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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§16 ペルセウス、もといサルバトーレあとしまつ

「今の貴方の剣閃は、人間(・・)にも劣るよ」

 うんざりと、ドニは腕を一振りする。それは、恐るべき剣筋。神速の剣は、既に護堂と戦い負傷していたペルセウスに回避出来るような代物ではない。サルバトーレ・ドニの一撃で、”まつろわぬ神”ペルセウスはあっけなく消滅した。

「やれやれ。これならまだ黎斗の方が強かったよ、全く。あ、失敗したな。黎斗に倒してもらえば神殺しになったかもしれない。首に縄つけてでも、引きずって来れば良かった」

 色々な意味で間違った考えをしているドニだが、生憎この場にはツッコミが出来る人間も、訂正が出来る人間も存在していない。

「大体弱った神様倒しても権能は増やさない、って釘刺されてたもんなぁ。あーあ、ホント連れてくればよかった。本当大失敗だよ。……あれ? どこで釘刺されたんだっけ? そういえば黎斗が変態だからあまり関わらないほうがいいってどういうことなんだろう。 え? 変態って何処で聞いたんだっけ?」

 黎斗変態説について聞いたのはパンドラに会った時なのだが、彼はそんなことを覚えていない。彼女が黎斗のことを変態呼ばわりしていたのが頭の片隅に残っていたのだ。「戦闘したくなくて逃避行するなんて突然変異の変態よ!」と叫ぶパンドラに引き攣った笑みを返していた、そんな記憶。

「ふーむ。ま、いいや。黎斗が変態かどうかは今度、護堂やエリカ・ブランデッリに聞いてみよう。最悪彼の周囲に聞けばいいかな」

 勝手に納得したドニは、一人その場を後にする。背後でなにやら喧騒が騒がしくなってきているが、彼の知ったことではない。





「ん……」

 エリカ・ブランデッリは目が覚めた。ここがカフェの一角であることを認識した彼女の頭脳は素早く状況を整理し始める。祐理が隣で平和そうに眠っているということは、二人で仲良く寝落ちしてしまったのだろうか。太陽の日差しが心地よい。

「目が覚めたかね」

 男の声に、一瞬硬直した彼女は、顔から血が引いていくのを自覚した。状況を完全に思い出し、失態に動揺してしまう。エリカ・ブランデッリともあろうものが会談の席で眠ってしまうなんて! この場には”王の執事”アンドレア・リベラと”須佐之男命の秘蔵っ子(仮)”水羽黎斗が居るのだ。こんな所で無様な真似は許されないのに!

「申し訳ありません……!!」

「私はあまり気にしていない。まつろわぬ神に加えてあのバカの行動があったのだから疲労が蓄積していて当然だ。寧ろ謝るべきはあいつだろう。……そうそう水羽君は先に帰っていった。なんでも友達を回収するだのなんだのと言っていたが」

 回収、とはあの三馬鹿のことだろう。自分達が危機に陥ったのが原因とはいえ、彼らの行動は自殺行為以外の何物でもなかった。一段落ついたら説教するべきか。それよりも記憶をどうにかしなければ。おそらく黎斗が記憶改竄をやってくれているとは思うが。

「それにしてもこれだけの実力を完璧に隠していたなんて。黎斗、今に見てなさいよ……」

 不気味な笑みを浮かべることで、アンドレアの表情が引き攣っていることに彼女は気づいていない。彼は今まで「こちら側」であることを隠し切ってきた。不審な点は多々あれど、明確な証拠を一切出してこいない。これを彼女は自身の敗北と考える。彼を細かく調査して「異常なし」と判断していたのだから。ここで一矢報いずになんとする。本来ならば交渉で有利に使える手札だが、幸か不幸か今の彼女は年相応の精神になっていた。結果、黎斗 (というより背後の須佐之男命達)はとんでもない地獄に叩き落されることになる。

「って、いけない! 早く護堂と合流しなければ。……祐理、起きなさい。失礼します。アンドレア卿、ご無礼ご容赦を」

 今自分がすべきことは何かを思い出した彼女は慌てて祐理を叩き起こす。駆け足で去っていく少女達を見て、アンドレアは溜息を一つ。

「……なんとか誤魔化せたか」

 彼の顔には、疲労の色が隠しきれないほど滲み出ていた。





「とりあえず黙っててもらえるかな?」

 少女達がすやすやと眠っている隣で、アンドレアと黎斗は対峙する。交渉が黎斗以上に苦手なエルは一人で暢気にグレープジュースを啜っている。口出ししてこれ以上事態が悪化したらとても困るし。

「王の仰せとあらば」

 声を絞りだすアンドレアに、黎斗は更なる追い討ちをかける。

「サルバトーレにも、言っちゃダメだからね。現在、僕が神殺しであることが露見するとしたら貴方経由以外にないんだよね。だから、一発でわかるよ」

 本来ならば須佐之男命ご一行を除きヴォバンともう一人、黎斗がカンピオーネであることを知る者が居る。だがヴォバンからは秘密にする、と言質を取っているから問題ない、きっと。もう一人の方はそもそも黎斗自身が「正体がバレていること」を知らないのだから対処しようがない。

「一応警告しておこうか。もし僕がカンピオーネであるという噂が広まるようならば、北半球根こそぎ焦土にするよ」

「は……?」

 隣でエルが、ジュースを吹き出したが無視。ちなみに黎斗としてはそんな事をするつもりは毛頭無い。ただこう言っておけば確実に黙っているだろう、程度の軽い気持ちである。暴虐で知られている(らしい)後輩達の所業を考えればこれくらい法螺を吹いても大丈夫だろう。と思ったのだがアンドレアの顔色が変だ。流石に北半球は無理があったか? だがここで案を引っ込めるわけにはいかない。ここで引っ込めたら怪しまれること請け合いだろう。

「疑ってる? なんならやってみせようか? 全員合わせても僕の年齢に届かない後輩達をかき集めても防止できるとは思えないけれど。妨害なければ一日で十分だし。地球から人間がほとんど消えるから環境もマシになるよね」

 勝手に暴走して引くに引けなくなった黎斗はとうとう恐ろしい発言をしてしまう。正直、爆弾発言をカバーするために更に自爆している気がする。エルが呆れた視線を向けてくるのだが、どうしようもない。墓穴を掘りすぎたことに気づいたが、後の祭りである。

(頼む、ここで引いてくれ!!)

 ここで「そうですか、ではやってみてください」などと言われたら土下座することになる。すいません調子乗りました、と。各個撃破が出来るならまだしも七人の神殺しと一度に戦おうもんなら勝てるかどうかもわからない。スーリヤの権能を乱発してれば大丈夫だとは思うのだが、太陽に耐性のある神が居たり夜戦う可能性も有る。自分にとって最善の戦法で戦える保障は何処にも無い。逐一邪気を叩きつけていてはキリが無いしロンギヌスでぷすぷす刺すのも馬鹿馬鹿しい。そしてそれらを遥かに上回る最大の問題は大量殺人者になってしまうことである。地球の人口は六十億。人口密度を考えなければざっと半分の三十億は殺してしまうことになる。そんなのは真っ平ごめんだ。黎斗の背中を冷や汗が流れる。

「……かしこまりました。命に代えても、このことは私の心の内に秘めさせていただきます」

 勝った。黎斗は勝負に、勝利した。相手の顔を見るにちょっぴりの罪悪感。

「そう、ありがとう」

 立ち上がって小躍りしたいがそんな様子はおくびにも出さず、彼はアンドレアの方を見る。これ以上ボロを出す前にとんずらしよう。三十六計逃げるに如かず、だ。

「エル、行くよ。スサノオのトコ行って三人を拾わにゃならん」

「了解です、マスター」

 彼女の動きに合わせて紫の長髪がふわりとなびく。柑橘系の香りが漂い、鈴の音がちりん、と鳴った。

「とりあえずここに代金置いておくね。釣りは……あげる」

 これ一度でいいから言ってみたかったんだよねぇ、などと言いながら最古の神殺しは姿を消した。人の技量を凌駕した転移魔法によって。後に残ったのは、拳ほどの大きさの金塊。

「……これで払えと」

 自分のポケットマネーから出して、この金塊は換金しておこう。そう決めたアンドレアは財布から札束を出す。

 少女達に意識が戻るのは、この数分後の事になる。





「あー助かった。ホント、北半球潰さないで済んで良かった良かった」

「マスター、もうちょっと考えてから行動してください。下手したら大惨事だったんですよ。もっともマスターにそんな事出来る度胸があるとは思えませんけど。第一、何発スーリヤの権能を打ち込めば北半球全域焦土に出来ると思っているのですか?」

「……あ」

 まったく考えていなかった。スーリヤの権能で半径十数km以内は焦土に出来る。これを何回繰り返す必要がある?

「えっと地球の面積が……5.10072×10^14㎡か。北半球ってことは単純に半分にして大体2.5×10^14㎡。スーリヤ一撃で半径十km焦土にすると考えて面積は3.14×10^8㎡。ザル勘定で10^14/10^8=10^6だから……ひゃくまん?」

 幽世では必要な情報がすぐに手に入る。地球の面積がすぐにわかるなんて便利すぎる。嗚呼、大学入試もここで受けたい。ここでならどんな入試問題でも満点回答を作成出来る。
 思わずそんな現実逃避をしてしまう。百万なんて単語知らないわからない聞いてない。

「マスター馬鹿でしょ。その計算があってると仮定して、スーリヤの権能を”場所を変えながら”百万回撃てると思ってます? 一日で。妨害以前の問題だと思うんですけど」

スーリヤの権能に呪力を注ぎ込めば性能は向上するはするのだが、怖すぎてそんなの試したことないし上限はわからない。よって通常時で考えているのだが、百万。

「出来るワケがねぇ……」

 物理的に不可能だったのだ。大量殺人者になるのは不可能だったらしい。そう思い安堵する一方、改めてアンドレアに感謝する。ヤケクソになって実行したら人類史に残る大馬鹿者になるところだったのだから。有言不実行にしても趣味が悪い。百万という単語で自分のやろうとしていた事に、今更ながら背筋が冷えた。果たして自分に力があれば本当に実行したのだろうか?

「……やっぱ無理、だな。その場のノリって怖ろしい。帰ったらボランティアでもして道徳やり直すか」

「ボランティアやってそんな道徳が身に付くとは思えませんが……」

 戦慄の会話をしながら主従が目指すのは須佐之男命の屋敷。転移することにより一気に庭までは来るのだが、やはり玄関から入るのが礼儀だろうとの考えにより彼は直接屋内へ転移したことは無い。今回も庭まで一気に転移するつもりだったのだが、気が緩んだ状態で座標を組んだせいだろうか、誤差が山一つ分になっていた。かくして主従は山を越えるのに余計な手間を取る羽目になる。そしてこの時間は、 紅の悪魔(エリカ・ブランデッリ)が一矢報いる準備をするのに十分すぎる時間だった。

「やほー、邪魔するよー。あ、スサノオの眷属ってことで誤魔化してたから口裏あわせヨロシク」

 気楽に構えて須佐之男命の屋敷に入る。普段は黒衣の僧達がいるのに、今日は須佐之男命しかいない。レアな日だ、などと暢気な思考は須佐之男命の怒声に掻き消された。

「黎斗、てめぇざけんな!! ヨロシクじゃねぇよこのボケ!!」

 普段の彼らしからぬ乱雑な口調に黎斗は内心眉を顰める。不良時代の口癖に戻っているということは何かあったのだろうか。

「どしたん?」

「どしたもクソもあるか! 神殺し相手に引き分けるとか何馬鹿やってんだてめぇ。今日だけでどれだけ魔術組織から追求されたと思ってやがる。姫さんまで弁明に現世に出張ってんだぞ」

 須佐之男命の一言は、黎斗の予想を超えていた。もうちょっと緩やかに噂が広まっていく、と考えていたのだがその考えは甘すぎたらしい。

「……マジ?」

「証拠に姫さん達がこの場にいねぇだろうが」

「……早くない?」

「紅の悪魔経由で情報が拡散してやがる。ホントてめぇは……」

 情報の拡散具合が異常なのはエリカのせいらしい。記憶操作で胡坐をかいていたらこれか。彼女らしくない気がするが。

「またイヤがらせしてくれたなオイ……」

「んで、俺たちはもう過労死しそうな位に忙しいんだが? どっかの誰かが滅茶苦茶目立ってくれやがったせいで」

「ごめんなさい」

 こんな状況でもきちんと庇ってくれている須佐之男命一行に沸いてくる罪悪感と感謝。このタイミングで書き物を須佐之男命がしているとなると十中八九自分のことだろう。聞いてみようかとも思ったがあまり引っ掻き回さない方が良いか。ここは三人を引き取ってとっとと退散しよう。

「あ……こっちに転移させた三人は?」

「そこの机の上に麺棒が三本あるだろ。あんまこっちに人間、それもただの一般人連れてくんなよ」

「ごめんごめん。非常事態だった、ってことで勘弁してちょうだいな」

 麺棒になって机の上を転がっている三人を回収。櫛でなく麺棒なのはなんでだろう? ふと疑問に感じるが、答えを須佐之男命にわざわざ聞くのも馬鹿らしい。これ以上迷惑かけないうちに離脱が吉か。

「んじゃ邪魔したね。迷惑かけてるけどよろしく頼むわ」

「おう。茶を出せなくて悪いな。次来た時はいい菓子用意しといてやるよ」

「……期待してる」

 次に来るときは上質の酒を持って来ようと、心に固く決意した。 
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