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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  一笑千金 その5

 
前書き
 すいません、乗りに乗ってひさしぶりに6000字越えになってしまいました。

 

 
「ベルンハルトよ。お前は俺の同志になれ。
ソ連に乗っ取られたドイツという国を、俺と共に我が物にし、自在に操ろうではないか」
「ええ!」
「だが、安心しろ。外部からの監視装置や盗聴は、次元連結システムの一寸(ちょっと)した応用で遮断してある。」

 泣き腫らしたベアトリクスとマライを連れて戻ったユルゲンは、文字通り腰を抜かした。
2時間近くかけ、寝室で3人で話し合いをしている間に、こんな事態になるとはと……
主客を放置して、幼な妻や同僚を宥めた事を悔やんだ。

 そんなユルゲンの気持ちは関係なしに、マサキはずけずけと、
「戦争とは、負けたほうが悪くなる。
勝者はすべてを手に入れ、敗者はすべてを失う。これが世界の鉄則。
一敗(いっぱい)()(まみ)れ、露助共の奴隷になり下がった現状を苦々しく思っている。
だからこそ、この俺を頼ったのではないか。違うか」
そして出し抜けに、アハハと声を上げて笑い、
「これくらいにして、お前たちの馴初(なれそ)めなぞ、聞かせてみよ。まあ、座ってくれ」
と、湯気の出る膳を指差す。

 西ベルリンから持ち込んだ食材で作った、色とりどりの料理が並んだ。
現地で出される食事に、どの様な仕掛けがあるか、分からない。
故に、アイリスディーナに頼み込んで、台所を借り、鎧衣と美久に作らさせた。
「勝手ながら、俺の好みで、四川料理にさせてもらった」
椅子に腰かけようとしたベアトリクスは、マサキの顔も見ずに、
「好き嫌いはないけど、自分が食べる物は自分で選びたかったわ」
と、嫌味を告げるも、マサキは、机の上で腕を組みながら
「それは、それは承知しました。奥方様」と、不敵の笑みを湛えて、言いやった。
彼女の脇に立つユルゲンも、追随する様に、
「俺は良いが、他の連中は箸を使ったことがないぞ」と漏らすも、
「社会勉強だと思って、アイリスディーナに教えろ。
また、異なる文化に触れ、知識の引き出しを増やすのも、淑女のたしなみとして必要。
箸を使いこなせれば、(おの)ずと三千年の歴史を有する東亜文明の素晴らしさに親しめる」
と、余りにも堂々と言う物だから、呆れ果てた顔で、椅子に腰かけた。



 3人が、一時間以上戻ってこなかったことを、根に持ったマサキは、
「茶を()くのにしては、馬鹿に時間が掛かり過ぎたな。3人で戯れていたのか」
とユルゲンに問いかけるも、アイリスの左脇に座ったヤウクが、
「君ね、どうだっていいけど、結構……無作法(ぶさほう)じゃないのかい? 」
「東独の特権階級(ノーメンクラツーラー)の間では客を打ち捨てて、愛を語るのが行儀なのか」と、眉をひそめ、問い質した。
「まあ、よい。ともかく、欧州における俺の分身として、ベルンハルトという男を一廉(ひとかど)の人物にするつもりだ」
その話を聞いたベアトリクスは、嫣然(えんぜん)と笑い、
「どう。ユルゲンはいい人でしょう。こんなの探しても中々いないわ」とマサキの言葉に、ただただ喜び抜ていた。
ベアトリクスの機嫌は一通りではなく、先程までとは別人だった。
マサキは、その様子を見て思う所が在ったものの、酒席と言う事もあって、あえて問い質さなかった。

そんな折、現れた鎧衣は、マサキにそっと、日本語で耳打ちをする。
「木原君、屋敷の周囲は、ぐるりと警備兵がいる。油断は出来ぬと……」
「そうすると、俺は最初からアイリスと一緒にならなければ出られぬと言う事か……」
懐中より取り出した、2箱目のホープの包み紙を開けながら、
「鎧衣よ、貴様もしてやられたな。で、武器は……」
「今持ち合わせてるのは、西ドイツ製の短機関銃(マシンピストル)二丁と自動小銃一丁と言ったところか」
しばしの沈黙の後、
「俺は今、最高にいい気分だ。荒事をするつもりは無い」
と、ライターを出し、おもむろに紫煙を燻らせた。


 
 マサキは箸を止め、アイリスディーナの方を向き、
「少々、料理の盛り付けも多かったか」と、目を細め、
「なかなか話してみれば社交的ではないか。兄や父親のお陰か」と訊ねた。
「ありがとうございます」
「ずっとベルリンで暮らしてたとか……両親は」
凡その話は把握済みであったが、詳しい話を、当人の口から伝え聞きたかった。
アイリスディーナは、顔色を曇らせ、
「幼い頃、離婚しました。私は特権階級(わけあり)の可哀想な子でした」
マサキは、じっと聞き入りながら、美久に注がれたコーラのグラスを取って、唇を濡らす。
「仕事熱心な父は、家庭を(かえり)みない人で、母は寂しさから間男に走って、私たちを捨てました。
その後、親権を勝ち取った父は、色々あって育児を放棄しました」
アイリスディーナは、実父ヨーゼフ・ベルンハルトが酒害の末、発狂したことは伝えなかった。
隠すつもりは無かったが、言えなかったのだ。



「それで、屋敷に居た、あの爺と婆に育てられたのか」
「言わせてくれ」と、ユルゲンが、瞋恚(しんい)をあらわにして、呼びかけた。
「貴方」とベアトリクスが袖をつかんで引き留めるも、立ち上がり、昂然と、
「たしかに俺やボルツさん夫妻が、世間の辛い風も当たらぬように育て上げた。
何か問題でもあるのか」と言いやった。
マサキは、静かに杯を置くと、
「俺の心にかなった娘ゆえ、その背景までも、詳しく聞いてみたくなったものよ。
しかし、妻を持つ身にしては、男女の心の在り方も分からぬとは。相変わらず、無粋よの」
と、満面に喜色をたぎらせ、黒い瞳で、ユルゲンを睨み返した。

「兄さんも私も、無償の愛や家族の幸せなんて、信じられないのです。全てまやかしのように思えて……。
幼くしてそんなことに気付いた兄さんは、母から出来るだけ距離を置き、自立しようとして入隊したのです」
 ユルゲンは悲愴な面持ちで、
「アイリスディーナ」と叫ぶも、左手をベアトリクスに(つか)まれた。
彼女の顔色は青白く、一目見て体調が優れないが判るほどであった。
ユルゲンは、ベアトリクスの手を振りほどいて、彼女の背後に立つと後ろから抱き寄せ、
「随分調子悪そうじゃないか。最近機嫌も悪いし、何処か、おかしいのか……」
と、人目も気にせず、彼女の耳元でそっと(ささや)いた。
「こんな時だけ……、何時もは、人の話を聞かないくせに……」
ベアトリクスの白磁の様な肌が赤らみ、生気を取り戻す。
ユルゲンは、一瞬驚いた顔をするも、照れるベアトリクスの様子を見て、相好を崩した。

 マサキは、脇で抱き合っているユルゲンたちに、一瞬軽蔑の色を見せた。
再び喜色を表し、アイリスディーナを眺め、左の手で頬杖をつき、
「お前が、どこか年頃の男を近づけさせないのは、その為か」と漏らした。
アイリスディーナは、サファイヤ色の目を丸くさせ、
「何故……わかったのですか」
「単なる勘さ。お前の眼は、どこか虚ろだったから……。
確かに、はじめから人を愛さなければ裏切られることはない」と、煙草を咥える。
「あ……私……」
(『私、どうにかしてる。ベアトリクス以外の誰にもそんな過去のこと話したことないのに……』)
と、ひどく狼狽した表情のアイリスディーナを横目で見つめながら、紫煙を燻らせた。


 しばし沈黙した後、美久が熱い茶を用意して呉れた。
茶葉は西ドイツのロンネフェルトで、ダージリンの春摘新茶(ファーストフラッシュ)だった。
東ドイツでも特権階級層に人気で、ユルゲンやベアトリクスが好きな物を用意した。
 マサキが気を使って、用意した茶を飲まないベアトリクスを見かねた、アイリスディーナは、
「あら、ベアトリクス。紅茶飲まないの。冷めちゃうわ」と、遠回しに(たしな)めた。
「最近、紅茶を受け付けなくて……」と力なく答える。
その話を聞いたマサキは、途端に驚愕の色を見せ、煙草をもみ消す。
(『ま、まさか……』)
立ち上がって、アイリスディーナの脇に居る、ヤウクを手招きし、
「おいロシア人、灰皿を仕舞って、俺を喫煙所に案内しろ」と、命令する。
すると彼は、ロシア人との綽名(あだな)に、眉をひそめ、
「出し抜けになんだい。僕は君の召使じゃないよ」と不満を漏らす。
(さと)い貴様に話が有るから、来い」と、手を引いて、部屋を後にした。

喫煙所に着くや否や、マサキは、ヤウクに驚愕の事実を伝えた。
「おそらく、俺の見立てでは……ベアトリクスは妊娠している」
「何だって!」
「俺は産科医ではないから、正確な事は言えんが……。
情緒の不安定さや、貧血、コーヒーや紅茶への嫌悪感を示す味覚の変化……。
以上の事から、十分可能性が高い」
「でも、吐き気や頭痛を訴えてなかったし……」
「病気もそうだが、性ホルモンや妊娠による人体の変化は人によって千差万別(せんさばんべつ)だ。
一応、次元連結システムで調べてやるが、医者の診断を仰げ。
最悪、裏場に待機している軍医でも呼んで来い」と、青い顔をして、伝えた。
途端に、ヤウクは納得したような顔をして、何処か安堵した様子だった。

 そして右手を額に沿えて、ユルゲンをなじった。
「しかし、あの唐変木(とうへんぼく)は気が付いていないのか」
「まさか」と、ヤウクは、あきらめの表情を見せる。
「たしかに18の小娘を、考えなしに(めと)るくらいだからな」と深くため息をついた。
その様に、ヤウクは、酷く戸惑いの表情を面に見せ、
「じゃあ君は幾つくらいの女性が良いんだね」と問いただした。
むっとしたマサキは、
「妊娠に関しては、肉体的には16歳前後でも大丈夫だが、あの娘は精神が完成して居まい。
22、3歳の頃でも良かったのではないか」と、持論を展開した。
 やはりマサキは、現代の日本人である。
高級将校になる人物の妻には、夫を支えるだけの知識や教養、行儀作法なども必要と思い、そう答えたのだ。
早婚の東欧諸国、ソ連圏では、異質な見解であった。
学生結婚がザラで、妊娠を機に退職や休学をし、後に復学や復職が一般的価値観だった彼等からすると奇異。
 意図せぬ形で、マサキは異世界の人間であることをヤウクに伝えたのと同じであった。




 日没の頃、共和国宮殿に着いたマサキ達は、待ちかねていた綾峰(あやみね)と合流する。
抜け出したユルゲンたちを見送った後、マサキは、アイリスディーナに別れの挨拶をかける。
「今日は(たの)しませてもらった。こんな瑞々(みずみず)しい気持ちに、久しぶりになっている己自身に驚いている」
と、相好(そうごう)を崩し、アイリスディーナの両手を握り、
「お前がこんな魅惑的とは知らなんだ。女として自信を持て」と励まし、
「これで、何かあったら連絡して来い」と、次元連結システムを内蔵したペンダントを手渡した。

そして、何時もの如く不敵の笑みを浮かべ、ヤウクに向かい、
「ロシア人、ベルンハルトを頼む」と、肩を叩き、そしてマライの方を振り返り、
「ベルンハルトの(たぎ)る情熱を、妻の代わりに受け止めてやってくれ。
そうせねば美人局(つつもたせ)にひっかかるやもしれん」と、自分を棚に上げ、言いやった。

 マサキは満面に喜色をたぎらせながら、満足気に哄笑すると、車に乗り込み、その場を後にした。
車の姿が見えなくなるや、困惑した表情のマライは、そっとアイリスディーナに近づき、
「アイリスさん、あなた本当に木原マサキという男と一緒になるの……」と訊ねた。
アイリスディーナは、マライの方を振り返り、
「ハイゼンベルクさん」と笑顔で応じた。
「とても不気味な男よ、心配で……。今だって顔色が良くないし」
アイリスディーナは、両方の頬に両手を当て、
「大丈夫です。マリッジブルーって言葉があるじゃないですか」と、微笑む。
黄昏の中でも、その顔は、真珠の様に白かった。
何時もは、胸の奥深くに秘する思いを、齢も近い、ユルゲンの同僚に思わず、
「一生をこの国に捧げる積りでしたし、自分が結婚するなんて夢にも思っていなくて」と、打ち明けた。


 アイリスディーナも、また不幸児であった。
生母の不倫という形で、幼少期に両親の離婚を経験し、家庭と言う物に絶望しか感じていなかった。
そのためか、恋愛や結婚をあきらめている節があった。

「木原さんは、そう、良い人に思えますし……」
(『どこか、心をざわつかせ、組み敷かれるような威圧感はある不思議な人。
だけど、たぶん、心の優しい方。
中国政府からBETA退治を依頼された時も、ミンスクハイヴ攻略も、結局、聞き届けてくれた。
自分の犠牲をもいとわずに……』)
アイリスディーナは、心の中で、知らず知らずのうちに、そう思った。


そんなアイリスディーナの姿を見かねた、ヤウクは、
「アイリスちゃん、君は拒否する権利があるんだよ。
ここは、婦人の基本的人権が認められた民主共和国だ。ボンの貴族社会とは違う。
嫌ならはっきり、いいなよ。ユルゲンに気を使ってるのかい」
と、諭すように、告げ、優しい顔で(なだ)める。
「君は、未だ二十歳にもならない深窓の令嬢。世間を知らないから、あの男の怖さを分からないんだ」

 ヤウクは、木原マサキと言う人物を、心から(おそ)れた。
天のゼオライマーを駆り、世界を股にかけ、周囲の迷惑を顧みずに、好き勝手振舞う様は、まるで鬼神が如し。
そんな人物に、可憐なアイリスディーナを嫁がせることを、
「君は人が好過ぎる。心配だ」と、長嘆(ちょうたん)した。





 さて、マサキ達と言えば、3台の公用車でハンブルグへの帰路に就いた。
チェックポイントチャーリの厳重な検査を抜けた後、西ベルリンに給油のために立ち寄る。
ソ連製の石油と中東産の石油は品質に違いがあり、また東独の精油施設は西独よりはるかに劣っていた為でもあった。
 東独高速道路網は、ソ連軍の管理下にあり、東独交通警察や人民軍はいないも同然の扱いだった。
東独領内のインターチェンジの立ち入りは、厳しく制限され、ベルリン駐留の米英仏軍ですら容易に近づけなかった。

 再び、西ベルリンよりアウトバーンに沿って、車は、全速力で東独領内を駆け抜ける。
帰りの車中は、いたって静か。
もうブランデンブルク門の影もかすんでから、美久はそっと言った。
「まさか、本当に一緒になるおつもりなのですか……」
それまで、感傷に浸っていたマサキは、左脇の彼女に顔を向けると、
「人形の貴様が()いているのか、俺の作った推論型AIもこれ程の出来とはな。傑作だ」
くつくつと声を上げて笑い、
「この際だ、よく言っておこう。俺は、柄にもなく、あの娘に本心から惚れた」
 何処か恍惚と語るマサキに、美久は唖然とするも、
「あんな小娘に心を弄ばれて……。それでは、東ドイツの言いなりになる様な物ではありませんか。」
「何より、愛に全てを捧げる処女(おとめ)の純真さ……そのものに。
愛と、言っても肉欲の愛ばかりが愛ではない。
肉親への情愛、自分が所属する共同体への献身、民族愛、そして愛国心……」
と、いうと(うつむ)き、紫煙を燻らせる。 
 マサキは、激情が収まった後、再び口を開き、
「俺は、たしかにベルンハルトの妻に一目ぼれした。
だが、やはりそれは、あのどこか、(まど)わすような眼や唇に、心奪われたにしか過ぎない。
思えば、アイリスディーナと比して、あくどく感じる。あの清らかさは、得難きものだ」
と、正直に言った。

不敵の笑みを浮かべ、
「この色道は、もとより本気よ。男の生き方として、筋を通さねばなるまい」
「ええ……」
「だが俺が今生(こんじょう)黄泉(よみ)()ったのは、ひとえに、この世界を征服する為よ。
その為には、月面と火星に居る化け物共を、塵一つ残さず、消滅させる」

 既に、地上にあるハイヴは灰燼に帰した。
遠く、銀河の彼方にある、化け物の巣穴。
やがては、次元連結システムによって、存在そのものを、この宇宙、次元から消滅させる。
準備も、既に万端。残る懸念は、超大国・アメリカの思惑のみ……。
マサキの瞳は、(あや)しく光った。 
 

 
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