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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  三界に家無し その2

 
前書き
 A-10 サンダーボルト関連の話が続きます。 

 
 米国の戦術機メーカの改良に木原マサキが参加したとの噂が出ると、マサキのスカウト合戦が始まった。
戦車級とよばれる小型BETAを一撃の下に撃破する為に作られたA-10 サンダーボルトの形に興味を持ち、
「公私ともに、暇な時間に図面を手直ししたい」
という話が、いつの間にか、
「日米両国の最新戦術機を作ってみたくなった」と、本来と違う形で天下に広まった。


 その話を聞いて蒼くなったのは大伴一派だった。
過激な民族主義思想を信奉する彼等の目的は、「純国産の高性能戦術機の完成」
 日本独自設計の新型戦術機の制作と、海外製戦術機、特に米国製戦術機の排除。
 木原マサキの参加で、彼の技術をものにできると、喜ぶ者ばかりではなかった。
 もし、日米両国にしがらみのない木原が戦術機業界に参加したら、どうなるか。
戦車よりも脆く、航空機より割高な戦術機の値段が、木原の参加によってどれだけ高騰するのやら。


 昨年の夏、BETAの禍に混乱する支那に、颯爽と現れた万夫不当のロボット、天のゼオライマー。
光線級の攻撃を物ともせず、遠方より幾千万のBETAを一撃の下に、血煙に変えるメイオウ攻撃。
あらゆるものを内部から崩壊させる衝撃波に、座標設定すれば、自在に打ち込むことのできる次元連結砲。
 日本国内の戦術機メーカーも、また、ゼオライマーに興味を持った。
対BETA戦での圧倒的な力を見せつけられ、米ソを手玉に取った男、木原マサキ。
彼等は、マサキの事を必要以上に(おそ)れた。


 大伴は、この件で、自分の派閥に属する者を通じて、光菱(みつひし)重工と大空寺(だいくうじ)財閥の関係者を頼った。
早速、マサキが参加しているA-10 サンダーボルトの試験機購入をしている両者を呼び寄せ、
「DC-3の(ひそみ)(なら)ってくれまいか」と、告げた。
 DC-3とは、現実世界で、1935年に作られたダグラス・エアクラフト社の大型双発飛行機である。
世界初の大型商業旅客機としても、軍用の大型輸送機しても、その後の航空機産業や航空旅客業に与えた影響は計り知れない。
世界各国でも注目され、日本とソ連の両方でライセンス生産がなされたほどであった。
 BETAの侵略を許した、この異世界でも、その歴史の流れは同じであった。
日米両軍は、ドグラム社の同じ輸送機で大東亜戦争を戦い、米ソ両国は冷戦初期、ベルリン上空を同じ輸送機で飛び回ったのだ。

 さて、大伴の意見を受けた彼等と言えば、困惑していた。
「大伴さん、国産機開発の旗振りをしているあなたが、そんな弱気でどうなさる積りだ」
光菱重工の専務は、憤懣遣る方無い表情で、大伴をなじった。
「木原の裏をかく。その為に、光菱重工と大空寺さんに汗を掻いて欲しい」
淡々と語る大伴を見ながら、大空寺財閥の総帥、大空寺(だいくうじ)真龍(まりゅう)は、
「儂の方では、戦術機の互換部品しか収めてないからのう……本体の方はちょっと」
と言葉を濁した。

 大空寺には別な考えがあった。
国際金融資本と近しい関係の彼は、親ソ容共の大伴と関係したのはあくまでも木原マサキ対策であって、大伴の考えに完全に賛成したわけではなかった。
 将軍を頂点とする(ゆが)んだ国粋主義思想には、一定の理解を示しながらも、本心としては一定の距離を持ちたかったのだ。
 電子部品をも扱うフェイアチルド社の案件に、日本企業が関われば、国際金融資本の逆鱗に触れやしないか。
 このBETA戦争も、ユダヤ商人や米国の石油財閥の援助無くせば為し得なかった部分もある。
国粋主義は結構だが、それに溺れる青年将校達は余りにも幼稚過ぎる。
現実がさっぱり見えていないのではないか。
商人としての感が、そう訴えかけたのだ。

 大空寺は各種財閥の間を縫って金儲けをしてきて、あざとい商人である。
先程の大空寺の戸惑った表情に眉をひそめる大伴を宥めようと、おだてるような事を言った。
「しかし、やるもんですな。陸士創設以来の秀才。
さすがの儂も、聞いていてあっけにとられましたわ」
大伴は紫煙を燻らせながら、頭を掻いた。
「大空寺さん、一体どうやって木原を」
「貴殿には黙って居りましたが、儂の方で、斉御司(さいおんじ)の若様を手配しております」
その言葉を聞いた大伴は、眉を開き、
「それは助かる。
さしもの木原もお武家様のご登壇(とうだん)とあらば、身動きできますまい」
「おまけに五摂家の協力もある。天才科学者、木原マサキの自滅も確実って、訳だ」
その言葉に光菱専務は慌てて、かすれた声を上げた。
「そんな大事が、もし木原の耳に入ったら……」
 専務は、木原マサキとゼオライマーの復讐を恐れた。
マサキに知れ渡ったら、国産機開発どころか、二度と朝日を(おが)めなくなるではないか。
「大丈夫ですよ。フフフ、我々を裏切らない限り、木原には漏れ伝わりますまい」
「大伴中尉。ああ……貴方は、なんて恐ろしいお方だ」
「さあ、斉御司の若様に、この後の事はお任せしようではないか」
光菱専務と入れ替わり、大空寺は大伴に近づき、酒杯を掲げる。
「よし、乗った」
商談成立を祝して、彼等は乾杯し、細かな打ち合わせに入った。

 専務は、恐ろしい企みを聞いて、不安になった。
ふと、マサキの荒々しい心を鎮めるために何ができるかを考え、
『こうなれば、娘の一つでも差し出して命乞いでもするか』と、いう結論に至った。
その足で彼は洛外にある妾の家に転がり込むと、妾とその間に出来た娘を呼び寄せた。

 専務は、娘の手を握るなり、
「お前達には申し訳ないが、この帝国の先行きの為に犠牲に成って欲しい」
と、平謝りに謝って、深々と土下座して見せた。
「ま、まさかっ……」
妾の表情が凍り付いた。
「木原マサキという科学者の情婦(いろ)になって欲しい。博士はなにしろ優秀なお方だ。
きっとお前との相性はぴったりだ」
「どういうつもりですか。この子はまだ15になったばかりですよ……」
 
 マサキ達が居た世界の日本とは違って、この世界の日本の迎えた大東亜戦争の結末は異なった。
原爆投下も都市部への無差別爆撃も無く、そして国土占領の末の無条件降伏でもなかった。
形ばかりの措置として、将軍の権力を削り、米国を納得させたのだ。
 米軍は、ナチスドイツとソ連の影響力を恐れ、日本帝国に寛大な処置での講和を受け入れた。
憲法典はおろか、軍隊や官僚機構は温存され、法制度も戦前のままであった。

 旧民法典の婚姻年齢は、男子17歳、女子15歳である。
この専務の庶子は、丁度15になったばかりの麗しい少女であった。

 娘と言えば、その狼狽(ろうばい)ぶりは哀れなほどであった。
「ああっっ、あんまりよ。それに女学校にも通わせてくれると言ったはずだわ」
肩を小刻みに振るわせて、端正な美貌を、父への怒りとマサキという見知らぬ男への恐怖に引きつらせる。
 男は、再び、深々と土下座をすると、顔を上げぬまま、滂沱の涙にくれた。
「恨むならこの私を、無力な父を恨んでくれ。
そして木原の元に嫁がざるを得ないことを帝国の為と思って、(ゆる)してくれ」
妾と娘は、二人して自らの運命を呪い、紅涙(こうるい)を絞った。



 さて、場所は変わって、ニューヨーク州ファーミングデール。
 一台の1959年型キャデラックが、フェイアチルド社の本社に乗り付けた。
中から降りてきた若い日本人の男女一組。
 男の姿と言えば。
灰色の山高帽(ダービーハット)に、ラッコの毛皮襟がついた、向う脛まで有るフラノのアルスターコートを羽織り、サキソニー織の濃紺のダブルの背広上下に、山羊革の黒い手袋とモンクストラップの靴といういでたち。
 女の方は、長い黒髪をアップに結って、黒縁のベークライトの眼鏡に、分厚いフラノの濃紺のリーファーコートを、胸元の大きく開いた黒の婦人用スーツの上に重ねて、黒のタイトスカートを履き、黒い絹のストッキングに紺のローファーパンプスという格好だった。
 後から、別な車で来た使用人たちは、手に手に大きなアタッシェケースを持ち、彼等の後を追う。

 
 丁度、フェイアチルド社に来ていたマサキは、制服の上から冬外套を着こんだ市警巡査とタバコを燻らせ、談笑していた。
 件の男女は、警備をする警官隊に握手をすると、建屋に入ろうとした。
 脇を通り抜けようとする一組の男女に、不敵の笑みを浮かべ、
「天のゼオライマーのパイロット、木原マサキとは、俺の事だ」
と、握手に応じるべく、寒さでかじかんだ右手を差し出した。


 男は、驚く様子も無く、帝国陸軍の茶褐色の勤務服を着たマサキの面を、(にら)むなり、 
「冥府から来たBETA狩りの男。支那で情報省に拾われた科学者とは、君の事か。
流れ者とは親しくしない主義でね」
その言葉を聞いた、脇に居る女秘書も、面白がって、
「戦術機の設計技師というから、もっとお年寄りと思ったわ。ニューヨークに何しに来たの」
その態度に、マサキは思わず、
「俺を呼んだのは、フェイアチルド社の方だ」と、失笑を漏らした。
「五摂家の一つ、斎御司(さいおんじ)家、嫡子(ちゃくし)。名は経盛(つねもり)だ。
次期当主という立場もある。悪く思わないでくれ」
右手で帽子を脱ぐなり、胸元に抱えて、
「それとも、君は各国政府首脳との直通電話(ホットライン)を持っているのかね。
それなら話は聞くのだが」
「西側はないが、東側ならある。支那と東ドイツは、俺の一声ですぐさ」

 途端に、斎御司の顔色が曇った。
 この冷戦時代に、その一言は不味かった。
東側と直通電話を持つと言う事は、容共人士とみられても、仕方のない行動だった。
マサキ本人は、ソ連への憎悪に燃え、反共の志操を持ち、自由社会の美風を楽しむ人間である。
 野望の為に、赤色支那や東欧の社会主義国を利用し、ソ連を弱体化させる。
世界征服の手段の為には、あえて共産国と手を結ぶ方便を使ったのだ。
だが、様々な事情を知らない、斎御司の目には、如何(いかが)わしい人物に(うつ)った。

斎御司は、不敵の笑みを浮かべ、
「いよいよ、喰うに困って、東側の御用聞きを始めようっていうのかい」
脇に居る女秘書も、笑い声に連れられて、
「キャハハハハハ」と、白い歯を見せるも、途中でバツの悪そうに口を右手で覆った。
斎御司は、歩み寄って、マサキの面前に顔を近づけると、
「消えてくれ」
そういって、そっけなく右掌をマサキに見せつけ、
「断っておくが、同じ日本人だなんて露ほどは思わないでくれよ。
日本にいた所で、君が僕に対して簡単に口をきける立場か」
 紫煙を燻らせながら佇んでいたマサキの前に、脇に居た女がしゃしゃり出てきて、
「さあ、早く消えて頂戴。若様はお忙しいのよっ!」
と右手を腰に当てて、左手で、しっしと追い払った。

 護衛についていた日系人警官が思わず、
「どうしたんだ、木原。話がさっぱり分からないのだが」
と、困惑する姿を横目に、マサキは、内心あきらめに似た感情をいだきながら、
「散々、この俺に頭を下げて、ゼオライマーを使い倒して、今更、関係ないか。
アハハハ」と、乾いた笑いを浮かべ、
「良かろう。斎御司よ、今の言葉憶えて居るが良い。
グレートゼオライマー完成の暁には、月面のBETA共と同じように貴様とその女に地獄を見せてやる」
満面に喜色をたぎらせて、マサキは、その場から立ち去って行った。 
 

 
後書き
 明日12日も投稿いたします。
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