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戦国異伝

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第十一話 激戦川中島その十一


「それには」
「できるだけ早く都に行きたいものです」
 そしてだ。謙信はさらに言った。
「関東管領に任命して頂いた御礼を述べねばなりませんから」
「その通りですね。他家ではこのことを笑ってもいますが」
「笑いたい者には笑わせていればいいのです」
 それには構わないというのであった。
「一行に」
「そうされますか」
「今この世が乱れているのはです」
「秩序がなくなったが為」
「足利将軍家の秩序を回復し、です」
「そして誰もが神仏を敬えば」
「それで世は穏やかさを取り戻すのです」
 こう考えるのが謙信であった。彼は己の秩序の中に常に幕府を置き神仏があった。そしてとりわけこの仏を念頭に置いているのであった。
「毘沙門天の御力で」
「そして我が上杉の軍勢は」
「そうです、毘沙門天の軍です」
 まさにそうだというのであった。確信している言葉だった。
「この世の魔を降す軍なのです」
「では。まずは」
「幕府のご威光をないがしろにする北条を罰し」
「はい」
「甲斐の守護でありながら信濃を我がものとし上野にも進出し専横の限りを尽くす武田を討ち」
 そしてであった。
「御仏の心を履き違えている一向宗を懲らしめなければなりません」
「では信濃から来られている村上様や上杉殿が言っておられる」
「所領回復の折には私にも領土をというあれですか」
「あれについては」
「何度も申し上げた通りです」
 まさにそうだというのだった。己の場に正座したままで毅然として語る。
「領土なぞ。いりはしません」
「村上様も小笠原様もそれではと仰っていますが」
「よいのです。この世には領土よりさらに大事なものがあります」
「ではそれこそが」
「はい、義です」
 それだというのであった。
「私はこの世に義をもたらす為に生き、そして戦っているのですから」
「その通りですね。それでは」
「よいですね、これからも我々はです」
「義の為に」
 宇佐美もまた言った。
「戦い続ける」
「そうです。ではこれで」
 謙信は話を終わらせた。そしてであった。
「剣と馬の稽古に入ります」
「わかりました」
「この世は常に戦の中にあります」
 立ち上がってだ。こう語るのだった。
「そして義、義こそがです」
「我等の存在する意義」
「見せてやりましょう、義を知らぬ者達に」
「では」
「はい、この戦国にです」
 謙信が見ているものはそれだった。戦国であってもだ。人はそれぞれ見ているものが違っていた。それは信長にしてもである。
 彼はだ。清洲において帰蝶に言っていた。
「尾張は一つになった」
「はい」
「そしてだ」
 そのことを置いてその上での言葉だった。
「濃よ、そなたの父上のことだが」
「父上ですか」
「そうよ、美濃の蝮よ」
 二人で櫓のところに出て夕刻の赤い空を見ながら話していた。信長はその夕焼けの中で気さくに笑ってみせたのである。明るい屈託のない笑顔である。 
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