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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第94話 愛情と友情 

 
前書き
だいぶご無沙汰しております。本を作ってました。

色々なところで発信してますが、コミックマーケット103(冬)に本作でサークル参加することに
なりました。詳しくはつぶやきをご覧ください。

で、今話は実は次の話と合わせて出すつもりだったのですが、キリが悪すぎる&合わせると
16000字を超えるということで、流石に分離しました。
なので、ちょっと中途半端でパワー不足だと思いますが、ご勘弁願います。 

 
 宇宙歴七九〇年 四月一〇日 バーラト星系 惑星ハイネセン

 出発する時は冬の真っ只中だったハイネセンも、すっかり春の陽気に包まれていた。
 
 激戦に次ぐ激戦。ほぼ全て戦力的に不利な状況下での連戦を潜り抜けて、被害は部隊の約四分の一。これだけの戦いをすれば普通は部隊の半数も帰還できないと考えられるだけに、宇宙港に帰還する第四四高速機動集団の将兵達の顔には疲労感の中にも僅かばかりではあるが明るさがある。

 だが司令部の面々が安穏としているわけではない。ハイネセン第二宇宙港に帰着早々、爺様とファイフェルが宇宙艦隊司令部に引っ張られたからだ。出迎えが憲兵ではなく宇宙艦隊司令長官付高級副官であったから即拘束・軍法会議というわけではないだろうが、第四四高速機動集団の司令無視に近い戦闘行動があっただけに予断を許さない。

「まぁその辺はシトレ中将が戻れば話が早いだろうが、くれぐれも行動と言動には気をつけてくれ」

 宇宙港のラウンジで解散前にそう警句したモンシャルマン参謀長の顔色は悪くはなかった。参謀長の経験からすれば大したことではないというところだろうが、シトレがハイネセンに戻るまでにはまだ時間がある。

 それにこの戦いで一応『勝利』したシトレには信望が集まるだろうが、同時に競争者もより先鋭化する。ライバルであるロボス、この戦いで地位を追われる時期が早まるかもしれないジルベール=アルべ統合作戦本部長、虎視眈々と要職を狙っているロカンクール統合作戦本部次長、そして軍内部に強力な軍閥の登場を恐れる国防委員会……他にも同志のフリをしている奴もいるだろう。彼らの牙が爺様に向かうとも限らない。

 すれ違う誰もが振り返るであろう栗毛の美人の奥さんが迎えに来たカステル中佐と、意味深なサムズアップを見せた後に霧のように人込みの中へと消えていったモンティージャ中佐と別れた俺は、ヤンとラップを待っていたジェシカが座っていた例の滝のベンチに腰を下ろした。

 周辺は帰還兵とそれを出迎える家族友人恋人などなど……参謀徽章を付けているとはいえ、何処にでもいるような青年将校がベンチに座っていても気にするような人はいない。大佐以上の将校は時折チラッと視線を送ってくることもあるが、俺が一人無表情でいるのを見て声をかけてくることはない。ただ一人、奥さんと五人のお子さんに出迎えられた第三部隊司令のネリオ=バンフィ准将だけ、離れた場所から笑みを浮かべて軽く手を振ってくれたので、俺も座ったまま小さく答礼して応えるだけだった。

 戦場で散った三万九〇〇〇余の戦死者の家族はここにはいない。カステル中佐や後方支援部が纏めた戦死者リストに基づいて、家族や申請者には『軍事公報』が既に送られている。両親、家族や恋人を含めれば一〇万人は下らない。その声なき怨嗟が、煌びやかな高い照明の奥にある空を映す、ガラスの天井の向こうに張り付いてこちらから見ているように思える。

「こちらにおいででしたか」

 アントニナは士官学校で、イロナとラリサは学校でいない。歓楽街以外で若い女性に声をかけられる予定はなかったので顔を上げると、そこには笑顔を浮かべるブライトウェル嬢と嬢によく似た壮年の女性が立っていた。顔にはだいぶ苦労が刻まれているが見覚えはある。ケリム星系にいた時には何度もお世話になった。

「アイリーンさん」
「お久しぶりです。ボロディンち……少佐」
「『中尉』でいいですよ、ご無沙汰しております」

 敢えて敬礼せずベンチから立って、俺はブライトウェル嬢の母親であるアイリーンさんと握手する。まだ五〇代にはなっていないはずなのに、手にも皺が寄り、血管が浮き上がっている。

 エル=ファシルの英雄が誕生して既に二〇カ月。未だにヤンの名前は世間を騒がせているが、リンチ少将の名前はようやく闇の中へと消えつつある。エル=ファシル星系への帰還事業もカプチェランカ星系会戦の勝利の裏に隠れる形となり、ブライトウェル親子に纏わりついていたイエロー・ジャーナリズムの影はもうない。だがアイリーンさんの顔には陰りが見える。

「娘がこの度の出征で少佐には大変お世話になったようで……ご迷惑をおかけして申し訳なく」
「そんなことはありません。逆にご息女には司令部要員全員がお世話になりました。ご息女のアイデアが部隊を救ったこともあります。こちらこそお礼を申し上げたいくらいです」
 まるで中学校の進路を巡る三者面談。内容もおそらく同じ。だがアイリーンさんからこの場では口にはできない。あまりにも戦勝の雰囲気が周囲に漂っているがゆえに。
「『特別な配慮』などする必要もなく、ご息女の学力と体力と精神力は、士官学校入学に十分値するものです」
「……ええ、よく、出来た娘だと思いますが」
「士官学校に入学した後、ご息女はきっと苦労されると思います。その点、お母様としてもご懸念・ご心配される通りだと思います」

 カステル中佐の言う通り、ただでさえ出世レースの前哨戦みたいな士官学校。ビュコックの爺様とディディエ中将以外、有力な後援者のいない彼女がリンチの娘というだけで『公敵』としてイジメの標的となることは十分考えられる。特に士官学校はハイスクールとは違い、かなり閉鎖的な環境だ。イジメはより陰険で苛烈になるかもしれない。だが……

「ご息女は他の大多数の候補生とは違い、既に一〇数度に及ぶ実戦を経験しております。陸戦部隊上級士官の手ほどきを受けており、素手でも半個分隊(四・五人)は叩きのめせるでしょう。それ以上の候補生がご息女に暴行を加えるような真似をするのなら、第四四高速機動集団と第五軍団が容赦しません」
「……」
「小官としてもご息女が軍人とは別の、もっと平穏な生き方を選択したほうが良いと思わないでもないですが、どうか彼女の人生の選択を真っ向否定なさるのだけはお止めください」

 アイリーンさんにしてみれば、夫だけでなく一人娘まで軍に奪われることになる。俺が軽い頭をいくら下げたところで、アイリーンさんが納得するようなものではない。ましてや原作通りに未来が進むとなれば、ブライトウェル母子の人生には『とてつもない暗雲』が、これでも足りないかと言わんばかりに待ち構えている。その時に嬢が軍に所属していたほうが……せめて爺様かヤンか俺の直属の部下であれば、何とか潜り抜けられるはずだ。

「ブライトウェル伍長」
 俺は不安と困惑の文字が顔に浮かんでいるブライトウェル嬢に向き直った。
「第四四高速機動集団司令部は、着任以来の貴官の、多大なる貢献に感謝している。ありがとう」
 敬礼ではなく最敬礼で。俺はブライトウェル嬢に対する。
「貴官がこれからの人生で艱難辛苦にある時、貴官が助けを呼べば必ず司令部の誰かが救いに行く」
 実際どうなるかはわからない。爺様は理由不明で総司令部に呼ばれているし、部隊が解散すれば空手形だ。
「貴官は一人の軍人として何ら恥じるところはない。第四四高速機動集団司令部の一員としての誇りを胸に、自ら正しいと思う道を堂々と生きてほしい。これは小官だけではなく、司令部全員が願っている」

 言い終えた後で二人を見ると、目に涙が浮かんでいる。別に泣かすつもりはなかっただけに、こちらが困惑する。今度はアイリーンさんの方から手が伸び、俺の両手をがっちりと握りしめる。

「ありがとうございます。ありがとうございます……」

 俺に向かって頭を下げながら、ただひたすらそう言うアイリーンさん。ほんの僅かな肯定と空手形になりそうな援助。ブライトウェル母子がこれまで世間から浴びせられた全く正統性に欠ける批判や中傷の大きさが分かろうというもの。 

 あの時、軍も嬢を軍属にして暗黙の保護下に置いて、報道などからの直接的な中傷を浴びせられないようにするのが精一杯だった。急転するエル=ファシルの状況にまともな救援部隊を出せなかったという弱みもある。国家と組織の防衛の為にも必要以上にヤンを英雄として祭り上げ、逆にリンチを貶めなければならなかった。
 数分もそうしていただろうか、ブライトウェル嬢がアイリーンさんを促し、俺の両手はようやく解放された。

「じゃあ、ブライトウェル伍長。三日後にまた司令部で。それまでゆっくり休んでくれ」
「はい。ボロディン少佐も……」

 今度は敬礼で応えると、母子はこちらを伺いながらも人込みの中へと去っていく。二人の背中が見えなくなるまで見送ると、改めてベンチに腰を下ろし天井を見上げる。

ブライトウェル嬢が士官学校に無事合格したとして、卒業するのは宇宙歴七九五年七月。ちょうどレグニッツア上空戦や第四次ティアマト星域会戦の頃になる。実戦部隊に配備されるのは(志願さえしなければ)さらにその一年後。帝国領侵攻の直前だろう。

 やはり俺にとっての『タイムリミット』は帝国領侵攻になる。最善はとにかくそれまでにあの金髪の孺子を殺すか捕らえる。原作通りに未来が進み、俺が爺様の艦隊にこれからもお世話になるとした場合、そのチャンスは恐らく三度。第五次イゼルローン攻略戦とヴァンフリート星域会戦と第三次ティアマト星域会戦。

 そのうち第五次イゼルローン攻略戦時は駆逐艦エルムラントⅡ号の艦長だった。並行追撃時の乱戦の中で、小さな一駆逐艦を捕捉撃破するのはほぼ不可能。やはりヴァンフリートⅣ-Ⅱでもたもたしてるグリンメルスハウゼン艦隊を地上撃破するか、ウィレム坊や(ホーランド)を何とか口説き落としてまともに戦わせるしかない。

 いろいろ予想できて出来そうにない未来に、憂鬱の溜息を一つ吐く。原作通り未来が進んでいるというのなら、俺がここまで成し遂げてきたことは全て、ただ原作に書かれていなかったことだけだというのか。

「そんなに上ばかり向いていると、涙が乾くぞ」

 久しぶりに聞く同室戦友の声に肩を叩かれ、口を開けたまま首を傾ける。左襟の階級章は大尉のまま。

「はっ、泣いてなんかいねーし」
「お持ち帰りしようとしたら、親が出てきたのはさすがに不運だったな」
「『ウィッティ』」
「すまん。冗談だ、ヴィク。だからそうおっかない気配を出すな」
 
 俺の声色が急に変わったのが分かったのだろうが、ウィッティは肩を小さく竦めると俺の隣に腰を下ろす。冗談を平気で言える仲ではあるが、今回の冗談は質が悪い。それが分かっているのか、座った後で小さく頭を下げてくる。詫びのつもりなのか、ポケットからガムを取り出してきた。それがアントニナの好きなブランドの商品だというのはわかるので、黙って一枚受け取る。

「ところで今回も活躍だったそうじゃないか。次は中佐だな。同期の出世頭だ」
「三万九〇〇〇余の犠牲を出した上でな。その上、ビュコックの爺様は着いて早々、宇宙艦隊司令部に呼び出しだ」
 作戦の成果は恐らくクブルスリー少将あたりから耳にしていたのだろうから、呼び出し理由に考えられる司令無視の話を軽くすると、ウィッティは一瞬俺の顔を見て驚いた後、笑顔になって左腕を肩に回してくる。
「あぁ、それは良いニュースだ。ヴィクが心配するようなことはない」
「良いニュース?」
「おそらくビュコック少将閣下は、近く中将に昇進なされる。間違いなく空席になっている第五艦隊の司令官職に着任されるだろう。サイラーズ長官を長官室でぶん殴るような不祥事がなければね」

 前回の第四次イゼルローン攻略戦に参加した三つの制式艦隊のうち、第五艦隊が最も損害が大きかった。艦隊司令部に犠牲はなかったが、麾下部隊の半数が消滅し、残りの半数も戦闘に耐えうる状況にない。残存艦艇は参加した他の艦隊に吸収されるか独立部隊となり、実働戦力としての艦隊は解散した。

 司令官は職責維持のままの待命の後、宇宙艦隊司令部から統合作戦本部へと移動となった。勇退(引責辞任)した宇宙艦隊司令長官リーブロンド元帥の子飼いの部下だったことで、いわゆる『バックを失った』形になり、艦隊司令官職を維持するには本人の実戦能力も政治力も周囲の評価では不足だったのかもしれない。

 そしてシトレがこの戦いでカプチェランカ星系の占領に成功し、想定外である不利な艦隊戦でも勝利した。爺様はアトラハシーズ星系とカプチェランカ星系の両方でその勝利に大きく貢献し、その艦隊戦指揮能力と戦略眼を改めて周囲に見せつける結果となった。シトレの大将昇進はほぼ間違いなく、その発言力は宇宙艦隊司令部でより大きくなったことで、爺様を制式艦隊の指揮官として推薦する空気(雰囲気)が出来た。シトレの『計算通り』に。

「まぁ統合作戦本部側も結果として前回のエル=ファシル奪回戦でビュコック閣下を昇進させなかったという弱みもある。第五艦隊のポストが空いたことと、シトレ『大将』の強い推薦を見て、サイラーズ大将も同意したんだろうな」

 それはまだ大尉のウィッティが知るには、あまりにも広くて深い事情だ。それはつまり……

「……クブルスリー少将閣下が昇進して、という話もあったんだろう?」

 俺の呟きに、ウィッティは口に含んでいたガムを飲み込んでしまった。胸を叩いて吐き出そうにももう食道を通り過ぎたのだろう、大きく溜息をついた後で額に右手を当てた。三分ほど俺とウィッティの間には沈黙が流れたが、先に小さく声を吐き出してからウィッティが口を開いた。

「あぁ、そうだよ。だが残念なことにクブルスリー少将閣下は、近年帝国軍との直接戦闘で功績を上げていない。元々内勤や警備艦隊で『堅実に』実績を上げてこられた方だから、それは仕方がないんだがなぁ」

 名前が挙がっているということは、クブルスリーの軍内における評価が『堅実』なだけの軍人でないことは間違いない。能力もさることながら部下に対して驕ることない性格は、フォークに対してですら誠実に道理を諭すほどで、部下達の信望は厚いだろう。結果としてそれが暗殺未遂を招いてしまうことになるのだが、言うまでもなく相当に『出来た人』だ。

 尊敬する上司が実績不足を理由に制式艦隊司令官になれなかったことは残念だったろうが、その出し抜いた相手が同室戦友の直上だということにウィッティも複雑な気持ちなのかもしれない。それでも笑顔ができるのだから、ウィッティの器量も大きい。

「だが俺が今回少佐になれなかったのは、どうやらヴィク、お前のせいらしいな?」

 だが急に俺の左肩に回されたウィッティの左手に力が籠る。嫌みのない笑顔の中に、ちょっとばかり危険なものが混ざっている。

「いや、今回の戦勝はビュコック司令の戦闘指揮の賜物だよ。俺のような未熟なヒラ参謀は、ただただ付いていくのが精いっぱいで……」
「戦略部って部署はな、統合作戦本部の中でも宇宙艦隊司令部の内勤とは比較的話す機会が多い部署でな……特に第四四高速機動集団のアトラハシーズ星系における艦隊運用には目を見張るものがあって、クブルスリー少将閣下も色々と資料を集められて……フィッシャー大佐殿に行きついてね」
「……」
「大佐殿は、愛弟子のことを大変高くお褒めであらせられたぞ?」

 そう言うウィッティの右手に握られている携帯端末の画面には、とある高級レストランの軍人限定予約割引チケットが表示されていた。
 
 

 
後書き
2023.12.17 文章前後の関係により修正再投稿。 
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