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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
   【第3節】新暦89年の9月以降の出来事。



 ところで、八神提督はもう4年ちかくも前から、『御座艦(ござぶね)〈ヴォルフラム〉の改修に備えて、もう一隻、自分専用の艦が欲しい』と〈上層部〉に申請していた訳ですが……。
〈バルギオラ事変〉の早期解決に対する褒賞(ほうしょう)のつもりでしょうか。
管理局の〈上層部〉はこの年の9月になって、ようやく彼女の申請を許可し、「試験的に」建造された最新鋭の小型高速艦〈グラーネ〉を彼女に与えました。通常の150%の速度で巡航することができるという高性能艦です。
(あえて悪く言えば、「試しに造ってみたはいいが、いかにも『燃費』と『使い勝手』の悪そうな(ふね)」をはやてに押し付けました。)

 一方、ブラウロニアの「かつての従者たち」も、ミッドに帰化して管理局に入ってからは、みなそれぞれに次元航行船の乗組員になっていましたが、はやてたちの指導の(もと)に、今では全員が特定の技能や資格を身に付けていました。
 すべては、「この日のため」だったのです。
 はやては、今や直接の上司であるクロノ中将の了承の許に、しばらく〈ヴォルフラム〉の副長として経験を積ませていた「腹心の部下」ブラウロニア三佐(23歳)を、新たにこの〈グラーネ〉の艦長に任命しました。そして、彼女のかつての従者たちを、再び彼女の許へと呼び集めます。
 こうして、高度なステルス機能をも(あわ)せ持った漆黒の(ふね)〈グラーネ〉は、八神提督の密命に従って動く「特務艦」となったのでした。


 また、この9月から10月にかけて、はやては特務艦〈グラーネ〉の「ならし運転」を兼ねて、ブラウロニア艦長を始めとするコリンティア人の乗組員たちとともに幾つかの世界を()(めぐ)りました。
〈本局〉からまずはミッドに行き、地上でいろいろなモノを買い揃えてから、その次に立ち寄ったのはカルナージです。
 はやてはルーテシアに連絡を入れてから、〈グラーネ〉を軌道上に残したまま、ブラウロニアとともに転送でアルピーノ島に上陸し、続けて「ミッドで買って来た小型の貨物車両(軽トラ)」をも上陸させました。みずからその車両を運転して、そのまま二人でルーテシアの「秘密の別荘」を訪ねます。
 軽トラの積み荷は、もの凄い量の出産祝いでした。随分と遅くなってしまいましたが、ジークリンデの分も合わせて、三人分です。
 はやてが祝いの品々を車両ごとルーテシアたちに贈呈すると、ルーテシアは丁重に礼を言って、まずは二人を自分の別荘の中へと招き入れました。

 そこで、はやてはルーテシアとファビアとジークリンデに改めてブラウロニアを紹介し、それから、三人ははやてとブラウロニアに自分たちの子供を紹介しました。名前は、ジークリンデの娘がヴァルトラウテ・エレミア、ルーテシアの娘がクレオ・ディガルヴィ・アルピーノ、ファビアの娘がレグナ・クロゼルグ・アルピーノです。
 続けて、ルーテシアははやてに、「ヴィクトーリアたち三人が、先月の下旬までこちらに滞在していたこと」や、「二か月ほど前には、エリオとキャロもお祝いに来てくれたこと」や、さらには「この春、エリオはヴァラムディ・ジョスカーラと、キャロはその弟フェルガン・ジョスカーラと、それぞれに婚約したが、その姉弟の希望もあって、翌年の春には、その二組の若夫婦はこちらに転居して来る予定であること」などを伝えました。

 ルーテシア「当分の間、あの二人は、カルナージ地上本部の『離島警邏隊』に所属、という形式になるだろうと思いますので、よろしくお力添えください」
 はやて「私に何か人事権がある訳やないけど……まあ、移住に伴う『転属願』やったら、拒否されることも無いやろうし、私も口添えぐらいはさせてもらうわ」
 ファビア「となると……私やルー(ねえ)は産休明け、年度明けぐらいに原職に復帰するとして……残る問題は、ジークさんの就職先ですねえ」
 ジークリンデ「いつまでもタダ(めし)ばかり食わせてもらっとったらアカン、というのは解るんやけど……(ウチ)にできることって、何かあるんかなあ? 永久追放処分を受けとるから、もうミッドへ行くこともできへんし……。受けた恩はキチンと返したいとは思うとるんやけど」
 ルーテシア「まあ、それはあまり気にしてくれなくても良いわよ」
 ブラウロニア「特別な能力(ちから)をお持ちだと(うかが)いましたが、(あるじ)の方で、何か特別な運用はできないのですか?」
 はやて「私も准将に昇進できたら、『将軍特権』とか使えるんやけどなあ。……まあ、その件については、私の方でもいろいろ考えとくわ。ジークは、子育てしながら、もうちょい気長に待っとってや」

 そうした会話の後、はやてとブラウロニアは帰途に就き、その屋敷の前から転送で軌道上に待機していた〈グラーネ〉に戻りました。
 それから、さらに幾つもの世界を()(めぐ)り、10月も半ばになってから、一行は〈グラーネ〉の「ならし運転」を終えて〈本局〉へと帰投します。
 その頃から、はやての中では、一連の「構想」が形を成しつつあったのでした。


 それから、同10月の下旬のことです。
ナカジマ家では、トーマとメグミが息抜きに「二人だけでお出かけ」をした日がありました。
 出産後の育児という作業は、基本的に「休日無しの24時間労働」です。本来、『ワンオペでこれを「完璧に」やり遂げる』というのは、普通の人間には無理な話でしょう。
 メグミの場合は、ディエチやノーヴェが作業の多くを分担してくれたおかげで、身体的な負担はかなりの程度まで(おさ)えられていたのですが、それでも、心理的なストレスは確実に蓄積されていきます。
 それで、見かねたノーヴェが、メグミには『サトルのことは私に任せて、お前は一日、トーマと二人で遊んで来い』と言い聞かせ、トーマには『その日は朝から晩まで、お前はメグミのことだけを考えて、メグミのためだけに動け』と言い含めて、二人を家から追い出すことにしたのでした。
 幸いにも、その前日にはミウラの側から『少しお話したいことがあるのですが』とメールが来たので、ノーヴェは自分の側の事情を伝えた上で、『用があるなら、明日にでもこちらの家に来い。そして、育児を手伝え。(笑)』とメールを返しておきました。
 そうした経緯(いきさつ)があって、その日は、トーマ(23歳)とメグミ(19歳)が久しぶりのデートに出かけた後に、ミウラ(22歳)がヴィヴィオ(20歳)を伴って、ノーヴェ(戸籍上、27歳)とサトル(満5か月)の許を訪れたのでした。

 ミウラは今も、双子のファルガリムザ姉妹(17歳)との同居生活を続けていました。
 それで、リグロマ(32歳)は『私から直接に頼んでも、なかなか素直に聞いてはもらえないだろうから』と、その姉妹を(つう)じてミウラに、ノーヴェへの言伝(ことづて)を頼んでいたのです。
 ミウラは『昨年には、アンナが引退して、ジュゼルが初出場して』とか、『ファルガリムザ姉妹は、去年に続いて今年も上位入賞を果たして』などといった「ナカジマジムの現状」を長々と語りましたが、要するに、リグロマからの用件は「ノーヴェへの復職の勧誘」でした。
 確かに、ノーヴェの側には『途中で会長職を投げ出してしまった』という「()い目」があります。正直なところ、リグロマに対しては『いきなり何もかも背負わせてしまって、申し訳ない』という気持ちもあります。
 しかし、それでもなお、ノーヴェの中には「復職」という選択肢はありませんでした。ただ、『その理由を言葉で説明しろ』と言われると、ノーヴェ自身も困ってしまいます。

「私も決して弁の立つ方じゃないから、言葉では、自分でも自分の内面をあまり上手くは説明できないんだが……まず、ひとつには、この体の問題だなあ」
「え? もしかして……もう昔のようには動けないんですか?!」
「いや、そんなことは無いよ。リハビリは完璧にできた。ただ……私の体は元々、半分以上が機械で……四年前の一件では、生身の部分も相当に傷ついたから、自分の細胞から培養した臓器とかで補って……結局、体積で言うと、全身のほとんど『三分の二』ちかくを一度に取り替えたんだけどな」
 ノーヴェはそこでふと自分の右手をじっと見つめて、指を閉じたり開いたりしながら言葉を続けました。
「それ以来、自分でも時おり思うんだよ。例えば……もう見分けはつかないけれど、この右手は、昔の右手とは『別の右手』なんだなあって」
(ええ……。)

「だからどうした、と言われると、私も困るんだが……体が丸ごと新しくなったんだから、私自身も何か新しいことをしなければ……といった『強迫観念』のようなものが、今も心の奥底にへばりついているんだよ。
 いや。こんなことを言っても、『体の大部分を一度に取り換えた経験』が無い人には、ちょっとピンと来ないだろうとは思うんだけど……」
(そんな経験、ノーヴェさん以外の人にはありませんよ……。)
 ミウラは、75年当時のチンクについては何も聞かされていなかったので、思わずそう考えてしまいましたが……もしかすると、『体を取り替えた拍子に、気持ちまで切り替わってしまう』というのも、戦闘機人にとっては特に珍しいことではないのかも知れません。

 一拍おいて、ノーヴェはさらにこう語りました。
「それと、もうひとつには、見てのとおり、育児の問題がある。トーマもメグミも、ほんの数年前までは『理不尽に不幸な境遇』に置かれていたからな。あの二人には、何とか幸せになってほしいんだよ。ジムの方も、指導員やトレーナーが『現実に足りていない』という訳じゃないんだろう?」
「それは……まあ、そうですが……」
「それから……こういう言い方をすると、ヴィヴィオには嫌がられるかも知れないけど……思い起こせば、12年前の夏、まだ8歳だったヴィヴィオにストライクアーツを教え始めたのが、そもそもの始まりだった。しかし、今になって冷静に考えると、あれは本当に、ただの成り行きであって……少なくとも、あの段階では、何かきちんとした予定や計画があった訳じゃない。そう考えると、私がジムの会長になったこと自体も、ただの成り行きだったんだよなあ」
(いや。それもまた、そうかも知れませんけど……。)
「まあ、そんな訳で、悪いが、その申し出は辞退させてもらうよ」

 こうして、リグロマとミウラによる勧誘は不発に終わりました。
 すると、まるでそのタイミングを見計(みはか)らったかのように、サトルが不意に泣き出します。
 ミウラとヴィヴィオは『一体何事か』と驚き慌てましたが、ノーヴェは全く平常心のまま、実に手慣れた様子でサトルのオムツを取り換え始めました。
「お前たちも、よく見とけよ~。そのうち、自分でもやることになるんだからな~」
 ノーヴェはほとんど「嫌がらせ」のような口調で、ミウラとヴィヴィオに笑ってそう言い放ちました。未婚のミウラは「赤子のウンチ」にドン引きですが、既婚のヴィヴィオは身を乗り出して、オムツ交換の様子を詳しく観察します。

 その作業が終わって、一息(ひといき)つくと、今度はヴィヴィオがノーヴェにこう問いかけました。
「ところで、話は変わるけど……ノーヴェは、自分では産まないの?」
「私も、そろそろアラサーだからなあ。考えたことが無い訳では無いんだが……」
 そう答えながら、ノーヴェは一昨年、クイントの20回忌でクイントの両親と会った時のことを思い起こしていました。
聞くところによると、新暦80年9月にカルナージで合同訓練をした際には、ファビアもこれを指摘したそうですが、クイントのクローンは三人もいるのに、その中で「子を産める体」を持っているのは、ノーヴェだけなのです。
(ギンガとスバルは「()のクローン」なので、オリジナルのクイントと同様に、遺伝子の異常によって先天的に卵巣が機能不全を起こしてしまっているのです。)
 クイントの両親にも、できれば「遺伝上の孫」の顔を見せてあげたい。ラウロとカーラに会って以来、ノーヴェは心の片隅でそんなことも考えてはいました。
 考えてはいましたが、正直な話、良い相手が全く見つかりません。

「実のところ、大半の男は、うちの父さんに比べると、見劣りするんだよなあ」
「昔、ファラミィがよく言ってたけど、やっぱり、自分の父親よりランクの高い男を求めるのは、女性として当たり前の欲求なのかなあ?」
 ヴィヴィオは、魔法学院時代の「普通の友人」の名前を上げながら、そう問いました。ノーヴェに問いかけていると言うよりは、半ば自問しているような口調ですが、彼女には最初から「父親」がいないので、今ひとつピンと来ないのです。
「まあ、『何をランクと考えるか』も個人(ひと)によって違うだろうし、何であれ、欲を言い出すと、際限(キリ)は無いんだろうけどな。……ところで、そういうお前はどうなんだよ? 当局の認可とかは、もうとっくに()りてるんだろう?」
 ヴィヴィオは昨年の4月に同性婚をしましたが、その半年後、昨年の今頃には、もう認可は下りていました。あとは、単なる仕事の都合と気持ちの問題です。
 要するに、書きかけの論文もまだ大量に残っており、母親になる「心の準備」もまだ全くできていないのです。
 ヴィヴィオ(20歳)はやや言い訳めいた口調で、そうしたことをノーヴェに説明したのでした。


 また、同じ10月の下旬に、カレル・ハラオウン准尉(17歳)は、上官らとともにベルカ自治領の聖王教会本部へ赴き、「騎士団総長」カリム・グラシア(42歳)の(もと)を訪れていました。
 先日、バルベリオ(もと)騎士団総長が74歳で死去したため、(葬儀そのものは諸般の事情により、密葬となったのですが)管理局からも弔意(ちょうい)を示すために「それなりの階級の将官」が教会本部を訪ねたのです。
(カレルは、単にその随行員のうちの一人でした。)

 そして、上官たちが「奥の()」でカリムと話し合っている間に、カレルは「控えの()」で、シャンテやディードと再会しました。
 この面子(めんつ)でじっくり話し合うのは、カレルが中等科の時に学校行事のキャンプでやらかして以来のことになります。
「准尉とは、また『四年前の(ワル)ガキ』が随分と出世したモンだなあ」
「地球の慣用句ですが、少しは、父親の『(つめ)(あか)』でも(せん)じて飲みましたか?」
「うっわ~。ディードさん、(あい)変わらず、キッツイな~。(苦笑)」
「ところで、もう一方の(ワル)ガキはどうしたよ? 今はもう、つるんでねえのか?」
「はい。『もう一人のカレル』とは、中卒後、進路が別々になってしまいまして」
 やがて、その場にヴェロッサ(38歳)もやって来たのですが……そこで、ヴェロッサとカレルは妙に意気投合し、この日から、カレルはヴェロッサのことを「人生の師」と仰ぐようになったのでした。(笑)


 なお、この10月下旬には、ニドルス・ラッカード提督の20回忌が、またひっそりと(もよお)されました。
 そして、それと同じ頃、リエラ・ハラオウン(17歳)は演習で「思わぬ大失敗」を体験してしまいます。
 それは、実際には「かなりゼロに近いが決してゼロではない『一定の確率』で、必ず起きてしまう全く()けようの無い事故」であり、必ずしも『彼女の指揮に何か問題があった』という訳ではなかったのですが、それでも、『将来を有望視されていた新人空士が一人、自分の目の前で墜落事故を起こし、再起不能に陥った』という事実は、彼女の繊細な心を打ちのめすには充分なものでした。
 結局、彼女はこれが原因で「巨大な挫折感」に()し潰され、この年の年末には空士隊を()めてしまいました。あえて悪く言うならば、彼女は『部下の命を預かる』という「士官の責任」から逃げ出してしまったのです。
 以後、彼女の人生は、見かねたヴィヴィオが手を差し伸べるまで、丸二年ほど迷走を続けたのでした。

【一方、カレル・ハラオウンと同期のゼオール・バウバロス(17歳)は、これと同じ頃、妹のマニエラやリミエナ(14歳)とともに、それぞれの試験に一発で合格し、翌90年の4月からは、ゼオールが18歳で執務官に、一卵性双生児の妹たちは15歳でその「現場担当補佐官」になりました。】


 なお、この年の11月のことです。
 トーマがユーノに調査を頼んでから、早や三年余。トーマ(23歳)は仕事に育児に大忙しの日々を送っていましたが、ユーノ(33歳)から不意に『内密の話があるから』と呼び出されて、休日に〈本局〉へ飛び、そのまま〈無限書庫〉の管理室に出頭したところ、ユーノの側からトーマに驚くべき情報がもたらされました。

 さて、トーマの曽祖父母である「タルースとファリア」の兄は、「ガルムス・アヴェニール」という名前でしたが、アヴェニール兄妹が四人そろってスクライア一族から離籍した後、当時21歳のガルムスは、下の弟妹(タルース16歳とファリア13歳)を信頼のおける人物に預けて、上の妹ロミア(19歳)と二人で完全に行方をくらませました。
 一方、CW社の会長「グレイン・サルヴァム」には、昔から年齢詐称疑惑がありましたが、実のところ、彼の死亡時の年齢は公称どおりの80歳ではなく、少なくとも「肉体年齢」は、おおよそ95歳ぐらいでした。
(グレイン・サルヴァムの素性に関しては、管理局が何故か「特秘事項あつかい」にしていたために、さしものユーノも調査に手間取ってしまったのです。)

 また、一般に『アヴェニール家の人間は、一人残らず死んだ』と考えられていたため、トーマの許には何も連絡が行かなかったのですが、実は今年の夏に、かつて同じ時期に同じ土地で死亡したタルースとファリアの「30回忌、祀り上げ」がありました。
 ユーノは事前にそれを知ると、「不確かな推測」に基づいて、ダールヴを医療技術者とともに現地の墓地へ急行させ、「廃棄寸前の」タルースとファリアの遺体からDNAを採取して来てもらったのですが……。その後、それを〈モグニドールの惨劇〉の際にグレインの遺体から採取されたというDNA情報と照合してみた結果、ユーノの「推測」どおり、グレインがほぼ100%の確率で「タルースとファリアの実の兄弟」であることが判明しました。
 グレイン・サルヴァムの正体は、実は、ガルムス・アヴェニールだったのです。

 さて、ヴァイゼン人には(ベルカ人と同様に)特徴的な「遺伝子マーカー」が幾つもあるのですが、グレインのDNA情報には、それらのマーカーが全く見つかりませんでした。つまり、『グレインは本来、ヴァイゼンの人間では無かった』ということです。
 また、言語学的に見ても、「グレイン」はヴァイゼン共通語の人名とは思えません。そこで、ユーノは『もしこれが偽名でないのだとしたら、「グレイン」は一体どの世界の名前なのだろうか?』と考えて、あれこれと調べているうちに、「GULEIN SARVAM」という名前が、実は「GALMUS AVENIR」の文字を並べ替えて造られた偽名であることに気がつきました。
 その段階では、それはまだ全く「不確かな推測」でしかありませんでしたが、今回はたまたまそれが大正解だったようです。

 それならば、『鉱山事故を装って、アヴェニール夫妻を殺した』ことが、そのまま『グレイン・サルヴァム個人への復讐でもあった』というのも、うなずける話でした。グレイン(ガルムス)には妻子がいなかったので、当時、一番近い親族は、彼の孫甥(まごおい)孫姪(まごめい)に当たるアヴェニール夫妻だったからです。
 なお、ガルムスの「上の妹」であるロミアは、三十ちかい年齢(とし)で「未婚の母」となった後、四十代で母子ともに死亡したようです。
 一説によれば、子供の父親は実兄のガルムスだった、ということですが、その子供が見つからない以上、真偽のほどを確認する手段はありませんでした。

 しかし、トーマはガルムスとロミアの話を聞くと、不意に思い出して、今さらながらユーノに「近親婚の悪影響」についての不安を訴えました。
 昔、彼が両親から聞いた話をまとめると、『タルースとファリアはそれぞれに結婚して1男1女をもうけたが、タルースの息子とファリアの娘が結婚して生まれたのが、トーマの父親であり、逆にファリアの息子とタルースの娘が結婚して生まれたのが、トーマの母親だった』とのことです。
 つまり、トーマにとっては、単に両親がイトコ同士で結婚しただけではなく、父方の祖父母も、母方の祖父母もイトコ同士で結婚しているのです。
 ユーノは一瞬だけ妙に深刻そうな表情を浮かべましたが、またすぐに『イトコぐらいなら二~三世代続けても、(たい)したことにはならないはずだから大丈夫だよ』と言って、トーマを安心させました。

 それでも、トーマの表情はまだ晴れません。
「それに、自分の曽祖父母の実兄が、実は、悪辣(あくらつ)な人物だったというのも……何と言うか、聞くだけでも嫌になるような話ですよね?」
 そんな溜め息まじりの声に、ユーノは随分と親身(しんみ)になって応えました。
「まあ、気持ちは解るけれど、そういうことも、あまり気にしなくて良いんじゃないかな。現実に血のつながった親子や兄弟でも、似ていない人は本当に似ていないからね。
 僕の父親も、僕が生まれる前に死んだと聞くが、どうやら相当な『ろくでなし』だったらしい。それと、こちらは『とある友人』から聞いた話だけど、彼が幼い頃に世話になった人物も、本人はとても素晴らしい人格者だったのに、その人の実兄は正真正銘の『人間の(くず)』だったそうだよ」
 もちろん、これは、クロノから聞いた「ニドルス・ラッカードとヴェナドゥス・グルゼム」の話です。
「それでも、その屑の一人娘はヤクザ者だった親たちには似ず、立派な『()人間(にんげん)』になって親とも絶縁し、後に幸福な結婚をして2男2女の母になって、今ではもう孫たちに囲まれてとても幸せに暮らしているのだ、と聞いた。……まあ、世の中、そんなものだよ」

 ユーノはまた、続けてこう語ります。
「そもそも、これは『三年前に、君から提供された情報に基づいて始めた調査』だったから、その結果を『君にだけ伝えない』という訳にもいかないだろうと思って、今こうして伝えているだけであって……。
 突き放すような言い方になって済まないのだけれど、本来ならば、グレイン会長の正体がどうのこうのなどという話は、今さら君が知る必要など全く無いはずの話なんだ。今ではもう、君はごく普通の一般市民なのだから」
「確かに……そうですね」
 トーマは少し時間をかけて、ようやく納得し、心も穏やかに独りミッドへ帰りました。
 以後、彼はもう、自分の両親や祖先のことで、あれこれと思い悩むことは無いでしょう。今では大切な妻や子がいる身なのですから、トーマはもう過去にではなく、未来にこそ目を向けるべきなのです。

 しかしながら、実は、ユーノにとっては、グレイン・サルヴァムの話はまだ「終わった話」ではありませんでした。
〈モグニドールの惨劇〉の「裏」に関する情報は、みな「特秘事項あつかい」なので、トーマには何も話せませんでしたが……。
 もしもクロノの側から提示された情報が本当にすべて正しいのなら、『グレイン(ガルムス)は、スカリエッティが〈プロジェクトF〉を完成させる以前に(おそらく、それとは全く別系統の技術で)自分の「記憶継承クローン」を自分の妹に産ませていた』ということになります。
 さらには、『本当に享年が95歳なら、グレイン(ガルムス)は、やはり(ぜん)4年に起きた〈ディオステラの悲劇〉の直接の目撃者である』ということにもなります。
 はやてから聞いた話では、あのジェイル・スカリエッティもかつて、グレイン・サルヴァムという人物に関して、推測まじりに『深刻な心的外傷(トラウマ)による強烈なストレスを(かか)えていたのだろう』と語っていたそうですが……おそらくは、「わずか10歳で〈ディオステラの悲劇〉を()の当たりにしてしまったこと」それ自体が、グレインにとっては「深刻な心的外傷(トラウマ)」の直接の原因だったのでしょう。

 ユーノはそこで、思わずひとつ大きく溜め息をつきました。
(いよいよ、あの「悲劇」についても調べ直さなければならない、ということか……。)
 もしもユーノの「悪い予感」が的中していれば、今からもう百年近くも前のことになるあの事件は、単に〈管13マグゼレナ〉だけの問題ではありません。下手をすれば、古代ベルカの歴史にも深く(かか)わって来る問題であり、さらには管理局の将来にも暗い影を落としかねないほどの大問題なのです。

【以後、トーマは(ちらちらと顔を出したりはしますが)この作品の「主題」にはもう一切かかわって来ません。
 また、〈ディオステラの悲劇〉が(から)んで来る一連の問題に「最終的な決着」がつくのは、ずっと後の時代の話であり、残念ながら、それは「この作品の守備範囲」を大きく超えています。
 そういう訳で……ここまで話を振っておいて今さらこれを言うのも、我ながらどうかとは思うのですが……この作品の中では、この〈ディオステラの悲劇〉に関する伏線は回収されませんので、悪しからず御了承ください。】


 
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