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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  熱砂の王 その5

 
前書き
 美久の拷問描写があります。
マブラヴといえば、催眠と麻薬による思考操作なので、ちょっとばかりハードな展開にしました。
 

 
 ソ連の秘密工作員は、マサキたちがヨルダンに到着したことを直ちに、戦艦「ソビエツカヤ・ロシア」に連絡した。
 インドのムンバイ港に寄港中だった同艦は、急遽、アデン湾に向け出港させる。
ソ連赤軍は、レバノンから目をそらして、日米の目をアデン湾の共産国に向けさせることで撹乱(かくらん)させることにしたのだ。

 さて、戦艦「ソビエツカヤ・ロシア」の艦橋(ブリッジ)の中で、密議を凝らされていた。
GRUとKGBのアルファ部隊の面々がそろって作戦に参加することを奇異に思われる読者もおられよう。
 ここは、著者より簡単な説明を許されたい。
 スターリン時代以来、犬猿の仲であったGRUとKGBは、基本的に別行動であった。
GRUは軍事情報、KGBは産業スパイ、外交関係と棲み分けがなされていたのは事実である。
だが、本国の影響の少ない中近東やアフリカでは、合同作戦を実施することが、時折あった。
 一般的にKGBが対外諜報部門では有名であったが、党の直轄機関のため、自由な行動が資金面から制限されていた。
その点、赤軍の一部門であり、党や政治局の影響の少ない参謀本部の一部局であるGRUは、予算も人材も豊富で、対外工作には制約がなかった。
おまけに、GRUは工作全般を党指導部に報告する義務がなかったので、自由に差配できた点も大きい。
 KGBは創設以来、職員の法的立場は軍人ということになり、ソ連赤軍と同じ軍服と階級章を着けた。
両者には、ライバル意識があり、キューバ危機の際にKGB経由で米国の情報を送ったGRUの諜報員は懲戒を受けた。
参謀本部に非難され、結果的に軍を引退させられたという逸話が残るほどである。


 艦橋で通信士がポツリと述べた。 
「なあ、日米のファシストどもの好き勝手にはさせまいと思っていたが、かなりやられたなあ」
航海員の若い中尉が、忌々し気に言った。
「ああ。日本野郎(ヤポーシキ)の奴らは東欧の7か国に工作し、半数の国から政権奪取を成功させている」
「相当な数の国を従えさせたが、木原はその力をもって何をしようとしているのだ」
「ファシストの考えが分からん。何かたくらみがあって、勢力を広げているのは確かだ」
内から湧き出る怒りも露わに、両手をたたき合わせる。
「くそ、奴らが日本に引き上げる前に叩き潰してやりたいな」
「ゼオライマーの弱点さえわかれば、木原をやっつけられるんだがなあ」

「セルプスキー研究所から来た大学者にも、まだわからないのか。ゼオライマーの弱点は」
中尉から。非常にきわどいことを尋ねられた政治将校が、
「同志諸君、それがまだなのだよ」

「折角、女パイロットを誘拐したんだ。さっさと秘密を暴いてくれよ」
「やっているさ。
だが簡単に弱点が見つかるのであれば、東独の奴らが絶世の美女を差し出す必要があるのかね」
「よし、見て居ろ。今度は徹底的に黄色猿(マカーキー)の奴らを懲らしめてやるぞ」
 「ソビエツカヤ・ロシア」艦長の海軍大佐は、GRUの工作員をなだめる。
「焦るな。性急な作戦は自ら墓穴を掘るようなものだ。
今度の作戦は、GRUの威信がかかっている。絶対に失敗は許されんぞ」
じろりと、艦橋の中にいる戦闘指揮要員を見回して、
「日米を、西側の目を、アデン湾の入り口である、この南イエメンに向けさせておくのだ。
ベイルートでの、我らが存在を悟られないためにな」


 そのベイルート港では、何やら巨大な建造物の作業が急ピッチで進められていた。
スフォーニ設計局が開発した最新型のSU-15戦術機が、この場所で秘密裏に改修が行われている最中であった。
 ベイルート港の1区画にある、KGBの秘密基地に連れ去られた美久は、KGBの尋問を受けていた。
彼女は、着ていたボアのついた革ジャンやブラウス、ジーンズを脱がされて、強化装備に着替えさせ、両腕と両足を縛れて、天井から宙づりにさせられていた。
強化装備にはもともと、着用者の生体情報(バイタルデータ)を収集させる機能が備え付けてある。
準備に煩わしい心電図モニターや医療機器を準備しなくて良い面もあろう。
 KGBとしてはなによりも、赤裸(せきら)にさせるより、羞恥心を感じさせ、美久を早く篭絡させる目的で、わざわざ美久を着替えさせたのだ。

 盛夏服姿の女性職員が心臓マッサージ用の電気的除細動器のダイヤルを回す。
(盛夏服は、ソ連軍の勤務服の一種。シャツとスラックス、婦人兵はシャツ、スカートからなる略装)
電気ならば、簡単に刺激が与えられ、なおかつ外傷も残りにくい……
成人の心室細動に対する設定は150J以上が推奨される、この機器を用いて拷問をすることにしたのだ。
 無論、放電の効果を高めるためにジェルや専用のシートを張り付けるのだが、強化装備の特殊保護被膜がその代わりを果たす為、KGBは用いた。

 女職員が無言でパドルを美久の両方の乳房に押し付ける。
その刹那、30Jの電流が美久の全身を駆け巡った。
「うぅぅ……」
焦点の定まらぬ目を見開き、虚しく首を左右に振るばかりであった。
「さあ早く、ゼオライマーの秘密を吐け」
そういって、ダイヤルを回して、50Jに電流を上げる。
美久は流れ出る電流から逃れようと、苦しげな声を上げて、(もだ)えた。
「うふぅ……くふぅ……あぁぁぁ」
女職員がパドルを両胸から離すと、もどかしげに身をくねらせる美久の耳元で、
「木原が、単独でゼオライマーを作り上げた。嘘よね」
英語でささやきかけ、まくし立てる様に尋問を続ける。
「さあ、本当のことを吐けば、楽にさせてあげるわ」
首をうなだれた美久は、肩を震わせて、全身で息を吐きだした。
「う、あうぅ……」

 尋問を見守るKGBの女職員たちの後ろのドアが、開く。
まもなくすると、軍服の上から白衣を着て、円筒型のナースキャップをかぶった男が入ってくる。
「自白強要剤を使え。これを飲ませれば、たちどころに何でも吐くであろう」

「この娘は、自己の思考操作をしているようなのです。
うそ発見器にも反応しませんから……おそらく、自白剤も効きません」
男は、怪しげな笑みを浮かべた後、
「では、残る方法は、一つしかないな。
催眠麻薬0号と指向性蛋白を練り合わせて、口から流し込め」
と、指示を出した。

「あの、セルプスキー研究所で作られた新型麻薬を……
阿芙蓉(あふよう)から精製した催眠麻薬0号を使えと、申すのですか。
催眠暗示でも、鎮静効果のない錯乱状態にある衛士に使う薬などを使って、狂ってしまったら……
支那で投薬3号として売り込んだ際は、意識障害の後遺症を数多く出した薬などを……」
 正式名称は、セルブスキー司法精神医学研究所といい、1921年開設された精神医学の研究所である。
スターリン時代から秘密警察と共に強制収容所の運営にも関与し、歴代所長はNKVDの幹部が占めた。
同研究所はKGBと一緒になって、反体制派を『不活発性精神分裂病』と認定し、精神医学を政治的にもてあそんだ。

「上手くいけば、君のことを昇進できるよう、同志長官代理にお伝えしよう」
そういうと、男は女職員に口づけした。
「素晴らしいデーターの収集を楽しみにしているよ。ハハハハハ」
喜色をめぐらせた男は、その場を後にした。

 肘掛椅子に腰かけた夏季勤務服(キーチェリ)姿の女が、わきの女兵士に呼びかける。
革鞭(ナガイカ)を持て」
ナガイカとは、カフカス地方に由来する乗馬用の皮の短い鞭で、コサック騎兵が使う鞭とされている。
「同志大尉、これを」
黒髪の女大尉は立ち上がると黒い乗馬鞭(ナガイカ)を握りしめ、美久の胸目掛けて、袈裟懸けにたたきつける。
「あああっ、ふぁああああ」
身体の奥底から、聞いた事のない様な悲痛な声をあげ、長い茶色の髪をおどろに振り乱しながら、肩と細腰をユラユラとくねらせる。
 美久の絶叫を聞いた女大尉は、顔色一つ変えずに鞭の動きを止める。
ずかずかと軍靴を踏み鳴らして、美久に近寄ると、彼女の顎に右手でかけて、ゆっくりと持ち上げ、尋ねた。
「いうがよい。氷室美久。
あのゼオライマーは長大なエネルギー砲を備えながら、核燃料を必要としないのか。
なぜ、なぜなのか」
ゆっくりと、美久は眼を見開いて、きりりと、女大尉をねめつける。
「その秘密は、サブパイロットであるお前が知らぬはずがあるまい」
美久の態度が逆鱗に触れたのであろうか、女大尉は途端に赫怒した。
「おのれ!東の小島の牝猿(めすざる)のくせして、その反抗的な目は、なんだ」
眉をひそめ、朱色の口紅が塗られた唇の両端がつり上がる。
 ロシアの迷信の中には、「睨んで呪いをかける」というものがある。
そのため、ロシア人は、自分の子供が写真を撮られれたり、ずっと見られるのを嫌う習慣がある。
子供があまりにもかわいいからといって、ずっと褒めていると変な呪いをかけていると思い、嫌がるのである。

 このカフカス人の女大尉も、美久の態度を、日本の怪しい邪教の術と解釈したのだ。
もともと、ロシア人は素朴で信心深い人々だった。
だが、ソ連60年の歪んだ思想教育や無宗教政策のため、必要以上にまじないや呪いの類を恐れるようになってしまったのだ。
「この私に、悪魔の呪いをかけようとは……
いまわしき侍、日本野郎(ヤポーシキ)の木原の情婦のくせに、生意気な。
電撃のボルテージを上げて、この娘に食らわせてやれ」
 先ほどの白衣を着た女職員が駆け寄って、哀願する。
「これ以上は心停止の恐れがあります。危険かと……」
激高していた大尉は、女職員に平手打ちを喰らわせる。
「ええい、だまれ、だまれ、このたわけが」
不意を突かれて抵抗できなかった彼女を、いきおいよく罵る。
「ならば私の手ずから、この木原の情婦を手なずけようぞ」
 大尉に打たれた頬を手で押さえながら、今にも泣きださんばかりの顔をする女職員は、こう答えた。
「こんな小娘、一人痛めつけて何があるでは、ありますまいのに……
なぜそれほどまでに……」
瞋恚(しんい)を明らかにした女大尉は、女職員の襟首をつかむと、こう吐き捨てた。
「木原を討とうとして、戦地に倒れた我が良人(おっと)(かたき)……
お前に、この未亡人(やもめ)の心が、一人の寂しい人妻(おんな)の心が、わかるのか」

 この未亡人は、笑みを浮かべながら、拳銃嚢からナガン回転拳銃を取り出して、
日本野郎(ヤポーシキ)よ。わが良人の仇、受けてもらうぞ」
きつく縛められた美久に、回転拳銃(リボルバー)を向ける。
美久は、親指で押し上げられる撃鉄の音を聞きながら、ただ困惑しているしかなかった。





 ソ連KGBは今回の誘拐作戦で相手を混乱させるべく、複数の国家間をまたぐ撹乱(かくらん)作戦に出た。
だがそのことは、彼らの足並みを乱す原因にもなった。
 中東で打倒イスラエル、打倒西側を掲げるパレスチナゲリラのもとに日本を追われて逃げ込んでいた共産主義を掲げるテロ集団がいた。
 そのグループは、美久誘拐事件を聞きつけて、パレスチナゲリラを訓練していたKGB将校に話を持ち込む。

「同志大佐、氷室を理由にして、日本政府から金と人員を強請(ゆす)るというのはどうでしょうか。
網走刑務所に収監中の同志達(テロリスト)20名のほかに日本全土から100名の精鋭を連れてまいります」
「なに、身代金と人材リクルートということかね」
「3億ドルほど要求して、1億ドルずつ分けませんか。
ハバロフスクがなくなって、同志大佐もだいぶ物入りでしょうし」

「フフフ、帝国主義者どもが集めた金で、帝国主義者を退治するのか。よかろう」
「ではさっそく準備いたします」 

 KGB大佐は日本人テロリストがいなくなった後、悪霊を追い払うかのごとく罵った。
「薄汚い犬畜生(サバーカ)めが!」
椅子の背もたれに倒れ掛かった後、しばし物思いにふけった後、
「猿同士のいがみ合いか。これは面白くなってきたぞ」
机から陶器製のパイプを取り出し、シリア名産の「ラタキア」を詰める。
ゆっくり火をつけると、紫煙を燻らせながら、
「木原め、必ず血祭りにあげてやる」と、満面の笑みを浮かべた。  
 

 
後書き
 ご意見、ご感想よろしくお願いします。

問題点があったら、修正しますので、ご指摘ください。

 あと、3月21日は休日投稿します。
今年のゴールデンウィーク期間中の連続投稿は時間的に厳しいので、天長節のみにする予定です 
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