この彼が発している雰囲気は、魔法に関わりのない一般人にでも十分に感じる事が出来るでしょう。まして、この世界は俺が暮らして来た現代日本とは違い、人々が住む直ぐ傍に死が口を開けて待っている世界です。
 その中で、彼の放っている死の臭いを嗅ぎ取れば、間違いなく人々は彼を恐れ、そして忌避をする。

 多くの人々が死に対して、そう考え、思い、感じているように。
 メメント・モリ。自分が何時か、必ず死ぬ事を忘れるな。例え、それが真実で有ろうとも、そんな事を常に頭の隅に置いて暮らしている人間など滅多に存在してはいませんから。

 この坑道内で彼に出会い、そして彼を恐れたのは、彼の醜悪な容貌や、人とは思えないような巨大な身体に対してでは有りません。
 彼が纏っている死の臭いを感じ取った人々が、彼、不死者ヴィクトル(仮名)を恐れ、忌避したと言う事なのでしょう。



 まさに、フランケンシュタインの化け物と言った雰囲気の青年が、小さく、俺達三人に威嚇に等しいうなり声を上げ、そして、少しずつ後ずさりをするように、洞窟の奥に逃げ込もうとする。
 それまで、彼が受けていたで有ろう迫害を想像出来る対応。

 そして、俺やアリア、更にタバサに対する警戒感と拒絶。

「そうやって何時までも逃げ、隠れ続ける心算か。それよりは、君の存在の理由の説明を我々に行ってから、正式にガリアの庇護を受けた方が良いとは思わないのか」

 その巨大な男に対して、やや強い調子で問い掛ける俺。その言葉の中に、ほんの少しの龍の気を籠めながら……。
 そう。龍の気。大自然の猛威として畏れられる気を言葉の中に籠める事により、軽い畏怖を抱かせる為に。

 但し、この言葉は、彼が自ら望んで今の境遇。つまり、自らが望んで何らかの非合法な科学実験の被検体に成っている場合などは逆効果と成り得る台詞ですし、彼自身が犯罪者の場合でも同じだとは思いますが。

 ただ、ジジちゃんがまったく恐れる事もなく彼と行動を共にしていますし、彼も、俺達三人の姿を見て逃げ出そうとはしましたが、ジジちゃんを人質に取ろうとはしませんでした。
 確かに、非常に濃い陰の気を発している存在では有りますが、それでも、精神(こころ)の在り様までが陰の気に囚われている存在の可能性は低い、と判断してのこの台詞なのですが。

 そう。非常に濃い陰の気は、おそらく、死の穢れ。見た目通りのフランケンシュタインの化け物と同じような存在ならば、肉体的な死の後、何らかの処置。現実を歪めるような処置を施された後に、この世界に舞い戻って来た生命故に纏う死の穢れを、俺は陰の気として感じているのだと思います。
 そして、俺が彼から感じているのは、交渉不能の存在が放っている雰囲気とは違い、正常な思考の元、交渉する事が可能な雰囲気を放っている存在だと言う事でも有ります。

 俺の問い掛けに、その黄色く濁った眼球をこちらに向け、

「貴様らは何者だ?」

 ……と、問い掛けて来るフランケンシュタインモドキの男。
 その声は、やけにしわがれ、その彼の姿形に相応しい死の色を感じさせずにはいられない。そんな声で有った。

「我々は、今回の厄介事を解決するために送り込まれて来た、ガリアの花壇騎士と、その騎士従者。少なくとも、君を無理矢理に排除しに来た存在では有りません」


☆★☆★☆


「俺の名前はアマト。元々はソルジーヴィオ商会と言う商会に買われて来た奴隷だった」

 温かいコーヒーの入ったカップを両手で抱えながら、そうフランケンシュタインモドキの青年は語り始めた。
 焚き火の炎と、俺の仙術。そして、元々ジジちゃんが用意していたランタンの三種の明かりが作り上げる微妙な明かりが、彼の、その死体めいた青白い肌に不気味な陰影を作り上げる。

「俺は商会で買われた奴隷の中では一番身体が大きかった」

 地の深き底より響くかのような不死者アマトの独白。焚き火の爆ぜる音と、そして、彼の呟きにも似た声。そして、俺達の呼吸の音だけが支配する世界(空間)であった。

「若くて、力の強かった俺は、買われて来た奴隷の中でも特別な待遇を受け、そして、ある日、特別の食事と言う物を食わされた直後に俺の意識は途絶えて……」

 次に気付いた時には、冷たい石造りの台座の上で、この姿で眠っていた。
 不死者アマトはそう言った後、少し温くなったコーヒーを一気に煽った。

 成るほど。身体は、継ぎ接ぎだらけの皮膚の具合から見ても、死体か、それとも人工の物かは判らないですけど、それでも一人分の人間から造り上げられた存在ではないでしょう。
 ただ、何の意味が有って、彼をこのような姿にしたのか、と言う疑問が湧いて来るのですが。

 可能性としてなら、何らかの理由で強力な戦力を欲した連中が、人造人間の研究を行った結果、誕生した存在と考える方が妥当なのですが。
 しかし、その場合、彼、アマトがソルジーヴィオ商会から逃げ出して、ここに居る理由が判らなく成ります。

 そもそも、戦闘用のマシーンとして考えるならば、自我などはない方が良いですから。
 そして、俺が相手をした事が有る、フランケンシュタインの化け物系を操る敵。フロイライン・メンゲレと呼ばれて居た赤毛の少女が造り上げた人造人間には、自らの意志が存在しては居ませんでした。

 もっとも、メンゲレ家の悲願とは、完全なる不死の体現。死者に偽りの生を与える行為では有りませんでしたが。
 そこから類推すると、この不死者アマトは、その研究課程に於ける副産物としての人工生命体に過ぎないのですが……。

「成るほど。大体、理解出来ました」

 俺は、タバサとアリアの二人の判断を確認する為に視線を移しながら、不死者アマトに対しては、そう告げた。
 そう。ここから先は、タバサの使い魔に過ぎない俺の管轄では有りません。

「貴方は被害者です、ミスタ・アマト。以後の貴方の身柄は、私が責任を持って護る事を誓いましょう」

 ひとつ首肯いた後に、アリアが強き意志の籠った瞳でアマトを見つめながらそう答える。騎士道に従えば、社会的弱者には敬意と慈愛を持って接する事。そして、悪に対しては、何時いかなる時にも、どんな場所で有ろうとも正義を守る事。
 彼女が、この答えを出す事に何の躊躇いも持つはずは有りません。

 そして、タバサも当然のように小さく首肯いた。

「ガリアより正式に騎士に任じられている二人が庇護を約束した以上、アマト。貴方は、以後、このような坑道内に隠れ住む必要は有りません」

 意外に楽な任務でしたが、これで任務の半分以上は終了。後は、彼を安全な場所に移動させる任務が待つだけ。多分、目の前の蒼銀の長い髪の毛を持つ少女の実家の領地への移送と成るでしょう。
 確かに、アマト自身が妙な生命体と成ってはいますが、それもアリアの実家が繋いで来ている血脈と比べると、そう違いが有る訳でも有りません。彼女の言葉通り、きっちりと庇護してくれるでしょう。

 問題は、ガリア王家が、人造人間を造る方法を手に入れる可能性が有る事だけですか。

「それでは、アマト。他に覚えて居る事は有りませんか?」

 そう質問を続ける俺。但し、この質問に関しては答えを大して期待していた訳では無いのですが。もしも、何かを覚えていたら、これから先のソルジーヴィオ商会に対する強制調査の際の役に立つ、と言う軽い気持ちからの質問だったと言う事です。

 しかし……。

「ベレト エム ヘルゥ」

 その俺の質問に対して答えるように、不死者アマトが、まるで不気味な呪文を紡ぐような雰囲気で、そう呟いた。
 その彫の深い彫刻じみた顔に、異なる明度、異なる色合いの光がそれぞれに相応しい揺れと、明暗を作り上げ、彼が纏う死の臭いと共により深い陰の気を発している。

 ………………。

 場所が悪かったか。これが、陽気溢れる初夏の平原ならば、このような不気味な雰囲気とは成らずに、彼が纏う死も薄まっていた可能性が高い。
 しかし、ここは冥府への道を思わせる坑道内。更に時間帯的に言うと、そろそろ陽気溢れる太陽が支配する世界から、陰の気が支配する夜に移り変わる時間帯に至る。

 そして、もっと悪いのは、彼が呟いた呪文めいた一言。あの言葉は確か……。

 …………ん? 真実(アマト)? それに、死者の書?
 彼は、フランケンシュタインの化け物などではなく、最初のミイラなのか?

「何か妙な気配を感じたと思ったら、これはこれは、妙な客人たちがいらっしゃったものですね」


☆★☆★☆


 突然、背後……岩塩坑道の入り口に近い方より、若い男性の声が響いて来た。
 いや、厳密に言うと不意打ちではない。先ほどより、ダンダリオンが【念話】にて警告は発して来てはいました。
 まして、この声の持ち主からは、近付くに従って、妙な悪意の渦のような物を感じていましたから。

 ここまでの悪意を放つ存在を、気付かないはずは有りません。

 そう思いながら、ゆっくりと振り返る俺。その瞳に映ったのは……。

 大体、二十メートルほど向こうに立つ人影が五つ。

「初めまして、マジャールの蒼銀の戦姫(ぎんのひめ)と、オルレアンの人形姫」

 その五つの影の真ん中に居る小さな影……と言っても、彼の両翼に並ぶ四つの人影の方が大き過ぎるだけで、その小さな影は普通の男性程度の体格だとは思われる。
 その、声から察するに若い、俺とそう変わらない年齢の少年と表現しても問題ない雰囲気の商人風の衣装に身を包んだ男性が代表して、そう挨拶を行って来た。
 恭しい貴族風の礼の後に。

 尚、その挨拶の際にも、彼の両翼に立つ四つの影……古代エジプトの奴隷を彷彿とさせる衣装に身を包んだ巨大な存在たちが反応する事はなかった。いや、おそらく、彼らには自我など存在してはいない。
 何故ならば、俺が戦った事が有るフランケンシュタインの化け物とは、この種類の存在。彼らには自我など存在する事はなく、造物主の命令のままに俺を襲い、人を殺して、彼らの仲間を作る材料を集めていたのですから。

 生命の水。生きたヒトの血より造られし、彼ら……フランケンシュタインの化け物を動かし、擬似的な生命活動を行わせるのに必要な錬金術の奥義を極めし物質の原材料を。

「このタイミングで最悪のふたりを送り込んで来るとは、ガリアの王女も食えない相手だったと言う事か」

 独り言を呟くように、そう言った少年。そして、

「それならば、先ずは自己紹介からだな。俺は、ソルジーヴィオ商会のリード・アルベロと言うモンだ」

 ……と、俺達に対して告げる。
 しかし、その一瞬の後、リード・アルベロと名乗った少年が不死者アマトを、その蛇にも似た瞳で見つめながら、

「いや。そこの大男の関係者と言った方が判り易いか」

 ……と、そう言い直した。

 成るほど。おそらく、ヤツは属性として蛇を持っている可能性が高いな。何故ならば、最初のミイラ。オシリスと強く敵対していたのは、セト。暗黒の邪神で有り、蛇神でも有る。
 もし、アマトが神話と関係が有る存在ならば、この目の前のリード・アルベロと名乗った少年はセトの神官の可能性が大。
 そして、セトの神官ならば、ヤツが発している俺達に対する憎悪と表現すべき陰の気は、理解し易い。

 その理由は、嘗てはセトと言う蛇神は邪神などではなく、勇壮な大地の神として崇められた存在だった。しかし、エジプトが統一されると同時に地上を追放され、貶められたのが現在の邪神セト。自らを貶めた地上の人間を憎悪していたとしても不思議では有りません。
 この憎悪を放つ存在が、俺達を無事に脱出させてくれるとは考えられないか。

 俺は、そのリード・アルベロと名乗った少年と、彼の両翼に控える不死者たちを瞳に映しながら、そう考える。

 リード自身の能力は不明。セトの神官と言う存在を聞いた事は有りますが、その詳しい能力は流石に知りませんから。
 不死者たちは、その怪力と不死身に近い回復力が武器。更に、ヤツラは恐怖心と言う物は持ち合わせてはいない。

 そして、俺が知って居る不死者たちを倒すには、一度に大量の生命の水。人間で言うのなら血液を奪い去るしか方法が有りませんでした。
 但し、分厚い、装甲に等しい筋肉を断ち斬る必要が有り、傷つけた一瞬後には、治癒を開始する超絶の回復力を上回るダメージを与える必要が有るのですが。

 対して、現状ではアリアとタバサには魔法反射と物理反射は、ここに来る前に施して有ります。更に、大地の精霊ノームは現界させたままなので、ジジちゃんとアマトの護衛に着かせたら、この二人に関しては、当座は問題ないでしょう。後は、ハルファスを現界させて結界を施して置けば、魔法に対する防御も問題無くなります。

 それならば……。

「ハルファス」

 自らの能力を知られるよりは、戦闘中の召喚で一動作を奪われる事を嫌い、戦闘開始前にハルファスを現界させる事を優先させる。
 次の瞬間、ソロモン七十二魔将の一柱。ハルピュイア族の女王、魔将ハルファスが現界する。

 人事を尽くして天命を待つ。何故か相手が準備を行う時間を用意してくれたのですから、その時間は有効に使うべきでしょう。

「おいおい。せっかく、不意打ちをせずに話し掛けてやったのに、もう戦う準備か?」

 しかし、何故か、リード・アルベロが、明らかに心外だと言うかのような雰囲気で、そう話し掛けて来た。

 但し、俺がハルファスを現界させた事を驚きもしないトコロからも、ヤツは俺の事を知って居る可能性が高いと言う事。
 それに、彼が口にしたように、確かに不意打ちは行いませんでした。それは、おそらく自分の側の戦力に自信が有るから。
 不意打ちのような卑怯な戦法を行う事を嫌った訳でもなく、ましてや、交渉のみでこの場を収める心算など毛頭ない事は、彼の放っている雰囲気から察する事が出来ますから。

「それに関しては感謝していますよ。少なくとも私達は一度、命拾いをした訳ですから」

 一応、そう答えて置く俺。姑息な手段ですが、兵は詭道。それに、戦闘の後に、全員が大地の上に生きて立っていなければ成らないのです。
 少々本心を隠したトコロで問題はないでしょう。

 まして、本来ならば、命拾いをしたのは相手の方です。少なくとも、一度の攻撃を確実に反射するのですから、その最初の攻撃に必殺の攻撃を持って来ていた場合は、死ぬのは相手の方だったはずですから。

 何故か、俺の言葉に満足気に首肯くリード・アルベロ。但し、ヤツが発している憎悪は未だ継続中。

「そう言って貰えると有り難いな。折角、今日と明日の境目に面白い余興を用意してやっているんだ。その内容も聞かずに死ぬのも面白くないだろう」

 矢張り、口調は上機嫌を装いながら、そう話し始めるリード。
 但し、悪意に染まった、黒き気を放ちながら……。

「その余興とは、一体何ですか?」
【シルフ。俺を中心に新鮮な空気を発生させ続けてくれるか】

 俺に変わってアリアがそう聞く。それと同時に、俺は【念話】にてシルフに依頼。これで、ほぼ準備は終わり。後は、戦闘開始と同時に、アガレスにより強化を行うだけ。

「クトーニアンと言う種族を知って居るか?」

 しかし、こちらの戦闘準備など意に介した様子もなく、ひどく得意げにそう話し出すリード。
 ……って言うか、クトーニアン?
 そう考えた俺の瞳が、ヤツ、リードの方から見ると、かなり険の有るように見えた事は間違いない。 

 そして、

「その顔は知って居ると言う顔だな」

 相変わらず、ひどく得意げに。更に、今は人を小馬鹿にしたような雰囲気を継ぎ足して、そう話し続けるリード。
 ただ、その余裕の理由は判りましたね。ヤツの言うクトーニアンが俺の知って居るクトーニアンと同じ存在ならば、そいつは確かにひとつの街を全て破壊出来る魔物です。

 ただ、クトーニアンと言う魔物が本当に実在するにしても、本来ならば地球の表層に現れるような種族では無かったと記憶しているのですが……。
 そして、そのクトーニアンを召喚出来る存在で、更に邪神セトと関係が有って、その上、人間を強く憎悪する存在……。

「今晩、この街は滅ぶ。クトーニアンが起こす地震に因ってなっ!」


☆★☆★☆


 そのリードの叫びを合図とするかのように動き出す、リード配下の不死者たち。

「ハルファス、後方の二人を護る結界を施した後、戦場の維持を最優先。
 ノームは、二人を完全に保護してくれ!」

 先ずは、現界している式神に指示を発する俺。

 突如、俺の右横で強力な発光現象が沸き起こる。
 そう、これは証。蒼白き銀に光り輝く破邪の剣が、アリアの霊力によって活性化した証である。

 共に動き始めた俺とアリア。迫り来るは、四体の不死者。

 正面に立つ個体の大振りの右腕が、アリアの三歩前を走る俺の前髪を揺らす。更に、同時に放たれた右の個体の左腕を、俺の右腕に発生した銀の一閃が斬り裂く!
 刹那、俺の背後から蒼銀の戦姫が右側を素早く抜け、高く掲げた七星の宝刀を無造作に振り下ろした。

 練り上げられたアリアの霊気によって放たれた銀光!

 破邪の剣により放たれた剣撃は聖。この世の法より外れた外道を葬るには、これほど理に適った方法はない。
 左上方より斬り下げられた不死者から、その存在に相応しい赤黒き液体が飛び散る。

 瞬間、その大きく開いた傷口から、何かが飛び出したかに見えた。

 蛇?

 しかし、その黒き何かを俺の瞳が捉えた刹那。古の知識により召喚された冷気の刃が、その傷口よりアリアを襲う為に飛び出した何かと、そしてその他の三体の不死者を切り刻む。
 そう、月と冷気の魔女の加護を受けし少女が放った氷の刃が、世界を歪める存在たちを斬り裂いたのだ!

 タバサの放った魔法により、一瞬の体勢を立て直す時間を得る俺とアリア。そして、その間隙を縫うかのようにハルファスが結界でジジちゃんと不死者アマトを包み込み、ノームがその二人の護衛に着く。

 これで、後方は一先ず安全。後は、ハルファスに戦場自体を護って貰い、坑道の天井部分が崩壊するのを防いで貰う事に専念して貰えば、

「おぉ、コワイな」

 ……大丈夫。そう、考え掛けた俺の思考を遮るリードの声。

 三体の不死者たちは、それぞれが生命の源である赤黒き液体を流しつつ有る状態。しかし、その中で尚、無傷で立ち続けるリード・アルベロが俺達を憎悪の籠った瞳で見つめながら、そう言った。
 戦闘中とは思えない、余裕を持った台詞を。

 その余裕の理由は、先ほどのタバサの魔法でも傷ひとつ付ける事の出来ない精霊の護りか。

 その台詞が終わるか、終わらないかの内に、再び動き出す不死者たち。言葉通りの不死性を体現した、既に傷口が塞がりつつ有る不死者たちが、俺とアリアに再び接近する。

 その一瞬の後、十メートルほど有った彼我の距離を、ほぼ一瞬の内に詰めた先頭の一体が、自らの流した赤黒き液体を血風に変え右腕を力任せに振り回す!
 その腕に籠められた力を真面に受け止めたら、俺の身体など爆砕して仕舞うのは間違いない、凶悪な破壊の権化。

 しかし! そう、しかし!

 紙一重で躱した俺。ここまでは先ほどと同じ。
 しかし、ここからが違った。

 先頭の一体が、爆発したかのような勢いで、俺に向かって跳びかかる。
 いや、違う。これは、先頭の一体を、残った二体が打ち出したのだ!

 その巨体自体を武器に、自らの不死性を利用した、味方の安全など一切考慮しない攻撃。

 しかし、その瞬間も、俺は前進する事を止めない。いや、止める必要などない!
 そう、俺の身体には、魔法を使用しない攻撃を一度だけ完全に反射する仙術が施されている。

 俺を巨大な身体が押し潰したと思われる正にその刹那! 俺と不死者のちょうど中間点の空間に突如現れる防御用の魔法陣。そして、その空中に描き出された五芒星が光輝を発し、次の瞬間、打ち出された時と同じ勢いで打ち返される不死者!
 赤黒い液体を霧状に為し、身体自体が爆発したような形に成りながら打ち出した二体に対して、その肉片と化した元不死者が降り注ぐ。

 嫌な臭気を発生させる赤き霧のカーテンを抜けて、棒立ちと成った二体の不死者の前でクロスするかのように体を入れ替え、それまでの俺が左、アリアが右の立ち位置から、俺が右、アリアが左の配置に入れ替わる。

 瞬間、徒手空拳で有った俺の右手に顕われる七星の宝刀。
 地を這う様な低い位置から斬り上げられる一刀は、俺の霊力に反応して蒼く光り輝き、

 片や、左側に位置するアリアが高く掲げた七星の宝刀も、彼女の霊威に反応して、蒼銀の輝きを発する。

 強く踏み込んだ右足に掛かっていた体重から、再び左足に体重を移動させる際に振り抜かれた銀光が、向かって右側に位置する不死者の左腰の辺りより侵入!
 同時……。いや、一瞬のタイムラグの後、アリアが振りかぶった七星の宝刀が、向かって左側に位置する不死者の右の首筋から一閃と成って、左腰の部分へと抜ける!

 世の東西。地球とハルケギニア。男性と女性の差が有る。しかし、共に古き龍の血を継ぎし末裔の共闘。

 そして、袈裟懸けに斬り下げられたアリアの一閃と、逆に斬り上げられた俺の一閃が、クロスするかのようにして、再び体を入れ替えるようにして不死者の脇を走り抜けた。

 舞いを舞うかのように両手を閃かせ、歌うように、詠うように口訣を唱える蒼き少女。
 それは、普段の彼女の高速詠唱ではない。しっかりと韻を踏み、霊気を練り上げた一撃。

 瞬間、轟音と白光が坑道内を満たす。
 最強の雷神たる雷帝。三清以外、すべての神を支配下に置くと言われる雷神の一撃が、大きく斬り裂かれた二体の不死者と、既に肉塊と成り果てた一体を巻き込み、そのままリード・アルベロを完全に包み込んだ!

 世界(坑道内)自体を白へと変じ、一瞬の内に全ての敵を呑み込んだ九天応元雷普化天尊(キュウテンオウゲンライフカテンソン)の雷は、そのまま、リードの背後に有る坑道の壁を直撃。そして、一瞬、浮かび上がった魔法陣によって、ようやく散じて消えた。
 そして、それは、ハルファスの戦場自体の崩壊を防ぐために施した結界は、なんとか雷撃の威力に持ちこたえる事が出来たと言う事。

 一瞬、強い白光に堪えきれず、思わず目を瞑って仕舞った俺で有ったが、その行為自体は責められはしない。まして、暗い空間内でのフラッシュに等しい白光を肉眼で見続ける事など出来る訳がない。

 そして、次に目を開けた時に、その場には……。

「おぉ、コワイ、コワイ。俺で無ければ、今の電撃では死んでいるぜ」

 豪商を思わせる衣装は見る影もなく完全に燃え尽きて仕舞っては居ました。しかし、身体は淡い燐光を放つ、鱗状の物質で守られたリード・アルベロ……。いや、先ほどまでは、リード・アルベロと名乗っていた少年が立っていた場所に存在する、人型をした蛇を思わせる何かが、リードに似た、しかし、同時に蛇の放つ威嚇音に似た声で、そう話し掛けて来た。

 そうして……。

 
 

 
後書き
 今回の話は……。どう表現して良いのか判りませんが、ミノタウロスの姿が登場しない事だけは確実です。

 それから。一応、主人公がやって来た世界は、2003年の世界です。
 おっと、この辺りは意味不明ですか。

 それでは、次回タイトルは『蛇たちの父』です。

 ……どう考えても、ゼロ魔二次小説のサブタイトルでは有りませんね。

 追記。フランケンシュタインの化け物について。

 基本的には、映画などで表現されている存在と同じような物です。
 但し、魂が発生したのはアマトだけ。それに、彼の場合はかなり特殊ですから、厳密に言うとフランケンシュタインの化け物では有りません。
 少なくとも、彼らは雷に打たれて蘇えるような方法で動き出した訳ではない、と言う事です。
 それで無ければ、量産は出来ませんからね。
 
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