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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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20,hole

 
前書き
久々更新。
 

 
震える指先でそっと地面に触れる。
湿った土の柔らかい感触がしたのはほんの数秒で、時間が経つにつれて本当の材質ーーざらついた鋼の感触が指先に伝わってきた。
10本の指で見えない薄い膜を掴みとるべく地面の中へ慎重に手を差し込んでいく。

きっと一昔前のゲームならば、ドット抜けやバグによる地面のあり得ない穴を想像しただろう。
しかし、ナーヴギア内のカーディナルシステムがこうしている間にも潜在的なバグを見つけて潰していっている。
人の手のミスすらもフォローする最強にして最恐のシステムの前に、そんな初歩的なバグなどあり得ない。

これは本来の仕様――すなわち罠解除スキルにおけるシステムエフェクトなのだ。

地面に巧妙に張り付けられた一ミクロンにも満たない膜を慎重にめくっていく。
持ち上げた途端に今までの地面となんら変わり映えのしない本当の地面が顔を覗かせ、持ち上げた偽物の地面は既に天空の様相をその表皮に移していた。

ステルス型トラップと言われる中層ゾーンでよく見つかる類のトラップだ。このエリアで俺が何度も解除しているトラップ。
ゆっくりと手が持ち上がるにつれて、目の前に表示される罠解除成功率は緩やかに上昇しているのが視界の端に見えた。

この解除モーションをしていてじれったいと感じてしまう。
例えば料理スキルや鍛冶スキルなら本来の時間の数十倍の速さで作業が終わるのに、どうして罠解除スキルだけはその効率化が数倍なのか。
そして、罠解除までの時間は決められている以上、その間に精一杯のスリルと緊張感を演じるのが俺の、いやこの世界の暗黙の了解というもので俺の神経は疲労の一途をたどっていた。

しかし、文句たらたらのこのシステム時間にも納得せざる負えないメリットというものは存在する。

気付いたのはほんの些細な指の違和感。
今まで何十枚と解除してきた中級トラップとはわずかに引っ張るときの引っかかりが大きい気がした。

気のせい、かもしれない。
例えばナーヴギアにもほんの僅かな処理落ちが存在するとか。
現実の俺の体の指に触れているであろうベッドのシーツからカーテンクロスに変わったとか。

だが、命を懸けたこの半年で学んだのはそんなifを信じることじゃない。
――この気のせいほどの違和感こそが最優先事項だということだ。

合致した思考は、咄嗟に後方へと地面を蹴り上げさせる。同時に、急加速でブレル視界の端で何かが緑から赤へと変わった。
事ここに至れり。勘の良さを喜ぶ暇も、分かりきったアナウンスを確認する時間はない。
跳躍するべく全力で地面を踏みしめようと力を込めたが、その動作は全く意味をなさなかった。

視線を向ければ、既に足元は俺を支えることすら儘ならず、崩壊の一途をたどっていた。

残った左足で無理やり飛び上がる。不安定な格好からなので、僅かにしか距離を稼げなかった。その間に着地すべき場所は次々と漆黒の闇が広がっていく。
いつの間にかさっきいた場所を中心に俺の前方10メートルほどまで大穴が出現していた。

――広範囲落とし穴(デモンズ・ゲート)。数メートル上空から見ると、その名の通り地獄の悪魔が口を開いている様に見えなくもない。
当然のように底は見えず、漆黒のポリゴンが覆い隠している。一層下まで続いているとも言われるのも頷けるというものだ。

昼の光を大穴ギリギリで残っていた岩が反射し、不気味な光沢を帯びた。
まるで、生贄をさらに一人食い殺さんと悪魔が目を光らせたように感じたが、生憎とそう易々と食われてやるほど俺もアホじゃない。

「ッチィ」

非常用で用意しておいたロープ付ナイフを咄嗟に投擲した。
切っ先がL字型に曲がったリズベット特注の逸品は予定通りの弧を描き、ガチンと悪魔の瞳に引っかかる。

窪みにしっかりと引っかかってくれなきゃ……

死ぬ。

なす術もないまま俺はそのまま大穴の中に吸い込まれていく。
蛇行していた茶色の線は一直線に伸びた。本来ならば重さに引き絞られてロープが伸びるはずだが、まだこの世界はミリ単位の伸縮は対応できない。

出来るのは零か壱かの情報変化。すなわち――死ぬか、生きるか。

ガチガチ、ガチガチ。

頭上で大きな音が響く。
頑張ってくれ、乗り切ったらピカピカに磨いてやるし、強化もしてやるから。

ガチン。

一際大きい音が反響し、降下は止まった。ひとまず、生き延びられた運に感謝だ。

左腕でしっかりとロープを握りしめ、張りつめていた息を吐き出した。
そのままゆっくりと地平線を見上げると、穴からは10メートル以上もたたき落とされてしまっていた。

ロープの長さを短くすればよかったとも思ったが、短いとそもそも助かってない。

文句ばかりも言っていられないが、これを上っていくのかと思うと心が折れそうだ。
鉤爪も、岩も、俺を支えるこのロープにもシステム的な耐久値は無論存在する。
ロープと鉤爪の耐久地は約10分。それより先に岩が破損するかもしれないことを考えれば、時間の猶予はあまりない。

よっしゃ、と腕に力を入れようとしたとき大穴に届いていた光が何かに遮られた。
モンスターのポップかと思って上を見上げると、そこにいたのはこの層を守るオーガ、とは別の姿だった。

フルプレートのアーマーとアーメットで完全武装した中世騎士を思わせるシルエット。そのせいで、顔はおろか皮膚の一つも見ることはできなかった。
「すまん、ちょっと引き上げてくれないか?」
声を張り上げると、騎士は無言でコチラを向き、じっとみつめているように感じた。

戦士ならではの鋭い視線が俺の全身をとらえていく。

「……」
騎士はそれから、俺と岩に引っかかっているロープを交互に見比べた。
それから、ゆっくりとしゃがみ込み、再度沈黙のままにこちらを見つめている。

「おい、金なら払うぜ。頼むよ、俺AGI型だからのぼるの厳し―――」
その瞬間、ガクンと世界が揺れた。

男の横の岩がポリゴン片となり、四散してゆく。
拠り所を失ったフックがふわりと空中に浮きあがった。

ゆったりと、重力を感じて俺の体が落ちていこうとした時、再度張力が働いた。
「―――っ!!」

思わず上を見上げると、男が岸壁から身を乗り出し何とかロープの一端を掴んでくれていたのだった。




「助かったぜ、とにかく……ありがとう」
帰ってきた地上に寝そべりながら、俺は謎の騎士に礼を言った。
筋力値が高いビルドの様で、俺を引っ張り上げた後でも騎士は息すら荒れていない。

「なあ、俺は取りあえず街まで戻るけど、あんたはどうするんだ。街に行くならいっぱい奢るぜ」
「…………」

騎士は無言で向きを変え、迷宮区の方にゆったりと歩いていこうとした。
あ、けどあの方向はマズイな。俺は近場にあった拳ほどの石を適当にそいつの進行方向に投げこんだ。

「…………!!」
騎士はさっと距離を取ると、腰の片手剣に手を触れ抜刀の構えを取った。
反応速度も速いし、そうとう出来るようだ。だけど、攻略組にこんな鎧の奴いたっけか?

「まあ、そう構えるなよ。あと、後ろを見てから俺が敵かどうかを判断してくれ」

そういって、俺はゆっくりと、距離を保ちながら移動した。
敵だと思ってるなら、背後を取る位置はあらぬ誤解を誘うからだ。

騎士は俺の意図を把握したのか、こちらの動きに合わせて体の向きを変えていく。
そして90度ほど向きを変えたところで、ピタリと動きを止めた。

そりゃそうだ。
さっきまで何もなかった荒野に小さな毒沼が出来上がっているんだから。

「その程度なら命の危険はないけど、俺の引っかかったレベルの落とし穴もそこそこ存在する。で、どうするんだ?」

騎士は数秒考え込み、そして元来たであろう道を歩き始めた。

俺も横に並ぼうとしたが、騎士は歩みを速めて先に行ってしまう。
俺が諦めると、それに気が付いて少しだけペースを落とす。
再度、スピードを上げるとあちらは走り出してしまった。

まったく、変わったやつだ。

つかず離れずの距離を保ちながら、俺たちは街への道のりを歩いて行った。
 
 

 
後書き
更新遅れてすみませんでした。

25層攻略、スタートです。
ただし、定期更新できるかは…… 
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