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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十話 孤立無援



宇宙暦 795年 9月18日    巡航艦パルマ  ヨッフェン・フォン・レムシャイド



『ようやく卿を捕まえる事が出来たな、レムシャイド伯』
スクリーンには幾分疲れた様な表情のブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が映っていた。表情だけでは無い、声にも疲労感が現れている。どうやら私を捕まえるのにかなり手間取ったらしい。いかんな、帝国の二大実力者を振り回してしまったようだ。

「申し訳ありません。艦を乗り換えた事をお伝えするのを忘れていました」
形だけでは無い、本心から恐縮した。
『事が多すぎるのだ、忘れることも有るだろう……。ところで話せるのか』
ブラウンシュバイク公が声を落とした。内密に話したいという思いが声に出たのだろう。

「ヴァレンシュタインは特に盗聴などはしないと言っておりましたな」
『信じられるのか、それを』
今度はリッテンハイム侯が問いかけてきた。こちらも小さな声だ。何となく楽しくなった。帝国の実力者達が私と内密の話をしたがっている。長生きはするものだ。

「さて……、何分底が見えぬ男です。本当のようにも思えますし嘘かもしれません。咎めても平然と言うでしょうな、“まさか本当に信じたのですか”と。それにスクランブラーはかけていますがこの艦のシステムです。その気になれば盗聴は難しくない、防ぎようが有りません」

スクリーンの二人が顔を見合わせた。そして微かに頷き合う。何かを確かめた様だ。はて? 疑問に思っているとブラウンシュバイク公が低い声で話し始めた。
『これから言う事を良く聞いて欲しい』
「はっ」

『卿はこのまま彼らに同行しハイネセンまで行って欲しい。フェザーンにはこちらから卿の後任者を送る』
「それは……」
抗議しようとした私をブラウンシュバイク公が手を上げて押しとどめた。

『レムシャイド伯、地球、フェザーンへの対応は反乱軍、いや同盟と呼ぶべきだな、彼らと協力して行う必要が有るだろう。卿には我々の目、耳、そして代理人になって欲しいのだ。向こうが何をどう考えているか、我々に伝えて欲しい』
「……」

『残念な話ではあるが帝国は今極めて不安定な状況にある。対応を間違える事は非常に危険な状況を帝国にもたらしかねん。卿には我々に判断するだけの情報を伝えて欲しいのだ』
身体に震えが走った。ブラウンシュバイク公は、リッテンハイム侯は事の重大さが分かっているのか? 私一人に情報の収集を任せる? 情報に偏りが出かねない、いやそれ以上に危険だ。

「……危険ですぞ。彼らは私を通して帝国を操る事も打撃を与える事も可能という事になります。情報源が複数ならともかく私だけでは……」
敢えて首を横に振って見せた。フェザーンの高等弁務官を務めたから分かっている。検証手段の無い情報というのは鵜呑みには出来ない、扱いが極めて難しいのだ。

『分かっている。しかし現時点では我々は何の情報も無いに等しい。闇夜を明かりも無しに歩いている様なものだ。これでは何時躓くか分からぬ』
沈痛と言って良い声だ。ブラウンシュバイク公の声は低く沈んでいる。追い詰められている、帝国最大の実力者が追い詰められている……。

「しかし、間違った情報を送ればそれだけで躓きますぞ」
『それも分かっている。危険が有るのは承知の上で卿に頼んでいる』
「……」
私が黙っていると今度はリッテンハイム侯が口を開いた。

『卿が不安に思うのも無理は無い。しかし判断するのは我らだ。卿に責めを負わせるような事はせぬ。頼む、我らを助けて欲しい』
已むを得ぬか……。
「……分かりました。どこまでお役にたてるかは分かりませんが微力を尽くしましょう」
『うむ、済まぬ』

帝国は不安定な状況にあると二人は言った。地球教への対応は反乱軍、いや同盟との協力が必要とも言った。つまり地球教対策を利用して協調体制を築く、共通の敵を叩く間に国内体制を安定させる、そういう事だろう……。生きて帝国には帰れないかもしれない、ふとそう思った。

例え責めはせぬと言われても己にも矜持というものが有る。場合によっては死を以って償う事になるかもしれん……。出来る事ならもう一度オーディンに戻りたかった……。しかしフェザーンで死ぬことも有り得たのだ、どうやら異郷の地で一人果てるのが自分の運命なのかもしれん……。

私もよくよく運のない男だな、……それも已むを得ぬ事か……。


感慨に耽っているとブラウンシュバイク公の声が聞こえてきた。
『早速だが卿に聞きたい事が有る』
「はい」
『先日の話し合いだが反乱軍、いや同盟だったな、あちらの代表がトリューニヒト国防委員長とシトレ元帥だった。どういう事だ? 何故最高評議会議長ではないのだ? わしもリッテンハイム侯もいささか不審に思っているのだ』

『レムシャイド伯、勘違いはするなよ。私もブラウンシュバイク公も格が釣り合わぬと卿を責めているのではない。そこに何らかの意味が有るのではないかと思っているのだ。これからの事を考えれば読み間違いは出来ぬ、どんな些細な意味でも誤りなく読み取らねばな』

なるほど、そこに不審を感じたという事は同盟との協調体制を重視する、そういう事だな。判断は間違っていなかったようだ……。二人とも厳しい表情をしている、意味を読み取るというのは嘘ではあるまい。

「トリューニヒト国防委員長とシトレ元帥を選んだのはヴァレンシュタインです。私も御二方と同じ疑問を抱き彼に問いただしました」
私の答えに二人は顔を見合わせた。そして公が問いかけてきた。

『それで、何と言った』
「最高評議会議長よりもあの二人の方が良いと言いましたな、喰えませんし強かですと……」
『喰えぬか……、強かとな……』
「はい」
“ウーム”とブラウンシュバイク公が唸っている。そしてチラリとリッテンハイム侯を見た。侯もそれを受けて大きな息を吐いた。

「これは私の得た感触ですが、ヴァレンシュタインはあの二人の事を詳しく知っていたのではないかと思います。何らかの繋がりも有るのでしょう。その一方で最高評議会議長の事は知らなかった。いえ、それだけでは有りません。どうも信用できない、頼りにならないと判断したのではないか私は考えています」

またブラウンシュバイク公が唸り声を上げた。大きく息を吐くとゆっくりとした口調で問い掛けてきた。
『つまり、格ではなく人物で選んだという事か』
「私にはそのように見えましたな」
ブラウンシュバイク公が三度唸り声を上げた。

「ヴァレンシュタインから聞いたのですが対地球教に関してはトリューニヒト国防委員長、シトレ元帥が責任者となるそうです」
ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯がまた顔を見合わせた。そして私に視線を向けた。厳しい視線だ、身が引き締まった。

『軍が全面に出るという事か……』
「そう言う事になりますな」
『地球、そしてフェザーンを敵と認識した、そう言う事だな、……敵か……』
呟く様な公の声だった。

『もう一つ気になる事が有る。トリューニヒト国防委員長だが主戦派と聞いている。私も公も彼は反帝国感情が強い人物なのではないかと懸念している。これからの協力に支障が出る危険は無いか、レムシャイド伯』

「その事ですが不思議に思った事が有ります。例の晴眼帝、亡命帝の話ですが同盟側の二人は興味深げに聞いておりましたな。単純な主戦派ではないか、或いは外と内が違うのかもしれません」
二人が考え込んでいる。はて、何に反応した? 外と内か、それとも……。

「同盟は帝国と違い選挙というもので政治家が選ばれます。平民達の支持を得なければ政治家に成れぬのです。その辺りも考慮しなければなりますまい」
『なるほど。我らとは国体が違うか……』
「はい」
公は何かを思うかのように頷いている。

『卿は当然だが彼らと、そして最高評議会議長とも会うはずだ。どういう人物か良く見極めて欲しい。それと同盟の平民達が何を考えるかもだ』
侯の言うとおりだ、同盟は帝国とは国体が違う。我々は政治家、軍人だけではなく同盟の平民達を注視しなければならない。つまり百三十億人を相手にする事になる……。一対百三十億か……、分の悪い戦いだ。

「承知しました。私からもお聞きしたい事が有ります」
『何かな』
「地球、フェザーンについてどの程度危険だとお考えですか」

私の問いかけに二人が顔を見合わせ、そしてリッテンハイム侯が口を開いた。
『極めて危険だと考えている。オーディンでは地球教の支部を警察に捜索させたが教徒達と銃撃戦になった。ただの宗教集団ではあるまい、今内務省と軍が協力して押収物、捕縛者を調べている』

「同盟でも軍と地球教徒の間で銃撃戦が発生したそうです。それ以上の詳細は分かりませんが……」
『……そうか、では帝国、同盟その両国が地球教の危険性を認識した、そういう事だな』

ブラウンシュバイク公が頷いている。帝国、同盟共に地球教の危険性を認識した、その認識が有る限り協力体制を維持する事は可能……。何処か声に満足げな響きが有るのは一安心という思いが出たのだろう。だがこの二人が気付いていない危険が有る。極めて大きな危険だ。

「問題はヴァレンシュタインが地球教の危険性をどう見ているかだと思います」
『どういうことだ、レムシャイド伯』
リッテンハイム侯が訝しげな声を出した。ブラウンシュバイク公も不審を表情に浮かべている。

「彼はフェザーンの裏の顔が地球である事を知っていました。おそらくその危険性についても我々などよりずっと深く認識しているはずです。その限度も……」
『……』
「我々は今慌てふためいています。しかし彼にとってはそれほどの事でもないのかもしれないのです」

ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が揃って溜息を吐いた。二人とも疲れた表情をしている。私の心配が二人にも分かったのだろう。
「これまでのところ彼の行動は帝国にとって不利益をもたらすものではありません。しかし彼が帝国に良い感情を持っていないのも事実……。彼の言葉一つで同盟が帝国との協調体制を打ち切る事は十分あり得るでしょう」

『地球教、これ自体がヴァレンシュタインの罠という可能性も有るか……』
『厄介な男を敵にしてしまった。帝国の弱点を知り尽くした男か……、知っていたのは帝国だけではなかったか……』
リッテンハイム侯、ブラウンシュバイク公が呟く。

「まずはそこの見極めが必要となります」
『難しいとは思うが卿に頼むしかない』
果たして自分にあの男を読み切れるだろうか。いや、これからは時に協力し、時に戦うことになるだろう……。容易ならぬ相手だ、果たして自分にそれが可能か……。迷うな、自分しかいないのだ。

「ところで例の晴眼帝、亡命帝の話ですが如何思われました。面白いとお考えでしょうか、それとも下らぬと。ハイネセンに赴けば必ず問われましょう、お二方の考えを聞いておきたいと思います」

『例の話か……。今は気になる、としか言えぬ。我らとしても同盟がどう思うか知りたいものだ』
「なるほど……、確認してみましょう」
『うむ、頼む』

相手の考えに関心が有る、つまりこちらの答えはそれによって変わる可能性が有るという事か……。通信が終わったのはそれからさらに二十分程が経ってからだった。厄介な任務を引き受ける事になった。あの二人と話している時よりも一人の今の方がその困難さに溜息が出る……。

帝国を安定させるためには同盟との協力体制が必要……。対地球教だけでは協力体制の維持は難しいかもしれん。カードは多い方が良い、となると帝国が切れるカードは……。気になるか……、場合によってはもう一歩踏み込む必要が有るだろう。先ずはあの男が何を考えているかだが……、私にあの男の腹の内が何処まで読めるか……。また溜息が出た。



帝国暦 486年 9月18日    オーディン 新無憂宮   オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「レムシャイド伯には苦労をかける事になるな。貧乏くじを引かせてしまった」
「そうだな、しかし公、我らほど酷いくじは引いていまい」
「確かにそうだな」
自分の事でなければ笑うことが出来ただろう。しかし笑う事の出来ない現実がここにある。

「問題はやはりヴァレンシュタインか……。あの男が何を考えているのか……」
「厄介な男を敵に回してしまったな」
「うむ」
なんとかこちらに引き寄せる事は出来ないものか……。或いは何らかの手段を構じて消す……。

こちらの手で殺す事に拘る必要は無い、反乱軍に殺させると言う手も有る……。こちらに寝返ろうとしている、そう思わせるだけでも不和を起こさせることは可能だろう。影響力を低下させられるはずだ……。考えているとリッテンハイム侯がわしの顔を覗き込むように見た。

「公、何を考えている?」
「うむ、いや、ヴァレンシュタインの両親だが遺体は墓から掘り起こされ打ち捨てられたと聞いた。回収は可能かな」
「さて、確認してみるか?」
「うむ、そうしてもらえるか」

先ずは両親の名誉回復、そこからだな……。その次は彼の財産の補償、及び返還か。……リメス男爵家を再興させ彼に後を継がせると言う手も有るな。いや、そういう噂を流すだけでも効果は有るはずだ。今回の地球教の件は人類全体の問題だ、それを提起した功を理由に……。

目の前のTV電話の受信ランプが点滅した。はて誰かな、受信すると目の前に福々しい顔をした男が現れた。
『内務省社会秩序維持局局長、ハイドリッヒ・ラングと言います。そちらにリッテンハイム侯はおいででしょうか』

顔に似合わぬ荘重な声だ。可笑しみを覚えつつ侯に視線を向けると侯も笑みを浮かべている。どうやらわしと同じ想いらしい。
「何用かな、ラング局長」

リッテンハイム侯が答えるとラングは恐縮した様な様子を見せた。
『御要談中の所、申し訳ありません。いささか奇妙な事態が判明しました』
「それは地球教に関してか」
『はい、地球教に関してです。恐れ入りますが早急に内務省にお戻り頂きたいのですが』

侯がわしを見た。
「ここで話を聞こう。ブラウンシュバイク公もいる、その方が良いだろう」
『……分かりました』
「で、何が分かった」

『捕縛した地球教徒ですがサイオキシン麻薬の禁断症状を起こしている者がいます。それも一人や二人ではありません。禁断症状を生存者の半数近くが起こしています』
「サイオキシン麻薬だと……。間違いではないのか」
『間違いではありません、サイオキシン麻薬です』

侯がわしを見た。信じられないといった表情をしている。
『症状から見ますとかなり長期に亘って使用していたと思われます。また遺体からもサイオキシン麻薬が検出されました』
「馬鹿な……、長期に亘って? 何処からサイオキシン麻薬を入手したのだ……」

呻く様な侯の口調だ。
「ラング局長、訊きたい事が有る」
『はい』
「教団からの押収物の中にサイオキシン麻薬は有ったのか?」

わしの問いかけにラングが面目なさそうな表情を見せた。
『当初、警察はサイオキシン麻薬を見つける事は出来ませんでした。しかし再度捜索したところ……』
「捜索したところ?」
『大量のサイオキシン麻薬を処分したと思われる痕跡を発見しました』
「馬鹿な……、有り得ぬ」

侯が呻く様な口調で吐いた。同感だ、アルレスハイムの敗戦後、帝国、同盟、共にサイオキシン麻薬の撲滅に躍起になった。密造組織、密売組織、使用者、その全てを叩いたはずだ。あれから三年、地球教は大量のサイオキシン麻薬を所持していた。何処から入手した? 生き延びた組織が有ったという事か?

『残念ですが入手先については未だ判明しておりません』
「軍は何と言っている?」
『いえ、まだ知らせていません……』
「何をしている! 協力しろと言ったはずだぞ!」

リッテンハイム侯の怒声にラングが謝りつつも言い訳をしようとする。侯がそれを遮った。
「三年前のサイオキシン麻薬対策は憲兵隊が主力となった、何らかの情報を持っているかもしれん。直ぐに問い合わせろ! この件が帝国の、いや人類の大事だという事を忘れるな!」

ラングが直ぐ軍に問い合わせると言って通信を切った。それを見て侯が腹立たしげに舌打ちした。
「全く馬鹿どもが何も分かっていない」
「内も外も敵だらけだな、侯」
「全くだ」

暫く無言のままだった。侯は気を静めようとしたのかもしれない。口を開いたのは大きく息を吐いた後だった。
「サイオキシン麻薬か……、公、同盟にも知らせた方が良くは無いかな。協力する必要性を訴える事になると思うのだが」
「なるほど、悪くない考えだ。レムシャイド伯を通して知らせよう……」
これで同盟側でもサイオキシン麻薬が見つかれば言う事無しだな。


 
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