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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  三界に家無し その1

 
前書き
洋画お約束の、FBIと地方自治警察の担当事件の所轄争い。

 

 
 ニューヨーク州ベスページにある航空機メーカー「グラナン」本社。
1967年型のシボレー・カマロで乗り付けたフランク・ハイネマンの目の前に、突然現れた数人の男達。
社屋(しゃおく)まで駆け込もうとした彼は、怪しげな人物に足を引っかけられ、倒れ込み、
「私共と一緒に来てください」と、取り囲まれる。
そして、起き上がった彼に、懐中からピストルを取り出して、威嚇した。
 
 スチェッキン自動拳銃を見た途端に、ハイネマンの取り乱し方はすさまじかった。
心のどこかに、世界各国の要人を暗殺するKGBの指金ではないか、という疑念を頂いていたのであろう。
「軍事機密を奪うのに飽き足らず、戦術機設計技師の私まで誘拐に来たのか。
ああ、何という強情な奴だ。とうとうこんな恐ろしい工作隊まで仕向けて!」
怒りに任し、身体を震わせ、
「来るな!おい、誰か。助けてくれ」と、恨みと(ののし)りの混じった言葉を投げつける。
男は一瞬の隙を見て、ハイネマンに当て身を喰らわせると、車に押し込もうとした。

 彼は、運が良かった。
丁度、マサキ達一行を連れた、FBI捜査官が、グラナン本社を訊ねて来たのだ。
 道案内で、グラナン本社のハイネマンでの誘拐事件に遭遇した。
パトカーから降りたFBI捜査官とマサキ達は、騒ぎ声のする方に駆け寄ろうとする。
 誘拐犯たちは、突如現れた捜査官に冷静さを失ってしまった。
大童(おおわらわ)になって、持っていた自動拳銃を取り出すなり、警官よりも早く、攻撃を仕掛けてきた。
 捜査官は、脇のマサキの左袖を引っ張り、車の陰に隠れると、車載無線で応援要請をした。
機関銃で攻撃してくる誘拐犯に対して、携帯する火力が貧弱だったため、応援が来るまでじっと身をひそめることにしたのだ。
 ニューヨークは、全米でもっとも銃器所有制限の厳しい場所である。
それ故、FBIも州当局に遠慮し、派遣している捜査官は、基本軽武装だった。
 そして、この時代のFBIは、現代と違って自動拳銃への信頼性は低かった。
FBI捜査官や特別機動隊(スワット)隊員であっても、回転拳銃への信頼が強かった。
一応、回転拳銃の輪胴部に、弾丸を瞬間装填するスピードローダーという現代の早合(はやごう)が存在して、警官や回転拳銃の愛用者たちは持ち運んでいたが、20連射のスチェッキン自動拳銃にはかなわなかった。
 マサキも合間を見て、M29でマグナム弾を撃ち込んだが、自動車の陰に隠れながらの(めくら)撃ちである。
持ってきた6発の弾を使い切ってしまった。
マサキがスピードローダーで装填する間に、鎧衣と白銀は音も無く敵の背後に回る。
二人して、イングラムM10を取り出すと、瞬く間に誘拐犯を仕留め、気絶したハイネマンを運び出した。

 それから。
マサキ達は、ニューヨーク市警のパトカーで、応援に来た警官隊に、足止めを喰らっていた。
一応、一緒に来たFBI捜査官2名が、マサキ達の事情を説明したが、所轄違いを理由に受け付けなかった。
外国人である彼等が、許可なく拳銃を使った(とが)で、事情聴取を続けていると、マンハッタンの総領事館から御剣がすっ飛んできた。
キャデラックのストレッチリムジンとともに、荷台に幌をかぶせたボンネットトラックで乗り付けた。
 車から降りた御剣は、杖を突き、羽織姿で、マサキ達を拘束した警官の前に行くなり、
「彼等を連行することは出来んのだ。何せ私の部下だからな」
「なんですと」
「私は帝国政府の特命全権大使、御剣雷電」
「身分証明は!」
「後ろに連れてきた、一個小隊の護衛が、何よりの証だ」
彼がそう声を掛けると、熊笹迷彩と呼ばれる模様の野戦服に身を包んだ兵士達が、一斉に捧げ銃をした。
「ハイネマン博士と、彼を訊ねた、そこの3人組の紳士は、ともに(たかむら)君の友人だ。
そして、私は篁君の古くからの友人だ。よって大使館に連れ帰るが文句あるかね」
外交特権を利用した御剣の、あまりの強引さに、警官たちはシーンとなってしまった。
 御剣は、マサキの方を振り向くなり、
「さあ、行こうか。木原君」
「ああ」
さしものマサキも、御剣という男の好き勝手さに呆れて、声も出なかった。
唖然とする警官たちを尻目に、マサキ達は迎えに来た大使館の車に、乗せられる。
  
 
 帰りの車中、リムジンの後部座席に座った御剣は、興奮冷めやらぬマサキに、
「こんなこともあろうかと、斯衛軍一個小隊を連れて来たんじゃ」
鷹の様な鋭い目を向けると、威嚇する様に光らせて、
「武家のおもちゃの兵隊だが、武器は本物。
彼等は、私が撃てと言えば、ためらいも無く撃つ」
マサキは、御剣の言葉を聞いて、わざとらしく呆れた顔をして見せた。
「こんなことをして、貴様等が奉戴(ほうたい)する皇帝に迷惑は掛からんのか……」


 マサキは、この世界とはよく似ているが、違う社会制度の日本で育った人間である。
元の世界では、常に国の歴史の中心に、万世(ばんせい)の君が関わっていた。
遠い神護景雲(じんごけいうん)の頃の、道鏡(どうきょう)の害は、言うに及ばず、国家存亡の(とき)であった文永(ぶんえい)弘安(こうあん)外寇(がいこう)応仁(おうにん)の乱を嚆矢(こうし)とする朝廷の衰微(すいび)からも、乗り越えて見せた。
幾度となく訪れた摂関家や幕府の専横や、皇統断絶の危機から脱出する様は、正に奇跡としか表現できない。
 あの焦土(しょうど)から立ち直った経済復興、アジアで初開催された国際五輪大会(オリンピック)
 屈辱の敗戦から僅か20年余りの恢復(かいふく)も恐らく、一統の君がおわさねば、為し得なかったであろう。
全世界を驚嘆せしめた事を、まるで昨日の出来事であるかのごとく、思い返していた。
 
 そう言った経緯から、歴史を知る者としては、どうしても、決して軽んじる事のできぬものという認識があった。
天下無双の大型ロボットを操り、人知を超える推論型AIを作って、クローン技術で神の領域を(おか)した男であっても、二千有余年を過ごしてきた、その人事知を無下には出来なかったのだ。
 天皇という至尊(しそん)の存在は、それほどマサキを(おそ)れさせた。

 しかし、この世界の日本では違った。
古代から連綿と続く皇統、それは同じだが、帝の地位も立場も違った。
 20世紀の電子情報化時代にあっても、政威(せいい)大将軍(たいしょうぐん)という存在が、全てを仕切った。
字こそ違えども、鎌倉以来の征夷(せいい)大将軍(たいしょうぐん)と同じように、武家の棟梁(とうりょう)として六十余州(ろくじゅうよしゅう)を支配した。
 元枢府(げんすいふ)は、悠久の歴史から、比類なき皇統の権威を(おそ)れた。
鎌倉や室町を騒がせた、承久(じょうきゅう)の乱や正平(しょうへい)の一統という、苦い記憶を恐れるあまり、帝室の影響力は、極端なまでに削がれていた。
 宸儀(しんぎ)を、九重(ここのえ)の奥深くに押し込め、囚われ人に近い暮らしをさせた。
その締め付けは厳しく、覇府(はふ)の心ひとつで、大嘗祭(だいじょうさい)はおろか、雨漏りする内裏(だいり)鴟尾(しび)の架け替えなども出来ないほどであった。
(大嘗祭とは、毎年秋に行われる国家安寧や五穀豊穣を祈る宮中祭祀の事である)

 無論、そんな事をマサキは知らなかった。
だから、皇帝の事を口に出したのだ。
皇帝という、何気ない言葉を聞いた、白銀たちが、まるで幽鬼(ゆうき)に会った様に、恐れおののく様を見て、マサキは心から驚いていたのだった。

 御剣が、唖然とするマサキに対して声を掛けた。
「フフフ、主上(おかみ)の事か。面白い事を言うよのう」 
先程とは打って変わって、厳しい表情から緩んでいた。
そして、まるで子供に諭すように、
「何を隠そう、実は政威大将軍直々のお申し出なのだよ。
殿下は日本帝国三軍の長で在らせられる方。故に日本の戦術機開発を憂いたのだよ」
「何」
「斯衛軍の方で、武家専用の戦術機を作ることになってね。
今の激震、日本版のF4ファントムの性能の低さを、殿下ご自身が操縦なさって、憂慮されて居った。
篁君の件もあって、日本と因縁の深いグラナンの設計ノウハウを参考した物を作れと内々にお話が有った。
私の方で、色々手配したが、何せプロではない。
それで、最新型のF14を開発中のハイネマン博士を日本に招聘しようと準備していた所なんじゃ」

「ハイネマン博士は、篁君の件があって、日本行きを渋っていた。
そこで君だ」
右の食指を、マサキの方に向ける。
「君がハイネマン博士と会えば、彼を日本に誘い込むことが出来ると思ってね。
ハイネマン博士も、君が東ドイツで散々に暴れ回った話は知って居よう」

「つまり、俺は出汁に使われたって事かい」
「君の件では、既に官房機密費から50億の金が出ている。
異例の対応で、年俸560万円、家付きで雇っておるのだ。
これくらい好きにしてもらっても文句あるまい。ハハハハハ」

 参考までに言えば、1970年は、トヨタ自動車の人気車、カローラが50万円の時代であった。
2022年のカローラの値段は、最低価格が200万円である。
マサキは、現在の貨幣価値で2000万円近い金額の報酬を工作費込みで支払われていたのだ。
 もっとも、日々、研究資料を集めていたマサキには有り余るくらいだった。
精々、最新の電子工学資料の他に、複数の外国雑誌や洋書を買い漁って、国際情勢を研究する位。
 如何に創意工夫を凝らして、世界征服をするか。と、陰謀をめぐらせていたからである。
 それ故に、手を付けず貯めていた400万円ほどを、東ドイツへの工作に使えた。
アイリスディーナの件への謝礼や口止め料として、現金ではなく物品で親族や関係者にばら撒いた。
その影響はすさまじく、シュタージはおろか、警察すらも露骨に近づかなくなった。
 給与の他に、支那政府からハイヴ攻略の報酬として埋蔵資源を貰ったが、使い勝手が悪い。
時折現金化しているが、こんな調子で両替し続ければ、安く買い叩かれるだけであろう。
 最悪困った時は、海水中に含まれる金を次元連結システムを応用して抽出でもするか……
政界工作でばらまく現金も、数百億単位で必要であろうし……。
そんな事を考えながら、総領事館に帰った。

 その日の夕刻。
パークアベニューに(そび)える日本総領事館の最上階の一室で、御剣と鎧衣が密議を凝らしていた。
話の内容は、マサキの怪しげな動きについてであった。
 グレートゼオライマー建造の為、戦術機メーカーと折衝している経緯を御剣に話したのだ。
窓より薄暗くなる街並みを眺めていた御剣は、不敵の笑みを浮かべながら、
「なるほど、木原に気を許すなというのだな」
と、右の方を向いて、直立する鎧衣に顔を向けた。
「はい、自分の見る限り、彼はとんでもないことを企んでいるような……」
「この私が、気が付かぬと思ったのか」
「ハッ」
右掌を上にし、鎧衣の方に差し出して、
「分かって居るからこそ、殿下の計画を話したのだ」と、彼の愁眉(しゅうび)を開かせるような事を告げた。
鎧衣は、敬服の意味を込めて、頭を下げる。
「恐れ入りました。しかし、彼は殿下の計画に賛成できぬ様子……」
「放っておけ。例え木原が何を企もうが、殿下を裏切るような真似はさせん」
と、言い終わると、窓の方に歩き出し、腕を組んで、黄昏(たそがれ)るニューヨークの街を眺めた。
「分かりました。
殿下の素晴らしい妙案が円滑に実現できるよう、我が国に仇なす敵の排除、自分は命に代えて全うする所存です」
そう言い終わると、窓から身を鎧衣の方に向き直し、組んでいた腕を降ろす。
「良く言ってくれた。期待して居るぞ」
「木原には、つまらぬ考えを捨てる様、機を見て、自分が話しましょう。お任せを」
鎧衣は、そう告げると、再び深い会釈をして、その場を立ち去って行った。
 
 

 
後書き
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 来週2月11日、12日は、祝日投稿する予定です。 
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