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展覧会の絵

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第十六話 最後の審判その七

 その放課後に考えを及ばせた。だがその前にだった。
 彼はそのまま廊下を歩いているとある三人を見た。それは。
 望と春香、それに一郎だった。一郎はいつもの仮面を着けて春香、望が手を握っている彼女に尋ねていた。その尋ねている話の内容はというと。
「料理部を退部するのかい」
「はい」
 こうだ。春香は毅然として一郎の顔を見上げて答えていた。
「そうさせてもらいます」
「またそれはどうしてかな」
「思うところがあって」
 それでだとだ。春香は一郎に言っていた。
「ですから」
「思うところというと」
「お料理は他のところでも作れますし。それに」
「それにというと」
「私、もうお料理は望の為にだけ作りたいです」
 こう言うのだった。
「そうしたいですから」
「彼の為だけにかい」
「はい、そうです」
 だからだというのだ。春香の言葉は毅然としていた。
「そうしたい。ですから」
「退部してそれから」
「望の、それに将来望との間に生まれる子供達の為に」
 そこまで言うのだった。春香はもう望との絆を築いていた。
 そしてだ。望のその手を握って言うのだった。
「料理を作っていきます」
「いや、君はそれはできないよ」
「できます」
 一郎は肉体のことをほのめかしてきたがそれもだった。春香はそれを否定した。
 そのうえでだ。こうも言ったのである。
「私は望が。心も身体も他の誰よりも好きで望だけのものですから」
「俺もです」
 望はもうわかっていた。春香のその相手が誰なのか。だがその相手に今だ。毅然として手袋を投げつけたのだ。
 それからだ。こう相手に言った。
「俺、こいつの料理をずっと食べます。そして何かあれば」
「何かとは?」
 一郎は仮面の裏で戸惑いを感じていた。しかしそれは何とか出さずそのまま返した。戸惑いの中で暴力的なものもあった。だがそういったものは。
 春香、そして望の毅然とした態度に押さえて封じられていた。その一郎に対して二人はさらに言うのだった。
「俺、相手が誰でも戦います」
「誰でも」
「例えそれが先生でも」
 そうするというのだった。
「そうしますので」
「そうなんだね」
「はい、それに俺も同じです」
 今度は春香の顔を見ての言葉だった。春香も望のその顔を見る。
 望はそれから一郎に顔を戻してだ。こう彼に言ったのである。
「俺、こいつが他の誰よりも。心も身体も」
「好きだっていうんだね」
「俺はこいつと何があっても離せません」
「私もです。私は望みだけのものです」
「そう言うんだね」
 一郎は完全にだ。二人に気圧されていた。素顔にある暴力的なものも出せずましてやそれ以上に教師として、そして不純な男のその下卑た誇りもだ。何もかもだった。
 二人のその純粋な絆の前に押さえ込まれた。彼の完全な敗北だった。
 望はその一郎にだ。また言ったのである。
「では俺達はこれで」
「先生、さようなら」
 春香も一郎に決別の言葉を告げた。
「では私はこれから」
「ちょっと用がありますから」
 こう言ってだ。何とか仮面に呆然となっているものを隠してそこに立っている一郎に別れを告げて。そのうえで二人の前を去ったのである。
 一郎はその場で呆然と立ったままだった。それはまるで抜け殻だった。
 二人は今確実に一歩踏み出していた。そしてそのまま進んでいた。十字はその一部始終を観たのである。 
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