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紀文蜜柑

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第三章

 文左衛門は自分も船の仕事をしてだった。
 大嵐の中船を江戸に進ませた、紀伊から江戸までひっきりなしに海は荒れていて。
 何度も駄目だと思った、だが。
 遂にだ、江戸の港を前に見てだった。文左衛門は笑顔で言った。
「着いたな」
「ええ、嘘みたいですよ」
「絶対に駄目だと思いました」
「何度もそう思いました」
「ですがですね」
「何とかですね」
「そうだ、わし等はやったんだ」
 まさにと言うのだった。
「蜜柑を江戸に届けられた、そしてだ」 
「蜜柑を売りますね」
「そうしますね」
「これから」
「そうだ、そうしてだ」
 そのうえでと言うのだった。
「儲けるぞ、もう後はだ」
「蜜柑を売るだけですね」
「船から下ろして」
「そうするだけですね」
「そうだ、祭りだ」
 ふいご祭りのことも話した。
「とびきりに売れるぞ」
「江戸の人達も喜んでくれますね」
「祭りに蜜柑を撒けて」
「それで食えて」
「そうだ、まあわしは儲けを考えてな」 
 そうしてというのだ。
「動いたがな」
「江戸の人達も喜んでくれますね」
「蜜柑を食えて」
「そうなりますね」
「ああ、そうなるな」
 実際にとだ、こう言ってだった。
 文左衛門は蜜柑を売った、するとだった。
 蜜柑は飛ぶ様に売れた、その売り上げはというと。
「凄いですよ、一万両です」
「それだけ儲かりました」
「死ぬ思いをした介がありましたね」
「こんなに売れるなんて」
「全くだな、蜜柑でもな」
 只の果物でもというのだ。
「時と場合によってはな」
「命懸けにもなって」
「それでこんなに儲かる」
「そうなるんですね」
「そういうことだな、しかしわしも驚いた」
 文左衛門は店の者達に話した。
「儲けられると思ったが」
「評判にもなっていますね」
「よくやったと」
「江戸中で」
「しかも一万両も儲かった」
 予想以上にというのだ。
「命懸けで儲けようと思ったが」
「それ以上ですね」
「それ以上のものが手に入りましたね」
「今回は」
「そうだ、こんなこともあるのだな」
 文左衛門はしみじみとして言った、そうしてだった。
 自分が運んできた蜜柑の一つを手に取って食った、それは実に甘く美味く一万両と評判だけの味はしたと思った。
 紀伊国屋文左衛門のこの話は伝説とも言われている、だが元禄の日本を象徴するものの一つとして残っている、そのうえで今も人々を唸らせている。このことは事実である。


紀文蜜柑   完

                  2022・7・11 
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