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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
  ライン川の夕べ その1

 
前書き
西ドイツ軍原作キャラ登場回 

 
 マサキはボンに着くなり、ライン川沿いにある大統領公邸に招かれた。
『ヴィラ・ハンマーシュミット』は米国大統領府(ホワイトハウス)に似た白塗りの外観から、『ボンのホワイトハウス』と称されている。
 大統領と面会するなり、ドイツ連邦共和国功労勲章を彩峰たち一行とともに授与された。
流石に東ドイツの時とは違って、陸軍曹長にふさわしい一等功労十字章となった。



 ボン・サミットの初日には大統領宮殿で、各国代表を集めた大規模な晩餐会がなされた。
総員2000名の人間が、ボンの手狭な宮殿に集まった。

 マサキを驚かせたのは、この世界のサミットと元の世界のサミットの違いに関してであった。
首脳会合であるのにもかかわらず、晩餐会や夜会が開かれ、それが深夜まで及ぶのが慣例だということに。
 初開催のパリサミットの時から、夜会は政治外交の場とみなされ、重視されていた。
フランス大統領主催の晩さん会は3日間行われ、延べ人数5000人が招かれたことを模範として、西ドイツ政府もそれに倣うと聞いたときは、あまりにも貴族趣味的であると仰天した。
 先年のロンドンサミットに際して行われた舞踏会は、午前4時過ぎにまで行われたため、戦時にふさわしくないと非難を受け、今回は深夜2時までとすると事務局から発表があった。

 マサキは舞踏会や夜会が開かれるに合わせて、黒い正装を身につけた。
この制服は、前の世界の戦前の帝国陸軍の正装そのものであった。
黒いフロックコートに側章の入ったズボン、黒革製のチャッカブーツからなるもので、仰々しい房飾りのついたケピ帽といういでたちであった。
金属製の鞘に入ったサーベル型の儀礼刀は、1キロであったが、かさばり想像以上に重かった。

 慣れぬ衣装を身に着け、彩峰たちと端の方のテーブルで座っていたのだが、彼を辟易させたのは挨拶に来る人物の多さだった。
同盟国の米軍をはじめ、英軍、戦前より関係の深い仏軍、そして主催国である西ドイツ軍であった。
 
 西ドイツ軍の将校団は異様な組み合わせだった。
ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星大綬章とレジオン・オブ・メリット勲章を胸に付けた濃紺の空軍制服を身にまとった老人と、複数名の士官。
その後ろから来る、空色のドレスを着た160センチほどの小柄な少女。
 彼女は黒い髪を後頭部で結いあげるフレンチツイストという髪型をしていたが、まとめた髪が大きく盛り上がっているところを見ると相当の量の長さであることがわかる。

 サングラスをかけ、口ひげを蓄えた老人は、マサキの方を向くなり、
「あなたが木原博士ですか」と、握手を求めてきた。
マサキは、男の手をつかむなり、皮膚の触感が微妙に違うことに気が付いた。
「失礼だが、大やけどでも負ったか。作り物の皮膚では皮膚呼吸も満足にできずに蒸し暑かろう。
俺ともう少し早く知り合っておれば、本物の皮膚を使って直してやったものを」
老人は一瞬、驚愕の色を見せるも、何事もなかったかのように挨拶を告げてきた。
「シュタインホフです。どうぞお見知りおきを」
マサキも力強く握手で応じた。

 シュタインホフ将軍は、あいさつを終えるなり、驚くようなことを告げてきた。
「君さえよければ、私の孫娘を側に置いてくれまいか」
マサキは、あまりの言葉にただ苦笑するばかりであった。
「この俺を揶揄(からか)っているのか。
何処の世界に自分の孫娘を贈答品として差し出す莫迦(ばか)が居るのだ……」
 
マサキは、てんで受け付けようとはしなかった。
「待ってくれ、こんな小娘貰っても足手まといだ……銃の一つも碌に撃てまい。
それに徒手空拳で男に襲い掛かられてみろ……目も当てられんぞ」
マサキは、彼女が士官学校在学中、女子生徒の中で首位を維持しているのを知らなかった。
「何とでも言うが良い。ただキルケは……私が言うのもなんだが才色兼備で自慢の孫娘だ。
日独友好の為に君さえよければ……」
マサキは、強気で押し切る男の表情に困惑した。
「娘の意見は聞かないのか……」

体の向きをキルケの方に向ける。
「おい!娘御(フロイライン)
ドイツでは廃れつつある古風な言い回しで、マサキは呼び掛けた。
彼は、ずかずかと彼女のすぐ脇まで歩み寄った。
「俺は、お前のような青い果実を食らうほど飢えてはいない」
その視線は彼女の細面をとらえたまま、微動(びどう)だにしない。
「もっと良い女になってから来るのだな。フハハハハ」
右手をキルケの顎に添えようと伸ばすも、手首をつかまれて払いのけられる。
そして一気呵成に、背中の方に向けて後ろ手にされ、押さえつけられてしまう。
 想定外の出来事にマサキは、ただただ声を上げることしかできなかった。
「な、何をする……離せ、娘御」
苦悶の表情を見せながら藻掻き苦しむと、やっとキルケの方から手を離した。

左手で捻られた右手を擦りながら、キルケの方に向かって訊ねる。
「俺も無理強いする心算も無ければ、貴様等の祖父の都合などどうでも良いからな……。
そこでだ、お前の本心を聞きたい。嫌がる人間を連れて行くほど野蛮ではない。
嫌ならば正直に断る自由もある」
先程までの太々(ふてぶて)しい笑い顔は消え、何時になく真剣な表情を浮かべた。

マサキは、彼女の祖父・シュタインホフ将軍の胸に輝く、数々の勲章を見ながら、キルケを揶揄った。
「貴様が祖父は、かなりの敵機撃墜数を誇る勇者のようだな。
その祖父の(ひそみ)(なら)って、俺を落としに来たのか。
俺ほどの有名人を一人落とせば、並の男100人に声をかけるよりはるかに価値があるからのう」
キルケの表情が、見る見るうちに赤くなっていく。
「気取ることはあるまい、お前自身も俺に気があるのであろう。
だが、安心しろ。俺は15、16の小娘には興味があまりない。もう少し美しくなってから来るのだな」

 言葉より先に、キルケの平手がマサキの頬に飛んだ。
「言っていいことと、悪いことがあるわ。日本人がこんなに失礼な人種だとは思いませんでした」
思いもしなかった令嬢の激高に、マサキは自身の右ほおに手を当てて、面食らってしまう。
「それとも、東ドイツの時のように、豊満な美女が誘いに来ると期待してたんでしょう。
私みたいな、痩せっぽちの貧相な娘が来て、ショックを受けた。違って?」
さしものマサキにも、返す言葉がなかった。
「あなたが何度もちょっかいをかけてきても、ダンスでペアを組んで踊るような愚は犯しません」
キルケは、マサキを忌々しげににらむと一人引き返してしまった。



 困惑する周囲をよそに、帰ってしまったキルケ。
呆然とするマサキの傍に、タキシード姿の白銀が近寄ると、慰めの言葉をかけた。
「思いっきりたたかれましたね」
「ああ」
「でも案外、(みゃく)がありそうですね」
何気なしに白銀が言った言葉に、マサキはかすかな胸騒ぎを覚える。
「どういうことだよ」
「嫌よ嫌よも好きのうちと、申しますから」
「何、あのキルケという娘御は気取っていて、俺を叩いたのか」
「その線も捨てきれませんよ」

(「以前、ユルゲンの妻は俺の頬を二度もぶったな。
ということはつまり……、この俺に気があったという事か」)
 
 彼は心に、ベアトリクスの炎のように赤い瞳を浮かべながら、呟いていた。
「遠慮などをせずに……咲き誇っていた美しい花を、一思いに手折(たお)っておけば。
まったく……惜しいことをしたものよ」
 
 その言葉を聞いた白銀は勘違いしてしまった。
マサキは、キルケに一目ぼれしてしまったと。

「その気なら、僕がいくらでも手配しますよ」
「フフフ、待たせた娘がいる身の上で、他の女性(にょしょう)に気を奪われるなど……
この木原マサキ、そこまでは乾いてはおらぬ」
そのマサキの言葉を聞いた白銀は、そそくさとその場を後にした。



 白銀が引き上げたのを待つかのように、一人の男がマサキのそばに寄ってきた。
「のろけ話とは君らしくないね。木原君」
鎧衣はいつもの着古しのトレンチコート姿ではなく、黒い蝶ネクタイにタキシード姿だった。
「鎧衣。貴様、いつの間に」
太いドミニカ産の葉巻である「アルトゥーロ・フエンテス」を取り出すとマッチで火をつける。
「商工省貿易局(今日の経済産業省貿易経済協力局)の関係者と話をしていてね。どうしても君の手助けが必要だと」
それにつられたマサキもシガレットケースからホープを取り出すと、紫煙を燻らせる。
「東独の案件か」
「わが国の大手ゼネコンが欧州進出の足掛かりとして、東ベルリンの再開発事業に入札したくてね……。
向こうの通産次官とアポイントメントとを取ってほしいと。
でも彼は政治局役員も兼ねてるから、警備の関係上、紹介がないと会えなくてね」
「通産次官……」
鎧衣の老練な話術に乗せられてしまったことに、マサキは今更ながら気づいた。
「まさか、アーベルか」
「ご名答」

 おそらく、自分の知らないところで話が出来上がっている。
鎧衣はただ、伝えに来ただけだ。 
 こうなってはもうどうすることも出来まい。
マサキは、覚悟を決める。
「ところで今何時だ」
「まだ20時だよ。夜会の本番はこれからさ」
欧州の夜会は、午前3時ごろまで夜通し続くのが慣例だった。

 この際だ。ブレーメ家に電話するか。
おそらく電話口に出るのは、アイリスか、ベアトリクス。
久しぶりに、彼女たちをからかってやろう。
「電話はあるか」
「奥に行けば、プレス用の国際電話ボックスがあるが……」

 善は急げだということで、マサキはその場を辞した。
電話ボックスに向かって、小走りで書けていくとき、白銀とすれ違う。
「博士、こんな時間に、誰に電話するのですか」
「ちょっと野暮用でな。フハハハハ」
明るい灰色の軍服を着た集団といるところを見るとフランス軍か。
マサキは、白銀の方を向かずに、電話ボックスに急いだ。












 二人の男が夜会の端の方で話をしていた。
「なあ、あれが噂に聞くゼオライマーのパイロットか」
「ああ、あの20そこそこの青年将校だが、先頭に立ってBETAの中に切り込んでいったらしい」
「大分浮かぬ顔をしている様子だな」
「何かあったのだろう」
 軍楽隊の奏でる音楽の中、若い将校たちは静かに酒を飲んでいた。
皆一様に暗い表情を浮かべている。
「なあ、君はどう思う?」
「隊長、何がです?」
 男の名はクラウス・ハルトウィック上級大尉。
西ドイツ軍の戦術機隊長であった。
 金髪の髪を短く借り上げ、屈強な体つきではあるが、風采の冴えぬ男であった。
浮いた話もなく、けっして誇大な話はしないので、さほど人気はなかった。
 ただ大尉の身の上でありながら、戦術機部隊を米軍の協力を得て一から立ち上げた人物である。
世人は『現代のグーデリアン将軍』と、そやすほどの行動力の持ち主であった。


「バルクよ。我々の作戦は成功したんだろう。なのにこの暗さは何だ」
「……」
ヨアヒム・バルク大尉は、グラスに入ったワインを一気に飲み干すと小さくため息をつく。
「まぁ、なんというか……正直こんな気分では酒も美味くないですね」
「ふむ、確かにそうだな。私も全く同じ気持ちだよ」

 二人はしばし、感慨にふけった。
既にソ連もKGBも弱体化した。残すは火星と月に居るBETAだけなのだ。
宇宙怪獣の巣を元から退治せねばならないのは分かってはいるが、場所がいかんせん遠い。
地球外なのだ。
 しかも、その巣には恐らく奴らの前線基地の一つがあるのは間違いないのだ。
今更ながら、何故人類はこの手遅れになるまで放置してしまったか?

「我々は本当に勝ったと言えるんでしょうか?」
 バルクの言葉に、男は(かぶり)を横に振ると、グラスに残ったワインを飲みほす。
彼は、グラスをテーブルに置くとバルクに向かってこう言った。
「いや、まだだ。奴らが居なくならない限り勝利とは言えまいよ」
まっすぐ正面を見つめる緑色の目には、どこか愁いを帯びていた。 
 

 
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