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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第2章】第一次調査隊の帰還と水面下の駆け引き。
   【第2節】ナカジマ家、トーマとメグミの物語。

 
前書き
 この節では、「プロローグ」の方でスッ飛ばした「事件後のトーマの心情」について、改めて少しばかり描写しておきました。内容的には、『この節はForceの後日譚を兼ねている』といった感じになります。 

 


 さて、ここで話は変わりますが……ゲンヤ・ナカジマ(66歳)は、今も元気に陸士108部隊の部隊長を務めていました。
 六年ほど前には、ミッド地上本部「陸士隊統括局」のオーリス・ゲイズ・ラムロス二佐から陸士隊統括局への転属(栄転)を打診されたこともあったのですが、彼は根が現場主義の人間なので丁重にそれを辞し、その年の春に階級だけは二佐に昇進しています。

 思い起こせば、彼が17歳で管理局員となり、故郷を離れたのは、もうかれこれ半世紀ちかくも前のことです。
 以来、彼はほとんど仕事中毒のように働いて、働いて、働いて……魔力を持たない者なりに地道にキャリアを積み上げて……ふと気がついた時には、もう独身のまま30歳を過ぎていました。
 ゲンヤの上司はその状況を見かねて、自分の妻の姪(姉の末娘)にあたる女性を彼に紹介しましたが、それがエルセア出身のクイント・パリアーニ(当時、19歳)でした。

 当時、彼女はまだ入局して3年目の新人陸士でしたが、昔からIMCSで活躍していただけのことはあって、配属先のゼスト隊では早くも、メガーヌとともに「将来のエース」と期待されていました。
 年齢は12歳も離れていましたが、それでも二人は意外なほどに気が合い、翌61年にはめでたく結婚しました。クイントは「遺伝子の異常による先天的な卵巣の機能不全」で、生まれつき子供は産めない体でしたが、それも承知の上での結婚です。
 実際のところ、ゲンヤにとって、彼女との六年余に(わた)る家庭生活はとても幸福なものでした。
 そして、ゲンヤは64年にはギンガとスバルを養女に迎え、67年に妻と死に別れた後、75年の11月には元ナンバーズの四人をも新たに養女に迎えました。
 さらに、81年の12月には、ゲンヤはトーマをも養子に迎えたのですが……彼は当初、生きる気力そのものをすっかり失ってしまっていました。

 出逢いから別れまで、彼が「リリィ・シュトロゼック」とともに過ごした日々は、せいぜい半年たらずでしかありませんでしたが、それでも、その短い日々のうちに、彼女はトーマにとって、もう単なる「融合機」などではなく、ほとんど「伴侶」と言って良いほどの存在となっていたのです。
 それなのに、リリィはあの日、彼の目の前で、彼を救うためにみずからの命を投げ出しました。
 原初の種(エクリプスウイルスを生み出す種母体)を消滅させるため、トーマはリリィと一緒に死ぬと「覚悟」を決めて特攻したのに、リリィは土壇場になって突然、一方的にリアクト状態を解除し、こう言って彼の身をバリアで包んで突き放したのです。
《私、解ったの。私は元々「このために」生まれて来たんだって。今までありがとう、トーマ。私はあなたとともに時を過ごすことができて、本当に幸せだったわ。……私はもうここでお別れだけど……どうか、お願い。あなたは、私の分まで生きて……。》
 そこで爆発に呑みこまれて意識がぷっつりと途切れ、次に気がついた時には、トーマはもう病院のベッドの上でした。
 何もかもが終わって、もう何日も経った後のことでした。

 エクリプスウイルス感染の方も、すでにシャマルたち医療チームによる治療が完了していたのですが……それでも、トーマは当初、自分が無事に生きているということを、素直に喜ぶことすらできませんでした。
 リンカーコアも損傷し、昔から使えていた魔法も全く使えなくなってしまっていましたが、今のトーマには、それすらも「もうどうでもいいこと」でしかありませんでした。
『どうして、自分は生き残ってしまったのだろう?』
『リベルタでは、何の罪も無い人々が何万人も死んでしまったのに。他の感染者たちもみんな、みんな死んでしまったのに。そして、リリィまでもが死んでしまったのに! どうして、自分だけがおめおめと生き残ってしまったのだろう?』
 体の傷が癒えて退院し、正式にゲンヤの養子になってからも、トーマはずっとそんなことばかりを考え続けていました。
 日常生活の中でも唐突に記憶が(よみがえ)り、食事中だろうが会話中だろうが()構い無く、何の前触れも無しに、いきなり両眼からどうしようもなく涙が(あふ)れ出してしまう。そんな「発作」が、もう毎日のように続きました。

 ナカジマ家の六姉妹は、みな揃ってそんな「弟」の身を案じましたが、ゲンヤはあえて娘たちに『(つと)めて、トーマには干渉しないように』と言い含めました。
 実のところ、ゲンヤ自身もクイントに先立たれてしまった時には、しばらく誰の言葉も聞きたくなどなかったからです。
「しばらくは、そっとしておいてやろう」
 父親であるゲンヤにそう言われれば、あえてそれに逆らう養女(むすめ)は一人もいませんでした。
 しかし、当時のゲンヤには、まだ妻の死因を究明するという「使命感」がありました。ギンガとスバル、二人の娘という「生きがい」もありました。
 でも、トーマには、それすらも無いのです。
 年が明け、やがて春が終わる頃には、トーマはもう「外見的には」普通の生活が送れるようになっていました。夜には眠り、朝には起きて、食事も普通に取り、多少の受け答えならば「表面的には」普通にできるようになっていました。
 それでも、その頃のトーマは端的に言って、『リリィに「私の分まで生きて」と言われてしまったから「仕方なく」生きているだけ』といった状態でした。
 いや。『ただ生きているだけ』と言うよりも、むしろ『まだ死んでいないだけ』と言った方が、より的確な表現なのかも知れません。
 いくら体の傷が()えても、心の傷はなお癒えぬままでした。

 そうした状況が変わったのは、それからさらに一年後、新暦83年の6月に、メグミがナカジマ家に来てからのことです。
 無事に包帯やギプスが取れた後も、メグミはしばらくの間、車椅子での生活を余儀(よぎ)なくされました。事故の後遺症で、手足も口もまだあまり満足には動かせなかったのです。
 それでも、わずか13歳の傷だらけの少女は、ぎこちなくも懸命に、前向きに生きようとしていました。
 他の家族はみな普通に働いているので、平日の昼間に家にいるのは、基本的にトーマとメグミだけです。彼女のすること一つ一つがどうにも危なっかしく見えて、トーマはしばしば「仕方なく」彼女の世話を焼きました。
「お前……なんでそんなに笑っていられるんだよ?」
 或る日のこと、メグミはほとんど(なじ)るような口調でそう問われて、トーマの境遇もよく知らぬままに、まだ少したどたどしい口調でこう答えました。
「だって……私が、泣き暮らしていたら、父さんや母さんの身魂(みたま)も、きっと安らぐことが、できませんから。……それに、私は弟や妹の分まで、元気に生きていかなきゃ、ダメなんです。あの子たちも、きっとそれを、望んでくれているはずですから」
 それを聞いて、トーマはようやく我に返りました。自分はこの一年半、一体何をしていたのだろうか、と。

 自分より四つも年下の女の子が、家族をすべて失ってもこんなに前向きに生きているのに、自分ひとりがいつまでも「(おの)が不幸」に酔い続けていて良いはずがない!
 融合機にも魂があるのかどうかなんて解らないけれど、もしあるのだとしたら、リリィは今、こんな自分を見てきっと嘆いているだろう。トーマは思いました。もうこれ以上、彼女の魂を悲しませないためには、自分は一体どうすれば良いのか、と。
 もちろん、答えは最初から解っていました。
 頭では、そんなことぐらい最初から解っていたのです。
 ただ、心が哀しみに黒く塗り潰されてしまっていて、その答えを心の奥底にまで届かせることができなかったのです。彼はただ、最初の一歩を踏み出すための「力」が得られずに、その場にただ立ち止まっていただけだったのです。
 暗闇の中でずっと立ちすくみ続けていたトーマの心は、小さな光を見つけて今ようやく歩み出しました。それは、本当に小さな光でしかなかったけれど、それでも、真っ黒に塗り潰された深い闇の中では大きな「力」を持つ光でした。
「そうだな、メグミ……。お前の、言うとおりだ……」
 トーマは、たったそれだけの言葉を、やっとのことで(しぼ)り出しました。
 その時、義理の兄がどうして突然、涙ぐんでしまったのか。メグミがそれを理解できるようになったのは、それから何か月も経って、ゲンヤから彼の境遇を聞かされた後のことでした。

 トーマ(17歳)はまず、メグミがいずれ復学することを見越して、(父や姉たちが誰かしら家にいる休日を利用して)7~8月のうちに急いで車の免許を取りました。
 メグミも8月の末には、ようやく車椅子なしで、松葉杖だけでも歩けるようになったので、9月からの新学期開始に合わせて、最寄(もよ)りの(それでも、ナカジマ家からは少々距離のある)普通科学校の中等科に2年生として転入しました。
 あの事故から何か月かは休学していた形ですが、元々成績の良い子なので、学業の方は全く心配ありません。
 そして、トーマは以後、丸一年半の間、「無職のまま」毎日、欠かすこと無く、喜々としてメグミを車で中等科の学校まで送り迎えするようになったのでした。

 メグミは、元々が両親の第一子だったからでしょうか。
 実のところ、彼女は物心つく前からずっと、両親から『あなたはお姉ちゃんなんだから』という叱責めいた言葉ばかりを聞かされて育ちました。我儘(わがまま)の一つもマトモには言えぬままに、『人生とはこういうものなのだ』と諦観して育ちました。
 しかも、彼女の両親は元々「駆け落ち」も同然に結婚を強行した夫婦で、その後も「親戚づきあい」というものを一切して来なかったため、彼女の周囲には「何かしら手を貸してくれる祖父母やオジオバ」のような親族も、一人もいませんでした。
 要するに、彼女は今まで、あまり他人(ひと)に甘えることなく、我慢ばかりして生きて来たのです。

 メグミが、『実家ではともかく、ここナカジマ家では自分は「末っ子」なのだから、自分は父や姉たちや兄に、もう少しぐらいならば甘えても構わないのだ』と自然に思えるようになったのは、実のところ、8月に入ってからのことでした。
 それでも、最初のうちはどうにも「距離感」がつかめず、少し腰の引けた「遠慮がちな甘え方」しかできなかったのですが、ナカジマ家の人々がみな本当に自分のことを大切に思ってくれている人ばかりだと解ると、ようやくもう少し突っ込んだ「相手にも満足してもらえるような、上手な甘え方」が出来るようになりました。
 それで、彼女はしばらくの間、小児(こども)の頃の不足分を埋め合わせるかのように「少し精神年齢の低い甘えっ子」のようになっていました。
 特に「お兄ちゃん」に対する甘え方は少々度を越しており……。
 学校ではすぐに友人もできましたが、仲の良い友人から『メグミのお兄さんって、カッコ良いよネ。ちょっとシスコン気味だけど』などと軽くからかわれても、『うん。でも、それぐらいでちょうどいいの。私もちょっとブラコンだから』と笑って返して、友人たちからは『アンタ、それ、自分で言っちゃうの?』と(あき)れられてしまう、などといった場面もありました。

 選んで悪く言うならば、この頃のトーマとメグミの関係性は、確かに「軽度の共依存」だったのかも知れません。
 しかし、世の中には「毒を薄めて造った劇薬」でなければ治せない病気もあるのです。
 もちろん、劇薬である以上は、処方を正しく守って副作用が出ないように細心の注意を払う必要があるのですが、その点に関しては、父親と六人の姉たちが上手に取り(はか)らってくれました。
 その結果、メグミも中等科を卒業する頃には、もうあまり「小児(こども)じみた甘え方」はしなくなりました。「現実に小児(こども)だった頃」の不足分が、もう充分すぎるほどに補われたからです。


 そして、新暦85年の4月。
 メグミ(15歳)が最寄(もよ)りの(ナカジマ家からは徒歩(とほ)でも楽に(かよ)える距離にある)普通科学校の高等科に進学すると、トーマ(19歳)はようやく運転手の役を()めて、就職活動を始めました。
 5月の末には、ノーヴェがプレジャーランドでの無差別テロ事件に巻き込まれて「瀕死の重傷」を負い、一時的に『就職活動どころではない』という状況に陥ってしまいましたが、それから一か月もすると、ノーヴェは無事に生体ポッドから出て、病院でリハビリを始めました。
 トーマが病院へ見舞いに行っても、ノーヴェからは逆に、『お前は、私の心配なんかしてる暇があったら、もう少しマジメに自分の将来の心配をしろ』などと説教をされてしまいます。
 言われてみれば、確かにそのとおりでした。トーマは今も「リンカーコアが回復するのは、まだ何年も先の話」という状況で、当分は「魔法を全く使えない普通の人間」として生きてゆかねばならない身の上なのです。
 だから、もちろん、管理局に入ったとしても、もう「特務六課」の頃のような特別な職務に就くことはできません。

『いっそ、全く別の職業に』とも考えましたが、結局のところ、ゲンヤの紹介もあって、トーマはその年(85年)の10月から最寄(もよ)りの陸士隊の事務員に採用されました。デスクワークばかりの地味な仕事ですが、それでも、月々の定収入があるのは良いことです。
 今にして思えば、トーマもメグミも、この頃にはもう「気持ち」は決まっていたのでしょう。それから一年半ほど経って、トーマもようやく仕事に慣れて来た頃には、メグミも二年制の高等科を卒業して、新暦87年に二人はそのまま結婚しました。式場の都合などもあって、挙式は7月までズレ込んでしまいましたが、それ以外には何の問題も無い円満な結婚です。
 結婚式には、なのはを始めとする元特務六課の面々も、「ドナリムでの一件」を片付けてから、アインハルトやヴィヴィオたちとともに駆けつけてくれました。

【単なる字数の都合ですが、ここで一旦、切ります。】


 
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