| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第6章】なのはとフェイト、結婚後の一連の流れ。
   【第2節】新暦82年の出来事。(後編)



 さて、〈エクリプス事件〉の際には、ヴァイゼンの「魔導機器総合メーカー」であるCW社(カレドヴルフ・テクニクス社)が、最新鋭のAEC武装や人型機械端末「ラプター」を特務六課に提供し、六課はそれによって実際に大きな成果を上げました。

【昨年の9月に CW社は本社ビルを感染者に襲撃され、ビルが全壊して相当な数の死傷者を出したりもしましたが、幸いにも「企業全体としては」深刻な被害にまでは至っていませんでした。
 また、その際に、犯人側が『これは、五年前のゼムリス鉱山への襲撃と同様、CW社の会長グレイン・サルヴァム個人への報復でもある』と明言したため、彼にも幾つかの嫌疑がかけられましたが、いずれも「証拠不充分」で不起訴となりました。】


 こうした一連の「管理局との関連強化」によって、CW社の将来はもう安泰になったかとも思われていたのですが……。
 実は、CW社は「会長の特命」により、〈管3ヴァイゼン〉の観光都市モグニドール郊外の丘陵地帯にある秘密地下工場で「新型兵器」を開発していました。
「AMF発生装置や電磁加速砲(レールガン)などを極秘裡(ごくひり)に搭載した、体高5メートルを超える大型の多脚砲台」です。
 しかし、7月の中旬に、この新型兵器は起動実験でいきなり無人のまま暴走し、その秘密工場を内側から完全に破壊してしまいました。

 もちろん、この多脚砲台は管理局の「質量兵器の廃絶」という理念にも、それを実現するための具体的な法令にも、あからさまに違反した「質量兵器」であり、これをただ完成させただけでも、CW社は「明らかに有罪」です。
 それなのに、この多脚砲台は自力で地下工場から地上へ脱出すると、またいきなりモグニドールの市街地にまでレールガンで砲撃を加え、無差別に多くの人命を奪いました。
 ラウ・ルガラート執務官(35歳)とその補佐官チームが「たまたま」休暇中の慰安旅行で現地を訪れていたため、彼等がこの突発的な事態にも(すみ)やかに対応して、この新型兵器を破壊してくれたのですが……もしも彼等がいなければ、モグニドールは()(すべ)も無く灰燼(かいじん)()していたに違いありません。


 しかし、主犯とも言うべき「会長」グレイン・サルヴァム(公称、80歳)は、全壊した秘密地下工場の中ですでに絶命していました。
 しかも、その多脚砲台に中枢回路として内蔵されていた「生身の脳髄」は、どうやら、彼自身の記憶継承クローンから取り出した脳髄だったようです。
(もちろん、これもまた、重大な違法行為でした。)

 また、この兵器の開発と製造は完全に彼個人の独断であり、CW社の中にも『彼が一体何故そんなことをやらかしたのか』について、その理由を知る者はいませんでした。
 この事件の結果、CW社はヴァイゼン政府から(観光地としての風評被害も含めて)天文学的な額の賠償を要求され、万を超える遺族からも同様に賠償を請求され、さらには、管理局からも法的に「解散命令」を受けてしまい、あえなく倒産しました。
 会社の資産はすべて売却され、罪なき社員たちも一旦は全員がその職を失い、その後、ヴァイゼンでは長らく「カレドヴルフ・テクニクス」の名を口にすることすらタブーとなったのでした。

 一方、管理局の側でも、「禁止すべき質量兵器」の具体的な範囲が見直された結果、エクリプス事件で活用されたAEC武装も、その多くが「違法な存在」となってしまい、デバイスの重武装化という「方向性」そのものが否定されるに至りました。

【この事件(モグニドールの惨劇)には、実は、もう一つ「裏」があったのですが……その話は、また「インタルード 第8章」で触れます。】


 そして、同月の下旬、なのはもフェイトも疑似受精卵が無事に着床したと確認された直後のことです。シャーリーが二人の専用病室まで報告に来てくれたので、なのはとフェイトは早速、彼女と以下のような会話をしました。

 シャーリー「自然妊娠なら受精卵の着床率なんて20%台ですよ。生殖医療による妊娠でも一発で着床に成功する率は半々程度なのに……二人そろって成功とは、やっぱり、普段から体を(きた)えている人は違いますねえ」
 なのは「まあ、子宮まで鍛えていたつもりは無いんだけどね。(笑)」
 フェイト「正直に言うと……私たちは17歳の頃から、もう8年以上も排卵抑制剤を使い続けていたから……昨年、負傷して入院して薬の服用を中断した時点では、着床以前の問題として、子宮がまた正常な内膜を形成してくれるのかどうか、少し不安だったわ」
 なのは「昨年末の生理が……おおよそ8年半ぶりだったかなあ?」
 シャーリー「最近の薬は副作用も無くて、本当に出来が良いですよね」
 フェイト「それより、シャーリー。バルディッシュやレイジングハートの様子は今、どんな感じなのかしら?」
 シャーリー「そうそう、その話でしたね。まだ少し時間がかかるので、もうしばらく〈本局〉の方で預からせてほしい、とのことです」

 AEC武装が「非合法化」されたことで、レイジングハートやバルディッシュも、今は〈本局〉で武装解除をされているところなのです。

「両方とも、さすがは、E-デバイスですね。あれだけいじり回されても、AI本体はビクともしていません。……それにしても、レイジングハートって、一体何者なんですか? コアの部分は完全にブラックボックスになっていて、何が入っているのか本当に解りませんし……。アレ、E-デバイスとしても、普通の構造(つくり)じゃないですよね?」
「何か、管制人格のようなモノが隠れてるってこと?」
「いいえ。コアそのものはゴマ粒のようなサイズですから、いくらE-クリスタルでも、さすがにそこまでのメモリー量は無いはずです。おそらく、中に入っているのは、ごく単純なプログラムか、メッセージの(たぐい)だろうとは思うんですが」

【通常のデバイスは、新暦75年に機動六課のフォワード四人組に与えられた第四世代デバイスも含めて、すべて「D-デバイス」であり、レイジングハートやバルディッシュのようにいじり回されたら、当然にAIの方もただでは済まない……という設定です。】

「昔、ユーノ君から聞いた話だけど、レイジングハートの元の持ち主は、当時の長老ハドロ・スクライアさんだったそうよ。ただし、ハドロさんも『本来の持ち主は、もういない』とか、『どうせ自分には使いこなせないから』とか、ボヤいてたみたい。
 ユーノ君の推測では、元々はハドロさんが息子か誰かに贈るつもりで、誰かに造らせたデバイスだったんじゃないか、ってことなんだけど」
「それなら、ブラックボックスの中身も、ただのお祝いメッセージなのかしら?」
「それで、長老さんの息子は早死にしてしまった、ということですか? あと、使いこなせない、というのは?」
「これは、私なりの推測だけど、〈レイジングハート〉は元々、『ブレイカー資質の持ち主』だけを選んで、マスター認証するようにプログラムされていた可能性があるんじゃないかと思うの」
「では、長老さんの息子はブレイカー資質の持ち主だった、と?」
「正直に言って、その辺りのことは、もう今となっては解らないんだけどね」

「そう言えば、よく考えたら、ユーノ司書長も、出自とか割と謎の人物ですよね?」
「ユーノ君の両親は、彼が物心つく前に()くなったそうよ。ハドロさんは『育ての親』だけど、血のつながりは無いのだと聞いたわ」
「え? じゃあ、血筋とか、出生地とか、本当に解らないんですか?」
「一般には内緒の話だけど、ユーノ君の本当の出生地は、ナバルジェスという、クレモナからもう少し向こうに行ったところにある無人世界よ。その世界の、スクライア一族のキャンプ地で生まれたんだと、私は聞いたわ」
「クレモナと言うと……ベルカ系移民も大勢いたと思いますが……」
「ベルカ人は特徴的な『遺伝子マーカー』を幾つも持っているから解りやすいんだけど、ユーノ君はベルカ系の血は全く引いていないそうよ。
 ミッド人や地球人のゲノムは全く平凡で特徴に欠けるけど、クレモナ人にも、ベルカ人やヴァイゼン人と同じように、特徴的な『遺伝子マーカー』が幾つもあるから……本人から聞いた話では、ユーノ君も四分の一がクレモナ系だとか」

「では、残り四分の三は? ミッド系ですか?」
「スクライア一族は、今や職能集団であって、血縁集団じゃないからね。ユーノ君の両親も『外来者』だったから、一族の中にも、ユーノ君の血縁者について何かを知っている人は、一人もいないらしいの」
「しかし、司書長の血縁者とも全く関係が無いとなると……いよいよ『レイジングハートの謎』は深まるばかりですねえ」
「まあ、私としては『実際に(ふた)()けてみたら、ゼンゼン大した話じゃなかった』なんてことになるような気がしてるんだけどね。(笑)」

 また、シャーリーは「特別な血筋」にちょっと「憧れ」があるようです。
「確かに、グリフィス君とは『(おさな)馴染(なじ)み』ですけど、私の実家は、たまたま『ロウラン家の別邸』の隣近所にあったというだけで、ウチの一族は大昔から、全くの平民ですから。元はベルカ貴族のロウラン家とか、司書長みたいに出生に何か秘密のある人とか、ちょっと憧れちゃいますね」
 その後も、シャーリーは、さんざん一人で喋ってから帰りました。(笑)


 そして、翌朝、なのはとフェイトの専用の病室に、今度はグラスト・ブラーニィ医師(20歳)がやって来ます。
「あれ? グラスト君?」
「その服装は……ああ。もう研修医は卒業したんですね」
「おかげさまで。今月からは『ドクター』ですよ」
「じゃあ、もう『グラスト先生』って呼ばなきゃいけないね」
 なのはに持ち上げられると、グラストはちょっと困ったような笑い声を上げました。
「名前はドクターでも、まだまだ使いっ走りですよ。それで、実を言うと、今日は上司からの指示で、お二人に、ひとつ懸念を伝えに来ました。強い魔力を持つ方々(かたがた)には、例外なくこれを伝える『決まり』になっているんです」
 グラストが語ったのは、要するに、『子供には魔力が全く無い可能性もある』という話でした。同じ血を引いているからと言って、必ずしも子が親に似るとは限らないのです。
 しかし、なのはもフェイトも、その件に関しては、すでに覚悟が出来ていました。

 以下は雑談になりますが、グラストは「将来の夢」を訊かれると、嬉々として「シード仮説」について語り始めました。
 これは、元々は「魔力の隔世遺伝」を説明するために考案された仮説です。つまり、『リンカーコアを持たない者から、それを持つ者が生まれて来るのは、何故なのか』という問いに答えるための「考え方」であり、少なくとも現状では、『この考え方が正しいか、否か』を客観的に証明することはできません。その意味では、「オカルト分野の話」と言われても仕方が無いでしょう。
 この仮説では、リンカーコアという「存在そのもの」は、本質的に「万人が持っているモノ」だと考えます。ただ、普通の人間の体内では、リンカーコアは完全に「潜在化」しており、『現在の技術では、まだそれを観測することができない』というだけのことなのです。
 このような、リンカーコアの『外部からは存在を確認することもできないし、それ自体としても全く活動していない』という状態を、「地中に埋められた植物の種子(たね)」に(たと)えるので、この仮説は「シード仮説」と呼ばれています。

 この仮説では、比喩として、リンカーコアに「種子→ 出芽→ 成長→ 開花」の四段階を想定します。魔法文化のある世界では、平均して50人に1人ぐらいは、種子が「出芽」します。つまり、リンカーコアが『外部からその存在を観測することもできるし、それ自体としても「多少は」活動している』という状態になります。
 また、出芽した者たちのうち、平均して20人に1人ぐらいは、それがさらに大きく「成長」します。つまり、魔導師が(つと)まるほどの魔力の持ち主となるのです。
 さらに、「開花」は、「伝説に語られるような、超越的な魔力の持ち主」を想定した用語ですが、実際には、これはまだ一人も「客観的な確認」はされていません。

『この「仮説」を「理論」と呼べる水準にまで高めることが、私の目標なのです』
 若き日のグラスト・ブラーニィは、嬉々としてそう語ったのでした。


 また、それと同じ頃(82年7月下旬)に、はやての勧誘によって、ブラウロニアたち一行が〈外9コリンティア〉からミッドに帰化して、管理局員となりました。
【この「ブラウロニア」については、「キャラ設定6」を御参照ください。】


 そして、また同じ頃、ファトラの長期休暇が終わるとともに、IMCS第30回大会の地区予選が始まりました。
 アインハルト(15歳)は今回、今までになく気力が充実しています。
 思えば、三年前に初めて出場した時には、アインハルトはまだ「心技体」ともに全くの未熟者でした。体力はデバイスに頼り切りで、技量もいまだ(つたな)く、心は「クラウスの記憶」に引きずられて(かたく)なになってしまっていました。
その小さく()り固まっていた心を力ずくで叩き直してくれたのが、ヴィヴィオだったのです。
【この件については、Vividのコミックス第12巻を御参照ください。】

 また、一昨年にはジークリンデがDSAAから「永久除名処分」を受けるという事件があり、昨年にも『ヴィヴィオの両親が揃って重傷を負い、入院する』などという事件があって、アインハルトも都市本戦ではなかなか「平常心」を保つことができませんでしたが、今年はそうした事件も特にありませんでした。
 ファトラ執務官からはさんざん乳房を()まれてしまいましたが、ただ単に揉まれるだけなら、まあ、別に減るものでもありません。
【八神司令の揉み方よりも、もう少しねっとりとした「ガチめ」の揉み方だったので、体積としては、むしろ微妙に増えてしまったぐらいです。(笑)】

 ファトラの許で空戦の基礎訓練をしたのは、わずか三か月あまり、実質16週のことでしかありませんでしたが、アインハルトはこの頃、すでにそれなりに『飛べる』ようになっていました。
 ファトラの教え方も、相当に上手(うま)かったようです。今はまだ、単に『飛べる』というだけで、なかなか「本格的な空戦」とまでは行きませんでしたが、それを始めるための「基礎」はもう充分に出来上がったと言って良いでしょう。
 最後の週には、ファトラからも次のように言ってもらえました。
『空戦の魔導師ランクはまだちょっと無理ですが、空士訓練校の受験ぐらいなら、もう充分に手が届くレベルになっていると思いますよ。高等科を卒業と同時に訓練校に入るとしても、受験まではまだ一年以上あります。その間、この調子で訓練を続ければ、訓練校など半年で卒業できるかも知れませんね。どうか、この調子で頑張ってみてください』
 もちろん、IMCSはあくまでも「陸戦競技会」なので、空戦技能それ自体は試合の勝敗にあまり関係が無いのですが、それでも、自分に自信がついたのは良いことです。
 アインハルトの「心技体」の充実ぶりは、ナカジマジムの仲間たちからも『今年のアインハルトさんは、一味(ひとあじ)違う』と(ひょう)されるほどでした。

 そして、『地区予選の結果は』と言うと……。
 まず、U-15大会を卒業したジャニス・ゴート選手(16歳)は、IMCS初参戦で、テッサーラ(13歳)を下すも、翌8月の予選決勝でコロナ(13歳)に敗北しました。
(しかし、この時の「熱戦」により、ジャニスはこれ以降、コロナとは「親友」になります。)
アンナ(13歳)も強敵を相手に健闘しましたが、まだ都市本戦には届きませんでした。
 それでも、ナカジマジムからは、何と5名もの選手(アインハルト、ミウラ、ヴィヴィオ、コロナ、リオ)が都市本戦への出場を決めたのでした。


 一方、同82年の8月には、ヴィクトーリアがまだ空士訓練校に在学しているうちに、彼女の祖父ベルンハルト(73歳)が死去しました。
(彼もまた、その父親テオドールと同様に、70歳で引退しています。)
 そして、彼の妻リアンナ・クローベル・ダールグリュン(72歳)は、今や友人でもあるマーヤ・ラグレイト(75歳)とともに「夫に先立たれた者」同士で以後十数年に及ぶ、長い「隠遁(いんとん)生活」を送ることとなったのでした。
 これによって、ヴィクトーリアの父ハロルド(48歳)が、名実ともに、ダールグリュン本家の「第13代当主」となります。
【なお、この頃から、ハロルドの実弟であるダミアン少将(44歳)は「暗黒面(ダークサイド)(?)」に()ちて行ったようです。】


 そして、9月になると、かねてから申請していた「特別許可」が下りたので、はやては〈本局〉から衛星軌道拘置所への回線を開き、スカリエッティと会話をしました。
 予想以上に老けた様子でしたが、後から聞いた話によると、人造生命体の寿命は使い魔ほど短くはないが、普通の人間ほど長くもないのだそうです。
「やあ。久しぶりだねえ、八神はやて。去年は、また大活躍だったそうじゃないか。今日は、ハーディス・ヴァンデインのことでも聞きに来たのかな?」
 確かに、ハーディスについても幾つか訊きたいことはありましたが、残念ながら、今回は「通話を許可された時間」にそれほどの余裕はありません。また、それでなくても、犯罪者に必要以上の「借り」を作るのは、やはり得策ではないでしょう。
 はやては必要最小限の言葉で、こう(こた)えました。
「いや。今回はその話やない。グレイン・サルヴァムの話や」
「ああ。〈モグニドールの惨劇〉の主犯か」
何故(なんで)、お前がそれを知っとるんや?」

 はやては少なからず怒りの色を見せましたが、スカリエッティはそれには答えず、以下のような内容を語りました。意外にも、いささかながら協力的な態度です。
(あるいは、彼のような存在にとっても、やはり年単位の孤独は耐え(がた)く、誰かと会話をすること自体に飢えていたのかも知れません。)
『彼とも直接の面識は無いが、裏の世界では有名な人物だったからね。私も名前ぐらいは聞いているよ。確か、若くしてスクライア一族のノウハウを手に入れた後、先史時代の遺跡で幾つかの遺物を掘り当て、その技術を使って財を成し、買収した企業をみずから「カレドヴルフ・テクニクス社」と改名したのだとか。
 その当時から、年齢詐称疑惑だとか、実の妹に自分の子供を産ませたとか、謎の宗教結社に所属しているとか、いろいろと胡散(うさん)臭い話題には(こと)()かない人物だったよ。
 常に何かに駆り立てられているような人物だった、とも聞いている。おそらくは、何かしら大きな野望を……さもなくば、深刻な心的外傷(トラウマ)による強烈なストレスを……(かか)えていたのだろうね』

 結局のところ、はやてにとっては、それほど有益な情報は得られなかったのですが、それでも、スカリエッティは4年前のマリアージュ事件の時と同じように、また『そろそろドゥーエの命日だから』と言って、堂々とベルカワインを一本、要求して来ました。
 三回忌や七回忌を特別視するのは、随分と古い時代の作法ですが、あえて拒絶するほどの理由もありません。
 はやては、差し入れを約束して、スカリエッティとの短い面会を終えたのでした。


 また、10月には、今年もIMCSの都市本戦がありましたが、ナカジマジムにとって、今回の組み合わせ順は相当に運の悪い代物でした。
 コロナは、都市本戦に初出場で、初戦は無事に突破しましたが、2回戦で同門のリオ(13歳)に当たってしまい、()しくもここで敗退します。
 ヴィヴィオも、昨年の成績(都市本戦6位)によってシード選手となっていましたが、やはり、同門のミウラ(15歳)に敗れました。
(この頃のミウラは、もう「大人モード」への変身など全く必要の無い体格に成長しています。)
 ヴィヴィオは「2年連続ベスト8」とはならず、代わって、リオが念願のベスト8に進出しました。アインハルトとミウラも、当然のごとく勝ち上がり、『同じジムから三人もの選手が3回戦に進出した』という形になります。
 メディアには、『ナカジマジムの全盛期、到来か?』などという見出しの記事が掲載されたりもしました。
【なお、3回戦の描写は省略しますが、リオはテラニスに判定負けを(きっ)してしまいました。】

 そして、最終日。まず午前中には、準決勝戦が行なわれます。
 テラニスとグラスロウの「19歳対決」は実力伯仲の結果(?)今ひとつパッとしない展開になりましたが、最後はテラニスが「力押し」で勝利を収めました。
 一方、アインハルトとミウラの「15歳対決」は、再び熱戦になります。
 80年の5位決定戦以来、公式試合としては「2年ぶりで二回目」の対戦でしたが、この戦いは、実に(きわ)どいところで、アインハルトが(せい)しました。
 そして、午後には3位決定戦と決勝戦が行われた結果、今年の「ミッド中央」都市本戦は、優勝がアインハルト、準優勝がテラニス、3位がミウラ、4位がグラスロウ、5位がリオ(以下、略)という結果になりました。

 翌11月になると、アインハルトは都市選抜にも勝って順当に「ミッドチルダ・チャンピオン」となりましたが、12月に〈カロエスマール〉で開催された世界代表戦の準決勝戦では「リベルタの英雄」サラ・フォリスカル(19歳)に今ひとつのところで気迫負けしてしまいました。
 サラは、首都メラノスの出身で、昨年の「エクリプス事件、最終戦」の被災者でもありました。そして、彼女は故郷の「打ちひしがれた人々」の期待を一身に背負って、この世界代表戦に(のぞ)んでいたのです。
 サラは決勝戦でも現地デヴォルザムの代表に勝利し、「2年ぶり、2回目」の優勝を飾って選手を引退しました。
【後に、彼女はリベルタの政界に進出することになるのですが、その話は、また「第一部」で少しだけ触れます。】

 なお、ミッドでは、テラニスとグラスロウも19歳なので、この年を最後に、IMCSの選手を引退しました。
 テラニスは、父親が主催するプロ団体「テミストス興行」に入社し、グラスロウは、そのまま地元の道場で師範代になります。


 また、話は少しだけ(さかのぼ)って、都市本戦の終了後。10月のうちに、ミッドでは、〈三元老〉の5回忌が(いとな)まれました。
 これに出席した後、はやては聖王教会本部に招かれて、カリムらと密談をしましたが、今回は、三脳髄などについても特に追加情報はありません。
 しかし、昨年の〈エクリプス事件〉を全く予見できなかったことで、管理局〈上層部〉におけるカリムの信用は大きく失墜していました。
『ヴィヴィオの個人的な危機という、小さな事件は予見できたのに、何故あんな大きな事件が予見できなかったのか』
 教会の側でも、それを疑問に思い、改めて今までの予言詩を総合的に解析し直した結果、今さらながら〈プロフェーティン・シュリフテン〉の限界が解りました。このスキルで予見できるのは、基本的には「古代ベルカ関連の話」と「自分が今いる世界や親しい人物に、直接に被害が及びそうな話」だけだったのです。

 カリムは続けて、はやてに語りました。
「私たちは、『古代ベルカで同じレアスキルを持っていた魔導師が、予言詩の詩集を遺していた』という話を耳にしたものですから、先日は、ユーノ司書長にそれを見つけてもらって、実際にその写本を読んでみたのですが、やはり、見事に「ベルカ世界の話」しかしていませんでした。
 それから、このレアスキルの持ち主も、『第六の時代』が終わる頃まではそれなりにいたのですが、それ以降の時代になると、少なくともベルカ世界にはただの一人もいなかったのだそうです」

【古代ベルカでは、100年(1世紀)ではなく、120年を「時間の大きな単位」と考えていたため、現代でも、その1080年間の歴史は、大きく「九つの時代」に分けて考えられていました。
 なお、「第六の時代」は、後に(新暦84年に)上梓(じょうし)されるユーノの著書で「第二戦乱期」と表現されている時期に、おおむね一致します。】

「また、『第七の時代』以降のベルカでは、〈プロフェーティン・シュリフテン〉以外でも、「月の魔力(ちから)」を利用するスキルは(のき)並み使えなくなっていたという話で、当時のベルカ世界には、『聖王が月の魔力(ちから)を独占した』などと言い出す者たちもいたようです」
「なんや、それ。今で言う『陰謀論』みたいなもんか?」
「正確なことは、今となってはもう解りませんが、そうした『出所(でどころ)の解らない誤解や思い込み』が積み重なって、『聖王家への不満』が(つの)り、やがては〈聖王戦争〉にまで至ってしまったのでしょうね」

 カリムはそこでふと物思いに沈んでしまったため、シャッハが代わりに、以下の話を引き継いで語りました。
「聖王家の話はひとまず()くとして……プロフェーティン・シュリフテンとは、そもそも、そういうスキルなのですから、当然に、昨年のエクリプス事件は最初から予見の対象外だったのです。結果論ではありますが、ミッドには大した被害も出ませんでしたし、あのエクリプスウイルスも「ベルカ製の」ロストロギアではありませんでした。
 一方、四年前の〈マリアージュ事件〉の方は……随分と後になってから解ったことなのですが、かなり正確に予見されていました。
 ただ、予言詩の解釈が難しく、特に『正確な場所や時期の特定』が全くできなかったので、当方が冥王陛下を保護して直接に話を聞き、さらに後日、事件の報告書を目にしてから、初めて『これのことだったのか』と解ったのです」
 そこで、シャッハは今さらではありましたが、はやてに一個の詩文を見せます。

『血塗られた大地で、名も無き墓掘りが「眠れる(しかばね)」を掘り起こした。
 目覚めた(しかばね)は、主君(あるじ)の姿を求めて彷徨(さまよ)うが、
 たとえ主君(あるじ)が「水底(みなぞこ)(しとね)」で目を覚ましても、
 炎の中で、(ふる)き忠誠は(こば)まれ、燃え落ちることになるだろう』

「ああ。これは確かに、済んだ後で読めば、あの事件のことやとすぐに解るけど……この詩を読んで、あの事件を前もって予想しろというのは、ちょぉ無理な話やろうなあ」
「ですから、今後も『重大な事件を全く予見できない可能性』は考慮しておくべきだと思います」
 シャッハはそう言って、話を()めくくったのでした。
(そして、実際に、新暦86年、カリムたちの側では、あの「ディファイラー事件」を予見することは全くできなかったのです。)
【私は、自分なりに「Forceのシリーズに聖王教会本部が全く登場しなかった理由」というものを真面目に考えてみた結果、こういう設定になりました。】


 そして、この年の11月には、新暦54年に28歳で殉職したクライド・ハラオウン艦長が、28回忌で「祀り上げ」になりました。
 リンディ(55歳)も、ニドルスの10回忌以来、三年ぶりでミッドを訪れます。クロノ(31歳)やリゼル(43歳)も同席し、互いに久々の顔合わせとなりました。
 今回も主催は次元航行部隊でしたが、やはり比較的「こじんまり」とした式になりました。

【なお、クレスト(クライドの父親、35年に37歳で死去)の祀り上げは65年に、やはり次元航行部隊の主催で行なわれました。
 また、マリッサ(クレストの妹でニドルスの妻、40年に28歳で死去)の祀り上げは68年に、ルシア(クライドの母親、43年に40歳で死去)の祀り上げは73年に、それぞれリンディやクロノやリゼルらによって個人的に行なわれました。】


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧