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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  奪還作戦 その4

 
前書き
 戦闘描写回
 

 
 そのころ、マサキと別れた鎧衣たちは、ソ連の秘密基地の爆破準備を急いでいた。
ベトナム戦争の折、長距離偵察隊が使っていた布製の背嚢を背負い、足早に敵陣を駆け抜けていく。
 彼らが背負う布製の背嚢は、LRRPラックサックと呼ばれるもので、北ベトナム軍の背嚢に酷似したものであった。
米国CIAの一部門、対反乱作戦支援局(CISO)によって、日本国内や沖縄で製造されたものである。
(CISOの本部は、沖縄にあった)
深緑色の帆布、あるいはナイロン繊維製で、四角い雨蓋に、外付けのポケットが2から3個ついており、キスリングザックに似た背負い心地だった。
 彼らは布製背嚢(ラープサック)の中に予備弾薬や、M72 LAWバズーカ、C4爆薬を多数詰めていた。
 
 駆けながら、鎧衣は、首から下げたBAR軽機関銃の負い紐を握りしめ、白銀に尋ねた。
「米海軍の大艦隊が近づいているからと言って、ベイルートから逃げたとはどうしても思えない」
白銀は、周囲を警戒しながら、UZI機関銃を構え、周囲を見回す。
「同感です。敵の目を欺くやり口を散々見てきました」
「ベイルートは、いろいろと古い建物も多い。隠れ場所としては、最高だ」

 背嚢の中にあるC4爆薬を、基地中に設置し終えた頃、煌々と明かりのつく建屋が目に入った。
白銀は、UZI機関銃の遊底をゆっくり操作しながら、鎧衣に尋ねる。
「どうやらあの建屋の中で何かを作っているようですね」
ニコンのポロプリズム式双眼鏡で、後ろから覗く鎧衣も同意を示す。
「なんとか、あの中に潜り込んでみたいものだ」
そっと白銀は、鎧衣に耳打ちする。
「じゃあ、僕が行ってきます」
「行ってくれるのか」
背負ってきていた布製の背嚢を置くと、再びUZI機関銃を構える。
「気をつけろよ」
白銀は、音もなく秘密工場へ向かった。


 偶然とは恐ろしいものである。
デルタフォースの精鋭工作員たちは、厳重な警備が敷かれた秘密工場を見つけた。
 
「見つけたぞ」
「この建物はGRUが準備した戦術機の整備工場だぜ」
「ようし、それならGRUの工作隊ごと、爆破してやるか」

 デルタフォースとはいえ、血気盛んな男たちである。
マサキたちの救出を命ぜられた彼らは、基地爆破の一環として、この戦術機の整備工場を破壊することにしたのだ。
 
 XM177コルトコマンドーを装備した特殊部隊員が、夜の警備陣地を駆け巡る。
その刹那、照明弾が上がり、数名の特殊部隊の姿が煌々と照らし出される。
 秘密基地中に鳴り響く、非常事態を知らせる警報音。


「動くな」
 GRUスペツナズの兵士がぐるりと周囲を囲む。
砂漠の地形に対応したカーキ色の戦闘服に、アフガン帽やパナマハットという熱帯用の帽子をかぶり、胸には中共軍の胸掛式弾帯(バンダリア)を着けた姿。
最新式の暗視装置БН-2を装備し、SVD小銃や専用のフラッシュハイダーを着けたRPK機関銃を手に手に持って、米軍兵の行く手を阻む。
 その場から脱出を図った米兵の足を、暗視スコープを載せたAK47で素早く撃つ。
太ももを打ち抜かれた米兵は、迷彩柄のズボンを真黒く染め、その場に倒れこんでしまった。

 背後から、じっと彼らの姿を見て居た鎧衣は、苦虫を嚙み潰したような表情をする。
「早まったことをしてくれたものだ!」
そういうと、BAR軽機関銃をゆっくりおいて、忍び足でGRUの背後に向かった。

 まもなく暗闇から、濃い象牙色の服を着た男が、20連射のスチェッキン拳銃を構え、姿を現す。
丈の短い上着と、対のカーゴポケットのついたズボンという恰好。
『マブータ』と呼ばれるGRU特殊部隊(スペツナズ)に支給された戦闘服だった。
ザイール(今日のコンゴ民主共和国)の独裁者モブツの名前に由来するこの制服は、1970年代初めに同国での特殊作戦で使われた。
 この服は、地形や季節に合わせ、様々な保護色の生地で作られ、複数の裁断パターンがある。
一例をあげれば、夏用は、薄いシャツとズボンの組み合わせ。
冬用は、人造毛のつけ襟が付いた厚い綿の入った上下一式が、一般的だった。

 後ろから来た隊長格の男は、乱杭歯をむき出しにして、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「脅しのきく人質が、一気に6人とは。正に勿怪(もっけ)(さいわ)いとは、この事だぜ」

 満足げに笑うGRUスペツナズの兵士の後ろから、忍び寄る影。
兵士が気付くより先に、鎧衣は強烈な飛び蹴りを食らわせる。
 振り返った別のスペツナズ兵士に向け、袖口より、棒手裏剣を投げつける。
兵士たちは悲鳴を上げる暇もなく、手裏剣を首に受けて、こと切れた。

「ミスター鎧衣!」
デルタフォースの隊員が驚きの声を上げるも、鎧衣は、彼らの背中を押して、退却を促す。
「早く、逃げるんだ」
鎧衣は、負傷した兵士のズボンをナイフで切り裂くと、懐から包帯と衛生パッチを取り出し、手早く巻き付ける。
手負いのデルタフォース隊員を担ぎ上げると、一目散に自分たちが乗ってきたジープに向かった。

 さしものGRUも逃がしてくれるほど、やさしくはなかった。
「火線を開け」
指揮官の合図とともに、戦闘の火蓋が切って落とされる。
一斉に、対戦車砲や自動小銃が咆哮を始める。
RPK機関銃による、ひときわ激しい砲火が、鎧衣たちに向けられた。
 鎧衣たちは物陰に隠れると、小銃で応射する。
複数の銃砲火によって、彼らは立ち往生してしまったのだ。
 
 混乱の中にあって、米軍特殊部隊と、彼らに囲まれる形になっていた鎧衣は、ひとかたまりになって、要領よく応戦していた。
幾多の死線を潜り抜けてきた歴戦の勇士である鎧衣は、闇夜を照らす提灯のごとく、彼らを誘導し、安全な場所へと後退させていった。
鎧衣は、巧みに地形を利用し、自身の姿を敵の砲火にさらさなかった。
 流石、デルタフォースの隊員である。
冷静さを取り戻した彼らは伏射(ふくしゃ)姿勢のまま、負傷兵を引きずり、ジープの付近まで近づく。
背嚢にしまってある伸縮式の携帯対戦車砲M72LAWを取り出し、砲身を引き延ばす。
射撃準備が整うと、即座に前方の闇の中に向けられる。
雷鳴に似た鋭い砲声が、闇夜を引き裂いた。



 M72LAWから発射された砲弾が、GRU支部が置かれた建屋の至近で炸裂する。 
漆黒の闇夜を背景に、猛烈な火の手が上がる。
「なんだ!どうした」
壮絶な銃撃戦が始まったことを受けて、後方の建屋にいるGRUのレバノン支部長は慌てた。
「ハッ!」
意表を突かれたGRU大佐は、狼狽の色を顔に滲ませる。
「この肝心な時に……敵が攻めてくるとは」

 GRUはKGBの秘密連絡網の蚊帳(かや)(そと)だった。
ソ連の諜報組織は複数あるも、すべて縦割り人事だったため、人材交流や横のつながりは薄かった。
KGBとGRUは互いをライバル視し、困っていても助けなかったのだ。
 
 GRU支部長の嘆きを受けても、ほかの幹部たちは何の意見も挟みようがなかった。
米軍の特殊部隊襲撃の事情に通じていなかった彼らは、種々雑多な怒号叫喚を飛び交わす。
「こうなれば、手当たり次第に出撃させろ」
支部長は、振り返って、後ろにいるGRUの工作員に指示を出した。

 まもなく、兵士たちを満載した数台の武装トラックが、鎧衣たちの陣地めがけて、乗り込んでくる。
チェコ製のスコーピオン機関銃とVz 58自動小銃で武装した黒覆面に、カーキ色の戦闘服を着た一団。
彼らは、パレスチナ解放人民戦線(PLFP)の戦闘員であった。
 
 喚声を上げ、小銃を乱射しながら、迫る数百名の戦闘員。
大軍勢の接近によって、戦闘は激化の一路を辿っていった。

 激烈な掃射の間を縫って、白銀が鎧衣の目の前に現れる。
「なんだ、白銀君、君一人かね」
 白銀の姿を認めると、鎧衣の顔に落胆の色がありありと浮かんだ。
マサキと合流して連れてくるなどと、白銀は一言も言っていないのだが、ひそかに期待していたようだった。
「鎧衣の旦那、基地の爆破準備をしている途中で、デルタフォースの隊員と合流できました。
あとは脱出するだけです」
20名ほどの特殊部隊員が、彼の後ろから音もなく現れる。

 鎧衣の表情が、にわかに曇りだす。
「このままではまずい」
思わず、うつむいて沈黙してしまった。
「どうした、ミスター鎧衣!」
デルタフォースの隊長の声を聴くと、静かに顔を上げて、深々と息を吸い込む。
込み上げてくる不安を何とかして抑えようとしている様子だった。
「君たちは氷室さんを救出に着た部隊であろう。
本隊のほうには、何名残っている」
「向こうのほうには、数名の部隊しかおりません」
「彼らは囮だ。本当の狙いは木原君のほうだ」
 その場に、衝撃が走った。
隊長をはじめ、みな凍り付いた表情である。
  
 その場が氷のようにしんとなったところで、隊長は、腕時計を一瞥する。
「あと1時間で戦艦アリゾナからの艦砲射撃が始まります。
ここは、ひとまず退却しましょう……」
「幾多の犠牲を払って、氷室さんの救出作戦を組んだ。
今更やめるというのかね……」
 隊長は、カッとなって鎧衣のネクタイをつかんだ。
だが、逆に血の気の引いた顔をする鎧衣に諭された。
「今、木原君とその彼が作ったマシーン、ゼオライマーがソ連の手に渡ったら、デルタフォースの犠牲よりもっと大きい犠牲が出る。
それに……」
「それに何ですか。これ以上犠牲が出れば……」
隊長の目を見ながら、鎧衣は冷酷に告げる。
「君個人の責任云々を言っているのではない。
木原君の力を借りて、BETAとの戦争にけじめを付けねば、冷戦という茶番をする事さえ難しいのだよ」 
 

 
後書き
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