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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第43話 異界化現象

 
前書き
 第43話を更新します。
 

 
 六月(ニューイのつき) 、第四週(ティワズのしゅう)、虚無の曜日。

 結局、今回の北花壇騎士関係の御仕事も足かけ三週間に渡っての任務と成って仕舞い、魔法学院に戻って来られるようになったのは出発してから十一日の日数が立っていました。
 更に、任務に予想以上の時間が掛かって仕舞ったが故に、一学期の学期末には間に合う事もなく、魔法学院は、本日より八月(ニードのつき)の末までの長い夏休みに入っているはずです。

 実際、タバサの出席日数って、進級に必要な分が確保出来ているのでしょうか。このままでは進級すら覚束なくなる可能性も有ると思うのですが。
 もっとも、彼女が経験している戦いは、実践を旨とする魔法学院の教育方針には十分合致していると思いますし、今の彼女の魔法の実力から考えると、魔法自慢の疾風のギトー先生を相手にしても、あっさりと退ける事が可能でしょうから、多分、大丈夫だと思っているのですが……。

 それでも、少し不安では有りますね。

 そして、出発した際は俺とタバサだけだったのですが、帰りはモンモランシーも一緒の旅と成りました。
 ……故に、転移魔法は使用せず、以前に式神契約を交わしたワイバーンを召喚して、少し時間を掛けての空の旅と成ったのですが。



 夕日を目指して飛ぶ翼ある竜。その鮮やかな緋色によって、まるで、世界の理自体が書き換えられるかのような情景で有った。
 山や、湖。そして、多くの人々が暮らす街さえも赤い色に染め上げ、俺達の目の前にパノラマの如く広がり、そして、次の瞬間には後方へと流れ去って行く。

 風の精霊により守られしこの翼ある竜は、通常の風竜よりも高速で、更により上空を飛び、予想よりはずっと早い時間帯。少なくとも、今夜の夕飯は、魔法学院のタバサの部屋で食べられそうな時間帯に到着出来る雰囲気で、人々が暮らす地上より遙か上空を滑るように飛行していた。

 しかし、この世界にやって来てから色々な出来事に遭遇しましたが、この六月(ニューイのつき)も、十分に波乱万丈な月で有ったと表現しても良いでしょうね。

 俺は、自然の産み出した絶景(パノラマ)から、赤く染まった世界の中に有って尚、蒼をイメージさせる少女を視界の中心に納めながらそう思う。
 夕陽に染まった雲と、そして遠くに暮れ行く高き山々。その特徴的な蒼き髪と、冬の氷空を連想させる瞳。迫り来る夜の物悲しさと、彼女が纏いし雰囲気。そのすべてが相まって、何処か一枚の宗教画を思い起こさせる少女。

 普段通り、メガネ越しの、温かみが有るとは言い難い視線で俺を見つめ返す蒼き御主人様。

 ただ、それでも……。

【タバサ。このまま、学院に帰って良いのか?】

 俺は、【念話】にて彼女に問い掛ける。それに、どうせ本日より夏休みです。ここで急いで学院に帰るよりは……。
 カジノ事件の後……。元々、オルレアン家に仕えていた使用人たちが一掃されてから後に、一度だけ会わせて貰った事の有る線の細い、タバサのような凛とした雰囲気ではない、如何にも儚げな佳人を思い浮かべながら、そう問い掛ける俺。

 タバサからの返事はない。しかし、彼女は俺を真っ直ぐに見つめ返した。

 遙か眼下に広がるのは、ラグドリアン湖と言う、地球世界には存在していない、この世界にしか存在しない湖。そして、その湖のガリア側がタバサ……。いや、オルレアン大公家の領地で有り、トリステイン側がモンモランシ家の領地で有る。

 そして、彼女はわずかに首肯く。これは肯定。おそらく、俺の言葉の足りない問い掛けの意図を、あっさりと理解したのでしょう。
 そう。つまり、彼女の返事の意味は、実家に寄り道をする必要はない、と言う事。

 彼女の発して居る気を読むと、無理をしているような雰囲気は有りません。だとすると、彼女は、本当に、今は帰る必要はないと思っていると言う事。
 自らの父親の暗殺に、ガリア王家が関係していなかった以上、今、母親に危険が迫る可能性は低いと判断しているのでしょうか。

 尚、現状では、タバサの母親は、ガリア王家より派遣されて来た人間に因って身の回りの世話を為されています。
 あの殺人祭鬼エリックの言葉から、オルレアン家に残った使用人の徹底的な調査が行われ、以前より居た使用人はすべて入れ替えられ、現在は、全員がタバサの知らない顔と成っています。

 ただ、以前にオルレアン家に仕えていた使用人が、すべて殺人祭鬼の関係者だったかどうかの報告は為されていないのですが……。

 そう考えながら、真っ直ぐに蒼き姫を見つめる俺。

 現状では、彼女の夢を叶える事さえままならない状態。このまま進めば、魔法学院卒業後は、オルレアン大公家の復興か、それともタバサを家長に据えた新しい貴族の家名を作り上げる可能性が高いでしょう。
 まして、おそらくそれが貴族としては正しい選択です。そして、血筋を残す事が重要な王家の一員としては、タバサが伝えている王家の血を絶やす事は許されない事でも有ると思います。

 それならば、彼女と彼女の母親を連れて、この場から。魔法学院から。ガリアからも逃げ出す……。

 そんな、不穏当な考えが俺の頭に浮かんでは、直ぐに過去へと消え去る。

 その理由は、実現の可能性が低すぎるから。

 そう。俺の身体に刻まれつつ有る生け贄の印が、それを難しい物に変えていますから。これが、……この聖痕を刻みつつある現象が、今、起きつつ有る、何か大きな流れに起因する事象ならば、簡単に逃げ出す事など出来はしません。
 おそらく、何処に逃げ出そうとも、後ろから追いついて来て、俺と、俺と共に居る彼女を、何事か厄介事に巻き込んで行く事となるでしょう。
 まして、タバサとの約束も有りますから。この問題に関しては、彼女と共に対処すると言う約束が。

「そうか。それやったら、学院に帰ったら、最初に晩御飯からやな」

 まして、俺には転移魔法が有るから、会いたければ、何時でも会いに行けますしね。
 そう簡単に考えながら、タバサに対して告げる俺を、少しその瞳の中央に映した後に、ゆっくりと首肯いて答えてくれるタバサ。
 普段通りの彼女の仕草。

 そして、その俺とタバサのやり取りを見つめる金の髪を持つケルトの魔法少女。
 但し、その瞳には、少しの哀が浮かび、そして、その感情は哀しみに似た色を放っているような気がした。


☆★☆★☆


 黄昏。いや、誰ぞ彼の方がしっくり来るか。
 その暗さ故に、正面に近寄って来ているのが誰か判らなくなった為に、そう呼ばれるようになった時間帯。
 いや、今の雰囲気には、もっと近い言葉が残っていましたか。

 逢魔が刻。……と言う言葉が。

 上空から見下ろした先には、十日以上ぶりに帰り着いた五芒星の形をした中世ヨーロッパ風の城が存在しているはずなのですが、其処には、闇色をしたドーム状の何かが存在しているだけで、他には人工的な物は存在しては居なかった。

 そして、近付けば近付くほど伝わって来る違和感。
 ねっとりとした何かが肌に纏わり付くような感じで、非常に不快。
 そして、それは普段は、草原を抜け、林の木々を揺らす風の質までも変えている。

「シノブさん」

 ベレイトの街で共にまつろわぬ霊を慰撫し、それらの魂を鎮める任務に就いていた闇色の帽子に金の髪の毛を隠したケルトの魔女が、遙か下方に存在する物体を瞳に映しながら俺の名を呼ぶ。
 そして、我が蒼き姫も、その声とほぼ同時に俺を視界に収めた。

「何かは判らないけど、魔法学院に異常事態が発生している、と言う事だけは確実やな」

 上空三百メートルぐらいの地点で、闇色のドーム状の物体の周りの旋回を繰り返しながら、そう蒼と金の少女に告げる俺。
 そして、そこから地上の観察。あの闇色のドームが夢の中に顕われたショゴスと同じ種類の存在ならば、ここでも安全とは言えないのですが……。ただ、肉眼や、更に能力を用いての調査には、ある程度の距離まで近づいて置く必要が有りますから。

 それで……。大きさとしては、大体、直径にして五百メートルぐらい。高さも百メートルとは言いませんが、五十メートル以上は優に有るように見えます。完全に学院の建物全てを呑み込んで御釣りが来る。それぐらいの大きさですか。
 そして、気を発する種類の物では有りますが、この闇色のドーム自体は生命体ではないように思います。どちらかと言うと、何らかの結界と言う類の物ではないのでしょうか。

「あれは、もしかすると、魔法学院に何らかの異界化現象が起きている、と言う事なのかも知れないな」

 俺の呟き。それは、ため息にも似た呼気と共に虚空へと消え、濃密な呪に支配される空間に散じて仕舞った。
 そんな、俺の呟きに反応する金と、蒼銀の少女たち。
 金の少女の方は何か思い当たる現象が有るような雰囲気を発し、蒼銀の少女の方は……。微妙な気を発して居る。

 いや、彼女とは、俺と共に同じような現象に何度も取り込まれていましたか。その今まで巻き込まれて来た事件を外側から見たら、と言う想像力が働けば、現状は理解出来るかも知れませんね。

「異界化。閉鎖空間。魔界化。呪波汚染。色々な呼び方が有るけど、大体、同じような現象の事だと思って間違いない」

 そう。先に挙げた事象の原因は、異界の存在が現世に顕われるか、顕われようとしたから起きる異常事態。
 今回の魔法学院を包んでいる闇色のドーム状の何かも、魔法学院内で何かが起きて、その結果、あのような状況に成った可能性が高い。

 もっとも、これほど内と外、と言う明確な区切りが判る異界化現象と言う物に遭遇したのは初めてですが。
 まして、この世界に来てからは、異界化現象の当事者として事件に巻き込まれるばかりで、外から干渉する事も、おそらくは初めての事と成るとも思いますし。

「何者かを異界より召喚しようとしたのか。それとも、何か呪いのアイテムを誤って使用して仕舞ったのか」

 俺は、そう言葉を続けた。
 まして、あそこは俺が四月まで暮らして来ていた地球世界の学校とは違う、魔法を教える学院。呪物を納めて置く宝物庫も有れば、魔法自体も使用している。
 更に、ここは西から東に抜ける地脈が流れている龍脈の龍穴でも有ると思います。なので、ここよりも西。トリステインの王都や、そこから更に西で発生した……。

 いや。もっとも、そんな思想は、このハルケギニア世界には存在しない可能性の方が高いですから……。

「魔法学院はレイ・ラインのホワイトホールに建てられた物ですから、レイ・ラインを通じて、何処か別の場所で誕生した異物が、ここで実体化しようとした可能性も有りますね」

 俺が、この世界に霊気の流れを読む方法などない、と結論付けようとしたその瞬間、西洋風の風水師。ケルトの魔女であるモンモランシーがそう言った。
 そう言えば、ベレイトの街では、俺よりも彼女の方が詳しい部分も有りましたしね。確かに、彼女にならば、龍脈や龍穴と言う単語に対応する、レイ・ラインやホワイトホールなどと言う単語を知って居たとしても不思議では有りませんか。

 そんな俺とモンモランシーのやり取りを見つめていたタバサが、少し視線を逸らした。
 完全に、夜が支配する前の微妙な時間帯の明かりで、その精緻な人形を思わせる横顔に少し昏い影を作りながら。

 もしかして、モンモランシーと俺が仲良く会話を交わしていた様子に対して嫉妬でもしたのか?
 ……などと非常にクダラナイ事を考えたのですが、彼女の視線を追った俺の視界に、杖を構え、呪文を唱えているかのような風情のオスマン学院長が居るのを見つけた事で、俺の不謹慎な考えが間違いで有る可能性が高まる。

 つまり、タバサは俺から視線を外した訳では無く、オスマン学院長の方に視線を移しただけだったと言う事ですか。
 ならば……。

「学院長の傍に着陸するけど、良いな」

 明確な目標が出来た事により、次の行動指針を決めた俺の問い掛け。そして、普段通りの雰囲気、及び表情で首肯くタバサ。

 くだらない妄想に包まれた能天気な使い魔のほんの少しの落胆と、普段通りのメガネ越しの温かみに少し欠けた視線とを乗せて、翼ある竜は、元々、トリステイン魔法学院の寮塔の有った方角。すなわち、東の方向へと降下を開始した。


☆★☆★☆


 矢張り、世界自体が変化している。

 学院長の傍に着陸しただけで判る世界が放っている歪みを感じながら、翼ある竜から先に飛び降り、タバサと、モンモランシーが降りる手伝いを行う。
 もっとも、二人とも本当にそんな手助けが必要な訳は有りません。これも、一種のエスコート術のような物ですから。

 俺達が傍に着陸した事に気付いても、オスマン学院長は杖を構えた状態のままで、その場から動く事はなかった。
 いや、おそらく彼は動けないのでしょう。

 そう思いながらハルファスを起動させる。そして、

【この空間に溢れている呪が、タバサや、モンモランシーに影響を与える可能性は有るか?】

 ……と問い掛けた。

 おそらく、学院長は、この呪力が広がるのを防いでいると思います。ここは寮塔の有る方角。そして、それ以外の塔には、地水火風の名前が付けられている。
 そして、異界化に巻き込まれていない人物……おそらくは教師たちが、それぞれの塔の方向に配置され、そこから自らを結界の要石と為し、この異界化現象が広がる事を防ぐ結界を構築していると思います。

 しかし、それでも尚、世界に影響を与えるほど……。この謎の闇色のドームに近付く事に因って、俺でさえ軽い眩暈や、頭痛に近い影響を受けている以上、タバサやモンモランシーに影響が出ないとは限りませんから。

【あまり、あの異界化した空間に近付き過ぎない方が良いな。この呪力は、世界を改変するだけの呪い(ちから)を持っている】

 普段と変わらない雰囲気のハルファスの言葉……なのですが、内容は剣呑な事、この上ない内容を返される。まして、結界術のエキスパートのハルファスがそう言うのなら、それは事実だと思いますしね。

 闇の中に有って尚、闇の色を放つ異界化空間を見つめながらそう思う俺。そして、そのハルファスの答えは、オスマン学院長が施している五芒星を使用した結界術以上の呪力で世界が歪に改変されつつある、と言う事の証でも有りますか。

 しかし、そんな俺の心配を他所に、呆気ないほどのさり気ない雰囲気で学院長の元に歩を進める蒼き姫。
 そして、そんな彼女の後ろで、タバサと俺。そして、学院長と、異界化空間を困ったように見つめていたモンモランシーが、魔女の証、円錐の象徴たる帽子を軽く叩いた後、タバサの方に向けて、右腕を振るった。

 刹那、タバサの周囲。大体、三メートル四方ほどの空間の呪力が浄化される。

 ……彼女が施したのは、おそらく一種の結界術。そして、振るわれた右手から放たれたのは、ヤドリギの矢。
 月の女神に祝福されしヤドリギは、彼女の……魔女の魔法には必須。そして、施されたそれが簡易結界で有ろうとも、そんなに長い時間、ここに滞在するのでなければ問題は有りません。

「戻って来た早々で悪いのじゃが、この一件が片付くまでは、学院は臨時休校が決まった。例え何人で有ろうとも許可なく立ち入る事は厳禁じゃ」

 杖を構え、学院長の霊気……。質としては、蒼に近い色を放っているように感じるのですが、彼から発した霊気がそれぞれの属性の塔の位置に流れ、絡み合っているのが判る。
 ……但し、精霊の悲鳴は聞こえない。つまり、今、学院長は、系統魔法とは違う種類の魔法を使用していると言う事。
 初めて学院長が魔法を使用している場面に遭遇しましたが、この爺さんも一筋縄で行く相手ではない、と言う事なのでしょう。

「何が起きているのですか、学院長」

 呪力を遮断する結界を施した後、タバサの傍にまで歩みを進めた金の魔女(モンモランシー)が、一同を代表するかの如く、オスマン学院長にそう問い掛けた。当然、最初に為すべき質問を……。
 但し、その質問の明確な答えが返されるとも思えないのですが。

「判らん」

 少し首を横に振り、短くそう答える学院長。その横顔には、少しの消耗の色が浮かぶ。

 そして、その答えは、俺の予想通りでも有りました。
 何故ならば、何が起きているのかが判っているのなら、こんな霊力を消耗するような方法を用いて呪力が撒き散らさせられる事を防ぐようなマネをせず、事態の中心。異界化を広げている原因を断つ方法を取っているはずですから。

 呪の核……つまり中心が、いずこかの主神クラスの存在か、何らかの呪物かは判りませんが、外から対処するよりは、中に侵入してから対処する方がロスは少ないはずです。
 但し、その際の危険度も跳ね上がるのですが……。

 例えば、この世界に召喚された最初の夜に起きた事件の異界化の核はレンのクモでしたし、ラ・ロシェールでの事件の際は、フレースヴェルグでした。

「今朝。夜が明ける前に広がったこの空間により、学院すべてが呑み込まれるにはそう時間はかから無かった。
 今は、五芒星の頂点に立つ講師の魔力を束ねて、この魔界がこれ以上広がらぬようにして居るが、現状ではこれで手一杯じゃ」

 オスマン学院長はそう状況の説明を行う。
 つまり学院長以下、異界化に巻き込まれなかった教師たちは、半日以上、この異界化が広がる事を防ぐ為に、こうやって結界を維持し続けて来た、と言う訳ですか。
 おそらく、学院長以外は交代を行いながら……。

「一応、王都の方に連絡を入れて有るから、明日の朝の早い時間には、アカデミーの方から調査の為に人間がやって来る手筈と成って居る。
 それに、王城内の資料を調べて居るはずじゃから、何。そんなに心配する必要などなかろう」

 かなり御気楽な雰囲気で、そう言葉を締め括った学院長。

 確かに、魔法学院内の資料や文献を調べる事が出来ない以上、同じ程度の資料や文献を持っている王城やアカデミーで無ければ、前例を調べる事は不可能ですか。
 まして、ただ闇雲に内部に侵入をしたとしても、事態を終息させる事が出来るとは限りません。

 いや、返って事態を悪化させる危険性も有りますか。

 そんな事を考えていた俺を一瞥した後、

「ふむ。どうやら、内部への侵入を試みる心算は無さそうじゃな」

 ……と、そう口にするオスマン学院長。
 確かに、内部に侵入して、もう一度、脱出出来る類の異界化現象ならば、侵入して、中から事態を終息させる方が早い可能性も有りますが……。

 俺は、少しタバサの姿を瞳に映す。そうして、小さく首を横に振った。
 ……彼女の身の安全を考えるなら、そんな危険なマネを為せる訳はない。

「入れ、と言われたのなら入っても良いですが、私は、この世界の歴史や出来事の知識が不足して居ますから、事態の悪化を招く恐れが有ります。
 まして、学院長や先生方の代わりを務めるにも、どのような魔法を為せば良いのか判りませんから」

 自らの役割と能力から考えて、最善と思われる答えを返す俺。

 そう。俺の魔法は、この世界では異質で有り、俺と同じ術が行使可能なのはタバサのみ。確かに発動した結果が、それぞれの精霊に対応した攻撃系の魔法ならば、同じような仙術は行使可能でしょう。しかし、今、学院長が行っているのは、複数の魔法使いの魔力を練り上げて巨大な結界を作り上げている魔法。
 そこに、思想の上からも異質な俺の仙術を割り込ませる事は流石に出来ません。

 もし、彼らの代わりを俺が行うのならば、全ての人間を、俺と同じ仙術が行使可能な存在に交代しなければならないので……。
 異なる系統の魔法を結ぶ存在でも現れない限り、不可能だと思いますから。

 故に、徒弟と言う存在が居るのですから。普通の魔術集団には。

「儂や、魔法学院の教師の代わりは、お主らには無理じゃな」

 好々爺たる笑みの後に、オスマン学院長はそう言った。
 そう。年輪を重ねた者のみに許される、包容力と自信に満ちた笑顔。
 もし、信用するのなら、このような笑顔を魅せる事の出来る人物にすべき。そう思わせるに相応しい表情をオスマン学院長は俺達に見せたのだった。

 それに、俺やタバサの助力を必要とするほど衰えていては、魔法学院の学院長など務まる訳は有りませんか。
 魔法などと言う、異質で、異能な技術を教える学校ですからね、魔法学院という場所は。

「まして、この異常な空間に外から侵入する事は不可能じゃよ。儂らも何度か試してみたからな」

 厳しい現状についての説明を、しかし、かなり簡単な事のように告げるオスマン学院長。

 外部からの侵入が不可能……。

 現在、学院長が練り上げている魔力は、かなりの規模の魔力で有る事は間違いない。
 この規模の魔力を攻撃に転用させて、それでも尚、内部に侵入可能となる亀裂すら作る事の出来ない状態。
 そして、ハルファスの口にした『世界を改変する呪い』。

 ……また、厄介事の臭いがプンプンして来たのですが。

「それでは、長い夏休みの間に、怠ける事なく、勉学に、そして魔法の修業に励む事を期待して居るぞ、若き、明日を担う魔法使い(メイジ)たちよ」


☆★☆★☆


 最後は、無理矢理に追い払われて仕舞ったような感じも有るのですが、それも仕方がないですか。
 この事態の原因が判らないので何とも言えないのですが、それでも、判らないが故に、何らかの不祥事の可能性も有りますから。

 例えば、何らかの禁忌を犯した人間が存在するとか……。

 魔法学院の宝物庫には、どんな呪物が納められているか判りません。それを、誤って、もしくは故意に使用して、こう言う事態を引き起こした可能性が有ります。
 更に、学院の蔵書の中にも、生徒には閲覧不可の危険な魔法や、禁忌指定にされた魔法を記した魔導書も存在していたはずです。
 そんな魔法を使用した挙句のこの事態の可能性も有り、学院生徒で有るタバサや、モンモランシーに、その事実を知られる訳には行かなかった可能性もゼロでは有りません。

 まして、ハルファスが指摘した通り、あの場所は危険な場所で有ったのは事実ですから。



 そうして、再び、翼ある竜を飛ばして、上空に舞い上がったのですが……。
 しかし、これから、どうしましょうか。

「あの……」

 かなり、躊躇い勝ちに問い掛けられる女声(こえ)。そう言えば、彼女、モンモランシーを、彼女の実家に送り届ける必要が有りましたか。

「大丈夫やで、モンモランシー。おまえさんを実家には送り届けるから」

 そう答える俺。その後は、ガリアの王都に転移でもして、宿屋で部屋でも借りますか。明日からの事は、明日に成ってから考えたら良いでしょう。
 まして、この魔法学院を呑み込んだ異界化現象は、俺やタバサが対処する必要も、そして、関わる事も拒否されて仕舞いましたから。

 しかし、モンモランシーは少し首を横に振った。彼女の動きに合わせて、夜色の帽子が揺れ、金の長い髪の毛が紅と蒼の月の明かりの下で煌めく。
 そして、

「御二方を、今夜、モンモランシー領の私の実家にご招待いたします」

 金の髪を軽くかき上げた後、見事な貴婦人としての礼を俺とタバサに向かって行ったモンモランシーが、その台詞を口にする。
 それは、そう。普段は、感じさせる事のない貴族と言う身分を感じさせる瞬間であった。

 俺は、タバサを見つめる。これは、貴族としての正式な招待で有る以上、答えを返すのは俺でなく、タバサの方。

 凛とした立ち姿から、優雅に腰を折り、貴婦人としての礼を行う蒼き姫。
 モンモランシーが貴族の姫なら、彼女も然り。
 そして、

「喜んでお招きに預かります。ミス・モンモランシ」

 ……と、そう告げたのでした。

 
 

 
後書き
 ついに龍脈(レイ・ライン)龍穴(ホワイト・ホール)などに話が飛んでいますが。
 何と表現すべきか判りませんが、西洋風ファンタジー世界での物語では有りませんね。
 ……もっとも、南で不死鳥関係の話が有って、東で龍の姫が登場する話が有ったのですから、其処から類推する事は可能だとは思いますが。

 尚、モンモランシーが主人公に抱いている感情は、恋愛感情などでは有りません。
 ジルとの婚約者設定は、やや斜陽の感の有るトリステインのモンモランシ家とガリアのモンモランシ家を一時的に統合して、しかる後に、生まれた子供達に、双方が持つ爵位を継がせると言う意図の元に決まった政略結婚です。

 但し、モンモランシーに関しては、未だすべてが明かされた訳では有りません。

 もっとも、内幕をばらして仕舞うと、サイト周りの登場人物達にあまり重要な役割を割り振って仕舞うと問題が有ったのと、キャラを変えるのも問題が有ったから。……が、大きな理由なのですが。
 特に、シエスタやギーシュは問題が有りましたから。
 それに、原作内のモンモランシーはそう重要な役割ではないと思いますし。

 実際、原作小説に置いて、前半部分。イーヴァルディの勇者関係の話に成るまで、タバサはメインのキャラでは無かったので、彼女の使い魔に設定すると原作にない部分を作るしか方法はない、と私は思ったのですけどね。
 彼女の登場シーンだって少ないですから。
 まして、本来、タバサが登場する事のない原作内の話に、無理矢理、彼女を登場させるよりは、違う話を作って進行させる方が、TRPGのマスターで有る私らしいとも思いましたから。

 もっとも、その些細な変更が、彼女が本来関わるべきイベントにも登場出来なく成る、と言う事態を引き起こしているようにも見えますが。

 それでは、次回タイトルは『水の精霊』です。

 う~む。しかし、あまりにもアッチコッチの神話や伝承に話が飛ぶので……。
 どう考えても、ゼロの使い魔の二次小説とは思えませんが。
 まして、私はヨーロッパ史に関しての知識は低いのですが……。
 これから先、三十年戦争からフランス革命に繋がる歴史の流れの確認を行う必要が出て来るような気もするのですが……。
 もっとも、概要だけで、細かく触る訳ではない、と思いますけどね。

 何故ならば、主人公も、そしてタバサの方も、ガリアの王では有りませんから。 
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