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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第六十七話 箱の中の腐った林檎

宇宙暦793年6月13日13:30
アムリッツァ星系、チャンディーガル、シヴァーリク郊外、
ホテル・シュヴァルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター

 しかし…なんで俺がこんな事しなきゃならん?
事前の資料ではロボス親父の施政には特に問題は見られない。用地の買収、インフラの開発、農業品の生産力向上の為のプラント設置、鉱物資源の生産、消費財の生産…施政そのものには問題はない。だが…。
「我々はいわば敗残者です、勝者に抗う力はありません。我々の資産は減りましたが、領民…市民生活は守られています」
ダンネベルク氏が嘆息した。

 確かに軍政は順調だ。配給制を敷いている訳ではないし、市民生活も占領前と多分変わらないだろう、いたって平穏だ。だがそれは目の前の在地領主の善政の結果としてであって、ロボス親父の軍政の結果ではない。
話を聞いていくと驚くべき事に、貴族達から買い上げた物の対価は一部しか払われていなかった。現状では新領土で得た物は言わば同盟軍が強引に接収する形に近い。接収された資源や土地などの資産は同盟軍が改めてそれを進出してきた企業に売却する。新領土の市民から何かを供出させている訳ではないから、市民に無理を強いている訳ではない。だが…。
「今すぐ是正致します。少し時間はかかるかもしれませんが、これまで払われていない分についても手続きを行います」
居並ぶ皆がホッとした顔をする。驚いた。ホントに驚いた。そりゃあ沢山の企業が進出したがる訳だ。ロボス親父にお願いすれば、新領土では資源はタダ同然…ん?ロボス親父にお願いすれば…??
改めて手元の資料を見直す。ふうむ…貴族達の話と色々と金違う所がある…。
「ちょっと失礼…カヴァッリ中佐、ローザス少尉、こちらへ来てくれ」
耳のインカムをコツンと叩いて、隣室からパオラとミリアムちゃんを呼んだ。
「入ります。何か、ありましたか」
「中佐、二人で皆さんのお相手をしていてくれ。少し席を外す」
「了解しました」
呼ばれた二人も含め部屋の皆が怪訝そうな顔で俺を見るが、気にしてはいられない。俺だけじゃ駄目だな、オットーとマイクを連れて行こう。
急いで隣室に戻ると、こっちでも皆が怪訝な顔で俺を見る。その筆頭はワイドボーンだ。
「高等参事官、どうかなさいましたか」
「中佐、皆を連れて…隣の皆も連れて、一緒にホテルを出てくれないか。急いで、さりげなく、目立たない様に」
「…了解致しました。ですが、指揮はヤン大佐ではなく小官で宜しいのですか?」
「…ヤン大佐はエル・ファシル以来、光秒以下の出来事については対処出来ない様になってしまったんだ。だから中佐、宜しく頼む。オットーとマイクは俺と一緒に来い」
何か言いたげなヤンさんの相手をしている暇はなかった。これならロボス親父に居てもらった方がマシだった。
「中佐、合流は宇宙港、我々のシャトルだ」
「了解致しました、中々急を要するみたいですな。では」
有能な軍人は話が早い。余計な事は聞いて来ないから助かる…。

 三分後、俺のチームとワイドボーンのチームはそれぞれの地上車に乗っていた。
「一体どうしたんだよ、ヤマト」
ホテルを離れるまでは黙って居た方がいい、とでも気を使ってくれたんだろう、地上車に乗り込んだ途端オットーが移動の訳を聞いてきた。マイクは地上車の運転に集中している。
「ちょっと、危険かもと思ったんでね。オットーはロボス提督をどう思う?ビュコック提督の副官時代、俺よりは顔を合わせる機会はあっただろう?」
「どう思うって…分からないな。表面的なものならいくらでも言えるが。そういう上っ面な事を聞きたいんじゃないんだろう?」
「じゃあ…ロボス提督は汚職をやっていると思うか?」
「金に汚いイメージはないな。まさか、やっているのか?」
「まだ分からん、だからこれからそれを調べるんだ」
「だからシャトル、艦に戻るのか」
おかしいな、と思ったのはロボス親父が怒って出ていった時だ。

~ですが提督の顔色を気にして、お連れの方々が言いたい事も言えない~

そう言ったら本当に怒っていた。何か悪いことしてるだろう?そう思って言った訳じゃない。ダンネベルク氏やミュンツァー氏達は被征服者の立場にある。征服者の頭目、ロボス親父がいたら言いにくい事もあるだろう…と単純にそう思って言っただけだ。まさか…。



14:35
チャンディーガル宇宙港、自由惑星同盟軍専用区画、シャトル発着ロビー
ヤマト・ウィンチェスター

 軍専用区画の発着ロビーには既にワイドボーン達が到着していた。彼以外は既にシャトルに乗り込んで待機しているという。ちゃんと貴族達も連れ出した様だ。貴族達はびっくりしてるだろうな、訳も言われずいきなり宇宙港なのだから。
「ご無事でしたか。何か急を悟られたのでしょうが、無事で本当に何よりです」
返事をしようとすると、そうも行かないみたいだぜ、とマイクが小声でささやくのが聞こえた。マイクはブラスターを抜いて射撃姿勢をとっている。遅れる事数秒、オットーもそれに続く。

”抵抗するな。我々はアムリッツァ駐留艦隊司令部付、野戦憲兵隊である。大人しく従ってくれれば危害は加えない。動くな”

そう言う拡声マイクの声のする方を見ると、完全武装の装甲服を着た野戦憲兵隊が二十人程、こちらにブラスターライフルを向けていた。彼らによって発着ロビーの出入り口は完全に押さえられてしまっている。
「我々は統合作戦本部高等参事官の視察団だ!何の故あって我々を拘束しようとするのか!部隊指揮官は前に出ろ!」
今まで一度も聞いたことのないマイクの野太い声だった。そうだ、既にマイクは歴戦の装甲兵指揮官だったな…。
「ヤマト…早くシャトルの中に入れ。此処は俺とオットーで時間を稼ぐ」
「えっ、俺も!?……仕方ない、ヤマト、マイクの言う通りにしろ。シャトルの中から上空のガットマン中佐に連絡しろ。統合作戦本部につないでもらうんだ」




14:40
アムリッツァ星系、チャンディーガル第二衛星軌道上、第七十二繫留ステーション、
自由惑星同盟軍、戦艦ケンタウリ、
トニー・ガットマン


 艦長就任初めての任務が、かつての部下の送迎とはね。しかも専用艦と来たもんだ。まあ死ぬ心配は無さそうだし、数年務めあげれば大佐って階級も見えて来る…ん?
「艦長、チャンディーガルの高等参事官より通信です」
「ん。繋いでくれ」

”艦長、統合作戦本部長に超光速通信(F T L)を。至急願います”

「直接ですか?それは…」

”訳は後で話します。中継してシャトルに繋いでください、急いで!”




15:30

チャンディーガル宇宙港、自由惑星同盟軍専用区画、シャトル発着ロビー、
ヤマト・ウィンチェスター


 何とか宇宙空間には出ずに済んだ。駐留艦隊司令部付野戦憲兵隊なる連中は、ロボス提督直接指揮下の駐留艦隊司令部特別陸戦隊によって拘束されていた。一時間近くも睨み合いが続き、撃ち合いにはならずに済んだものの、オットーはヘトヘトになっていた。
「死んだかと思ったぜ全く」
「一応同盟領で、地に足をつけて死ねるんだぜ。ありがたい事さ」
「お前な…」
対するマイクは何事もなかったかの様にケロっとしていた。
「皆、大丈夫か。怪我はないかね」
そう言うとロボス提督は深々と頭を下げた。
「お顔をお上げ下さい、提督。我々は提督に何ら含むところはありません」
「そう言って貰えると助かる。だが、原因は私にある。本当に済まなかった」
再び提督は頭を下げたが、その顔は心なしか青ざめているように見える。陸戦隊を連れて宇宙港を去る元帥の肩は…もうよそう。



6月14日18:00
チャンディーガル、シヴァーリク郊外、
ホテル・シュヴァルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター

 「しかしアレだな、ロボス提督はただの災難じゃないか。部下の罪を被る事になるんだろう?」
子羊のカツレツをワインで流し込みながら、アッテンさんのぼやきが続いている。災難と言いながら顔は全く災難なんて思っていなさそうな所がアッテンさんらしい。
「当然実行犯達も軍法会議ですよ。ですが監督不行届、って事になるんでしょうね。我々も拘束されかけましたからね、実行犯達には重罪を課して欲しいものです」
隣のテーブルのアッテンさんやオットーの話を聴きながら、事態の重さに辟易している自分がいる。少しずつではあるが事件の輪郭が見えてきていた。一部の補給担当の士官達が行った事だった。そして、野戦憲兵隊なる部隊を派遣して俺達を拘束しようとしたのも彼等だった。俺達の事を視察団ではなく監察団だと怯えていたようだった。

 ロボス提督の名前を使えば何でも出来る事に気付いた彼等は貴族達の資産ー特に採掘された鉱物資源や特産品ーを横領し、それを企業に低価格で売却していた。当然企業から見返りは発生するが、タダ同然で手に入る大量の資源の前には、悪徳士官への賄賂など安いものだ。そして書類には提督のサインがあるから誰も不審には思わない。二重に帳簿が作られ、売却利益は不正を行っている補給士官の懐に入る。貴族の話を聞いて不正が行われていると感じた俺は、身の安全を確保した上でシトレ親父に連絡を取った。まあ、間一髪だった訳だが…。
「単価は安くても、量が量だから懐を潤すには充分な金額になりますね」
オットーも呆れ顔だ。
「しかも貴族達に払われる筈の金は帳簿上払われている事になっている。この金は軍や通商委員会の特別会計予算から出ているんだが、一部しか払われていないとなると、裏金としてプールされているんだろうな。軍だけではなく他の委員会にも不正の協力者がいると見て間違いない。此処のトップはロボス提督だから、そいつらの監督責任まで提督が被る羽目になる…とんでもない事になるぞこれは」
一人だけ食後の紅茶を啜っているヤンさんが会話に交ざるとラップさんが意外な顔をした。
「お前さんはこの手の話に疎いと思っていたが…」
「私も金で苦労したクチなんでね。金があれば軍人にはなっていなかったし、いち市民としては税金がちゃんと運用されているか気にもなるさ」
「全くその通りだな。だが、これでお前さんの嫌いなトリューニヒト氏の株が上がる事になるな」
「…トリューニヒト氏が真っ当に職務に精励しているなら問題ないよ、ラップ。まあ、気には入らないけどね」
ヤンさんとラップさんは肩をすくめて苦笑している。まあ…ヤンさんのトリューニヒト嫌いはともかく、今回の件で奴の株が上がるのは間違いない。だが、上げ方が問題だ。公表するのか、隠蔽するのか。

 「閣下、ケンタウリから緊急電が入っております」
個人携帯端末(スマートフォン)が着信を伝える。端末の画面に映っているのはフォークだった。
「緊急電?」
「はい、国防委員長からの通信があったそうです。艦長は一度艦に戻ってはいただけないか、と申されて居りました。シャトルの準備は整っております」
将官は忙しいな、と囃すマイクの声は放っとくとして…何かあったのか??ローザス少尉が急いで残りのステーキをぱくついている…そんなに焦らなくても…。


18:45
同ホテル、ヤン・ウェンリー

 ウィンチェスターはローザス少尉と共に戦艦ケンタウリに戻って行った。となると残留組の中では私が最上位となる訳だが…何をしたらいいものか。
「先輩、何を難しい顔してるんです?」
「いやねアッテンボロー、こういう場合は何をしてればいいのかと思ってね」
「決まってるじゃないですか」
アッテンボローは笑って手を口に持っていく。
「しかし勤務中だろう?いろいろあったが、こういう視察とかの類いは時間の括りがどうも解らなくてね」
「もう勤務時間は終わってますよ。今、先輩は最上位者です。デンと構えていればいいんですよ。では、乾杯」
「払いは誰持ちなんだ?」
「高等参事官殿に決まってるじゃないですか」
「お前さんね…」

 仕方ない、私が払うか…。しかし、ワイドボーン達はどこに行ったんだ?
「ああ、ホテルに居ても息が詰まるからって、市街地に繰り出しましたよ」
…そんな事、許可した覚えはないんだが……。
「市街地ねえ。ここの街に詳しくなる時間なんてあったか?」
「詳しくなくても、寄港地気分でいいじゃないですか」
乾杯、と言いながらアッテンボローは手にしたグラスを一気にあおる。
「お前さんは行かなくてよかったのかい」
「先輩が一人ぼっちになっちゃうじゃないですか。先輩を一人になんてしたら、たとえホテルの中でも迷子になりかねない」
「あのな、他の人が聞いたらヤン・ウェンリーという男はよほどの無能力者と勘違いするんじゃないのか」
「そんな事はありませんよ。ただ、ウィンチェスター…高等参事官も仰ってたじゃないですか。先輩は光秒以下は役に立たないって」
アッテンボローはとんでもない事を言いながら私のグラスに二杯目を注いだ。憮然とする私を見ながら、アッテンボローは言葉を続けた。
「実際、どうなんです?」
「実際?何の事だい?」
「おそらく、今回の件で我々は昇進するんじゃないですか?そしたら、高等参事官は少将、先輩は准将ですよ。私は中佐に、ワイドボーン先輩、マイクやオットーも大佐、フォークやスールですら少佐だ」
「そうだね」
「呑気ですね先輩は。次は准将なんですよ?どこぞの分艦隊司令になるかも知れない」
「ぇえ?私はそんな器じゃないさ」
「先輩本人がそう思っていても、そうなる事だって有り得る話です。光秒以下は役に立たない…分艦隊司令は光秒以上の事を扱います」
認めたくないがアッテンボローの言う事にも一理ある。前線の不正を暴いたのだ。それに暴いた本人は統合作戦本部長や国防委員長の信頼も厚い。ウィンチェスターや我々はは確実に昇進するだろう。特に国防委員長トリューニヒト氏は自らの手腕を褒め称える意味でも我々を昇進させるだろう。もう少し、アッテンボローの意見を聞いてみたくなった。

 「しかしだ、お前さんの言う様に我々も昇進するかな?」
「しない訳がないでしょう?表向きは高等参事官のスタッフですよ我々は。参事官だけ昇進させて、そのスタッフを昇進させない訳がない。今回の事はそれほどのインパクトがあります」
「たかが、といってはなんだが、不正を暴いただけでそんなにインパクトがあるのかい?」
自分で訪ねておいて、アッテンボローがジャーナリスト志望だったのを思い出した。彼はまたグラスの中身を一気に空にすると、身を乗り出して目を細めた。
「建国以来の同盟最年少の准将が、前線をまとめる宇宙艦隊司令長官、ロボス元帥の不正を暴いた…しかもその准将は英雄、国防委員長と統合作戦本部長の秘蔵っ子だ。マスコミの中では既にシトレ元帥とロボス元帥の対立図式が出来上がってるんですよ。彼等ががどう書くか、簡単に予想がつきますよ。こぞって煽り立てるでしょうね」
アッテンボローの目は輝いていた。
「不正を暴いた事が予期しない物でもかい?」
「ええ。論調としては不正を調査するために准将が派遣された、という風に書かれるでしょう。彼等も食わなきゃいけない、市民の興味を引く様な記事にして部数や視聴率を稼ぐのは当たり前です。しかもこの場合そう書いても事実とはそう遠くない」
「…お前さん、ジャーナリスト志望だったな。ジャーナリストじゃなくても政治家でもやっていけそうだ」
「そうですか?」
「政治家、というより革命家、かな。お前さんに煽動された義憤混じりの市民が時の政府を倒すのさ」
「面白そうですね、それ。そうなったら時の政府首班はトリューニヒト氏あたりか…しかしトリューニヒト氏なら今回の件、最大限に利用するでしょうね。となるとますます准将や我々の昇進は確実です」
私はともかく、皆昇進が嬉しくない筈がない。士官学校出身者なら、皆一度は統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官を目指すのだ。しかし今回昇進するとしてもそれは政争に巻き込まれた結果ではないのか。ウィンチェスターはともかく、我々は功績らしい功績は立てていないのだ。ウィンチェスターはどう思っているんだろうか…。

 
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