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紀文蜜柑

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第二章

 心を打たれ皆ついていくと答えた、文左衛門はここから親兄弟妻子のいない者を選んでそうしてだった。
 紀伊に向かった、そしてこの国でだった。
 蜜柑を船に積めるだけ買った、そうして船に積んでだった。
 船に乗り込んだが湊の者達は文左衛門に眉を顰めさせて言った。
「大丈夫かい?」
「江戸まで行くなんて」
「今この辺りの海は時化が特に酷いんだ」
「どうなっても知らないぞ」
「江戸までなんて無理だぞ」
「その無理をやってだ」
 だが文左衛門は港の者達に笑って応えた。
「儲けるんだ、儲けるには時にはな」
「命かい」
「命を懸けてかい」
「それでやるものだっていうんだな」
「そうだ、だからな」
 それでというのだ。
「江戸までこの蜜柑を運ぶぞ」
「江戸まで行けたらいいけどな」
「それでもわし等はな」
「どうも頷けないな」
「とてもな」
「ははは、絶対に江戸まで行ってみせるさ」
 文左衛門は港の者達に笑って言ってだった。
 そのうえで船を出した、するとすぐにだった。
 海は荒れた、高波と強い風と豪雨がだった。
 常に船を襲った、船は右に左にと面白い位に揺れた。
 これまで多くの難しい場を乗り切ってきた船乗り達もだ、嵐の中で死にそうな顔になっていた。そうして言うのだった。
「だ、駄目だ」
「これは死ぬぞ」
「江戸に着ける筈がない」
「その前に船が沈むと」
「沈んだらそれまでだ」
 だが文左衛門は嵐の中でこう言った。
「違うか、生きたら大儲けでだ」
「死んだらそれまで」
「ただ死ぬだけ」
「それだけだっていうんですね」
「そうだ、簡単だろ」
 嵐の中船乗り達に笑って話した。
「もうな」
「そうですね」
「言われてみれば」
「生きれば大儲け」
「死ねばそれまで」
「どっちかだけですね」
「そうだ、生きたらおめえ等にもお礼は弾むからな」 
 報酬はというのだ。
「だからな」
「ここはですね」
「何としても江戸に辿り着く」
「そうするんですね」
「そうだ、絶対に行くぞ」
 こう言ってだった。 
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