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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  賊徒の末路 その1

 
前書き
 話として、まとめに入ります。
前後編に分けて、中東編は終わりにします。 

 
 ここは、ベイルートにあるレバノン大統領府。
米国艦隊の艦砲射撃を受け、対応を協議していた政府首脳に一つの事実が伝えられた。
「ゼオライマーの来襲」
閣僚の間に、衝撃が走った。

 レバノンは、「オリエントの諸民族と文化、宗教を集めた博物館」と称される地域である。
そこには、キリスト教とイスラムの代表的な18宗派があった。
 フランスが、中東の植民地経営の円滑化のために人工的に分離独立させた地域である。
フランスの差配の元、各宗派に政治権力配分がなされ、政府の円滑な運営を目指していた。
大統領は、キリスト教マロン派、首相はイスラム教シーア派、国会議長はイスラム教スンニ派という具合である。


 微妙な政治的バランスの上に立っていたレバノンの政治状況を狂わせた始めたのが1970年のPLOの大移動である。
このアラブ民族社会主義を掲げる集団の侵入によって、過激な思想と武器が持ち込まれた。
 政府上層部はキリスト教少数派のマロン派である。無論両者は相容(あいい)れなかった。
1974年のイランのマシュハドハイヴ建設で、この問題が先送りされていたが、ゼオライマーの登場で変わった。
マサキが、マシュハドハイヴごと中東域のBETAを消し去ったことで、再び緊張を高めたのだ。



「なぜ、我が国が襲撃されねばならんのだね」
首相の一言で始まった討議は、30分に及んだ。
彼らは、結論の出ない議論を続けている内に、大統領は、一つの決断を下す。
「やむをえまい。ラヤーク空軍基地にある戦術機隊に出動要請をかけたまえ」

 ラヤーク空軍基地は、独立前にフランス軍が作った軍事拠点。
レバノン山脈とアンチレバノン山脈の間にある要衝のベッカー高原にあり、広大な湿地帯と湖の間に置かれた近代的な空軍基地である。
 そこにはフランスから購入した最新鋭の戦術機「ミラージュ3」が、倉庫の奥深くに新品同様の状態で眠っていた。
1974年、レバノン政府は、米空軍の最新鋭戦術機「F4ファントム」の購入を希望していたのだが、フランスの圧力の下、新しい「ミラージュ3」を調達することが決定された。
 この契約に関する納入は、1977年9月に始まると同時に、レバノン人パイロットは、フランスで衛士への機種転換訓練を受けた。
しかしながら戦術機は、格納庫の奥深くに仕舞われ、非常に限定的に使用された。
新参の戦術機は、多くのパイロットが好んだ戦闘機に取って代われなかった。

 
 大統領は、かけていた老眼鏡を外した後、しばしの沈黙に入った。
懐中より、フランス煙草のゴロワーズ・カポラルを取り出すと、封を切り、紫煙を燻らせる。
一服を終えると、真剣な表情でたたずむ閣僚を前にして、驚くべきことを口にした。
「ベイルートを捨て、脱出準備に入る。対外情報・防諜局(SDECE)に連絡を取ってくれ」
 
 レバノン大統領が言ったSDECEとは、フランスにおける情報機関の事である。
第二次大戦中の情報行動局を発端とし、1945年に組織されたフランスの対外諜報機関である。
1943年に独立したレバノンは、脆弱な国家基盤の維持のために、旧宗主国フランスの支援を受け入れることが、ままあった。
 1958年のレバノン危機の際は、フランス外人部隊が混乱を収めるのに一役を買うほどである。
対外情報網も、またフランス政府との協力関係を結びながら運営されていた。






 米軍救出部隊の航空支援としてついていたF4ファントム中隊の前に、遠くから近づくものがあった。
夜間監視装置のついた偵察機の複座に座る偵察員が、レーダーに映る遠くの機影を伝達する
「正面に敵、数は36」
口頭で報告を受けたパイロット役の衛士は、
「敵さんのお出ましか。歓迎パーティーと行こうじゃないか」と応じた。

 F4戦術機のレーダーに映る謎の機影。
 それは、ソ連製のMIG21で、総勢36機の大編隊だった。
各機とも漆黒の夜間迷彩塗装が施され、突撃砲を4問装備していた。

 米海軍戦術機隊の隊長は各機に指示を出す。
「両肩に装備してあるサイドワインダーでの攻撃後、本空域より離脱する」
そういうと、隊長は操縦桿にある透明な樹脂製のケースを親指で押し上げ、
「ミサイル発射!」と、赤い射撃ボタンを強く押した。

 両肩の上に付けられた三連装のロケットランチャーが火を噴くと、勢いよくミサイルが噴出していった。
計六本のサイドワインダーミサイルが、ソ連機に向け、蛇行した軌跡を描きながら進んでいく。

 ソ連機には熱感知装置はついているものの、それは米海軍の物とは違い、BETA戦に特化したものだった。
空対空ミサイルの電子妨害装置や対応するミサイルなどの装備は、重量と費用の関係で見送られていたのだ。
 
 ソ連機は、搭載する突撃砲で必死にミサイルを迎撃するも、衛士の技量は米海軍に劣った。
ミサイルを必死に回避している最中に、ファントムが彼らの後ろにつくと、20ミリ機関砲の餌食となって、そのまま火を噴いて、洋上に真っ逆さまに落ちていった。

 戦闘は10分もしないうちに、一方的に終わった。
「全機集合!被害状況を知らせよ」
隊長からの応答に、副長は、
「全機健在。わが方被害なし」

「新たな機影を確認、数は25」
戦術機隊長は、監視員からの報告を受けた後、燃料メーターを見る。
 戦術機の航続距離は、軍事兵器としては短かった。
レシプロ戦闘機にも劣る戦闘行動半径は150キロメートル、巡航は600キロメートルであった。
『これ以上は推進剤の燃料が持たない』と、考えた隊長は、一つの決断を下す。
「全機に次ぐ、これより全速力をもって、敵の追撃を断ち、空母「エンタープライズ」に向かう」
跳躍ユニットのロケットエンジンを全開にすると、高度を上げて、戦闘空域から離脱した。







 その頃、ベイルートは混乱の渦に巻き込まれていた。
ゼオライマーの登場で、破れかぶれになったPLFPなどの団体が、黒い怒濤を持って、市内の略奪を開始した。
 アラブ民族社会主義を掲げるPLO、PLFPと、この国の指導層であるキリスト教マロン派の両者は相入れぬ関係であった。
1970年のPLOのベイルート移住以来、両者は度々武力衝突を重ね、その不満はたまっていた。
 ついに米艦隊の艦砲射撃を受け、混乱する市内の略奪という暴挙に走ったのだ。

 マサキは、ゼオライマーの球体上のメインカメラを市中に向けてズームする。
画面に映る街の様子といえば、真っ赤に焼けていた。
女子どもは、焔の下に悲鳴をあげて逃げまどい、昼のようにベイルート市中は明るい。
 見れば、悪鬼のような人影が、銃剣をふるい、銃を放ちながら、逃げ散る者を見あたり次第に殺戮していた。
目をおおうような地獄が再現されていた。

 『ああ、人間というものは、ここまで醜くなれるものか……』
マサキの胸中は、人間への絶望に覆われ始めていた。
 『所詮、パレスチナ解放という大義を掲げても、やることは強盗や賊徒と変わらぬではないか』
氷のような感情が、ふたたびマサキを覆い始めていた。
 あの可憐な少女、アイリスディーナとの出会いを受け、僅かに溶け始めていた厚い氷河。
彼女の純粋な想いすらも、忘れさせるほどの衝撃だった。


 そのとき、マサキの心中に暗い情念が渦巻く。
(『このような(やから)が、この世に存在しては(まず)い』)

 思えば前の世界でも、日本赤軍などの赤色テロリストが、このアラブの過激派を頼り、世界を震撼させた。
 イスラエルのテルアビブ空港での銃乱射事件や、よど号などの日航機ハイジャック事件。
オランダ・ハーグの仏大使館やマレーシア・クアラルンプールの米国大使館等を占拠し、国際関係をも悪化させた。
 国内でも、妄想の実現のために、彼らはお構いなしだった。
銀行強盗や警察署の襲撃、自衛隊施設への侵入は無論のこと、民間企業にもその矛先は向いた。
三菱重工や鹿島(かじま)建設などの有名企業を爆破し、韓国産業経済研究所やチリの練習艦などの外国施設への襲撃で血の雨を降らした。
革命を誓う同志すらも疑い、妊婦にまで手をかけた人の皮を被った悪魔。
人面獣心(じんめんじゅうしん)との言葉が、ふさわしい連中であった。
 日本列島を赤化せんとする野望のために、テロルの恐怖で、無辜の市民がのたうち回る。
彼の脳裏に、その地獄絵がまざまざとよぎった。

(『残された道は、ただ一つ……』)
うつむいていた顔を上げる。
(『このレバノンの首都ごと、テロリストどもを完全に葬り去る』)



 赤色テロリストへの憎悪が、たぎる血潮を高ぶらせる。
共産主義者(テロリスト)が、勝手なことを……」
マサキは、天を仰ぐと、小声でつぶやく。
「このうえは、レバノンもろとも、テロリストを吹き飛ばす」
力強く操作卓のボタンを連打し、攻撃準備を始めた。

 美久は、必死に、怒りを表すマサキをなだめようとする。 
「お気持ちはわかりますが、お止めください。
まだ避難できていない住民が多数おりますし、近くにはパレスチナの難民キャンプが……」
マサキは、諦めたかのように乾いた笑い声をあげ、右の食指でメイオウ攻撃の射撃指令を出す。
「フフフ、そのような人非人(ひとでなし)は、俺が作る新世界には必要のない」
顔に暗い影を落としながら、冷酷に告げた。
 
 直後、静止していたゼオライマーは両腕を勢いよく、胸の球体の前に掲げる。
大地が裂けるような衝撃波とともに、眩いばかりの光が市街を照らす。
強烈な熱波の後、地表から巻き上げられたチリや煤は、やがて白い爆煙として立ち上っていった。



 そのころ、鎧衣たちといえば。
彼等は、米海軍が差し向けたF4戦術機小隊の支援により、辛くも窮地を脱していた。
八台のHH-53B/C スーパージョリーグリーンに救助されて、米兵たちとともに乗り込む。
 まもなくベイルートを後にし、遠くなっていくソ連軍基地を見ながら、ぼんやりしていると、
「なんだ、あの光!」
米兵の誰かが叫んだかと思うと、強烈な閃光とともに、雷鳴のような轟音が鳴り響く。
 
「まさか、ゼオライマーの……」
おもわず口走ってしまったことを後悔する間もなく、白銀が訊ねてきた。
「鎧衣の旦那、あれが木原先生(センセ)のマシンの攻撃なのですか。
デイジーカッターと同じくらいの威力はありますよ」

 その発言に、デルタフォースの部隊長が仰天して、
「白銀君、あれはデイジーカッターの爆風どころではない。
自分は北ベトナムの大部隊と戦った時に、航空支援を頼んだ折、至近弾を間近で浴びたが、その威力の数倍、十数倍あると思っている」

「でも旦那、あなたはハバロフスクに潜入して先生(センセ)と行動を一緒にされたんじゃ」
 ゼオライマーは、公然の秘密だった。
日米の間とはいえ、秘密裡にして置く必要があるとみえ、鎧衣は、いつになく厳として、
「白銀君、それ以上は止めたまえ」と、(いまし)める。

 見かねた隊長は、彼らを止めに入った。
「まあ。まあ。ご両人ともこんなところで言い争っても仕方ありません。
木原博士と合流した後に詳しい話を聞かせてもらってからでも遅くはありません」
一旦鎧衣は、顔をほころばせると、昂然と笑い、
「いやはや、この鎧衣としたことが……。
砂漠の熱さで、つい冷静さを欠いておりましたわ。
暑気払いに、ウイスキーでも一杯ひっかけたいものですな」
といつもの如く、諧謔(かいぎゃく)(ろう)した。
白銀もそれに合わせるようにして、持ち前の明るさで、
「じゃあ僕は、キンキンに冷えたバドワイザーで……」とその場を和ませる冗談を言う。

ヘリの機長は、正面を向きながら、後ろから聞こえた彼らの冗談にこう応じた。
「米海軍の運営する当機では、アルコールの提供はご遠慮いただいております。
その代わりに、アイスクリンとコカ・コーラについては母艦到着後、何時でもお届けに参ります」
機内は、男たちの笑い声に包まれた。 
 

 
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