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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  先憂後楽  その1

 
前書き
 ちょっとこてこての少女漫画風の展開が続いたので、二昔前の青年漫画みたいな展開に戻しました 

 
 木原マサキが色香に惑わされた影響は、当人だけで済む話ではなくなっていた。
すでにソ連KGBの誘拐事件やGRUスパイとの接触を起こしてることを鑑みて、日本政府は重い腰を上げた。
彼を護衛する為のスパイを付けることにしたのだ。
無論、鎧衣左近という有能な破壊工作員がいるのだが、その件では見送られた。
彼は、情報将校としての側面があるので専属にするには惜しい。
新たに、マサキと年齢の近いであろう、有名大卒の若手工作員が派遣されることになった。

 さて、当のマサキと言えば、綾峰たちと一緒に、東欧諸国の歴訪に出掛ける。
手始めに、チェコスロバキアのプラハに、公式訪問した。
さすがに前日の件もあって、自由行動をきつく戒められていたマサキは、勝手に出歩くことはしなかった。
 だが、この男も、唯では済ませる人間ではない。
チェコスロバキアに行くなり、チェコ側にあるチェスカー・ゾブロヨフカ(チェコ兵器廠国営会社。現在は株式会社化されている)の工場見学中に、Cz75拳銃を2ダースほど購入したり、耳目を集める行動に事をかかなかった。

丁度、スロバキア側にあるZTS(国営戦車工場。今日のKONSTRUKTA-Defence社)の本社工場を訊ねた際の事である。
T-55、T-62などのソ連製戦車のライセンス生産品について、工場長より説明を受けてる折、
「なあ、工場長よ。一つ尋ねるが、BETAの光線を防ぐペンキなどは無いのか」
と、出し抜けに、周囲を困惑させることを言い放った。
日本語通辞から、その話を聞いた工場長は、驚きの色を隠せず、
「そのような物が有れば、我等も5年も戦争に時間をかけません」
と、半ばあきれ顔で返すも、訝しんだマサキは、
「じゃあ、作ってみるか」と、軽口をたたいた。

マサキの言を見るや、綾峰は、呆れた顔をし、
「木原、お前という奴は……もう少し静かに出来ぬのか……」
「俺は、不思議に思ったから聞いただけだが……」
「東ドイツでの件は、懲りてないのか」
マサキは、ちらりと綾峰の顔を覗き見て、
「それは……」
「なあ、解ってるなら余計な仕事を作ってくれるな。大体……」

さすがに客先で説教は不味いと思ったのか、珠瀬が、
「まあ、まあ、大尉殿。チェコスロヴァキアの案内役が困惑していますから、これくらいにしておいては」
と、綾峰の怒りを収めるような事を言った。
 さすが陸大出の将校である綾峰は、周囲を見回すや、怒りを冷まし、
「あまりふざけた行動をしていると、後で始末書を書いて、本省報告してやるからな」と言い捨てた。

 マサキが面白くない顔をしていると、先程の工場長が訊ねた。
「木原さん、あなたの言う光線級を防ぐペンキというのは、どの様な物なのか、教えてくれまいか」
マサキは、途端に喜色をたぎさせ、
「試作段階だが、1秒間に75回の照射を浴びても、3万秒ほど持つ対光線ペンキは、出来ている。
ただ、耐候性に弱点があって、3か月ほどで劣化して、再度塗装をするしかない。
また、水分を含むと強度は増すが、重量も5パーセントから25パーセントほど増える欠点もある」
と、脇に居る美久から、資料の入ったトランクを受けとり、
「詳しい成分と化学合成式が、この中に書いてある。
特許料は、年間売り上げの0.5パーセントから1パーセントで良いから、寄越せ」
と、勝手に話を進めてしまった。

綾峰は、その様を見るなり、途端に嚇怒(かくど)し、
「貴様は、俺を蔑ろにするのか。毎度毎度問題ばかり起こして」
マサキの襟首に手を掛け、制服の茶色いネクタイを掴み、
「責任を取るのは、駐在武官や大使閣下、それに俺なんだ。
議会や陸軍参謀本部に、責任の負えない、特務曹長のお前は説明できるのか」
と、青白い顔色で、血走った目を向けた。
「お前も気が短い男だな」と、マサキが呆れてみせるや、
綾峰は、ますます興奮し、顔に浮き出た青筋を太らせ、
「貴様、欧州まで遊びで来てるのか。これは仕事だ、戦争だぞ。
殿下の顔に泥を塗るつもりか」と、周囲が驚くばかりの大声を上げ、一喝した。

綾峰は、一通り、うっぷんを吐き出した後、
「なあ、木原よ。なぜ、先ず我々に相談しないんだ。
手助けするにしても、我々に最低限の連絡が欲しい。
貴様が何がしたいのか分からければ、我等も動きようがない」
珠瀬も、困り果てた綾峰を助ける様に、
「木原君、君がしたいことは分からんでもない。だが事前の話し合い無しに行動されては困る。
ましてや、今回の件は技術的な話だ。化学産業のメーカーや技術本部にも相談が欲しかった」
と言いやると、幾分白髪の混じった頭を掻きむしり、
「で、綾峰大尉殿、どうしますか」と、問いかける。

「今の話はオフレコにしてもらって、俺がこの場を収める。
あと、チェコに居る商社マンを呼んで、都の化学メーカーでも頼るしか有るまい。
実現可能か、どうかは、ともかく、一度外に出てしまった話だ」
と、あきらめの言葉を吐いた。

 その様を見たマサキは、暫し考え込んだ表情をした後、
「俺の方も少し、はしゃぎ過ぎた」と申し訳なさそうに呟いた。
無論、この男の事である。本心からの謝罪ではない。
頭の中には、グレートゼオライマー建造計画の事でいっぱいだった。
グレートゼオライマーを手早く完成させるには、日本企業の力添えも必要。
故に、形ばかりの謝罪をしたのだ。


 翌日、ハンガリーのブタペストの参謀本部に招かれ、青年将校団との討議がなされた。
質疑応答の殆どを、綾峰に任せ、椅子の背もたれに寄り掛かっていると、
「木原さん、光線級吶喊(レーザーヤークト)の件をどう思いますか」
と、向こうの参謀総長から問いかけられた。
マサキは、頬杖をつきながら、
「光線級吶喊に関しては、失うものが大きく、得るものが少ない」と率直な意見を述べた。
彼の素っ気ない答えに、
「ええ!」と、驚きの声を上げた参謀総長は、
「貴方は東独軍と行動を共にしたと聞いてますが、先のソ連軍のセバストポリ攻防戦はどうお考えですか。
あの時は、ソ連軍は戦術機隊でBETAを食い止めたではないですか」
と、問い質した。
マサキは、出し抜けに声を上げて笑うや、
「あれはソ連側の国外向け宣伝の好例だ。戦火が実情より誇張され過ぎる。
貴様等は、条約機構軍としてソ連に軍を派遣して、それ程の事も分からぬとはな」
と、満面に喜色をたぎらせ、
「まあ、良かろう。
俺自身、支那での戦闘でその辺は実感している。
セバストポリの件は、最後の決め手となったのは、黒海洋上からの火力投射だ。
端的に言えば、巡洋艦や駆逐艦から艦砲射撃と、核ミサイルの飽和攻撃が勝因となった。
BETAの梯団(ていだん)攻撃の遅延にしかならない。
ベルンハルトより光線級吶喊の厳しさを聞いているし、また奴が考案した光線級吶喊の問題点。
端的に言えば、実際の戦果以上に誇張されたとの証言は、カセットテープに録音してある。
詳しい話は、脇に居る綾峰に問い合わせてくれ」と、話を振った。

 綾峰が熱心にハンガリー将校団に説明して居る折、マサキは一昨日の事を振り返っていた。
アイリスディーナとの見合いの際に、マサキは只では帰らなかった。
次元連結システムを応用したペンダントを渡したばかりではない。
ユルゲンを秘蔵の酒で泥酔させ、西側に(つまび)らかになっていないソ連のBETA戦争の実情を聞き出していた。
 易々と東側の実情を聞き出せたのは、妻であるベアトリクスが妊娠のつわりで不調だったのも大きい。
彼女が、健康で気を張っていた状態ならば、おそらく止められたであろう。
人の好い、初心(うぶ)で世間知らずなアイリスディーナには、其処まで気が回らなかったのもあった。
 副官のヤウクや、お目付け役として派遣されたハイゼンベルクにも、大分聞かれたろう。
だが、構わず、マサキは、旨酒に不覚を取ったユルゲンから情報を抜いたのだ。
無論、対価として鎧衣の方から、ソ連へのアラスカ割譲に関する米国政府の秘密文書を渡した。
彼等が喉が出るほど欲しがった情報だが、既に古い情報なので、鎧衣は躊躇(ためら)わずに差し出した。

 つまり、マサキも、日本政府も、ただ同然で有意義な情報を手に入れたのだ。
その返礼としてではないが、ユルゲンとヤウクに勲五等双光旭日章が送られることになった。
東独議長には、勲一等旭日桐花大綬章、シュトラハヴィッツ少将にも勲三等旭日中綬章と決まった。
 無論、表向きはマサキ達の勲章授与の返礼で、あったが。

マサキが、そんなことを考えていた時、ふと、
『この謝礼として、あとでハイヴの奥深くから持ち出した宝石でも渡そうか。
ユルゲンの周りにいる女どもに、誕生石の原石でも20キロばかり、袋に詰めてくれてやろう』
と、そう一人想い、ほくそ笑んでいた。


 夕刻、ブタペスト市内のホテルに戻った際、バルコニーから市街を眺めながら、思案に耽った。
隣国、オーストリアからかなりの数のCIAや西ドイツの間者が入っている事には気が付いていたが、知らぬふりをしていた。
 こちらが興味を持っていなくても、向こうは違うらしい。
ハンガリーの諜報機関関係者らしい人間がずっとマークしているほかに、時折鋭い眼光を見せる百姓や旅行者風の人間が目につく。
シュタージほどにあからさまではないが、ソ連に痛めつけられた国とは言え、社会主義国なのだなと、あらためて実感した。

 一人感慨にふけりながら、紫煙を燻らしていると、美久が一煎の茶を用意し、
「明日はポーランド訪問です。少し休まれたら、いかがですか」と、不安な面持ちで声を掛ける。
茶葉はリプトンのアールグレイで、唇を濡らした後、
「なあ、美久。この戦争でソ連は弱体化した。歯牙にもかけない存在になろう、ただ……」
「なにか、気掛りな事でも」と答え、マサキの方を振り向く。
マサキは、静かに茶碗を置くと、ずかずかと五歩ほど近寄り、右手で上着の上から美久の乳房を掴む。
火を噴かんばかりに顔を赤くする美久の、驚く様を楽しみながら、
「ソ連に、資金提供した国際金融資本の存在だ」と、耳元で囁く。
引き続き、喘ぐ美久の、両胸を弄びながら、
「奴等は、1920年代の資金封鎖の際も、制裁を迂回し、バクー(今日のアゼルバイジャン共和国の首都)油田の開発などをした」
と言いやり、恍惚とした彼女を抱きしめる。

マサキは、吸い殻を灰皿に投げ入れると、
「怖いのはテロ組織や過激派ではなく、裏で金を用意する連中さ」
と、驚くようなことを口走り、くつくつと笑い声を上げ、
「俺は、元の世界で、鉄甲龍という秘密結社を作った。
その組織を作るにあたって、隠れ蓑として、或いは資金源として国際電脳という世界シェア7割の電気通信の会社を準備した」
そして、不敵の笑みを湛えながら、
「それほどまでの事をしても、俺は国際金融資本に手も足も出なかった。
故に八卦ロボを、天のゼオライマーを秘密裏に建造し、世界を冥府にする計画を立てた」
と、美久のわななく唇に濃厚なキスをし、甘い口腔に深々と舌を差し込んで、(むさぼ)り、
「頼む、美久。俺に力を貸してくれ。二人で国際金融資本へ挑戦しようではないか」
と、垂れさがる彼女の(まなじり)を眺めながら、囁いた。

 マサキのその言葉に、美久は色を失うも、
「それは、やり過ぎではありませんか。
多くの系列企業を傘下に持つ国際金融資本を打倒すれば、市井の徒を苦しめる遠因になります」
と、興奮する彼を諭した。
マサキは、不安な面持ちをする彼女を抱きすくめながら、
「いや、良いのだ。やり過ぎでも何でもない。
世界を二分し、武威を誇った超大国ソ連だけでなく、その富の象徴たる国際銀行家を一撃で下す。
その事によって俺は、武力ばかりでなく、全世界の富の大部分も我が手に牛耳れる。
資金力さえあれば、この腐敗した社会など簡単に買収できよう。
権力の源泉たる武力と資金力を手にし、世界をほしいまま操る」
と、美久に胸の内を吐露した。

そして、満面に喜色をたぎらせて、アハハと哄笑し、
「木原マサキは、混乱する世界を制した後、まさに世紀の帝王として、この世に君臨しよう。
天のゼオライマーは、その時こそ、光り輝き、世界最強のマシンたり得る」
マサキの胸の中で、唖然とする美久を一瞥した後、
「これは、天のゼオライマーの世界制覇の為の、正に戦争なのだよ。
そのシナリオを描くのも、また楽しい。ハハハハハ」と、天を仰いだ。
 
 

 
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