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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§15 知りすぎた者

「信じられん。あの少年は一体……」

 アンドレアも、エリカも己の目を疑った。
 サルバトーレ・ドニと水羽黎斗は既に十分以上刃を交えている。戦局は、互角。

「もしやサルバトーレ卿、手を抜いていらっしゃいますか? いくら権能を使っておられないとはいえ、互角に打ち合える人間がいるなんて……」

 アンドレアに問いかけるが、正直これで手加減しているなどと信じたくはない。これが手加減なら自分たちへのあの一撃など、彼にとっては手加減どころか児戯に等しいではないか。そう思う一方で、児戯かもしれない、とも思う。彼は剣を極め、ついにはその武を以て神を殺した存在なのだから。武芸においてエリカの上を行くであろう陸家の御曹司も彼の前に何秒立っていられるのだろう。”剣の王”の名は伊達ではない。そんな彼がもし本気ならば、黎斗が互角に戦えることなどありえない。これは黎斗が人間と仮定した場合だが。いくら神降ろしを出来たとしても、剣で神を殺した人間に匹敵する武を修めた人間なんてそう何人もいてたまるものか。

「あのバカは手を抜いているが本気の数歩手前だ。おそらく本気になると自制が効かなくなり権能を使いかねないから意識して抜いているのだろう。いくら降霊術が使えたところで人間が張り合える領域では、ない」

 予想はしていたが、これでも手加減なのか。この戦いは見るものが見れば目を奪われるような素晴らしい勝負なのだろう。だがエリカではその速すぎる動きに目が追いつかない。不可能な体勢から一撃を繰り出し、無数に放つフェイクの中に、必殺であろう一撃を流れるように描き出す。何十手も後になってから気づく挙動。全てが速く、重い。そんな常軌を逸した技の数々。そこまで考えて、ふと痛みが消えていることに気付く。

「……あら?」

「大丈夫ですか? エリカさん」

 暖かな光に振り向けば、戒めを解かれた祐理とエルと名乗る少女の姿。エリカが動けるようになったのがわかると、祐理はエリカの治癒をやめてアンドレアの縄を解きに向かう。

「純粋な武術ならばマスターとサルバトーレ卿の実力はほぼ互角。権能を使われない限りしばらくこの拮抗は続きますが、権能を使われると収拾がつかなくなります。私たちがここにいる限り、マスターはサルバトーレ卿と交戦せざるを得ません。よって私たちは全員一回退却します。ご理解をお願いします」

 エルの提案は、この場にいてもどうしようもないのだから間違ってはいないだろう。黎斗は彼女にえらく信頼されているようだ。カンピオーネ相手なのに敗北を全く考慮されていない。

「私達はこの事態の解決をして速やかに護堂の援護に行かなければならないの。……と言っても私達では何も出来ないわね。わかったわ、いったん引きましょう。護堂が悲しむでしょうしここで黎斗を殺されるわけにはいかないわ。」

 エルと会話しているエリカは、とうとう「収拾がつかなくなります」という言葉の真の意味に気付くことはなかった。彼女は「ドニが権能を用いると黎斗を殺してしまう。そうなると後の事態の収拾がつかなくなる」と最後まで思い込んでいたが、エルの真意は「権能合戦になって最悪周囲が焦土になる」である。普段なら気付いたであろう違和感に気付けなかったのは、日常でどんくさいところしか見せていない(体力測定だと彼は学年最下位組の一人だ)黎斗がドニと互角に打ち合う光景を見ていたからだろう。ギャップが大きすぎたのだ。

「この事態とはなんですか?」

「あら、貴女気付いていなかったの? この周囲一帯に今結界が張られているのよ。効果は文明レベルの衰退。結界内では電化製品などが使えなくなるわ。せめてあの板だけでも破壊できればよいのだけれど、おそらく私たちに臨戦態勢のサルバトーレ卿の索敵能力を超えられるとは思えないわ」

「はい……はい、了解です。御武運を。……エリカさん、今の内容を念話でマスターに連絡しました。私たちの撤退後に破壊を試みるそうです」

 あの”剣の王”を相手に戦いながら他の人間と念話をする余裕まであるなんて、そう思ったが疑問は呑み込む。今はそんなことを考えている時間も惜しい。

「……詮索はあとね。今は頼らせてもらうわ」





「参ったな。自覚してなかったけど相当鈍っているみたいだ」

 全盛期なら、容易く勝てただろう。二刀流で互角、槍でなら快勝、といったところか。しかし、今の身体では動きが追いついてこない。模擬戦だけで実力の維持はやはり厳しいらしい。負けることはまずないが、楽に勝てる相手でもなさそうだ。
 幾度目かの交差、自分の弱体化を目の当たりにし黎斗は密かに口を噛み締める。周囲から見ればこれは破格の大健闘。なにせ欧州最強の剣士と張り合っているのだから。
 だが、これでは駄目だ。一番得意な槍でこの有様ではひどすぎる。圧勝とはいかなくても優勢に立ち回れるくらいの力量を有して無くてはこれからが思いやられる。黎斗の権能は安定した単体攻撃権能が存在しないのだから。邪眼や流浪の守護といった安定した守りはあっても攻撃は日中専用の広域殲滅だったり夜限定の邪気波動だったりして不安定だ。今回だって相手の後ろにある変な板を武術で破壊せねばならない。四人が撤退し、更に結界を破壊されればいかに天性の負けず嫌いとはいえ諦めるだろう。というか、諦めてくれないと困る。黎斗は殺人者になって警察の厄介になりたくはない。

「……そろそろいいでしょうか? 腕試しならこれで十分かと存じますが」

 その言葉と共に、ロンギヌスを一閃。全盛期ならサルバトーレの持つ剣を吹き飛ばしたであろう一撃も、今の彼ではそこまでの成果を発揮できない。楽に止められ、弾かれた。しかし、それも織り込み済みだ。弾かれた勢いを利用し、背後へ跳躍。結界の中心と思しき板切れを串刺しにする。四人の逃亡は確認済み。これで諦めてくれるといいのだけれど。

「あ……」

 ドニの一言と同時に、結界の破壊される感覚。このはた迷惑な結界は効力を失った筈だ。

「……やれやれ、ここは大人しく引こうか。いつの間にかみんな逃げちゃったし板も割られちゃったし。悔しいけどこれは僕の負けかなぁ。流石に”本気”になっちゃうワケにはいかないしね。それにここで時間を食って護堂vs神様(メインディッシュ)に間に合わないのはとっても困る。だからこれで妥協するよ。あぁそうそう、君名前は?」

 剣を収めるサルバトーレ。残念そうな台詞の癖に嬉々とした表情を浮かべ王は尋ねる。

「水羽黎斗と申します、王よ」

「うん、黎斗か。面白い少年も発掘できたし成果は上々ということにしとこうかな。本当に護堂の周りは面白い。じゃあね」

 去っていく彼を見届けて、黎斗は四人の後を追う。エル達の位置は念話でだいたい判明しているので問題はない。あるとすれば、ただ一つ。

「後始末、めんどくせぇ……」

 思わず口に出してしまう。エリカと祐理だけならディオニュソスによる洗脳でどうにでもなるのだが、眼鏡の男の存在だ。
 酒の神にして死と復活の神、ディオニュソス。ディオニュソスの密儀は女性信者のみに許され、男が参加するには女装するしかなかったという。密儀で踊り狂う女性は尋常でない力を誇り、自分の息子の判別すら出来ない程に狂わされることになる。ここにある彼の力の一部を用いる。ここまで聞けばアイスマンがなぜ問題なのかわかるだろう。この神、なんと権能が女性限定なのだ。

「……まぁ、美少女侍らす後輩君(カンピオーネ)が増えなかっただけマシか。護堂以外(あれいじょう)に居たら迷惑すぎる」

 一人による多数の美女独占、という人生格差が広がらなかったことを喜ぶべきか。はてさて洗脳できなかったことを嘆くべきか。能力を使うたびに「女性限定の能力。手加減で完全洗脳、全力で精神破壊とかねーよ。しかも声聞かせるか相手見れば即発動って下手なエロゲーも真っ青だなオイ」などと黎斗が言うのも無理はあるまい。ドニも護堂みたく周囲の人間が女性だけだったなら、こんな誤魔化すことに苦労しなくてすんだのに。そしたら全部洗脳で解決、という手段がとれる。聊か外道な気もするけれど。

「あーあぁ。権能使ってないし誤魔化せるかな……」

 出来ることなら行きたくない。お母さんに0点のテストを見せる子供の気分だ。避けられない追及を想像し、回避の方策を考える。ドニの言っていた「護堂vs神様」のことなどもう頭の外だ。黎斗の足取りは亀のようだった。





「羅刹の君、本日はお助けいただきありがとうございました」

「……」

 開口一番に言われたのは、祐理からの感謝。だがそこには、聞き捨てならない単語が入っている。

「えーと、万里谷さん? 羅刹の君って」

「エルさんに全て教えていただきました。勝手に事情をお伺いしてしまい申し訳ありません」

 祐理の言葉に口が外れた。黎斗はすごい速度でエルの方をを見る。

「エルー!?」

「ご、ごめんなさいぃ…… エリカさん相手に隠し通すのは無理でした……」

 駆け引きになれていないエルは黙秘以外の行動をとらずポーカーフェイスも出来るわけではない。そんなエルが権謀術数に優れるエリカ相手に情報を隠し通すのはやはり無理だったようだ。驚きを素直に顔に出してしまう時点で、敗北は決定していた。彼女ならばエルの表情の一つ一つから見破ることも不可能ではないだろう。大人しく白旗だ。

「はぁ……負け、か。では改めて自己紹介。かなり昔に神殺しになりました、水羽黎斗です。おそらく現存する同胞の中では最長なんじゃないかな? 異名っぽいのもあったけど、それを呼ぶ者はみんな死んでると思う。何世紀も前の話だし。だから普通に呼んでもらって構わない。あぁ、この話オフレコね。口外しないで。あと録音とか盗聴も禁止の方向でよろしく。普段と同じように接してちょうだいな」

 あっけらかんと答えてみる。今まで必死に隠してきたのだ。もっと隠すと予想していたのだろう。呆気にとられる三人の様子を見て、思わず彼はニヤリと笑う。そんな微妙な空気の中で、果敢にエリカが切り込んでくる。

「御身が我らの王、草薙護堂の周囲にいるのはなぜでしょう?」

「友達だからねぇ。正体を告げないのは護堂が”僕”の存在を知って安心することを防ぐためって理由もあるんだよ? 気の緩みは死を招く。もうちょっと強くなったら言おうかな。今僕の存在を知らせることはマイナスにしかならない。もっとも、僕が魔術結社とあまり関わりたくない、という理由の方が大きかったりはするのだけれど」

 護堂と敵対する、と答えたらどうする気だったのだろうか。いや、考えるだけ無駄か。そうしたらこの少女達は確実に黎斗を敵と見なすだろう。

「……さて、重要情報大安売りしたワケですが」

 がらり、と黎斗の雰囲気が変わる。彼女たちにこの権能を使いたくはなかったがやむを得ない。知り合いに対する精神操作を嫌がっていたら今までの苦労が水の泡だ。精神を破壊しないように加減。宝石店での換金作業やらアパートの手続きやらでお世話になった権能。ディオニュソスの力の一端を発動させる。

「我は心を汚す者。全てを忘れて(・・・・・・・)? 僕は神の力(・・・・・)をその身に移す(・・・・・・・)事のできる一般人(・・・・・・・・)ただそれだけだよ(・・・・・・・・)?」

 葡萄酒の色に染まる黎斗の瞳。色が鮮やかになっていく彼の瞳と対照的に、少女たちの瞳はだんだん虚ろになっていく。彼の言葉が途切れると、糸の切れた人形のように二人は机に突っ伏した。本来ならば意識を奪う必要はないのだが、これからの会話を聞かれるわけにはいかない。

「これで二人に関しては終了。彼女たちの記憶は封印した。僕が公開する日まで、今日の出来事は偽りの記憶で彼女たちの中に残り続ける。……さて、本題に入ろうか。貴方の、名前は?」

 そう言ってアンドレアの方を向く黎斗。カンピオーネの視線を受けて、王の執事は僅かに震えた。 
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