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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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21,亀裂

俺と騎士がフィオーラの街まで到着したのは「おはよう」から「こんちは」に挨拶を変えるぐらいのタイミングだった。

フィオーラ自体の規模はそれほど大きくない。
5分はあれば端から端まで歩けてしまいそうな大きさに住宅街がひしめき合う。
外輪には塀はなく、かつては水で満ち満ちていたであろう水堀は枯れ果てていて、かつての面影を残すのは圏内と圏外を隔てている吊り橋だけだ。
ギシギシと嫌な音をたて、吊り橋が不規則に揺れた。先ほど転落死を迎えそうになった俺としては勘弁してほしいが、街と外とをつないでいるのはこの橋だけなのだから、落ちないことと祈りたい。
開発者たちもそこまで悪趣味ではない筈だ。

何とか橋を渡りきると、目の前には凄惨な街並みが顔を覗かせる。
フィールドの荒廃した様子と一致させたかのように、僅かに存在する畑には干からびかけた植物が数本生えているだけ。
住民も他の層よりも頬が痩せこけ、体のどこかに傷を作り出していた。

住人たちの生気の無さに中てられたかのように攻略に繰り出していくプレイヤーたちもみな顔にゆとりは無くなっていた。
長く進まない攻略作業の疲れをおして、幾つかのパーティーが橋を渡ろうとこちらに向かって歩いてくる。
そのほとんどは攻略ギルドの面々で、ソロプレイヤーたちはほとんど見受けられなかった。

すれ違う時には、攻略組としての顔なじみばかりで軽い挨拶を交わしていく。
一心不乱にデスゲームクリアに努める猛者を励まし合っていこう、などどいう気持ちのいい挨拶週間があるわけでは決してない。
彼らの目的は俺が体を張って手に入れた最新のマップデータとMob情報だ。

二言目には「攻略進んでる?」とか「俺の攻略手伝ってくれよ」という感じで露骨に援助を迫ってくる。
とは言っても、俺も右手に羊皮紙にアウトプットしたマップデータを、左手にコルマークの入った袋を持っているのでお互い様だ。
攻略組というだけはあって、情報の価値と投資額はわかっているようだ。気前よくコインが袋に投げ込まれていった。

橋の欄干に立っているだけで、お布施とばかりに投げられるコインがたまっていく。
そんな俺を見て、騎士はゆったりとした動作で門の中へと歩き出した。

「おーい、礼くらいさせてくれよ」
「……」
騎士はコチラを一瞬見ると、再び門の方へ足を向ける。
聞く耳なしかよ。それならそれで考えがある。

投剣スキルの構えをとると、俺の右腕がライトエフェクトに包まれた。
「じゃあ今、受け取れ!!」
そのまま《シングルシュート》を発動させる。俺の右手にあった金袋は轟音を響かせながら、振り返った騎士の両手に着地した。

「俺が死んでたら、儲からなかった金だ。全部やるよ」
騎士は俺と金袋を交互に見て、最後に銀色の兜をガチャリと鳴らした。断られると思っていたから、これでいいとしよう。

すっきりとしたところで帰ろうと歩き出した時、遠くの方から何かが超特急で飛んできた。

地味なねずみ色のフード付きマント。そこからはみ出る金褐色の髪。
なにより、その下に描かれたフェイスプリントは見紛うことなく――

「――なぁにをやってるんだヨォォ!!」
俺の相棒、《鼠》のアルゴに違いなかった。
いつものふてぶてしいほどの余裕の面持ちは感じられず、慌てた様子とフロアボスの100倍はあろうかという威圧感を放っている。

下手なことを言うと、言葉の連撃を浴びせられかねないのは対人スキル中級者の俺でも分かり切っている。
慎重に言葉を選びながら、言葉をかけた。

「――よう、アルゴ。お、おはよう?」
「おはよう、じゃないヨ。朝起きたら部屋にいないシ、圏外でピクリとも動かないシ」

俺の対人スキルはまだ初級スキルくらいしかできないらしい。
悪い、と平謝りしようとしたが、遅かった。火に油を注いだアルゴの怒りは留まるところを知らない。

「――あれほど単独行動は禁止ダって言ってたはずなのに……」

怒られて、神妙な顔つきとなっている俺に、アルゴは小さな体をふんだんに使って文句を延々と述べてきた。
その姿はいつもがカピバラみたいなふてぶてしい感じなら、今は小刻みに動くハムスターだ。

「ん、なんだヨ。オイラに何か言いたいことあるのカ?」
反論があんなら言ってみな、と構えているので、

「いや。可愛いな、って思ってただけ」
と告げたら、ハムスターはポカン、と口を開けて急停止してしまった。

瞬時に、かぶっていたフードを両手でギュッと目のラインまで引っ張り、プルプルと震えだした。
あ、やっちまったと思った瞬間には、もう遅い。

さっと顔を上げたアルゴの顔は羞恥で真っ赤に染めあがっていた。涙ぐんだ眼と視線があったのはほんの一瞬。
「クロちゃんのアホんだらァァ」
と大きな拳が突きだされ、俺は宙を舞っていた。

俺の体はアンチクリミナルコードに守られているので痛くはない、というか体に拳が届いてすらいない。
が、ノックバックで吹き飛ばされた反射で自然と呻き声が漏れた。
顔を抑え蹲っていると、なぜだか今度は地面に影が差した。

モデル体型のほっそりとしたシルエット。その腰には細く長い一本の鞘の影が映り、どうしてか柄や鍔の形はない。
「あなたは、散々迷惑をかけてまだそんなことを言えるのですね」

ぎこちない動作で顔を上げていく。引き攣った笑みをヤヨイに向けるが、無機質な笑みが返ってきた。
そのさらに上には抜き放たれた紫電の刀身が太陽の光を受け、キラリと光っている。

「おまわりさん。ぼうりょく、はんたい」
「大丈夫です。ここは圏内なので痛くはありません」

助けを求めてアルゴを見ると、アルゴも薄笑いを浮かべながら両手のメタルクローを、ってメタルクロー!!?

ガチガチと震える俺に、二人はにっこりと最恐の笑顔をみせた。





「――とにかく、罠解除には私かアルゴさんがお供しますのでそのつもりで」
「はい。済みませんでした」
「それから、クー助やキー坊も探してくれたそーだから、そっちにも謝るコト」
「はい。誠心誠意お詫びをさせて頂きます」

ホームへと戻りながらの道中でひたすら俺は謝り続けていた。
両サイドを女性陣に固められ、その中心を肩身狭くトボトボと歩いている。
たかだかソロ攻略でどんだけ怒ってるんだよ、などと思っているとアルゴが再びこちらをキッと睨み付けてきた。
その鬼気迫った眼差しが10分前の悪夢を思い出させた。
感情表現を誇張気味に表現せざる負えない俺の体からはダラダラと汗がこぼれる。

「「今度、20層にあるレストランでフルコースを奢るコト」」
「……はい、デザートまで含め奢らさせて頂きます」

ヨロシイ、と言ってようやく二人は追及をやめてくれた。
取り巻いていた殺気がゆっくりと収束していく。
そういえばフルコースって何コルするんだろう?さっきのお金、全額はさすがに気前が良すぎたかもしれない。

「しかし、広域落とし穴にはまって、一人でよく生きてたナ」
「運が良かったんだよ」

そこで、ようやく俺はトラップに引っかかってからの先、銀色の全身鎧を身に纏ったプレイヤーが助けてくれたことを話した。
そう言えば名前を知らなかったな、と遅まきながらに思っていると横からふてぶてしい顔が覗き込んできた。

「おねーさんに任せナ。そいつの特徴、憶えてるナ?」
「銀の甲冑で全身を覆ってるソロの盾持ち片手剣士。ビルドは多分、筋力値優先型ってところか」

答えながら、ストレージからコインを出して親指で弾いた。500コルはクルクルと回転しながら相棒の右手に吸い込まれていった。
たしかに、とコケティッシュなトーンで返事をしたアルゴはしっかりと情報屋モードになっている。

「って、まさか分かるのか?」
「うーん、流石にそれだけじゃ絞りきれないな。今度、リストにするヨ」

鼠にかかれば、それくらいの情報は簡単に集まるだろう。それに、アルゴは商売上のルールとして情報を買った人の情報すら売ってしまう。
つまり、俺が「盾持ち片手剣士の情報リストが欲しい」と言えば、アルゴはそのリストの奴に片っ端から「盾持ち片手剣士の情報リストを欲しがってるクライアントがいるけど、情報買うカ?」と聞いて回るのだ。

まあ今回に限っては悪い話ではない。その情報が流れれば、もしかしたらあの騎士自体が名乗り出てくれるかもしれないし。
と、そこまで考えたところで前方から規則正しい足音が響いてくる。

アインクラッド広しといえど、こんな馬鹿みたいにそろった移動を行えるのは1つだけだ。
この荒野のイメージに合ったグレーを基調とした一団は俺達の前でピタリと止まった。

「何や《宝漁り》。こないなトコで何をサボッとんのや。ジブンらは仕事せんかい」
「随分だなキバオウ。お前らこそ少し朝寝坊が過ぎるんじゃないのか?」

棘のあるやり取りに俺達だけではなく、周囲のプレイヤーたちの空気も急速に冷え込んでいく。
リーダーのすぐ後ろにいたプレイヤーが俺の態度に腹をたて、一歩前に踏み出してきた。
が、リーダーが軽く睨むとしぶしぶ元の位置に戻っていった。
群れを成すのを嫌うネットゲーマー達をここまで律することができるとは。この男、キバオウのリーダーとしての才覚を認めざる終えないだろう。

「それに、仕事ならほとんど終わってるよ。あと迷宮区までは自分たちで開拓してくれ」
ウィンドウからマップデータをアウトプットし、キバオウに投げ渡す。片手で受け取ったキバオウは俺の安全ルートをしげしげと眺め、口を開いた。

「ふん。ほな、後はゆっくり昼寝でもして待ってろや」
「お前らこそ気を付けろよ。いくら大規模パーティーでも油断すると、一瞬だぞ」

わかっとるワイ、と振り向かずにキバオウは答えると、隊列に出発の号令をかけた。
相変わらず、馬鹿みたいに統率された動きで彼らは街中をこうしていこうとした。

「待ちなさい。貴重なマップデータを提供されてお礼の一つも述べたらどうですか?」
と、ヤヨイに呼び止められて再び停止した。

「おい、貴様。我々、アインクラッド解放隊は諸君ら一般プレイヤー解放の為に戦っているのだぞ!!」
先程、突っかかってきた男が真っ先に反応して、声を張り上げた。

既に得物のハルバードを抜刀し、街中だというのにそれを豪快に振り回した。
対するヤヨイもそれに合わせて左手で鯉口を切った。

いよいよ、マズイと思ったか周囲の生産職プレイヤー達が一斉にアイテムをしまいはじめる。
さすがに、ここで大立ち回りは拙いぞ。俺が二人の間に入ろうとしたとき、それより先に動く姿があった。

「コーバッツ、ちびっと静かにしとき」
「しかし、我々に……」
「コーバッツ」

キバオウはコーバッツと呼んだ男の肩に手を置いた。
コーバッツは一瞬だけ唇を噛みしめ、先ほどまでと変わらぬポーカーフェイスにもどった。

感心する俺たちにキバオウは向き直った。
その眼は冷たい光が漂っている。先ほどまでとは違うオーラを出して、口を開いた。

「部下がスマンかった。そやけど、ジブンらも一つ勘違いしてるよぅやから言うとくわ。ワイらは本気で全プレイヤーの為に攻略しとる。どっかの誰かみたく、遊びとはちごうてなぁ」

傲岸不遜に宣言して、今度こそキバオウ達は歩き出した。
馬鹿みたいに規則正しい歩みで圏外の方へと行進するグレーと赤の一団の背中を俺たち三人はしばらく見つめていた。

周囲のプレイヤーたちも一人一人、沈黙から抜け出して日々の商売に戻っていく。その流れに乗るように、俺もヤヨイの肩に手を乗せた。

「ヤヨイ、行こう。これじゃ通行の邪魔になる」
「……あなたはいいんですか?命を懸けて、稼いできた情報なのでしょう?」
「……別に金に困ってるわけでもないし、名誉とか感謝が欲しいわけでもないしな」

それを聞いてヤヨイは俺の手を振り払うように距離を取った。その眼は強い意志をもって俺に向けられている。

「なら、あなたは何で戦うんですか?何もいらないのに、命を懸けられるわけがない。そんなに私たちは綺麗には出来ていない」
「……そんな難しく考えずにさ。アルゴやヤヨイに死んでほしくないから、じゃ駄目なのか?」

俺だってそんな出来た人間じゃない。ただ、目の前にいる人たちが今のままでいてほしい。

「その為に、自分が死んでも惜しくない、と?」
「実際、死んでないんだ。結果オーライでいいじゃんか」
「……それは間違ってます。そんな考えでは、いつか誰かが死んでしまう」

切実な表情でヤヨイは何かを口ごもった。
けど、正直。俺には何をそんなに怒っているのかがわからなかった。
俺はただ、大切な人を守りたいだけ。それだけなのに。

「二人とも、それくらいにしとけヨ。いい加減、邪魔になってるからサ」
「ああ……」
「……わかりました」

アルゴのとりなしで、二人ともぎこちなく歩き出した。

だけど、心の奥底に小さなしこりが残っているのを俺は感じていた。 
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