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戦国異伝

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第七話 位牌その十三


「そして都に向かいじゃ」
「天下をですね」
「この越前と近江を手に入れればそれでかなりの力になる。都に入りそのうえで今の三好とも戦えるのじゃ」
「そうしたいものですが」
「一向一揆との戦いで傷を受け過ぎた」
 まずはこの問題があった。
「政をせねばならん」
「はい、それもじっくりと」
「しかしのう」
 今度は嘆息する宗滴だった。そのうえでの言葉だ。
「義景様は」
「無念です」
「今もか」
「はい、また茶に和歌に蹴鞠にです」
「今川の義元殿や氏真殿と同じか」
 ここではこの二人の名前を出した。
「駿河のあの二人は政は忘れてはおらぬようだが」
「戦はお世辞にも達者ではないようです」
「しかし民を忘れてはおらぬな」
「その氏真殿にしてもです」
 忍の者も彼について話す。
「民を愛し常に気にかけておられます。家臣にも慈しみを忘れぬそうです」
「戦の世でなければさらによかったのう」
「おそらくは」
「しかし。義景様は」
 ここでまた嘆息した宗滴だった。そうしてまた話すのであった。
「あの様な方じゃ。戦についてもじゃ」
「自ら出られることもありませぬし」
「朝倉はどうなる」
 今度は暗澹とした言葉になっていた。
「一体」
「気懸かりなのはそれがしもです」
「そなたに告げておく」
 宗滴は今の忍の者の言葉を受けて彼に告げた。
「わしが死ねばこの家から離れるつもりか」
「それは」
「隠さずともよい」
 今度はこう返した。
「わしに仕えているのであって朝倉家には仕えておらぬ。それはわかっておった」
「左様でしたか」
「ならばじゃ。新しい主のところに向かえ」
「してその主は」
「そなたが認めた者にじゃ。必ずいる筈じゃ」
「だといいうのですが」
「少なくともそなたは義景様に仕えてはならぬ」
 このことは絶対に駄目だというのであった。
「何があろうともじゃ」
「そうなのですか」
「あの方は人がわからぬ。明智もそれで去ってしまった」
「今は足利将軍家におります」
「あの男は傑物じゃった。必ずやわしを超えたであろう」
「確かに。明智はそこまでの者でした」
「しかし義景様にはわからなかった。去ってもそれでもわからなかった」
 また無念の言葉を出す宗滴だった。
「どうにもならぬ」
「ではそれがしは」
「信濃にでも行くといい」
 その国だというのだ。
「そこで主を探すのだな」
「信濃ですか」
「真田だったか」
 この名前が出て来た。
「そこの次男だったか。真田幸村といったな」
「真田幸村ですか」
「確かそうした名前だった。まだ若いがだ」
 それでもだというのだ。
「かなりの傑物らしい」
「そうなのですか」
「そうじゃ。その者に仕えてはどうか」
「わかりました。それでは」
「何はともあれ一度信濃に行ってみよ」
 何につけまずはそれをという宗滴だった。
「よいな」
「わかりました」
「霧隠才蔵よ」
 その名をはじめて呼んでみせた。
「そなたはわしで終わるには惜しい」
「それで次の主の下へと」
「そうだ、飛べ」
 飛べとさえ告げる。
「そしてそのうえで大きなことを果たすのじゃ」
「さすれば」
 ここでだ。その才蔵は覆面を取った。するとそこからだ。流麗な美男子の顔が出て来た。誰もが見た途端に息を飲む美貌であった。
「その時までは宗滴様に」
「仕えてくれるか」
「お許し願いますか」
「言うのはわしの方じゃ」
 こう返す宗滴だった。
「それではその時まで頼むぞ」
「では」
「朝倉の天下は望めぬとしても」
 空を見上げての言葉だった。
「しかし。天下は大きく動くか」
「その様ですな」
 今空には蒼天と白日があるだけである。そしてその白日がだ。これ以上はないまでに強く明るく輝いていた。まるでこの世を変えんとする様に。


第七話   完


                   2010・8・31 
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