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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  奪還作戦 その5

 
前書き
 一部残虐な描写があります。

 

 
 マサキの目の前に現れた肥満漢のKGB大佐は、右手を高く掲げた。
脇に立つKGBの女大尉はスチェッキン自動拳銃を、見せつける様に、美久のこめかみに突きつける。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな、日本野郎(ヤポーシキ)
ここが、お前たちの墓場となるのだ」

 
 マサキは、それに動じるような人物ではなかった。
既にこの世界に転移して以来、KGBの卑劣なやり口を見てきた彼にとっては、むしろ好都合だった。
 美久を人質に取ったので、危険を感じて全員射殺した。
その様な言い訳ができると、こころから喜んでいたのだ。 

余裕綽々のマサキは、KGBを揶揄して、彼らを挑発することにした。
「撃てよ。この木原マサキ、そんな自動拳銃ごときでやられる男ではないのだからな」
不敵の笑みを浮かべて、恐れおののく表情をする美久を見つめた。

 マサキは美久が銃撃されたくらいでは、何ともないのを知っている。
彼女は成長記憶シリコンという、特殊な形状記憶機能のある人工皮膚で覆われたアンドロイド。
多少人工皮膚が破れたり、貫通しても次元連結システムには影響はなかった。
 また、マサキの腰にあるベルトは、次元連結システムの子機が内蔵されていた。
それは、自己防衛機能で、範囲250キロメートルからの攻撃動作に感応する装置である。
外部からのあらゆる攻撃が仕掛けられても、緊急でゼオライマーと同様の物理攻撃を無効化するバリア体が発生する仕組みになっていた。
この次元連結システムの応用で作られた秘密の防御装置を前にして、銃弾や剣戟など恐れるに足るものではなかった。




「では死ぬ前に、木原よ。ひとつ、貴様から聞きたいことがある」
「もったいぶらずに言えよ。露助ども」
「この期に及んで減らず口を抜かすとは……、たわけた男よの。フォフォフォ。
貴様は、なぜ東ドイツの犬畜生(サバーカ)どもに肩入れをする。
その訳も聞かせてくれまいか」
 マサキの周りをぐるりと、PFLPの兵士たちが囲んだ。
AKMやVZ58小銃の銃口を突き付けられても、彼の表情は変わらなかった。
「フハハハハ。よいことを教えてやろう。
俺がやつらを如何(どう)こうしたわけではない。奴らが自ら頭を下げ、俺に助けを求めたのだよ。
共産主義という匪賊(ひぞく)の集まりからも追放されて、行き場もなく世界の孤児となった東ドイツの連中。
そのみじめな姿が、あんまりにも可哀想なんでな。俺が拾って世話してやることにした。
こうも媚びを売ってくるとは、逆にかわいいものよ」

 KGB大佐は、マサキの顔を覗き込んで揶揄する。
「アーベル・ブレーメも、強いものに、しっぽを振る山犬(やまいぬ)でしかなかった。
奴が目の中に入れても痛くないほど可愛がっている牝狼(めすおおかみ)にでも()れたのか」
「なんのことだ」
「知らぬとは言わせぬ。美女と評判のアーベル・ブレーメの娘よ。
彼奴(きゃつ)が父、その娘の祖父にあたる男は、我らが同志エジョフが直々に引き抜いた男であったが……」


 エジョフとは、KGB機関の前身組織である内務人民委員部(エヌカーヴェーデー)の初代長官である。
1930年代にソ連全土を粛清のあらしが吹き荒れた際、先頭に立ってその被疑者を銃殺刑に処した人物である。
「エジョフシナーチ」と称されるその時代、前任者のゲンリフ・ヤゴダを断頭台に送り、スターリンに取り入った小男でもある。
 ある時、スターリンの急な呼び出しに、エジョフは出かけなかった。
自宅でへべれけになるまで泥酔し、御大の怒りを買うこととなった。
 間もなく逮捕され、厳しい拷問にかけられると、米英のスパイと男色家(ホモセクシュアル)の罪を自白した。
後に見せしめの裁判での弁明の機会すら与えられず、即座に刑場の露と消えた。





「裏切り者の、アーベル・ブレーメの奴め。
我らの軍門に下るふりはしていても、所詮(しょせん)独逸野郎(ニメーツキ)
犬畜生(サバーカ)以下の存在に、我らKGBもまんまと一杯食わされたものよ」
マサキの表情が先ほどとは打って変わって、険を帯びたようになる。
「口を開けば、奇異(きい)なことを言う……」
マサキの真剣な表情を見て、おもわずKGB大佐はこらえきれずに吹き出してしまう。
「フォフォフォ。日本猿(マカーキ)にはわかるまい」


 マサキは、自分が気にかけているユルゲンやベアトリクス。
彼等が、犬畜生と馬鹿にされたことには、腹が立たなかったわけではない。
ただ、KGBの自由な発言をテープレコーダーや小型ビデオカメラに録音して、独ソ関係を悪化させる材料にできることのほうが都合が良いと思い、彼らの自由にさせていたのだ。

 何も事情を知らないKGB大佐はひとしきり笑った後、マサキにこう問い詰めた。
「フフフ、我々にも協力者を裁く権利がある。違うかね……」
 黄色い乱杭歯をむき出しにし、マサキに近寄ってくる。
すだれ禿の頭をマサキのほうに向けて、勝ち誇ったように彼をねめつける。
 マサキは、深いため息をつくと、左胸のポケットに右手を伸ばす。
胸ポケットより、ライターとホープの箱を取り出すと、タバコに火をつける。
「俺は間違っていたのかもしれない」
マサキがタバコを吸い始めたので、観念したかと思ったKGB大佐が満面の笑みで問いただす。
「木原よ。己の愚かさを認めるというのか」
濁った眼で、紫煙を燻らせるマサキの顔をながめやった。

 マサキは、途端に、落胆の色を顔中にあらわす。
「俺は……貴様たちを買いかぶりすぎていた」
KGB大佐は、思わず眉を顰める。
「なんだと……」
マサキは、紫煙とともに深いため息を吐き出しながら、答えた。
「やはり、民族としての成熟度が、驚くべきほど低すぎる……」
KGB大佐はその言葉に赫怒し、顔を紅潮させる。
「何を!」
すだれ頭にある、汗で縮れた不潔な髪をパラパラと乱しながら、体を震わす。
「お前たちが、近代文明に接するには、あまりにも早すぎた」
KGB大佐の怒りは、心の底からメラメラと燃えて、どうにもならないほどであった。



 マサキは、満面に喜色をたぎらせながら、答える。
「では、お前たちの言葉で説明してやろう。
ベルンハルトを犬畜生(サバーカ)、ベアトリクスを牝狼といったが……」
PLFPの兵士たちはKGBの指示がない限り、銃撃してこないことを確かめながら、続ける。
「犬は有史以来、人類にとって与えた影響は計り知れぬ。
畜生の中で、牛馬に比類する存在だ。
また、猫や豚と違い、教育次第でどうとでもできる優秀な畜生だ。
支那人どもも『犬馬の労』と称すほど……」
そっとベルトのバックルを左手で触れて、瞬間移動の準備を始める。
「狼は遺伝的にいえば、イヌのそれとほぼ同等だ。
体格も大きく、知的で警戒心が強い。
言いかえれば、内向的で臆病(おくびょう)であり、人に(なつ)くまでには時間がかかるが……
幼体のうちから人手で飼えば、(なつ)き、犬同様に愛でることもできる。
ひとたび主従関係を結べば、愛玩用の室内犬に比して、その関係は強固なものとなる。
それに犬と狼は交雑でき、数世代でほぼ同化する」
フィルターの間際になったタバコを、足元に捨てて、軍靴で踏みつける。
「そのようなことも分からぬとは……真に蛮人よの。ハハハ」

 白い歯をカチカチ鳴らし、怒りをあらわにするKGBの女大尉。
縛り付けていた美久の腰ひもを手放すと、ギャリソンベルトに付けた鞭を引き抜く。
「言わせておけば、そのような世迷言(よまいごと)を!」
女大尉が、鞭でマサキをたたきつけようとするも、マサキは即座に左手を女の顔面に差し出す。
袖から出したコルト・25オートで、女は眉間を打ち抜れ、その場に崩れ去った。


 銃声を合図に、一斉に、AKM自動小銃がマサキのほうに向けられる。
KGB大佐は、芋虫の様に太い食指で、マサキの胸を指し示すと、号令をかける。
「氷室よ。この男が消し飛ぶさまを見るがよい」
その刹那、兵士たちの持った機関銃や自動小銃が、全自動(フルオート)で連射される。
銃砲は咆哮をあげ、ごうッと、凄まじい一瞬の音響とともに、マサキの影が見えなくなった。
 やがて弾倉の中が空になり、遊底の動きが止まる。
硝煙が晴れ渡ると、血だまりの上に、上半身が血まみれの遺体が力なくうつぶせで倒れていた。
ズボンは返り血で真っ黒に染まり、軍靴まで濡らすほどであった。
 周囲には、偽装網のついた日本軍の鉄兜が転がり、
ボロボロにちぎれた上着に、両手をひろげ、力なく横たわるばかりであった。
 
「これで奴はお終いだ」
「あとは奴の死体を検分するだけよ」

 だんだんと近づいていくと、彼らは気が付いた。
遺体が着いている軍服の色と軍靴の形が違うことに。
「この服と軍靴は……日本兵のではない」
身に着けているものは、カーキ色の軍服に茶革の短靴だった。


 その違いは一目でわかるものだった。
PLOやPLFPの兵士が履いていたのは、フランス軍の軍靴に似たツーバックルの革ゲートルが付いた短靴。
 一方、マサキが履いている軍靴は、空挺半長靴とよばれる物。
空挺部隊でないマサキが持っていたのは、形を気に入った彼が私物で買い求めたものだった。
全体が艶がかった茶色の革で、米軍空挺部隊のコーコランジャンプブーツに近似したつくりである。

 また軍服も違った。
マサキが着ている軍服は、防暑一型とよばれる熱帯専用の戦闘服だった。
灰色がかった茶色の生地でオリーブ色に近い色合いだった。
シャツは開襟のボタン式で、通常の野戦服の様に真鍮のファスナーで開け閉めするつくりではなかった。
履いているズボンは、切り込みポケットがなく、大きいカーゴポケットがついていた。
また上着を中に入れるため、股上が深く、ダブダブとしたものだった。
1972年に、沖縄進駐の第一混成旅団のために制定された軍服だった。
(第一混成団は、今日の第15旅団)
それゆえか、兵士たちからは、「オキナワ」と呼ばれていた。

 PLOの戦闘員たちの軍服は、上下カーキ色で、日焼け防止のために生地はぶ厚かった。
上着は折り襟のシャツ型で、ズボンは細身のストレート型。
カーゴポケットはなく、ベルト通しのついたポケットがない簡素なものだった。

 KGB大佐の命を受けたPLFP兵士が56式自動歩槍に付けられたスパイク型銃剣で遺体を突っつく。
力いっぱい倒れた男の上半身を転がし、顔を確認する。
「これは……」
銃撃で殺されたのはマサキではなく、PFLPに参加した日本人の革命戦士(テロリスト)だった。

 その時である。
工作員たちに向かって、突然雷鳴のような音が鳴り響く。
彼らは、高速で飛び交う弾丸によってたちまち撃ち抜かれ、これまた面白いように死んでいった。

 逃げまどう工作員たちの背後から、忽然(こつぜん)と姿を現したマサキ。
左手で弾薬納を開けると、空になった30連射の弾倉を交換する。
すると、銃把を握る右の親指で、左側についたセレクターを安全(セーフティ)から連射(オート)に切り替える。 
 火を噴き、咆哮を上げるM16小銃を振り回しながら、だんだんと歩み寄っていった。


 2メートル近い身長のあるKGB大佐は、美久を引っ張て行くと、一目散に逃げていった。
その巨体から考えられぬような速度で、広間に護衛たちを置き去りにして。
まもなく、広間から隣の指令室に逃げ込むと、時限爆弾の装置を操作する。
「おのれ、木原マサキめ。こうなったら、この基地ごと爆破してくれるわ」
屋上の階段につながるドアが開かれると、兵士が入ってきて、
「同志大佐、ヘリの準備ができました」
「よし、出発だ」
KGBの兵士が美久の扱いを尋ねた。
「この女は、どうしますか」
KGB大佐は、興奮のあまり、美久がアンドロイドである事を失念していた。
連れて帰ってるまでに、騒がれても面倒だ。
どうせ基地事処分してしまったほうがいいだろうと考えて、置いていく指示を出す。
「木原も一人じゃ寂しかろう。この女を置いていくまでよ。ハハハハハ」
笑い声をあげながら、美久の横面を右手で勢い良く、たたきつける。
その衝撃で、彼女は床に倒れこんだ。
床に横たわる美久を見ながら、KGB大佐たちは、その部屋を後にした

 警報音が鳴り響き、爆風と硝煙のにおいが立ち込める基地から、一台の回転翼機が離陸した。
ソ連製の汎用ヘリコプターMi-8。
砂漠迷彩に赤い星の国家識別章を付けたこの機体は、勢いよく上昇する。
 その機内で、KGB大佐はだんだんと遠ざかっていく地面を見ながら吐き捨てた。
「木原よ。基地もろとも、アラブの地に骨をうずめるが良い。フォフォフォ」

 その時である。
漆黒の闇の中から天空に向けて、一筋の光線が駆け抜けた。
光の玉は、テール・ブームと機体の間に直撃し、エンジンオイルタンクに誘爆。
轟音とともにKGBのMI-8ヘリコプターは、爆散した。

 直後、空を覆っていた雲が晴れ渡ると、満月が基地全体を照らす。
漆黒の闇の中から月明かりによって照らされる一台の戦術機。
その大きさは15階建てのビルに相当し、全身が白かった。

 逃げ出そうとしたソ連KGBのヘリに向けた、謎の攻撃。
まさしく、天のゼオライマーの必殺武器である、次元連結砲の攻撃であった。
 マサキは、基地が爆破される直前に、ゼオライマーを呼び寄せていた。
この機体は、米国ワシントン州シアトル郊外のタコマより一万キロを瞬間移動したのだ。

 ゼオライマーの機体が、不気味な声を上げて咆哮する。
必殺の攻撃、メイオウ攻撃発射の合図であった。
「フハハハハ。かけら一つ残さず消え去るがよい」
彼はコックピットの中に座り、操作卓にあるボタンを押しながら、悪魔の哄笑をこぼすのだった。 
 

 
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